見出し画像

いつ、何を、どうつくって、食べる?

きのう何食べた?

最寄駅には本屋が併設されている。
 改札を出てすぐの突き当たりにその本屋はある。品揃えは大したことないのだが、何せ最寄駅なので帰りがけに立ち寄り、何の気なしに立ち読みだけすることも多い。先日も冷やかしのつもりで入店したところ、ちょうど発売日当日の『きのう何食べた?』の最新22巻が店頭に平積みされているのが目に入った。
 『きのう何食べた?』は私が現在唯一コミックスを集めているマンガだが、新刊発売日をまめにチェックしているわけではなく、店頭に並んだ物を発見したら購入する形を採用している。1話完結だし、発刊ペースも年一回程度なので、これくらいの心持ちがちょうどいいのだ。
 よしながふみ作の『きのう何食べた?』は、シロさんとケンジの同棲ゲイカップルが主人公であり、2人の生活を軸にしながら、毎話美味しそうな料理がその調理手順とともに紹介される。それらは折々の旬なものや季節のイベントに合わせたものから、シロさんからケンジへの「お詫びメシ」、もしくは「機嫌なおしてくれよメシ」といったもので、生活が丁寧に描かれているのが素晴らしい。なかにはたまにご馳走と呼べるものも登場するが、家庭でも再現可能なものがほとんどで、よくまねて料理をする。
 ここまで長々とマンガの話を書き連ねてきたが、私がここで本当に書きたいのは、30代独身男性の家庭料理にまつわる諸々についてだ。


面倒な料理

大学入学を機に始まった一人暮らし歴は、10余年とそれなりに長いが、別段丁寧な料理を心がけるタイプでもなかった。「ちゃんとした料理」が何を指すのかは皆目不明だが、ある程度手間のかかる料理をするようになったのはここ数年である。思えばきっかけは(これもマンガだが)、近藤聡乃『A子さんの恋人』がその一つかもしれない。
 こちらは料理マンガではないのだが、『A子さんの恋人』7巻ではロールキャベツが「面倒な料理」として登場する[1]。「切って」「混ぜて」「包んで」「煮る」の4工程を踏むこの料理は確かに「面倒」だが、この面倒さもときには有用に働く。コロナ禍のような先行き不安なときや、心に余裕がないとき、無心で集中できる「面倒な料理」は気分転換にうってつけだった。
 そしてこの「面倒な料理」という営みの白眉は、無心の果ての成果として、食事にありつけることである。当たり前すぎることだが強調しておきたい。なぜなら私にとって「面倒な料理」に挑むことの最大の目的は頭を空にすることであり、その結果できる食事はその副産物に過ぎない。にもかかわらず、リフレッシュを終えると食事という報酬を獲得できる確実性がある点、それがスマホゲームや散歩といったほかの無心で時間を過ごす趣味と、この面倒な料理とが一線を画している理由である。
 素晴らしき哉、面倒な料理。ただし、面倒な料理はどうしてもまとまった時間が取れる休日に行われることが多い。平日には平日の料理がある。


平日の料理

平日はいろいろなことが面倒だ。出勤(1)、 就労(2)、退勤(3)、帰りの電車内で献立を立て(4)、本屋併設の最寄駅に到着(5)、自宅までの帰路の途中にあるスーパーに寄り(6)、献立から逆算した食材を選定(7)、購入(8)、帰宅(9)。
試しに書き出しただけでも料理を開始するまでにすでに9工程もあるではないか。面倒すぎる。面倒すぎて料理の面倒さを引き受けられない。
 この面倒さをどうにかすることはできないかと考え、私がたどり着いたのが、工程を2日に分けるということである。どういうことか。まず前述の9工程をした日は料理をしない。買ってきた食材は冷蔵庫へ収め、ついでに購入してきた弁当などを食べ、夕飯を済ます。すると、翌日は献立の検討(4)がカットされ、最寄駅に到着(5)してから帰宅(9)までにある間の工程をまるまる省くことができるので、なんと料理前の工程が5つで済むことになる。こうして生まれた余白で料理という営みが発生する。そこでは「面倒な料理」ほど潤沢な時間を使ったものはできないかもしれないが、工程の圧縮という、面倒さを愛でることとはまた違った行為に趣きを見出すことができるように思う。


あした何食べる?

こうやって、日々の中にある「面倒」を、ときには料理、ときには労働に変えながら生きている。今日は休日ということで潤沢な時間を使い、夕食として鮭とごぼうの炊き込みご飯[2]と、食後に柿のクリームチーズ和えをつくって食べた。あしたは何をつくって食べようか。


[1] 近藤聡乃『A子さんの恋人』7巻、p63。
A子はかつてA太郎と交際していたころ、ロールキャベツをリクエストされた際、面倒な料理だとしてそれを却下し、代わりに「切って」「混ぜて」「焼く」の3工程で済むハンバーグを調理する。
その後、A子は「丸める」も含めればハンバーグも4工程あることに気づくのだった。


[2]よしながふみ『きのう何食べた?』1巻、p11。
「鮭とごぼうの炊き込みご飯」は1巻の1話に登場。
印象に残っているメニューなので、秋から冬にかけてはたまに再現する。


鮭とごぼうの炊き込みご飯


柿のクリームチーズ和え。
オリーブオイルをかけ、胡椒を引いて和える。
塩気が足りなければ塩を少し加える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?