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夢や目標に向かって必死に走ってきた25歳の私が悟ったこと

私の夢や目標はいつだって海外だったし、私の「幸せ」も海外にあるだろうと考えていました。

もっと遠くへ行きたい、もっと沢山の海外経験が欲しい、刺激をいっぱい受けて成長したい。その一心で高校卒業以来、必死に私の夢である「海外」を目指し続けました。

自分を自分の力だけで成長させる事が正解だと思っていたし、周りなんて気にせず自分ひとりでズカズカと速足で先を急ぐ事が夢を叶える為には必要だと思っていました。「一刻も早く夢に近づきたい」その為に出来ることは思いつく限り全てこなしてきました。

海外に留学するために大きな額のお金が必要だと知れば死にもの狂いで働き、海外に就職するために語学が必要と知れば睡眠時間を削って大量のエネルギーを勉強に費やしました。

有難いことに親も私の夢を応援してくれていて、100%自分に集中出来る環境を貰えていた事に今でもとても感謝しています。

だけど、このように自分の夢に一生懸命なのは良い事だと思うのですが、私はその分沢山の事を犠牲にしてきたように思います。

特に友達関係や恋愛関係。

一言で言うと付き合いがとても悪かったのです。飲みに誘われても行かない。ショッピングに誘われても断ってしまう。

その時間があればもっと働いて留学資金を稼ぎたい、その時間があればもっと勉強したい。そんな風にお金や時間を切り詰めて過ごした時間が長くありました。

私はとっても不器用なので「自分の将来」「現在」をどうしても上手く両立させる事が出来なかったのです。当時、私はその事にすら気が付かないくらいに我武者羅だったのです。

確かに犠牲になった事はあったものの、私はラッキーな事に最初に掲げていた「外資系CA」になり海外生活を送るという夢が叶う事になり、学生時代は幕を下ろしました。

これが私の生きる道だと本気で思いました。

CAとして働きだした私は「努力すれば夢は叶う」という事を身を持って経験する事が出来、それが大きな自信となっていました。思い描いていたような生活がそっくりそのまんま私の生活になっているから、それがとてもとても嬉しくて。

休みさえあればすぐに旅行、各国の美味しいご飯を食べ、綺麗な景色に癒され充実した生活を送っていました。息継ぎなんて出来ないぐらい1日いちにちが刺激的で、私はこの経験のお陰でどれだけ自分の価値観を創り上げることが出来たのか。

ですが、CA生活、楽しいのは初めの1年間でした。仕事に慣れてくるとルーティーンワークになってしまい、次第に仕事がつまらなく感じ始めました。だけど、それでも続けられたのは新しい土地への好奇心がいつでもあったからでしょうか。

そんな中、コロナが始まります。

「海外」以外の幸せが何か分からない

ご存じのように、コロナが出てきた頃、観光業や航空業界はかなりの打撃を受けました。私も例外ではなく、CAの仕事を手放すことになりそれと同時に日本へ帰国する事になりました。

「分からない」

CAという肩書が無くなり、学生時代から航空業界一択だった私は日本で今の自分が出来ることが何なのか全く分からない。海外経験はある。英語を話す。だけどそれ以外私には何も無い事に気が付きました。

これまで私の幸せの軸、目標の軸はいつだって海外だったので、その軸が無くなり空っぽに。その上、「努力すれば夢は叶う」を信じ切っていた私は初めて「自分の努力ではどうにもならない事もある」という事に直面したのです。

はっきり言ってどん底でした。自分でさえ自分が分からない事ほど、辛い事は無いですね。

だけど、もがいている間にも時間は経ちました。その間にワクチン接種が始まり、海外も条件付きで渡航できるようになり私は自分を少しづつ再確認し始めました。

「また海外に行きたいに決まってる」

これは自分が何者か分からなくても即答出来ました。すぐに準備を始め飛行機に飛び乗った私はドイツ、ベルリンに渡りました。それが私の今の幸せだから。

「これが私の幸せって過去の自分が言ったから」

海外にいると日本語を話す機会が欲しくなり次第に独り言が増えていきますね。突然ポロっと口からこぼれちゃうから危ないです。無意識で言ってたから私だってビックリなのです。

分厚い雲が朝から晩まで張り付いちゃって離れないベルリンの空の下、私はひとり生活をしています。せっかく出来た友達は母国へ帰り、その分新しい知り合いが増え、皆最後にはやっぱり散っていく。

ひとりぼっち。 寂しいじゃん。

美味しい物を食べても、欲しい物を買っても、どれだけ日本の友達や親に電話しても全然心が満たされない。じゃあ何が私を満たせるの?

学生時代に犠牲にし続けていた友人関係、恋愛関係がどれだけ大切なのか7年経ってやっと分かりました。毎日じゃなくていい、たまにで良いから気兼ねなく適当にアホな事を笑いながら話したい。電話じゃなくて直接会って。

自分の夢に全速力で駆け抜けていた学生時代とCA時代の私は本当に幸せは海外にあると思っていたから気が付けなかった。だけど少し大人になった今なら言えるかも知れません。「もしかしたら幸せは海外で一人で頑張る事だけではない。」

その気付きが今後の私の幸せに直接繋がるかはまだ分からない。だってさっき気が付いたから。でもこの感情はドイツに来なかったら分からなかった事。もしこれが幸せに繋がらなかったとしても、私はこの気付きを一生忘れないでいたい。


実感したいです 喉元過ぎれば ほら 酸いも甘いもどっちも美味しいいとこれが人生 私の人生 あぁ鱈腹味わいたい誰かを愛したい 私の自由  この人生は夢だらけ          (人生は夢だらけ 椎名林檎)


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