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ルイス・キャロル、ジョン・テニエル『鏡の国のアリス』マクミラン社、1871年初版初刷

アリス伝説の始まりと言える原点の初版初刷は、世界中のアリス愛好家が追い求める英国を代表する稀覯本である。『不思議の国のアリス』及びその続編の『鏡の国のアリス』はこれまで多言語に訳され、様々な挿絵画家を起用して出版されてきたが、最初にルイス・キャロルとジョン・テニエルがマクミラン社から出版したオリジナルがどのような姿をしていたのかは、意外にも知られていないのではないだろうか。そこで、今回は『鏡の国のアリス』の初版初刷の表紙や見返しを始め、テニエルによる挿絵の一部を紹介していく。


表紙

1865年に『不思議の国のアリス』が発表されてから6年の歳月を経て、1871年に出版された続編『鏡の国のアリス』。1871年初版初刷(First Edition First Issue)はやはり特別で、アリスはここから始まり、その伝説は現在まで続いている。

表紙

赤のクイーンの横顔を描いた表紙。クロスカバーに金箔押し。アリスは白のポーンとしてチェスに参加したので、赤のクイーンは敵方の最強の駒にあたる。

背表紙

背表紙には白のクイーンが描かれている。

前所有者の手書きメッセージ

最初の所有者が1871年にクリスマス・プレゼントとして贈った際の手書きのメッセージが残っている。

巻頭の白のナイトとアリス

『鏡の国のアリス』はポーンとして鏡の世界に迷い込んだアリスが最終列まで辿り着き、クイーンに昇格して敵のキングをチェックメイトするまでを描く。終盤に白のナイトがアリスを狙う敵方の赤のナイトから彼女を守る場面がある。白のナイトは作者のルイス・キャロル自身の顔をしており、クイーンとして戴冠し、大人になったアリスを悲しげな表情で見送る。

1872年の印字

1871年12月24日に出版。クリスマスに合わせての出版となったが、初版の全てに1872年と印字されている。

鏡の世界に赴くアリス

『鏡の国のアリス』の物語はチェスを題材に繰り広げられ、11手でアリスは敵のキングを追いつめる。チェスの基本的なルールを知っていないと理解が難しいが、即興でつくられた『不思議の国のアリス』より、入念に考えてつくられた『鏡の国のアリス』の方がストーリーの構成としては圧倒的に深みがある。

初版初刷の誤植箇所

初版初刷にはJabberwockyの詩の一部に誤植がある。赤枠で囲った「wade」が該当部分である。これをFirst Issueと呼ぶ。同じ初版に実は版違いがある。初版の後刷品にあたるSecond Issueでは「wabe」という正しいスペルに修正されており、この点が初刷と後刷を見分けるポイントととなる。些細な違いだが、初刷の方が人気も稀少度も高いことから、取引価格が異なってくる。アンティークコインに見られる僅かな手替わりで、オークションの落札価格が大幅に変わってしまうのと同様である。

愛猫キティと遊ぶアリス


『鏡の国のアリス』を出版した1871年には、キャロルとアリスは既に疎遠になっていた。リデル夫人からアリスと会うことを禁じられ、キャロルはオックスフォード大学の中庭からアリスの姿を静かに眺めることしかできなかった。そして、アリスは28歳の時にハーグリーヴズという男と結婚した。キャロルは、無教養な地主の金持ち息子に唐突にアリスを取られてしまう。ハーグリーヴズはハンサムで経済的に恵まれていたが、教養溢れるキャロルとはほど遠い人物だった。あれだけ事細かに日記をつけていたキャロルが、この日のことだけは記録していない。この年にキャロルは大好きだった写真をやめ、翌年にはオックスフォード大学クライスト・チャーチ校の教職からも退いた。

キャロルとアリスの伝記を読んでいて、所詮はこれが現実かとなぜか自分まで落胆してしまったことをよく覚えている。キャロルは選ばれなかった。そこに言葉にできないほどの痛みと共感がある。だが、物語という別の形で彼はアリスとの願いを叶えたのかもしれない。こうした物語と現実のリンクがキャロル作品の面白みである。物語と並行して進む彼の人生そのものが読者を魅了してやまないのだ。


*画像は筆者私物を撮影の上、掲載を行った。

【主要参考文献】
Lewis Carroll, John Tenniel "Through the Looking-Glass and What Alice Found There" First Edition First Issue, Macmillan and Co., London, 1872
Colin Gordon, Beyond The Looking Glass Reflections of Alice and Her Family, Hodder and Stoughton, 1982
ハドソン、高山宏『不思議の国の数学者 ルイス・キャロルの生涯』東京図書、1976
ジャン・ガッテニョ、小池三子男 訳『ルイス・キャロル』創林社、1985
ルイス・キャロル、高橋康也・高橋迪 訳『少女への手紙』新書館、1985
アイザ・ボウマン、河底尚吾 訳『ルイス・キャロルの想い出』泰流社、1986
ルイス・キャロル、高橋康也・高橋迪 訳『不思議の国のアリス ヴィジュアル・詳註つき』河出文庫、1988
ルイス・キャロル、石井澄子 訳『鏡の国のアリス』東京図書、1989
ロジャー・ランスリン・グリーン、門馬義幸・門馬尚子 訳『ルイス・キャロル物語』法政大学出版局、1997
ルイス・キャロル、河合祥一郎 訳『鏡の国のアリス』角川文庫、2010
山本容子『アリスの国の鏡 ルイス・キャロルの残した謎』講談社、2011年
ルイス・キャロル、マーティン・ガードナー 注、高山宏 訳『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房、2019


Shelk🦋

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