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「聖なるズー」(濱野ちひろ)

※書籍の特性上、セクシュアルな内容を含みます。



・ダイバーシティ(多様性)が叫ばれて久しい。
・その成果を目にする機会も非常に多くなった。


・身近なところでは、サービスの会員登録をするとき、「性別」の項目が「男・女」しか無い登録画面は、少なくとも大手のサービスでは滅多に見なくなった。
・企業の取り組みとしては、全社員に対して定期的にLGBTQの方々や、様々な宗教、人種への理解を深める教育が実践されている。


・しかし、ダイバーシティの主張の及ぶ領域は、あくまで”人間 対 人間”の関係性にとどまってきたように思う。
・人類史において、LGBTQと同じく、人類始まって以来ずっと存在する性的指向がある。


・動物との性愛。



・著者の濱野ちひろさんは、学生時代からおよそ10年間もの期間にわたり、当時のパートナーからの性暴力を含むDVに呻吟された経験を持つ。


・二十代の多くの時間を覆うその苦しみと闘うため、著者は三十代の終わりに、京都大学の大学院に入学し、文化人類学におけるセクシュアリティについて研究する道へと進まれる。
・そして、人間の性的欲望の不可解さが垣間見えるように感じた、というきっかけから、人間と動物との性愛(Zoophilia:ズーフィリア)の研究を始められる。


・犬や馬などの動物を妻や夫、パートナーとする動物性愛者たちの団体が、世界で唯一、ドイツに存在する。「ZETA/ゼータ」である。
・ゼータの主な活動目的は、動物性愛への理解促進、動物虐待防止への取り組みなどである。公式ウェブサイトを通じて、学術調査への協力も行っている。
・ゼータのメンバーは、動物性愛者のことを”ズー”と呼称する。

・著者はインターネットを通じてゼータのメンバーと連絡を取り合い、2016年の秋と2017年の夏の2回、ドイツへと渡り、計22人のズーたちと出会った。
・大型犬を「僕の妻だよ」と称する男性。車椅子生活の中でオスの犬を受け入れ、ズーとなった女性。馬に恋をする男性。
・さらに、オスの動物をパートナーとする男性(ズー・ゲイ)、メスの動物をパートナーとする女性(ズー・レズビアン)など、多くのズーたちと交流し、著者は彼ら彼女らの自宅に泊まり数ヶ月にわたり寝食を共にし、インタビューの中で彼ら彼女らの言葉を引き出してゆく。
・インタビューを行ったズーの中には、若い日本人の男性も含まれる。

・ズーたちは、「病気だ」「変態だ」「動物虐待だ(動物をパートナーとする彼らの生活においては、動物との性交も生活の一部として含まれる。)」と批判され、軽蔑されることも少なくない。
・また、ズーたち自身も、人間と動物との種族の違いを意識せざるを得ない機会に直面し、苦悩することは多い。(例えば、動物の寿命と老いの速さは、その最たる例である)


・当然ながら、動物は人間と同じ言語は持たない。そして体格も、価値観も何もかもが人間とは違う。
・そんな動物と人間が、果たして本当に”お互いが”愛し合うことができるのか。
・「動物が私を愛してくれている(飼い主としてでなく、パートナーとして)」、さらには「動物の方から私を(性交に)誘ってくることもある」というズーたちの主張は、同意を言葉で示すことができない動物の態度を、人間側が都合良く解釈しているだけではないのか。
・人間にとって、愛とは、性とは。


・ズーたちの、ただの動物好きたちとは違う、真摯なまでの動物との向き合い方。
・支配欲と性欲がない交ぜになったかつてのパートナーに受けた性暴力とは違い、動物のパーソナリティを丸ごと受け入れるコミュニケーションとして、そしてあくまで「動物とズー自身の要求が一致した時のみ」に行われる彼らの性交。(ズーたちは、自身に性の欲求が芽生えても、パートナーである動物がそれに応えたがらなければ、決して無理強いすることは無い。逆に、パートナーである動物から求められたとしても、自身にその気が無ければ性交は行わず、代わりに動物へマスタべーションを施して、動物たちの性欲を”ケア”する。)

・著者はこうしたズーと動物との関係性を間近にし、愛とセクシュアリティについて何度も再考を重ねてゆく。


・人間は高度な言葉を持ち、複雑な意思の疎通をはかることができる。
・だが、人間は絶望の底にいる時でさえ、平気な顔をして「大丈夫だよ」と言うことができるし、好きでもない相手に「愛している」と言うこともできる。
・以下は、本書の中に記された著者の言葉である。

・《言葉での合意さえあれば性暴力でないと、いったいなぜ言えるだろうか。言葉を使う私たちは、言葉を重視すればするほどきっと罠にはまる。(中略)言葉が織りなす粗い編み目から抜け落ちるものは、あまりにも多い。》


・人間と動物というあまりに異なる種族同士の関係であろうとも、常に愛する相手と”対等”であろうとするズーたち。
・本書は私たちに、人間関係の”対等さ”について、そしてパートナーとの愛の在り方について、認識の視野を広めてくれるとともに、考察の機会を与えてくれる。



・著者:濱野ちひろ
・1977年広島県出身。2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、フリーライターとして活動開始。雑誌、ウェブサイトなどでインタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。2018年、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現在はフリーライターとして活動するとともに、同大学大学院博士課程に在籍している。文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む。

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