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2020.06.21 sora tob sakana LAST TOUR -夜の部- @福岡evoL by GRANDMIRAGE

先週までの猛烈な湿気はどこへやら。とっくに夏の扉を開け放ったかのような快晴が続く。天神の街には明らかに人の数が増えた。まだまだ油断ならない気持ちはあるけれど、今日ばかりは昂りが勝っている。なんと言っても113日ぶりのライブ。ここ数年はほぼ毎週のように様々なライブに行っていたし、おそらく最も楽しんできた趣味。それを4ヶ月近く封じられる恐ろしさったらない。兎角、心待ちにしていた日。

そんな記念すべき日に観るのはsora tob sakana。2014年結成の3人組アイドル、そのラストツアーの初日だ。今年頭に初めて福岡に来て、その時は予定が合わずに行けなかったので、今回が最初で最後のライブ鑑賞。元より、音源のクオリティに惚れ惚れしており、ずっと生で目撃することを熱望していたのだが、その最後のチャンスを獲得できたのは幸運でしかない。

入場列に待機する。夏場の屋外待機は汗が滲む。これはいつも通り。違うのは待機列で体温計がかざされること。会場に入る。ドリンク代を用意する。これもいつも通り。違うのは半券を自分でもぎることとアルコール消毒があること。当たり前がいつしか次の当たり前へと変わっていくこと。少し寂しい気もしたがやはり高揚感が勝つ。初めてライブに来たようなソレ。

客席は50席に満たない。スタンディングならざっと300は入りそうなキャパだ。6200円という価格設定も肯ける。前から5列目、中央付近に座る。普段はクラブイベントを行う会場らしく、巨大なミラーボールが天井で回る。ステージ上のスクリーンには、宇宙を漂うサカナたちの姿。異世界に迷い込んだような気分になる。少しの心細さと、やはり漲ってくる期待感。

16:30、客電が落ち入場SE「whale song」が荘厳に鳴る。いよいよ3人がステージに。思わず息を飲む。113日ぶりの、人間がステージに、その場所にいる光景だ。思わず拝んでしまいそう。ぽけぇっと見惚れていると、“sora tob sakana始めます”というお馴染みの挨拶。いよいよ始まる。雑踏のノイズを切り開くように「Lighthouse」の眩い音像が展開されていく。


<どれくらいの言葉歌ってきただろう>という歌い出しにはっとなる。そう、これは彼女たちのラストツアー。自分が生で観れる最後のオサカナであり、この公演を実際に観たかった人も多数いるはず。そう思うとなんだか緊張し、椅子の上で少し固まってしまう。やはり座りだと勝手が悪いか、、なんて思いかけたが、2曲目「帰り道のワンダー」は陽気な多幸感の溢れる1曲で思わず笑ってしまう。だんだんと他の観客の緊張もほぐれ、その緩んだ空気が広がる。


ホーンセクションと共に裏打ちで疾走する「Brand New Blue」のブライトなポップネスが花開く頃には、解散する事実をよそにすっかりライブに見入っていた。<1秒の中に数え切れない歌が広がっている>という次元を超えた宇宙を爽快に歌うこの曲など、オサカナの楽曲には常に“生まれ変わる”フィーリングが刻まれているように思う。故に、このラストツアーもあくまで一つの輪廻の始まりとして捉えることができたのかも。


3曲を終え、MC。簡単な挨拶と、同時配信中のカメラに向けて笑顔を見せる。歌唱中はホーリーな雰囲気を纏っているが、喋れば瞬時に普通の女子へと変わるから驚くばかり。ある種、実にアイドル的な佇まいとも言える。続く「New Stranger」では、タイアップ先を意識したバックの映像に格闘ゲームを模した振付をキメる。この歪なポップグループがメジャーシーンで活躍していたこと、それ自体が奇跡なのかも。


「knock!knock!」でサイケデリックに惑わせてくる一方、サビの振り付けは実にキャッチーでキュートだ。「My notes」はジャキジャキなギターサウンドによる、いわゆる残響系をトレースしたような激しいロックチューンだが、ダンスは不意に王道なものも飛び出す。こういった先鋭的に創出されたトラック上で、アイドル文脈がバチッとハマった瞬間に起こるグルーヴの気持ち良さったらない。サカナクション山口氏の言葉を借りれば“良い違和感”という奴だ。


福岡限定で発売されているムースアイスの話を2回目のMCでするあたり、本当にラストツアーか?と思ってしまう。ほっこりした空気を引き継ぐことなく、「透明な怪物」の唱歌のような響きがフロアを満たす。徐々に高まる曲調から、熱気は「World Fragment」へパスされる。この頃にはもうすっかり着席でノることに苦痛はなかった。人は順応していく生き物。この曲の歌詞を借りれば<境界を超えて>行けるのだ。


最新シングルのカップリング「パレードがはじまる」は、この日屈指のトリッキーさを誇る1曲。奇妙な譜割で、電視セカイの“君”へ思いを馳せるメタ的な1曲だ。音そのものと同化するように舞い踊る姿に、このsora tob sakanaというプロジェクトの徹底された美学と哲学が伺える。だから最後のMCもあっさり。作り込まれた細部にウェットな感傷をよこしはしない。


最終ブロックの始まり「まぶしい」は攻めたオケに、イノセントな歌声が乗るオサカナを象徴するような1曲だ。<君のステップがまぶしいほど私の夜を照らす>という一節が、スパークするように耳に飛び込むのは、3人の姿にまさしくそう思ったからだろう。正直言えば、彼女たちのパーソナルな部分まではよく知らず、音楽の一部としてこれまで捉えていたのだが、最後の最後にして、3人それぞれのチャームに心奪われかけた。もっと知っておけば良かったな。

シンフォニックに轟く「流星の行方」が最終盤を予感させる。<やがて幕が上がる 長い夢の跡>はとても示唆的だが、最後は<次の幕が上がる それを待っている>と締められるから前を向ける。そう、彼女たちのさっぱりとしたパフォーマンスは既にこの先の未来を向いているゆえだろう。ラストを飾った「クラウチングスタート」で彼女たちが踊ったチアダンスはそのまま自分たち自身に向けられているようだった。


113日ぶりのライブが終わった。1組の特異的で上質なアイドルグループの最後の旅が幕が開けた。2つの重要な要素を含むことになったこの公演を経て僕の抱いた感情の正体は、新たな世界に降り立った高揚感だ。形は変わる、しかし未来は待っている。終わりゆくアイドルが告げる教示が、僕の心を奮い立たせる。またここから、人が表現し、人が受け止める”ライブ“という場所が蘇っていくんだと、彼女たちの躍動する姿が証明していた。この日を忘れることはできないし、いつだって思い出して噛み締める日となった。ここが始まり。

-setlist-
SE:whale song
1.Lighthouse
2.帰り道のワンダー
3.Brand New Blue
MC
4.New Stranger
5.knock!knock!
6.My notes
MC
7.透明な怪物
8.World Fragment
9.パレードがはじまる
MC
10.まぶしい
11.流星の行方
12.クラウチングスタート

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