幸せな人しかたどり着けない場所
Podcastで読んだ文章や本のことを改めて紹介しています。 PodcastはSpotifyの他、AppleとGoogleのPodcastでも配信しています。
「幸せな人しかたどり着けない場所」メンバーの書いた小説や詩を紹介します。 Podcastで読書会をしている作品もあるので、そちらもよかったら聞いてみてください。
最近読んだり、むかしから好きな本の感想や書評、あとはpodcastで話した本の紹介をしているので、よかったら読んでみてください。
部屋の隅に、積まれていた本を数えることも、 気が付いたらやめてしまっていた。 紅茶色の木材に映える陽のひかりを 簡単に想起できるのに、 ガラスの窓の向こうは、真夜中がふくらんで、 風船みたいに墨色がくすんでいる。 燃焼を待つ写真のように、 真っ暗な、ガラスの窓に映る、 空洞を抱えられなくなった色彩が、 破裂した。 天使だったじゃないか。 花束嫌いの、大きな翼の、丁寧な珈琲の、 つけっぱなしのラジオの、古びたギターの、 心音の、 春は廃墟のように ふれられない雨粒の歩幅で
何を考え好み、嫌い欲していたのか、猫の額を思い浮かべた。昼の霧に記憶はひどく胡乱で、残る視界に明瞭な像は結べない。輪郭で捉えても目の隅を滑り、全体が上手く腑に落ちない。白い顔の笑窪に焦点が浮かび、膨らんだ唇に黒子は切れる。夕焼けのチークに頬が火照る。明るい役者の落ち着きに、大ぶりのあざとい演技はない。粒立ったメロドラマの切なさが、映画越しに今の風を紊乱している。育ちの良い見識が弁を回し、話を広げる相槌はそれ以上に上手だ。選んだ言葉に暖かさが伝って、皮肉の僕を十八歳で包んでく
わからないことって、じっさい、恥ずかしい。 例えばこういうとき 「ジム・ジャームッシュ監督の映画が好きなんです」と僕は言った。 「ふむふむ」映画好きの人がにやりと呟いた。 「ジャームッシュの中でも、結局最新作の『デッド・ドント・ダイ』が傑作ですよね。あれは革命的だった。わかるなー」 僕はやばい、見てない。と思った。しかし、 「ですよねー」と僕は言った。 みたいな。 ジャームッシュが好きと言った手前、見栄もあり最新作を見ていないとは言えなかったり。 「すみません、それは見
今年も春がやってきたようです。2024年という物差しで考えるともう早いもので、と思いつつ、厚手のコートを着ていた期間で考えるといつもより冬が長かったな、とも思いつつ。新生活を迎えられた方はおめでとうございます。 さて、幸せな人しかたどり着けない場所にもきっと、春がやってきました。横光利一の「春は馬車に乗って」という(とてもおしゃれな)言い回しをする小説がありますが、つまりそういう種類の春です。 そこで、せっかくなので、息吹き始めている2024年の春に合わせて、占いをしまし
your room (There will be Time after Time.) カミーユ・ピサロの油彩みたいな 夕日の映える 高校の音楽室という まぼろし 紙パックの紅茶とシベリアと カタンの開拓者たちと 水瀬いのりのささやきの まぼろし 立ち入り禁止の屋上の 給水塔の影でなかなか たばこに火をつけられない まぼろし テスト勉強なんてしていない と言うくせに ほんとうにしていない まぼろし まぼろし、光と影と あなたのことが好き じっさい、時間はあるさ、いく
『幸せな人しかたどり着けない場所』の第5回では、わたくし、秕目の提案で、「涙の価値」について語り合いました。 さて、何の話をしたのだったか。 終盤、3人の間に、涙を流す前触れのような、静かな昂奮が残っていたことだけは、何となく覚えています(本当?)。 ぜひ、ポッドキャストを聞いていただきたいのですが、せっかく言葉を残す余白が生まれたので、紹介文を書いてみます。ポエム、ポエム……。今は外が暗い、少し特別で、感傷的な深夜です。書いた内容に後悔しそうな気もしています。
大阪転勤が発令された真っ先に、友人の新居を趣味で仲介し周っているという、とある転勤ブローカーに連絡を入れた。僕たちはかつて鬼怒川温泉旅行の打ち上げで、彼がバーテンダーの店を含む計七軒のゲイバーで朝まで飲み歩いた。ひたすら周囲の露悪的なセクシュアル・トークに付き合い、暴飲とカラオケを加速させていたに過ぎない。ただ、僕が新天地での不安定なライフスタイルを委ねようと思えたのは、まさにその僕たちの一過的な絆であり、過剰で匿名的なバイブスだった。 転勤に伴う諸費用に加え、家賃補助も
やがて森に埋もれてしまいそうな錆びついた階段を降りて、落ち葉で覆われたけもの道のような石畳を踏み歩くと、木と木の間、狭い湾を隔てた向こう側にその建物は見える。空と、空の光を反射した海から眩しい日射しが差し込むときでさえ周囲は薄暗く、鳥や虫の鳴き声がしてもそれらはすぐに鼓膜を突き刺す静けさの一部になった。建物の壁面の青い塗料は剥がれ落ち、ところどころひび割れたコンクリートは中の鉄筋をさらけ出していて、すりガラスの窓は内側から汚れてくすんだ色をしていた。近づけば近づくほど目に入
幸せな人しかたどり着けない場所では3回に渡って第170回芥川賞について話してきました。 #2 九段理江「東京都同情塔」の話 #3 安堂ホセ「迷彩色の男」と川野芽生「Blue」の話 #4 小砂川チト「猿の戴冠式」と三木三奈「アイスネルワイゼン」の話 全体を通して、私たちの話を簡単に、選評みたいにまとめると、「視線」と「名付け」というテーマが裏拍として流れているような選考でした。 そんなつながっていないようで同じ時代の同じ文学賞の候補に選ばれた作品をまとめて読んだ感想と
『光る雨粒の夜』 連続してない雨粒が、一つ、一つ落ちる 「手を繋いでいることのむずかしいさよ」 カフェの端のテレビは 絶えずぼうりょくの話をしている 葉がひらり、ひらりとして ゆっくりと舞う、その色を じっと見つめていたのは いつの季節だった 連続していない雨粒の、濡らす夜が きら、きらとして光っている 幹線道路を走るテールライトの 浮遊する円盤たちが遠ざかっていく 手を繋いだ二人が、二人ずつ あかるい真夜中を歩いていて 同じタイミングで笑った
ジュンパ・ラヒリという作家の『わたしのいるところ』という小説の話をします。とても好きな本です。 新潮社クレスト・ブックスから出版されていて、 訳者は中嶋浩郎です。 「眠れない夜の、ひとりを知るおまじない」 小説や本のことが好きな人には、得てして「お守りみたいな本」があるのではないでしょうか。 例えば僕にとってのお守りのような本は、ミラン・クンデラという作家の『存在の耐えられない軽さ』だったり、 (それは自分にとって今のところ人生観そのものだから、常に机の上に置いてある
今回のPodcastでは、第170回芥川賞記念ということで、受賞作と候補作について三回にわけて話しました。 その第一回は受賞作の「東京都同情塔」について話しました。 作品の感想についてはここにも書くより、話し言葉として話していること、そしてその雰囲気のほうが多くが伝わると思うので、ぜひ聴いてみてほしいです。 と、言ったときに、それは、その言葉は、こういう形しか取らない意味を持って、それを伝えたいのに、それを違う言い方をしたり、例えばPodcastの内容を要約してnote
海に向かう電車が、ドアの窓ガラスの向こうを並走している。僕は少し顔を上げて、知らない人たちのうしろ姿ごしに、くすんだ銀色の車体を見た。馴染みのある漢字二文字の行き先表示が目に入る。――湾に面したその街には大学のゼミで知り合った友人が住んでいて、友人は先月の末に、部屋の本の片付けを手伝ってくれた。四月からの就職に伴う引っ越しの最後の工程として、僕が前に住んでいた部屋から運んできた大量の本を、どの本棚のどの場所にしまうか、というなかなか大変な問題があって、その手伝い、もとい作業
『ふしぎをふしぎと知るための距離』 これは、キリン。これは、ゾウ。これは、ライオン。 乾いた砂の上に描かれたものを、一つ一つ指さしては、クイズに答えるように玲玲がみなみに確認して、その都度みなみがころころと笑い声をあげる。風が吹くとあたりに散らばる紅葉がかさかさと流れていき、きんもくせいの香りがふわりとする。澄みきった青空は高く、雲間から漏れ出る午後の日差しが燦燦としている。 身支度をして、外に出て、歩いて、人と話して、そうして脈々としたリズムが生まれて、体の動か
https://anchor.fm/shiawasenahito 『幸せな人しかたどり着けない場所』の第一回では、三人がそれぞれ、「私は、その男の写真を三葉、見たことがある」から始まる自己紹介文を読み合いました。 【登場人物】 ・けむりさん 2000年生まれ。詩人。座右の銘は「存在の耐えられない軽さ」 ・ざくろくん 2000年生まれ。文学者、会社員。「一人の人間が世界を描くという仕事をもくろむ。長い歳月をかけて、地方、王国、山岳、内海、船、鳥、魚、部屋、器具、星、