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ITADAKIMASU・属!      ~ロストプラチナム        舞台用 脚本版

【序】
開演前。これは会場の条件が整えば、是非行いたい演出(※ENDINGの章参照のこと)。


※ 来場者に任意・匿名で『貴方の忘れられない思い出をひとつ』専用用紙に書いてもらい回収する。協力者には『発光体:ホシノタマゴ』を手渡し、受付係より説明。(スイッチを押したときのみ光を発するアイテム。ボタン電池式。@¥80くらいの単価。お客様手持ちのスマホのライト機能での代用も一案とする)。
※ 受付係「ご注意:本公演には、ラストシーン間際に、客席参加型のイベントがございます。貴方がお書きになった言葉がどこかに表示された際には、是非スイッチを入れ、舞台に向けて発光させて下さい。それまでは、決してスイッチを入れないよう、ご協力をお願い致します」

※開演までの間、【移動式モニター(または移動プロジェクター:後述)】にも同様の表示がなされる。

~幕開け

幕が開く。舞台最後方には、映写用の大型スクリーンと、近焦点プロジェクター(演者の影が映り込みにくいタイプ)が設置されている。

スクリーンにはまず、白い雲を浮かべた、抜けるような青空が映し出され、それが少しづつ薄暗くなってゆく。オレンジ色の夕日が差し込み、暮れ泥(なず)みながらも、ゆっくりと陽は陰る。やがてスクリーンは黒に。漆黒の闇に染まる。
そこに、ぽつり、ぽつりと幾多の星が淡い光りを放ち始める……。

~OPENING~

舞台は、冬の夜。とある田舎町の、坂を登り切った小高い丘の上。その丘のてっぺんから、町並みを一望できる設定。
10歳くらいの少年が二人、息を切らしながら坂を駆け上がってくる。そのとたん、後方スクリーンに淡く点っていた星々が輝きを増し、舞台全体が、まばゆい星空に包まれる(スクリーンに映る近焦点プロジェクターの映像と、照明にて表現)。溜息がでるほど、ダイナミックに広がる冬の星空。

 少年A「おいあれ、見てみろよ!」
 少年B(星空を見て興奮)「……すっげえ!!」
 少年A「……ほんとすげえな。 思ってた以上だ。やっぱここにして正解だったろ」
 少年B「……うん」
 少年A「あれって、何座だっけ?」
 少年B「あれはほら、理科の授業で習ったよ。こぐま座? へびつかい座? カシオペア? オリオン座、だったかな?」
 少年A「わかってないくせに、適当なこと言うなよな」
少年達を、光輝く星たちが幻想の世界へと導く。
時の経過を示すように、星座群が頭上をゆっくりと回転。
 少年A「やばい! 星座の位置が変わっちゃうぞ! 早く準備しよう」
少年達は、簡易的な望遠鏡を設置し、天体観測を始める。
大きめのスケッチブック、ノートなどを袋から取り出し、絵を描き始める少年B。
 少年B「俺さ」
 少年A「……うん?」
 少年B「オカヂ(担任の渾名)に、観測した星座の絵と、それを見た感想文を書くように言われたけど、上手く書く自信ないよ……」
 少年A「……適当でいいじゃん? だって俺らまだ小五だぜ。一緒に、こんなすごい星を見て、こんなに感動しているなんてこと、どうやったって、うまく言葉にできないだろ。頑張って書いても、あのオッサンに判るわけない」
 少年B「だな!」
笑い出す少年二人。坂の上に二人で寝転がる。二人の上を回転する星座。
 少年A「……俺、実は最初お前のこと、すっげえムカつく奴だと思ってた」
 少年B「俺も……」
 少年A「でも、この間思いっきり喧嘩して、判ったよ。けっこう根性あるな、ってさ」
 少年B「はは……お前はさ、だいたい北加賀屋なんて苗字、長過ぎるよ。呼びにくい上に、なんかばってる感じだし」
 少年A「ばってねえだろ」
 少年B「それ、喧嘩して初めて判った」
再び笑い出す二人。
 少年B「……俺さ、理科の課題、北加賀屋と組むことになって、本当に良かった。ここは最高の場所。最高の思い出だ」
 少年A「俺も、組めて良かったぜ。こんなに仲良くなれるとは思わなかった」
 少年B「……有難う」 
星空が更にまばゆく光輝く。
 少年A(立ち上がって)「楽しみだな! この課題出すのもだけど。冬休み終わったらさ、学校でもカード・ゲームとかやって、いっぱい楽しもうぜ」
 少年B(しばらく答えず、涙声で)「ごめん……無理だ」
 少年A「何で」
 少年B「……転校する」
 少年A「……いつ?」
 少年B「この冬休み中。もう、学校では会えない」
 少年A「嘘だろ」
 少年B「本当だよ。親の事情だ。どうしようもない」
回転する星座。二人の真上に来て輝くのは、オリオン座だ。
 少年B(星を見て)「……うわあ」
言葉に詰まる少年A。
 少年B「ドラゴン座だ」
 少年A「……オリオン座だろ」
 少年B「何故かな。俺には龍に見える。こんなふうに星を斜めに繋げたらさ」
 少年A「……?」
 少年B「……俺さ、ずっと忘れないよ。この街のこと。ここで星座を見たこと。それに北加賀屋、って言う、やたらと長い苗字の友達ができたこともさ」
笑顔で、少年Aを見つめる少年B。
 少年B「だから、この課題は、お前がしっかりとオカヂに提出してくれよな」
少年Aにようやく笑顔が戻り、頷く。
 少年A「――そうだな、忘れないかもな。俺のこの、やたらと長い苗字、きっと役に立ってくれるよな……」
 少年B「ああ! もしいつか忘れそうになっても、どこかで同じ星座を見たら、必ず思い出すよ」
 少年A「そっか……わかった。どんなに遠くはなれたって、冬の星座は、いつまでも変わらないはずだよな」
ここで、幻想的で美しいBGMは最高潮に盛り上がる。
ゆっくりと照明が落ち、同時にゆっくりと星座の輝きが消えてゆく。
 少年Bの声「――この町の、人や景色が好きでした。これでお別れになるけど、星たちは、胸のなかでいつまでも輝くと思います。僕たちに課題をくれて、ありがとう、先生」
少年Bの声がフェードアウトし、照明が落ちきる前、突如幻想的なBGMは、地の底から響くようなおどろおどろしいBGMに変調する。その曲は、これから起こる出来事を予兆するかのような恐ろしさを孕んでいる。そこに、妙に淡々としたナレーションが重なる。同時に、舞台転換。

 ナレーション「貴方がこれまで生きて蓄えてきた、記憶の一部、売りませんか。どこよりも高く、高く、買い取ります。
 貴方が憧れる素晴らしい成功者の体験と、その記憶。買いませんか。精一杯安く、安く、ご提供します。

 我が社はメモリーズ・カンパニー。
古くから、人々の『顕在意識』・『潜在意識』について研究を進めてきた、業界のパイオニアです。
 誰もが、心に闇を抱えて生きる時代。
 幼少期のトラウマ。親子関係。自己評価。異性関係。心の闇が邪魔をして物事が上手く行かず、ときにもどかしい思いをします。
 貴方も専門書や生き方の本を、お手に取ったことが、あるかと思います。しかしそこに記された美辞麗句は、心のモヤモヤを取り除いてくれたでしょうか。弊社の長年の研究は、成功者の輝かしい体験と記憶こそが、このモヤモヤの払拭に役立つことを明らかにしました。
 心の闇の原因が自分自身の過去にあっても、時を巻き戻すことはできない。
 他者の、成功の記憶を購入し、追体験することは、自信と勇気を買うということです。心が強くなり、未来の成功に結びつくことが、想像し易いのではないでしょうか。
 某スポーツ選手。某有名タレント。某大手メーカー社長。多くの方々が、弊社提供のデータを得て、大成功を収めております」

ナレーションが流れている途中、舞台上手側(右側)に照明が当たり、九条龍輝(源氏名)が、咥えタバコで『小さな荷物』を持って部屋に入って来る。

 ナレーション「そして皆さん。悩める多くの方々のために、ご自身の成功体験を、お譲りいただけないでしょうか。どんなに僅かな記憶でも構いません。この世界には、貴方のデータを必要とする人が、必ずいます」

九条は歩きながら小箱のラベルを見て呟く。
 九条「『品名:いちぢく卵黄』……へっ、噓くせー」
九条は、机の上にあるノートパソコンを開きマウスクリック。

 ナレーション「弊社が貴重なデータと判断しましたら、破格の条件で買い取る上、データは、三回までコピー&ペーストが可能。
 買い取り・販売は、代理店を通じて行っております。詳細は、以下に記載がありますので、ご利用規約をしっかりとご確認の上、『同意する』ボタンのクリックをお願い致します」

PCの画面を見ながら小箱を開き始める九条。灰皿に灰を落とす。
舞台の視認し易い場所には、
※移動式大型液晶モニター(後方スクリーンとは別の小型プロジェクター照射でもOK。個別の映像や情報を映し出す)が、視認し易い位置に定まり、ナレーションが終わると同時に、人間の脳を模した大きなイラスト、メモリーズ・カンパニーのロゴと共に、以下の文字を表示する。

『通常チップ買い取り価格:¥30,000~  プラチナム・ピース:¥200,000~上限無し  販売価格:チップ、プラチナム・ピースとも、時価』

ナレーション終了直後。
九条は箱の中のものを取り出して悲鳴を上げる。
 九条「うわああっ!!」
驚いて、箱から出てきたものを思わず放り投げてしまう九条。
 九条「なんだよ、これ……」

体勢を崩し尻もちをつく、九条の後方の大型スクリーンに、【ITADAKIMASU・属! ~ロストプラチナム】タイトルが浮かび上がる。

【1】九条龍輝 松屋町吾郎
 
恐る恐る、箱の中身を拾いに行こうとする九条のスマホが鳴る。
 九条「もしもし……。(強ばった声。相手が女性であることが判り声色が変わる)。おー、みづき! 久しぶりじゃーん。どうした。寂しくて俺の声が聞きたくなった? それとも、もう俺のことなんか嫌いになった? え、 金? あー金ね。あー覚えてるよーもちろん。大丈夫、大丈夫。ちゃんと返す。でもそれよりさ、声聞いたら、俺みづきに会いたくなっちまったよ。(急に声のトーンを落とし、囁くように)俺のこの想い、どうしてくれるの? え? いやちょっと……」
相手から一方的に電話を切られた後の、ツーツー音。
 九条「なんだよ、どいつもこいつも……」
言い終わるまでもなく、再度電話が鳴る。
 九条「はい! ……何だ。タカユキか。あー、この間の十万なー。わかってるよ。忘れてねーって。信用しろよ。あー、うん。うん。大丈夫だよ。(わざとらしく話題を変えて)それよりさ、こないだお前が狙ってた彼女、どうなった。おー、やったじゃん。俺が言った通り、ちゃんと二回キスしたか? 何だよダラシねーな。一回目はサプライズ、二回目は記憶(こころ)に刻印を押すキスだ。それで女は落ちるって何度も言ったろ……あ? あー。わかってる。わかってるって。大丈夫だから(電話が切れてから、ホッとしたような深い溜息)」
電話の途中からすでに音もなく、独特の黒ずくめの服装、痩せ型の中年・ツルハシが入って来ている。
 九条「(気づいて)あ、……あんた」
 ツルハシ「何度かノックしたんですがね。返事がないものですから。不用心ですよ、九条龍輝さん。鍵もかけないで」
 九条「ちょうど良かった。あんたの言ってた荷物、さっき届いたんだけど、何だこれ。気味悪い」
床に落ちたものを指差し、ゆっくりと拾い上げる。
九条の手には、電化製品らしいプラスチック製の白い丸型のボディから、ぬめぬめとした不気味な触手が生えている奇妙な物体が(胴体は卵型・ABS樹脂製。脚の部分には百足(むかで)の玩具、或いはシリコンやエラストマー樹脂を加工したものを使用)。
 ツルハシ「ブレイン・エッグ(以下BE)。貴方から、記憶データを買い取る上で、必要な機材です。その触手みたいな部分はブレイン・レッグ(以下BL)。見た目はグロテスクですが、気にすることはありません」
 九条「気にするな、って言われてもさ」
 九条はノートパソコンの画面を確認する。※移動式大型液晶モニター(前述)の画面が、九条の見た目映像に切り替わる。

【ご利用規約同意承認致しました。 ㈱メモリーズ・カンパニー 代表  藤本正男】の表示。
 
 ツルハシ「おや、規約に同意してるじゃないですか。背に腹は代えられないってとこですか」
 九条「うるせえよ」
 ツルハシ「初回ですので、まずBE(ブレイン・エッグ)のAボタンを押してみて下さい」
 言う通りにする九条。
 ナレーション「それでは、ブレイン・エッグ使用につき、チュートリアルを開始します」
 九条「え?」
 ナレーション「ご自身の記憶を売りたい場合は、ブレイン・レッグを右側の耳に接続後、Aボタンを押します。そして、お売りになりたい記憶の断片を思い描いて下さい。簡単な一部のイメージで構いません。BE(ブレイン・エッグ)は、貴方の脳から自動的に関連する項目を拾い出しデータ化。メモリにコピー後、即座に本体スロットにあるMicro SDカードに移します」
 九条「マジかよ」
 ナレーション「吸い出し及びデータ変換の際、脳にチクリとした痛みを感じる方もおられますが、人体に影響はございません。データ移動直後、元の記憶の内容は残りますのでご安心下さい」
 ツルハシ「簡単でしょ? ちなみに、購入した記憶を自分のものにするときは、スロットにデータの入ったSDカードを挿してから、左耳にBL(ブレイン・レッグ)を刺してBボタン。逆の操作です」
 九条「なるほど。右から左へ、ってか。でもよ……俺が女を落としたときの記憶なんて、ホントに高く売れんのかよ。前金貰ってるから、偉そうに言えないの判ってるけどさ」
 ツルハシ「売れますよ、保証します。『ブリリアント・ボーイズ』N0.1九条龍輝のデータですからね! 世の中には異性関係が上手く行かずに悩んでいる人がゴマンといるんです。恋人を作るにはどうしたらいいのか。できてもどうして良いか判らない。だから出会い関連や、ノウハウ販売の業者が儲かっているわけです。N0.1ホストの体験データが、高く売れないはずがない」
 九条「わかった、やめてくれ。その『元』っていうのがいちいちカンに触るよ。(ツルハシの名刺を取り出して)ツルハシさんだっけ、MC(メモリーズ・カンパニー)代理店か。あんた、チップ(記憶)ブローカーなんて、怪しすぎるぜ。成り立つの? こんな職業」
 ツルハシ「……(薄笑いして)やめても良いんですよ。ただ貴方、手術代や治療費もろくに返済できてないんでしょう。肝臓壊して、胃を壊して、膵臓壊して。事実上引退。浪費癖(ぐせ)が祟って貯蓄もないのに、これからどうやって生活していくんでしょうか。ご執心だった女性達も、みんな離れていったみたいですしねえ。あ、やめるなら前払いした二十万円、利息を含めて、いますぐにご返済願います」
 九条「あーわかった! わかった! やるよ(BE(ブレイン・エッグ)を手に取る)」
 ツルハシ「BL(ブレイン・レッグ)・所謂(いわゆる)の部分を掴んで先端の尖った部分を右耳に挿入して下さい」
 九条「気持ち悪! (言うとおりにする。すぐさま右耳を押さえて)うああ痛あっっ!!」
 ツルハシ「痛みは一瞬。すぐに慣れます。Aボタンを押して。それから誰か、貴方が口説いた女性の顔を一人思い描いて下さい。それでOKです」
 九条「色々いるからな……じゃ、裕美にすっか」
移動式大型液晶モニター(※)と、後方のスクリーンには、建物、女性らしきシルエット。一部の焦点がぼやけている。個別映像。記憶がデータ化されてゆく、それらしき内容が高速で流れる。 やがて映像は音とともにフェードアウト。

 ツルハシ「OK。終了です」
 九条「え、終わったのか?」(BL(ブレイン・レッグ)が耳から外れる)
 ナレーション「機器登録完了。お疲れ様でした。現在(これ)より、こちらの端末は、貴方専用のBE(ブレイン・エッグ)となります。他の方との共用は出来ませんので取り扱いにご注意下さい」
ツルハシは九条から、BE(ブレイン・エッグ)を受け取りSDカードを取り出す。
 ツルハシ「(BE(ブレイン・エッグ)のボディを見て)プラチナム・ピース。やはり間違いなかった。ここに『PP』の表示があるでしょう。これは他人に大きな影響を与える、価値の高い記憶データを示しているんです。普通のデータなら、ただのチップを示す『C』が表示されます。九条さんのデータが高額になる証拠です」
 九条「え、いくら?」
 ツルハシ「MC(メモリーズ・カンパニー)にデータを送ってからにはなりますが、これまでたくさんの取引をしてきた私の経験上、少なくとも30万円以上にはなるでしょう」
 九条「マジかよ!」

ここで、九条たちのいる舞台上手側の照明は消え、下手側(左側)に照明がスイッチする。この場面は、左右(上手側・下手側)スイッチ形式。
照明が当たる下手側には、シックで落ち着いた雰囲気のバー『XENON』のカウンターに座る松屋町吾郎(客席から観やすい向き)。少し悲しげな、落ち着いたBGM。

 松屋町「(ロックグラスを掲げて)マスター、同じものを」
そこに、美貌の森宮ユキが現れる。
 ユキ「社長、お待たせしてしまって、すみません」
 松屋町(ユキのほうを振り返って相好を崩す)「おおう、ユキちゃーーん。全然待ってない。全然だ。ほら、女の子は色々と準備があるだろうし。何というか色々とほら、女の子はな。わはは」
言いながら、松屋町はユキの全身を舐めるように一瞥する。
 松屋町「こっちにおいで。ユキちゃんは?」
 ユキ「では、カシス・ソーダをいただきます」
カウンターから出てくるグラスで乾杯する二人。
 松屋町「いやもうね、私くらいの歳になるとね、ユキちゃんみたいな子と過ごす時間というのが貴重と言うか、言うなれば宝石なわけだよ」
 ユキ(苦笑)「私こそ、松屋町社長のような方とご一緒できて光栄です」
 松屋町「嬉しいなあ、最近そんなふうに言われること滅多にないからなあ。何時ぶり? 100年ぶり? わはは」
言いながら、ユキの肩に手を回す。
 松屋町「うちの株は、もう大半が長堀の手に渡ってしまった。ほら、前に言っただろう。『エステート・ナガーン』代表のあの男な。傘下に置いた会社の代表にしてやられるなんて、飼い犬に手を噛まれるより笑えない。もはや私なんて、飾りみたいなもんだ。家族もばらばら。惨めなもんだよ」
 ユキ「それでも社長には、会社をここまでの規模に育てた実績と経験がお有りです」
 松屋町「――例の話か?」
 ユキ(松屋町の手をそっとほどいて)「はい……私、悔しいんです。社長が今も並外れた力をもつ素晴らしい方なのは、一緒にいて伝わってきます。それなのに、ちゃんと評価されていない。だから悔しくて。松屋町社長にも確かめていただきたいんです。社長ご自身こそが宝石なんだってことを」
 松屋町「……さすが上手いこというなあ。ユキちゃんの上司にも、似たようなこと言われたけど、私の記憶をデータにして、それに値段を付けるなんてなあ」
 ユキ「価格なんてどうでもいいんです。実際に大きな評価が見えれば、社長のこれからの意欲の源になるんじゃないでしょうか。そのことのほうが大切だと、私は思います(目を見つめる)」
 松屋町(照れながら)「判った、ユキちゃんのためだからな。協力するよ。何だ、あの気持ちの悪い、ブレイン・ドッグ? あれを右の耳にだったね?」
 ユキ「有難う! 嬉しい! (松屋町の手を握って自分の胸に押し当てる)右の耳に接続したら、この間お伝えした通り、社長の成功のきっかけとなった、イメージをいくつか思い出すだけで良いですから!」
 松屋町「(嬉しそうに)う、うんうん。わかった。だからと言ってはなんだけど、ユキちゃん……これからは、吾郎で。私のことは『社長』じゃなく、下の名前で呼んで欲しい」
 ユキ「――はい、判りました。吾郎さん!」
松屋町の満面の笑みで照明が切り替わり、舞台上手側に。

上手側(右)舞台はちょうど、ツルハシが九条の部屋のPCでデータの査定を行っているところ。
 ツルハシ「く、くく、九条さん! 思った以上です。すごい値が付きましたよ」
身を乗り出す九条。
 九条「いくらだ?」
 ツルハシ「文句無しのプラチナム・ピース。120万円です!」
 九条「ひ、ひゃくにじゅう、マジかよ。たったあれだけで……」
 ツルハシ「だから言ったでしょう。九条さんの経験には、価値があるんです。取引を続ければ、もっと稼げますよ」
 九条「120万……女落とした記憶なんざ山ほどある。これで返せる。返せるぞ」
 ツルハシ「今後も売買はうちでお願いしますよ。約束通り、金曜日までにはうちの取り分15%を差し引いてお振り込みします。すでに契約書にサイン貰ってますので、他のブローカーや、MC(メモリーズ・カンパニー)と直接取引すれば規約違反ですから、念のため」
呆然としたままの九条は、なにも答えない。
 ツルハシ「後はご自由にBE(ブレイン・エッグ)を使って、市販のMicroSDにデータを移しておいて下さい。随時査定します。 では!」
そう言い残して後ろ手を振り、九条の元を去る。舞台手前側に来るツルハシ。九条が、よっしゃ、と拳を振り上げたところで後方の照明が消える。スポット照明が、ツルハシを追う。後方では舞台転換。
 
急に、自分の頭を押さえ頭痛に呻きはじめるツルハシ。客席側に目を剥き苦しむ。同時にもう一方の手で胸を押さえてその場に座り込む。荒くなる息、咳き込むツルハシ。
 ツルハシ「(頭を押さえながら自身に)……出てくるなと言ったはずだぞ。いいか? 私は、もうすでに『私』ではないんだ」
そこに、反対側から森宮ユキが駆け込んできて合流。

 ユキ「お待たせ! (ツルハシの様子に気づいて)ボス、大丈夫ですか」
 ツルハシ「あ。ああ、大丈夫だ(立ち上がる)――それよりユキ」
 ユキ(指でOKサインを作って)「上手く行きましたよ。ほら契約書。わたしのラインID教えたら、喜んで書いてくれました」
 ツルハシ(苦笑いして)「まったく、あのスケベ爺いは!」
 ユキ「あは。可愛いおじさんですよ」
 ツルハシ「こちらも成功。思った通り九条は宝の山だ。担当するかい?」
 ユキ「いえ、わたしホスト系はNG、ってことで(笑)」
 ツルハシ「例の友達のほうは?」
 ユキ「うーん、怪しんでる感じかなあ。普通に怪しいですもんね、耳に挿して記憶を売ったり買ったりなんて。薫ちゃん、グロいものとか苦手って言ってたしなあ。BE(ブレイン・エッグ)がサンリオのキャラクターの形してたらいいのに」
 ツルハシ「キティちゃんの形のものを耳に突っ込む姿も、それはそれで怪しいだろ」
 ユキ「あは。それもそっか」
 ツルハシ「迷っているひとには、無料サンプルお試しセット(と言って、ユキにSDカードのケースを手渡す)」
 ユキ「なんですか?」
 ツルハシ「たった今手に入れた、九条龍輝のプラチナム・ピース。120万円の値がついた。査定のアップロードの前に、こっそりコピーしておいたんだ」
 ユキ「ひゃ、ひゃく、にじゅう!! 絶対価値観おかしいよ、メモリーズ・カンパニー」
 ツルハシ「データのコピーは3回まで。こんな使い方も有りだろ。恋愛がらみのデータだと言えば、食いついてくるんじゃないか。細かいことは言わなきゃいい」
 ユキ「そうですね。薫ちゃん、お金持ってるからなー。でも120万か。サンプルに使うの、もったいない気がするなあ」
 ツルハシ「まずは顧客を増やす。今が攻め時だ。たぶんこの記憶売買ビジネスは、そう長くは続かない。ブローカーは他にも増えて来たし、ネットであっと言う間に全国に拡散する」
 ユキ「MC(メモリーズ・カンパニー)って、独占企業ですよね」
 ツルハシ「今のところはな。だがBE(ブレイン・エッグ)の構造が解明されれば、追随する動きが出る。MC(メモリーズ・カンパニー)自体怪しい存在だし、もし何らかの社会問題に発展すれば規制が敷かれるだろう。そうしたら、旧世代の出会い系ビジネスと同じく、先細りだ」
 ユキ「いまのうちに稼いじゃわなきゃ、ですね」
 ツルハシ「そういうこと。ここで取りこぼし無く稼げたら、ユキが夢見る宇宙一周くらいなんとかなる」
 ユキ「いや、宇宙一周は無理だろ……」
 ツルハシ「そろそろ、例のお友達が来るんじゃないのか」
 ユキ(腕時計を見て)「ホントだ! 薫ちゃん、仕事終わった頃だ」
 ツルハシ「後は宜しく頼む」
ツルハシに当っていた照明が消えた瞬間、舞台左側(下手側)にスポット。
超絶ハイテンションでラブリーなオカマ・今里薫が現れる。フリフリな服装。舞台上に赤や青やピンクのド派手な照明が交錯する。スクリーンは、乙女チックな、お花畑とか薔薇とか。マイメロディやキティや、ポムポムプリンとかリラックマとか。場違いな映像を映し出す。

【2】森宮ユキ&今里薫 江坂恭太郎&カルノフ

 薫「ユキーー! おひさー(ユキに向かって手を振る薫)」
 ユキ「わーい!! 薫ちゃーん! 久々ーー」
二人は舞台を駆け寄り抱き合った後、手を握り上下に振って飛び跳ね、喜びを表現。
 薫「ユキはどう? もう辛い恋とか、思い出したりしてない?」
 ユキ「うん、……大丈夫。相変わらず優しいね」
 薫「ごめんねえー。ここんとこお仕事が忙しくてさあ。ユキに会いたかったんだけどお。ほら、ボクったら、売れっ子だからあ」
 ユキ「全然良いよー。薫ちゃんのダンス、サイコーだもんね。今日も踊って来たの?」
 薫「もっちろん! ばっちり三ステージこなして来たわよ。ほら、こんな感じで」
薫は、客席に向け、キレキレのダンスを披露。脚を大きく上げてステップ。
 ユキ「だめだよ、薫ちゃん。スカートで脚上げたら、見えちゃうって。色々なものが」
 薫「あら、やだあー。ボクったら、はしたない。恥ずかしいわ。見えちゃってた? ボクの、ゴールデン・ボーイ。いやんもう、何言わせるの、ユキったら、下品~~」
 ユキ「あはは。薫ちゃん面白い! 下品なのはあんただろって」
 薫「それはそうと、ちゃんと持ってきたわよ、ユキに言われたもの。これうねうね動くでしょ。オカマ仲間はみんな好奇心旺盛だからさ、見つからないように持ってくるの、大変だったのよ」
 薫はバッグから、BE(ブレイン・エッグ)を取り出す。
 薫「もーホントこれ、HYKよ!」
 ユキ「あは。何それ」
 薫「卑猥。やらしい。気持ち悪い。 なあーんて、やだもうー」
 ユキ「使い方はこの前教えたよね。はいこれ。うちのボスが、無料で試してみてって」
ユキは、九条龍輝のデータのコピーが入ったSDカードを手渡す。
 薫「えー、なになに。無料なの」
 ユキ「薫ちゃんは友達だから特別。恋愛がらみのデータだってさ。興味あるでしょ。誰かの記憶を追体験するって、すっごく刺激的だよ」
 薫「ほんとー、ユキがやったのならやってみようかなあ」
 ユキ「このデータをスロットに差し込んで、それからこのBL(ブレイン・レッグ)を、左耳に(手を取り教える)」
 薫「いやーん。グロいーー。あら痛い、痛いわ」
 ユキ「ちょっと我慢してね。後はBボタンを押すだけだよ」
 薫はBボタンを押す。すると、後方スクリーンと可動モニター(またはプロジェクター)に、九条の脳内からデータ変換したときと、同じ映像が高速逆回しで流れる。
 薫の中で衝撃が起こる様子。目を閉じたり開いたり、痙攣したりする薫。 終わった後。
 ユキ「どう? 薫ちゃん」
 薫「生々しい……。沢山の感情が流れ込んできて。ボク? いやボクじゃない誰か。女の子の興味が、少しづつこちらに向いてきた。なんだか力がみなぎってくる感じ。なんだろう、これ」
 他者の記憶を取り込んで、呆然とする薫。
 ユキ「これが、チップ・データを体験する、ってこと。刺激的で心地良い感じでしょう」
 薫「ホント。とても不思議。理屈じゃなく。誰なの。彼と何かを分かち合うような感じ」
 ユキ「これはプラチナム・ピース、っていう価値のあるものらしいけど、もし好みじゃなかったら、試してみたいデータをリクエストして」
 薫「凄い……イイ。なにこれ。ボク、病みつきになりそう」
 ユキ「PP(プラチナム・ピース)は、けっこう高いから、気をつけてね。でも薫ちゃんなら、特別価格でOK」
 
不思議そうな表情をした薫のところで、照明は落ちる。暗転中、客席中央の、視認し易い場所にモニター(プロジェクター)が移動。

【ついに! マスト・オークションにて、『記憶データ』の取引開始!】

このインターネット・ニュースのトピック(大きな文字)が、右から左へとスクリーン(とモニター)上を数回流れる。いくばくかの時間の経過があったことを示す若干のインターバル。
そのすぐ後、突然後方スクリーン全体にスター・ウォーズのオープニング画面が流れるように映し出される。
馴染み深いテーマ曲。そこから、BGMは変調して、他の映画音楽、ダンス・ミュージック、ヒップホップ、レゲエ、ハウス、カントリー、多種多様にリミックスされた音楽が流れる。後方には、スター・ウォーズだけでなく、ET、BTTF、ターミネーター、ゴッド・ファーザー、オードリー・ヘップバーン、黒澤作品。チャールズ・チャップリン作品など、古今東西様々な名作映画のシーンが次々に(スタッフや役者さんこだわりの作品を採用したら面白い)。
カラフルな照明にミラーボール(可能であれば)が輝く舞台は、まさにシネマ・ダンス・パラダイス。フルキャストでの賑やかなダンスシーンに! (一旦舞台からハケたユキや薫もダンスに参加)。

そこに、マザコン映画マニア・江坂恭太郎が現れる。江坂はタブレット二個持ちにヘッドセット・マイク。何者かとボイス・チャットをしながら登場する。
 江坂「ヘイ! カルノフ! 調子はどうだい? いやー、相変わらず僕は映画三昧さー。リチャード・フライシャー監督の作品、観てみた? 『10番街の殺人』? やっぱり! カルノフ好みだと思ったんだ。『見えない恐怖』もいいよ。70年代のスリラーも味があるだろ。うんうん、例のチップ・データね、まだ見つかってないんだよな。ママンにも、探してもらってるんだけどね」
ダンスは盛り上がり、ちょうどタイタニックの映像と音楽のところでカット・アウト。出前を持ってきたダンサーの二人が、踊りながらラーメンらしき鉢を江坂に渡す。一人は古めかしい『出前持ち』の恰好。もう一人は、『Aber Eats』の文字がやたらと目立つ、黒く四角い大きなボックスを背負っている。江坂が受け取ったところで、ダンサーたちは回転しつつ舞台を去る。
 江坂「サンクス! 代金はママンに貰って!」
 ツルハシ「ママンには、いつもお世話になっています。宜しくお伝え下さい」
突然影のように現れて、深々とお辞儀をするツルハシ。
 江坂(ツルハシを見て驚き)「うわ! ごめん、カルノフ! 急な来客だ。また後でアクセスするよ! じゃ、アディオス!」
 ツルハシ「あ、ラーメン。どうぞ食べて下さい。カルノフさん? 最近親しそうですね」
 江坂「親しいっていうか、ネットのね。映画評仲間」
タブレットを操作。大型モニター(プロジェクター)には、懐かしの80年代マイナー・ビデオゲームの主人公、カルノフの画像(皆さんご存じでしょうか?)が表示される。
 江坂「(タブレットの画面を指して)こんなやつ。はは。面白いだろ、僕もよく知らないんだけど、口から火を吐くみたい。80年代のマイナーなゲームの主人公らしいね。正式名はジンボロフ・カルノフスキー (Jinborov Karnovski)だってさ。どうでもいいけど」

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 ツルハシ「善玉にも悪者にも、どちらにも見えますね」
 江坂「で、今日は何? いい加減に、頼んでたチップ・データ、見つけてくれた?」
ずるずる、ラーメンを啜る江坂。横目でツルハシを見る。
 ツルハシ「なかなか難しいですね。映画のタイトルどころか断片的な場面すらも曖昧な状況では」
 江坂「ふん! チップ・ブローカーの情報網も大したことないな。別にいいよ。記憶データのお陰で、一時(いっとき)は下火だったネット・オークションが活気づいた。いずれ手がかりは掴める」
江坂はラーメンを平らげながら、タブレットを操作。
舞台の移動式モニターには、国内最大級のオークション・サイト、『マスト・オークション(通称:マスオク)』の画面が表示される。
オークション・カテゴリ:『記憶』→『チップ・データ』→『プラチナム・ピース』と切り替わる画面。
多くの商品が、アップされている様子が、次々と映ってゆく。
 江坂「まさかこんなに拡がるとはね。まあ、もっと沢山の人がチップを取り込む感覚を味わったら、さらに落札価格は跳ね上がるよ。コミュニティサイトの書き込みにも勢いが出てきたし」

スクリーンとモニターは、コミュニティサイトの、それっぽい投稿の一部を表示。

【ID:7iron*** 凄いです!! TNさんのプラチナム・ピースのお陰で、スコアが飛躍的に伸びました! 周りからスイングが変わったと評判です。TNさんのホールイン・ワンの記憶をたどり、いつか僕も達成してみたいです。有難うございました。いただきます!】

【ID:cherry***  今まで人の目を見て話すことが出来なかった僕が……気になっていた女性とデートの約束ができました。会社内での評価も上がりましたし、高い買い物をした甲斐がありました。Ryuukiさん、プラチナム・ピース、有難う。いただきます!】

【ID:ctripper** チップを取り込んで、自分が誰だか判らなくなる瞬間が気持ち良すぎるぜ! おまいらもトリップ、試してみーww いっ、ただっ、き、まーーすwww】

 江坂「はは。なんだろうね、最後に『いただきます!』って付けるの。誰かが言い出すと、ネット民はすぐ真似するからなー」
 ツルハシ「ネット用語はともかく、私は商売がやりにくくなって困っていますよ」
 江坂「(ツルハシを横目で見て)は。呆れるね……。ツルハシさん、あんたやっぱりタヌキだ。ホントは、最初からこうなることを見越してたか、次のビジネス・プランを見つけたか、どちらかだろ」
 江坂はタブレットを操作。モニターには『恋愛』カテゴリ→出品された複数のデータが表示される。

【Bridge_Tsuru: プラチナム・ピース!! 至高の恋愛スキルと、その実体験。NO.1ホスト Ryuukiのデータ①~⑭】

 江坂「この出品者ID:Bridge(ブリッジ)_Tsuru(ツル)、って、あんただろ。笑っちゃうよな。14件も出品してさ、開始価格50万~。強気に出たね。しかも結構な値が付いてるし。他のカテゴリにも色々出してる。一度高額で買い取ってマージンを稼ぎ、コピーして、それをまたマスト・オークションで売る! あざといな。何度美味しい思いすんだよって」 
 ツルハシ「苦肉の策です……。まあ、仰るとおり結果的に利益は増えました。もしかしたらMC(メモリーズ・カンパニー)は、最初からこうなるように、制限付きでコピーできる仕様にしたのかも知れません」
 江坂「みんなの記憶データが、ネットで拡散するように、ってこと? 何のために。ま、どうでもいいか」
 ツルハシ「そう言いつつ、江坂さん。貴方も出品していますよね。私が提供した映画関連のチップ・データ。コピーして。IDは『恭サマ』でしたか。先ほど下の階でママンに聞きましたよ」
 江坂「えー。喋っちゃったの、ママーーン!」
 ツルハシ「まあまあ、今日も新しいデータ、お持ちしましたから」
 ツルハシは、数枚のSDカードを江坂に手渡す。江坂は、慣れた手つきでBE(ブレイン・エッグ)を取り出してBL(ブレイン・レッグ)を左耳に装着。
江坂は一枚目を挿入しBボタン。すぐさま『あふ~~ん』とか、気持ちの悪い声を出す。恍惚の表情。突然目を見開いて喋り出す。
 江坂「おおー『パピヨン』かー、渋いとこきたね。脱獄ものは良いよな。スティーブ・マックイーン、ダスティン・ホフマン、かっこいい。そうか、こういう見方もあるんだねえ」
移動モニター(プロジェクター)には、江坂が挙げた映画の静止画が表示される。
 江坂は続けて2枚目のSDカードを挿入。チップを取り込む。またも『うは~~ん』とか、気持ちの悪い声の後、覚醒。
 江坂「『誘拐犯』! 好きな映画だ。なるほどなー。ラストのどんでん返しが印象的すぎて、見落としてたな。確かに銃の使い方が、独特だ。監督のこだわりだね。いやあ僕の見方と全然違う。(感慨深げに目を閉じて)感性が拡がるなーー」
 ツルハシ「他人が映画を見た時の記憶なんて、そんなに良い物ですか?」
 江坂「判ってないなあ。一つの作品でも、色々な見方があるのがシネマの醍醐味じゃないか。普通なら、一生知ることの無い、別人の感覚を体験できるなんて、これ以上ない喜びだよ、マニアとして」
 ツルハシ「そういうものですか」
 江坂「まあ、今回も良かったよ。代金はママンに貰って。どうせ映画のチップなんて、単価3万とか5万とかだろ」
 ツルハシ「『恭サマ』もお小遣い、稼いでくださいよ。これ、コピーして。マスオクでね」
 江坂「あ、あはは……やられたね。ツルハシ、お主も悪よのう(ごまかすように肘で小突く・笑)」
 ツルハシ「いやいや、江坂さんほどでは」
 二人「わっはっはっは! ……(乾いた笑い)」
 ツルハシ「さて、実は今日、折り入ってお願いがありましてね。江坂さんに会ってほしい人がいまして、ママンのところで、待ってもらっているんです」
 江坂「客人? どんな人?」
 ツルハシ「うちのクライアントなのですが、沢山のプラチナム・ピースを提供した後、極端な鬱状態になりましてね。試しに、江坂さんのチップを譲ってみたところ、映画のことをもっと深く知りたいと言ってきたんです」
 江坂「意外と面倒見がいいんだね」
 ツルハシ「顧客へのフォローも大切ですから」
 江坂「データを譲ってもらえなくなったら、商売に響くもんね。判った。映画の話ができるなら大歓迎さ。(ヘッドセットを操作)あ、ママーン? 僕に客人が来ているってね。通して良いよ」 

舞台下手からゆっくりと現れたのは、九条龍輝だ。初回登場時とは、まるで別人のような雰囲気をまとっている。服装や髪型に頓着していないのが判る容貌。どちらかと言えば無口で暗いイメージ。
 ツルハシ「(双方に紹介する)こちら、江坂恭太郎さんです。こちらは、九条龍輝さん。前職の、いわゆる源氏名ですけどね」
 江坂「え、龍輝ってあの、ツルハシさんが出品しているプラチナム・ピースの? イメージが違うなあ。よろしく! 僕、映画大好き江坂です」
 九条「……どうも」
 江坂「たしか女性の扱いがすごく上手いんだよね。僕はママン以外の女性を前にすると、てんでダメだから羨ましいよ」
 九条「大したことない――。後に何も残らないし」
 江坂「どんな映画が好きなの?」
 九条「(間を置いて)……ジブリ」
突然江坂の顔が、パッと輝く。力強く九条の手を握る。
 江坂「気に入った!! 真っ直ぐな人だ。好きな映画訊かれてすぐにジブリ、って答える人、なかなかいないよ!」
 ツルハシ「そんなものですか」
 江坂「だいたいみんな、誰も知らないタイトルを答えようとして言葉を濁すんだ。自分の感性の薄っぺらさがバレないようにごまかすんだね。誰でも知っているものを即座に言えるのはいい人に間違いない!」
 九条「この間TVでやってただろ。『カリオストロの城』と『ナウシカ』。あれを見て、好きになっただけだ……」
 江坂「『ラピュタ』も良いよね。天空の城で、独り動いているロボット。最高だ!」
 九条「(自分の胸の辺りを掴んで顔を歪める)――寂しい。時々どうしようもなく不安になるんだ。開いたアルバムの写真の真ん中だけががすべて、黒く塗りつぶされているような。見慣れた景色が脇に映っていても、それがどこなのか思い出せず苛立たしいような(頭を搔きむしる)……。良く判らないけど、何故か無性にざわざわして、笑っちまうくらい寂しくてさ」
 ツルハシ「過去に囚われずに済めば、喜ばしい気もしますが……」
 九条「(ツルハシの言葉は気に留めず)沢山記憶を売ってから、いつも胸の内側が鈍く痛む。だけど、少し楽になった。あんたの映画のチップのおかげで……」
 江坂「おかしいな……BE(ブレイン・エッグ)にそんな副作用あるのかな。まあ、僕としては光栄だ。どの映画?」
 九条「チェスのやつだ」
 江坂「『ボビー・フィッシャーを探して』かあ! そっか、あのときの感動を味わってくれたんだ。同じ記憶を持つ人が目の前にいるなんて、興奮するなあ」
 九条「映画を観ているときだけ、不安を忘れてる。不思議と胸が苦しいのがましになる」
 江坂「僕達のもう一つの人生、それが映画ですからー。なんてね(笑)」
神妙な顔をして黙りこむ九条。
 江坂「え?(慌てて)真面目に取らないでよ。ほんの軽口だって」
 九条「俺に、もっと映画のこと、教えてくれるか……」
 江坂「お安いご用! 九条さん、好きなジャンルってある?」
 九条「……まもる」
 江坂「へ?」
 九条「まもる、が俺の本名だ。源氏名には、違和感が出てきてさ(苦笑)。この間まで、ホストで稼ぐことが誇りだったはずなのに。おかしいよな」
 江坂「そっか、じゃあ『マモさん』だね。僕は恭太郎だから『恭さん』で行こう」
 ツルハシ「『恭サマ』では?」
 江坂「恥ずかしいから! もう。ママンはおしゃべりで困るよ。(九条に)『最強のふたり』、観てごらん。主人公二人の関係にジンと来るよ。境遇もタイプもまったく違うのに、同じ空気感が伝わって来るのが素敵なんだ。

 うん、イタリア映画も良いね。『ベニスに死す』『ニューシネマパラダイス』『ライフ・イズ・ビューティフル』うう、最高! ――ほろっとする映画も良いけど、マモさんには、色々なジャンルを観て、世界の拡がりを感じて欲しいな。気分が沈みがちなときは、アクション要素のある作品がお薦めだよ! デ・ニーロとアル・パチーノが激突する『ヒート』良かったなあ。『ニキータ』や『レオン』のリュック・ベッソンはやっぱり見逃せないところだよね。『LUCY』は賛否両論あるけど、あの、感覚的な世界、僕は好きなんだよなあ。あと、タランティーノの『レザボア・ドックス』。『トゥルー・ロマンス』もいい。彼は脚本担当で、監督はトニー・スコットだけどね。そして『イングロリアス・バスターズ』! あの映画は彼の集大成だよね。そして、どんでん返しを楽しむなら、『ユージュアル・サスペクツ』かな! あれを見終わった後の『やられた』って感じは爽快なくらいさ。それでもって、聞いてよ。社会派やSF映画にもまだまだお薦めがあってね……(大げさな身振り手振りとともにペラペラとまくし立てる江坂の話は止まりそうにない)」
 ツルハシ「ちょ、ちょっと、江坂さん!」
 九条「(スマホを取り出し)メモするから、ゆっくりと喋ってくれ」
 江坂「――あ、ごめん熱くなっちゃった。メモはしなくていい。全部BLD(ブルーレイ)かDVDを貸してあげるから。僕のチップ・データも、そのあと渡すよ」
 九条「――有難う。いい人だな」
 江坂「僕も嬉しいんだ! 映画仲間は最高! ……で、代わりと言っちゃなんだけど、僕からも頼みがある。どうしても探したい作品が一つあってね、マモさんにも協力して欲しい。おそらく絶版もので、動画配信もなくてさ。タイトルすら判らないから、観た人のチップ・データだけでも手に入れたくて」
台詞の途中で、ツルハシのスマートフォンが勢い良く鳴り響く。
 ツルハシ「……もしもし。ああ、ユキ。そうか! よくやった。間違いないか? ああ、すぐにでも受け取りたい。合流できるか? 判った。江坂さんに訊いてみる」
通話口を掌で塞ぎつつ、江坂に訊く。
 ツルハシ「すみません。急ぎで受け取りたいデータがありまして。うちの社員……というか私の相棒が、すぐ近くまで来ているようなんです。ご迷惑じゃなければ、ここに呼んでいただいてもいいですか」
 江坂「何だよー。今日は来客が多いな。別にいいよ(ヘッド・セットを操作)。ママーン! 客人が、もう一人来るから通して」
 ツルハシ「(電話越しにユキに)大丈夫。了解が取れた」

ガチャ、という扉の開く効果音のあと、すぐに森宮ユキが現れる。
 一同「早っっ!!」
ユキは、以前のカジュアルな服装とは違い、清楚で明るい色のワンピースとヒール姿。テイファニーらしきネックレス。艶やかな髪を下ろしている。ひらひらと、眩しくスカートが舞う。ユキは急ぎ足で、ツルハシにSDカードのケースを渡す。
 ユキ「ボス、お待たせ!」
 ツルハシ「よくやった、流石だ。特別ボーナス出さないとな」
 ユキ「あは。頑張りましたよー! 査定280万円のプラチナム・ピース、ゲットです」
ユキは自分の服装に目をやるツルハシに気づき、
 ユキ「あ、これ? みんな吾郎ちゃんが買ってくれたんです。(上目遣いに)可愛いですか」
 ツルハシ「吾郎ちゃん……。ああ」
そこに、興奮気味に割って入って来る江坂。
 江坂「あ。あのあのあのあのあの……こ、この方は?」
 ツルハシ「お伝えした通り、相棒ですが」
 江坂「あ、相棒……おかしいな。(ユキのほうを向いて)あのっっ、僕は、ママン大好き江坂……違う! 違わないけど間違い。映画大好き江坂です! 初めまして宜しく」
 ユキ「(会心の笑顔を作って)あは。森宮ユキです。こちらこそ、宜しくお願いします」
江坂が差し出した手をユキが握ろうとしたら、今度は江坂のほうが慌てて震える手を引っ込める。
 ユキ「(当惑気味に)お母様とお会いしましたが、親子仲が良いって素敵ですね。江坂さんって、ボスから聞いてたよりも、ずっと優しそう」
 江坂「えーー。どうしよう。何も判らなくなってるぞー、僕。落ち着け、落ち着け。こんなの反則だろ。(その場をうろうろしながら、思わず言葉が出る)相棒って言えば、『48時間』のニック・ノルティとエディー・マーフィーとか。『メン・イン・ブラック』のウィル・スミスとトミー・リー・ジョーンズとか。『リーサル・ウエポン』に『バッド・ボーイズ』。『テルマ&ルイーズ』? マーティーとドクも相棒、って言えるのかな。それならドラえもんとのび太はどうなんだ。いやあれだ、水谷豊主演でシーズン毎にコロコロ変わるやつ。ああいうのだろう普通、『相棒』っていうのは――」
 ツルハシ「何を言っているのか全くわかりませんよ」
 ユキ「あは(江坂に近づいて笑顔)。映画のこと、本当に詳しいんですね。江坂さん、なんか素敵です」
そのとき、九条が俯きながら溜息。呟くように、ひとこと。
 九条「――まったく。典型的な、ダメ女だな」
一瞬で、空気が固まる。
 九条「恭さん、もう友達だから、言うぞ。その女はやめときな。振り回されて大変だぜ」
 ユキ「……なんですか、いきなり」
 九条「(ユキに)……あんた、自分のこと認めてないだろ」
 ユキ「えっ?」
 九条「心の奥の話だ。自分なんかダメだと思ってる。自分自身を愛せないから、今ここにいる価値を確認したくてしょうがない。だから、好かれようと必死になって愛想をふりまく。そうやって得た好意なんか、アクセサリーだろ? 作り物の自分になびいた感情だ。あんたは馬鹿にしたくなるよな。プライドだけは高いから」
 江坂「え、え? マモさん酷いよちょっと」
 九条「大丈夫。彼女のためだ。(江坂を手で制して)似たような女を、俺は数えきれないくらい見た。心が矛盾している。都合良く落としてカモにするなら、狙い目中の狙い目。放っておけばいつまでも、自分のことを決して愛さない男ばかり選び続け、最後はボロボロになる」
 ユキ「失礼じゃないですか……貴方に何が判るんです。わたし、ホスト系、って嫌いだし」
 九条「お言葉だが、ホストクラブにハマる女の大半が、元は毛嫌いしていたクチだぜ。自分のこと、見えてないのか」
 ユキ「何がですか?」
 九条「空洞が空いてる……心にだ。俺には深くて暗い洞窟に繋がってるのがはっきり見えるぜ。それだよ。あんた自身恥ずかしくて苦しい、誰かに塞いで欲しくてたまらない心の穴だ」
 ユキ「どうして……」
 九条「(言葉にかぶせて)こんなことを言うのかって? もうホストじゃないからかな。簡単なんだよ、あんたみたいなの。飲ませて、褒めたりしながら、『心の穴を埋めてくれるのは、この人しかいない』と思わせる。その後は、穴を塞いでしまわないように気をつけて、適度に冷たくすれば、面白いように店にボトルを入れてくる――そんなことをずっとやってきた。隠れて血を吐きながらな」
ユキは九条を複雑な表情で睨んでいる。状況を見ていたツルハシは、途中から興味を無くし(それどころではない様子)、受け取ったSDカードに意識を向ける。次第に手足が痙攣してゆく。ツルハシは落ち着きを無くし、目の焦点が定まらない。それに気付いて、交互に九条たちを確認し、慌てふためく江坂。
 九条「――悪い。(我に返って)俺、どうかしてるな。俺が売った記憶は、生きた記録は、残っているのか? もしかしたら消えたことに気づいていないんじゃないか? おかしいんだ(苦笑)。不安で、時々感情がコントロール出来ない。
 (ユキに)そう睨むなよ。トラウマが蘇って、ちょっとイラついただけだ。でも、このままじゃしんどいぜ。『あんた』をまるごと受け入れてやれ……。自分も不幸で、誰も幸せにできないんじゃ、せっかくのいい女が台無しだろ。
 もしこの先(一瞬江坂のほうを向いて)、不器用でまっすぐな好意を向けられたとき、すぐに馬鹿にせず、立ち止まってみたらどうだ。その好意は価値があるものか。自分を許してやれば、必ず判断出来るよ。
はは。ホント何でこんなこと言うんだ、俺。まあ、せっかくだ。できれば……『幸せになってくれ』」

【3】ツルハシと謎の青年 そして、長堀 眞(しん)

九条の台詞を最後に、場面はカット・アウト。中央から、落ち着きなく身を潜めるように舞台手前右側に歩いて来るツルハシにスポットが当たる。背後では舞台転換。
 
ツルハシは、突如客席に向けて目を剥く。はあはあと乱れる息。頭と胸を押さえて呻き声を上げる。震える手で、黒ずくめの衣装にいつも固定されているボディ・バッグから、おもむろに自分専用のBE(ブレイン・エッグ)を取り出す。震える手と連動して小刻みに動く触手。ツルハシは、先ほどユキから受け取ったSDカードを挿入してBE(ブレイン・エッグ)を操作。左耳にBL(ブレイン・レッグ)を挿入。
 ツルハシ「はーっ、はーっ。はーっ。やっ、と、手に、入れた。成功、きっ、か、け、……プラチ、ナム・ピー、ス」
興奮を抑えきれぬ様子で、ぶつぶつとつぶやきながら、痙攣を繰り返すツルハシ。そのとき、不意に舞台中央にスポットが当たる。
 
舞台中央には、客席の方を向いて、魂が抜けたような表情をした青年がだらしなく座っている。黒いジャージの上下。床には、ポテトチップスの袋とゲーム・コントローラーが無造作に転がる。
青年の手にはBE(ブレイン・エッグ)と似てはいるが、二回りほど大きい、白く四角い機械。そこから伸びる四本の触手のうちの二本が、左右の耳に挿入されている。

 青年(呆然と、前を向いたままツルハシに)「君は、相変わらずだね……」
 ツルハシ(やっと我に返り青年に気づく)「また、おまえか……」
 青年「やっぱり君は、このまま得体の知れない『何か』に取り込まれるつもりなのかな」
 ツルハシ「取り込まれるんじゃない。社会的成功を、手にする。そのためのピースを……集めているんだ」
 青年「はは。頭の中に入り込んだ『誰かさん』の影響だね。良いけど、その先に君は何を求めているの」
 ツルハシ「――おまえこそ、なんだ。そんな旧型のプロトタイプに朝から晩までのめり込んで。目的があるのなら言ってみろ」
 青年「目的? 今の君より、ずっとはっきりしているよ。自分の存在を無くしてしまいたい。僕は本物のになる」
 ツルハシ「影……? おまえは元々似たような存在じゃないか。目立たず過ごした幼少時代。社会への適合が出来ず、誰にも相手にされなかった。背後に忍び寄っても、しばらくは誰にも気づかれることがない。親にも施設にも見放されている。もう充分だろう」
 青年「はは。生きる価値が無いのは明白だね。だけどこんな僕にも自我がある。影の側にはいつも光があるだろ……とても辛いよ。だから僕は、自我を、『僕』を消し去る」
 ツルハシ「記憶を売って他者の記憶を取り込めば、自我が消えるとは限らないだろ」
 青年「――知ってるはずだろ。データ化したファイルを三回コピーした瞬間に、元の脳からその記憶が消えて無くなってしまう。自分で実験したから間違いない。そこに沢山のチップをランダムに注ぎ込めば、僕は、僕ではない『何者か』になれるはずだ」
 
青年は、それまで挿入していた『プロトタイプ』の2本の触手を外し、別の2本を左右の耳に挿入する。苦悶の表情。

 ツルハシ「やめておけ……後戻りができなくなるぞ」
 青年「ははは。おかしなことを言うね、君は。後戻りがしたいの? それとも社会的成功が欲しいの? その先には何があるのかな」
 ツルハシ(一瞬の間)「ふざけるな! おまえに言われる筋合いは無い」

 その時、突然車の大きなエンジン音と、ツルハシの近い位置に大型車が停車する音がする。そのとたんに、中央に当っていたスポットは消え、同時に謎の青年の存在も跡形なく消えてしまう。

車のドアが開き、バタン、と閉じられる大きな音。
ツルハシのもとに、慌ただしく三人の人物が現れる。
松屋町吾郎が代表する『M‘Sコーポレーション』の子会社 『エステート・ナガーン㈱』社長の長堀眞。秘書の柴島悠子。門真優流(すぐる)が、ゆっくりとツルハシの元に詰め寄る。

 ツルハシ「あ、これはこれは。長堀社長じゃないですか。お久しぶりです。こちら……(門真を見て)お見受けしたことがあるような……ああ、御幣島組の集会だ。そう。門真さん! 何故長堀社長と? ――なるほど。不動産業界は色々と事情がありそうですし。火のないところに煙は立たないということでしょうか」
 門真「会わないうちにぺらぺらと良く喋るようになったじゃねえか。その減らず口、二度と開けないようにしてやろうか」
 門真が凄む。鋭く尖った目つき。着くずしたシャツの首筋から顎のラインに彫られたタトゥーが目立っている。長堀が不敵な笑みを浮かべ、門真を制する。長堀は、ダブルのスーツにオールバックといった出で立ち。
 長堀「申し訳無いが、ツルハシさん。あんたの動きを調査させてもらった。江坂邸に入り込むとは、大した営業力だ。うちに欲しいくらいだよ」
ツルハシ「お褒めにあずかりまして、どうも」
 長堀「今、左耳から取り込んだデータは、松屋町吾郎の記憶。『M‘Sコーポレーション』を立ち上げる礎となったプラチナム・ピースだ。どうだ、当たりか」
 ツルハシ「さあて? (自分の頭頂部に指を当てて)それこそ『記憶』にございません、ね」
この軽口に反応したのは柴島悠子だ。無表情のまま、ツルハシに近づき、『奇妙な形をしたハンドガンのようなもの』を向ける。それも制する長堀。
 ツルハシ「社長秘書ですか……、お綺麗な方だ」
 門真(笑いながら)「油断しないほうがいいぜ。柴島君は、元警官で射撃のスペシャリストだ。一瞬で急所に風穴が空くぞ」
 ツルハシ「はあ。流石に用意周到ですね」
 長堀「松屋町。もうあの男の時代は終わりだ――私が何の話をしに来たか判るか」
 ツルハシ「いいえ、まったく」
 長堀「他でもない、記憶データの話だ。初めてあんたから聞いたとき心躍ったよ。これこそ世界を変える技術だ。歴史的転機が迫っているのは間違いないだろうな。ゴルフのスコアを上げるレベルの話じゃない。莫大な利益を得るチャンスだ――しかし、少なからず疑問も浮かんできてね。色々と調べさせて貰った」
 ツルハシ「どうぞご自由に、と言ったはずですが」
 長堀「――公安が動いてる。意味が判るか」
 ツルハシ「警察組織とはなるべく関わりたくないと?」
 長堀「フッ。そんなことじゃない。あんた、メモリーズ・カンパニーのこと、どのくらい知っている」
 ツルハシ「何も知りません。メール、データ、荷物のやり取りと金額の確認だけ。担当者と話したこともない。儲かればいいんですよ、私は。ただのブローカー(中間業者)ですから」
 長堀「(呆れるように)面白くもない答えだ。メモリーズ・カンパニー……そんな会社はどこにもない。登記があるだけの、トンネル会社だ。何者か、或いは『何か』のな」
 ツルハシ「『何か』とは、大袈裟な言い方ですね」
 長堀(ツルハシを見て)「『ロボトミー手術』という言葉を聞いたことがあるか?」
 ツルハシ「さて、耳にしたことがあるような……医療分野には詳しくないので、よく判りませんが」
 長堀「『ロボトミー』とは、1935年、ポルトガルの神経科医、エガス・モニスが初めて行った、脳の中の前頭葉の一部を切り取ってしまう手術だ」

長堀の台詞(せりふ)に呼応するように、舞台下手側に不気味な色の照明が当たる。左側舞台では、台に載せられ布を掛けられた人形のものに、白衣にマスク姿の医師らしき人物が、ゆっくりと近づいて行く。

 長堀「頭部両側に孔(あな)を空けたり、眼窩(がんか)の隙間から、『ロイコトーム』という長いメスを突き刺したりして、目的の箇所を破壊してしまう。主に精神病患者に行われたらしいが、全ての施術者に、従順で大人しくなる効果が認められたため、日本はもちろん、世界中に広まった」
台詞中、プロジェクターが、イメージ画像をスライド表示。

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左側舞台の、医師らしき男は、歩を進めて細長い『ロイコトーム』を台の上のものに突き刺す動作をする。ぐちゃ、ぐちゃ、という不快な音。後に不気味な静寂。長堀の台詞の間に、下手側の照明は、ゆっくりと消えて行く。下手側のみ場面転換。

 門真「(自分の眼窩を指し)「この辺(へん)に刺すのか……おえっ、気持ちわりい」
 柴島(『銃』構えたまま無言)「………」
 長堀「前頭葉は、感情や知性など思考を司る場所らしい。切り取られた者はみな、物事に無感動、無関心になる。それに、この外科手術が実施されたのは、鬱病などの治療のためだけでは無かったみたいだ。病院をはじめ、一部の共同体が、人を従順にさせ管理する目的で使った形跡がある」
 ツルハシ「……」
 長堀「しかし当時、この手術は大多数に歓迎された。実際にエガス・モニスには、ノーベル賞が与えられている。後に衰退するまでに、かなりの金が動いただろう。たくさんの従順な人間を作り出したい欲望が、社会と金を動かしたんだ」
 ツルハシ「――支配欲の話など、ありふれていますが」
 長堀「鈍いな。私が言いたいのは、どこか似ていないか、ってことだ」
 ツルハシ「記憶のデータ化や、ネットのやり取りとですか? 全然違いますよ」
 長堀「――あれから『記憶』や『意識』について勉強してみた。記憶には、大きく分けて二つある。短期記憶、長期記憶によらず、人が容易に思い出すことができる『顕在意識』と、それが出来ない『潜在意識』。意識と無意識、と言い換えてもいい。BE(ブレイン・エッグ)でデータを作るときに、きっかけとして使う記憶の断片はこのうちの『顕在意識』だ」
 ツルハシ「それくらいは判ります。重要な商材ですから」
 長堀「なら、『チップ』や『プラチナム・ピース』は? どちらを変換したものだ?」
 ツルハシ「回りくどいなあ(溜息)……」
 長堀(無視して)「答えは、『両方』だ。どちらかなんてあり得ないんだよ。なぜなら『顕在意識』は、あとで自分に都合良く書き換えられるからだ。 誰にでもあるだろう、嫌な思い出が、いつの間にか綺麗なものに変わっていた、なんてことが。こんなものに他人の能力を変える力がある訳がない。影響を与えるのは、その裏に隠れて紐付いた『潜在意識』のほうなんだ」
 ツルハシ「――問題でも?」
 長堀「大ありだよ。いいか。簡単に言えば『潜在意識』は、所有者が思い出せない記憶だ。つまりそれは無意識下で、『経験』や『自信』、ときには『トラウマ』の元にもなったりする。例えば、『友人と海に行った』というチップの中に、実はとんでもないトラウマが隠れていることだってある。どんな影響力があるのか、本人すら判らない。そんなものが、他人の頭の中に入るんだ」
 ツルハシ「何かしらの影響、は出るでしょうね」
 長堀「もう出ているよ。水面下だがね。オークションで売り買いしたユーザーの中に、無気力、抑制の欠如、衝動性、てんかん発作、周りから見て明らかな人格変化を起こした者が複数いる。これは『ロボトミー』の過程で、被験者に顕れた副作用と、ほぼ同じ症状だ。確かな筋の情報だから間違いない」
 ツルハシ「……(頬を掻きながら)まあ、気が進まないことは良く判りました。無理にお勧めしません。それでいいですか?」
 長堀「シラを切るのもいい加減にしろ。チップやプラチナム・ピースは、誰かが3回コピーすれば、元の所有者の脳から消えてしまうんだろ?」
 ツルハシ(初めて顔色を変える)「……… !?」
 長堀「危険が無いなどと言って、よくも騙してくれたな。潜在意識が消えれば、徐々に人間らしさが失われてくる。本当の目的は、無個性でコントロールし易い人間をたくさん作り出すことじゃないのか。3回のコピー制限というのも、時間差を計算してのものだろう。それに、MC(メモリーズ・カンパニー)は嘘をついていない。最初にBE(ブレイン・エッグ)を起動したとき、こんな音声が流れるよな――データ移動直後、元の記憶の内容は残りますのでご安心下さい――その通りじゃないか」
 ツルハシ「……参りました。凄い想像力だ」
 長堀「フッ。……(笑みを浮かべて)誤解しないで欲しいが、私は尻込みしているわけじゃない。むしろ、見事なビジネスのやり方だと感心しているんだ。経済格差が拡がる現在(いま)、世間は真偽の判らない情報と、罵詈雑言に溢れている」
スクリーンと移動モニター(プロジェクター)上には、巷で『炎上』と言われるような、無責任で口汚い多種の言葉がスクロールしては消える。
 長堀「『金は嘘をつかない』……皆、内心思っていることだ。自分の過去を売ってでも目先の金を求める者。誰かの能力を得て更に利益を生み出したい者。仕向けられていると気づかずに、誰もが、自らの意志で従順なになる」
 ツルハシ「(やれやれ、といったポーズ)みんなある意味、もうとっくに羊でしょう? 大きな失言をしたら、すぐに身元を調べられて公開処刑だ。言論の自由なんて、うわべだけですよ」
 長堀「そうだ。だからこれ以上無いタイミングで仕掛けて来た! ネットでの拡散も、狙い通り」
 ツルハシ「――私に何を?」
 長堀「ペナルティとして、情報提供をしてもらう。あんたのテリトリーでの金の流れを、その都度私に報告しろ」
 ツルハシ「何のために?」
 長堀「潤沢な資金の元を突き止める。正体を知り上手く関わって、大きなメリットを生み出したい。MC(メモリーズ・カンパニー)の計画が進み、従順な人間が増えれば、私にとっても好都合だ」
その時、門真が動いて、背後からツルハシを羽交い締めにする。
 ツルハシ「わわっ!」
 長堀(薄笑い)「私のデータを出せ。あんたの口車に乗って提供した記憶だ。今すぐに返してもらおう」
 ツルハシ「『サンボアのカレー』を食べに行ったときのチップが、そんなに大事なんですか」
 門真「いいからよこせっ!!」
 ツルハシ「好物なら、また食べに行けばいいじゃないですか!」
 ツルハシは、ボディバッグを探り、渋々一枚のSDカードを門真に手渡す。長堀は、受け取ると、既に3回コピーしてないだろうなと言わんばかりにひっくり返して見る。
 長堀「……リスク回避は経営の鉄則だ。相手が不明のまま取引きは成立しない」
 ツルハシ「――宇宙人だったらどうします」
 長堀「フッ。笑えない冗談だ。大人しく情報提供しろ」
 ツルハシ「……判りましたよ」
門真がツルハシを開放する。背中を押され、勢い余って転び、その場に座り込むツルハシ。
柴島は『銃』を構え、身構えたまま。
 門真「痛めつけられないだけでも有難いと思え。時々会いに来るから、準備しとけよ」
長堀が合図し、三人はツルハシを残して去っていこうとする。
ふと、立ち止まる長堀。

 長堀「――そう言えば、『M‘Sコーポレーション』の社名変更を検討している。新社名は『N‘Sコーポレーション』。松屋町の『M』が私、長堀の『N』に変わるわけだ」
 門真「流石(さすが)社長! 一文字変えるだけ。看板工事のコストを大幅に削減出来ます!」
 長堀「(薄笑い)来週の役員会で、私の本社代表就任が決定する。暫く忙しくなるよ。当面『エステート・ナガーン』は、ここにいる門真君(門真、胸を張りドヤ顔)をはじめ、複数の役員に管理してもらう」
 ツルハシ「はあ……それはそれは」
 長堀「(不敵に)繰り返すが、松屋町吾郎は終わりだ。どうやら、別れた妻の元にいる娘が事故死したらしくてね、今や抜け殻同然。家族をないがしろにした自分を責めているようだが、何を今さら馬鹿馬鹿しい。老害は去るのみだ」
フッ、っと乾いた笑みを残して、長堀は後ろ手を振り、門真達と共に去って行こうとする。そこに、背後からツルハシがいつになく鋭く強い口調で。

 ツルハシ「――仰る通り時代(とき)は動いている。世界の変化は、これまで以上に加速することでしょう。長堀さん。そのスピードに、貴方こそついて行けますか」
驚いて振り返る長堀たち。ツルハシは続ける。
 ツルハシ「私は、貴方のことを、よーーーーく知っているんです。他人(ひと)より、少しでも高い位置にいないと気が済まない。と、いうよりも安心出来ない。何かしらの成功を得て、階段を登っている感覚。それが無いと、不安で不安で仕方が無い。だから異常に慎重に、神経質になる。ずっとそうやって生きてきた。それが貴方の深い心の闇だ」
この台詞を聞いて、長堀は血相を変える。冷静な仮面をかなぐり捨て、舞台の端からツルハシの元まで走り、詰め寄る。
余裕の笑みを浮かべるツルハシを立たせ、襟首を掴む長堀。近い距離で眼と眼が合う。
 ツルハシ「近いうち、従順な人間を支配するのは、AI(人工知能)かも知れません、貴方ではなく。はははは!」
門真と柴島は事態が飲み込めない様子。
長堀「(ツルハシをもの凄い形相で睨む)「どおりでその眼に嫌な光を感じるわけだ……お前、やはり『あの日のカレー』を、喰ったな」
 ツルハシ「いやいや、美味(おい)しゅうございました。かなり個性的な味でしたが、程よくスパイシーで」
 長堀「ふざけるな!」
 ツルハシ(無視して)「食事をするとき、人は何気なく色々なことを思い浮かべるものですね。あの日も様々な思考が浮かんでは消え、消えては浮かんで。優越感。成功への自信とは対照的に、不安な気持ちが、雨雲のように現れます。ネガティブなケースへの対応とその準備。思わず眉間に皺が寄ってしまいますね。そんな時、カレーのピリッとしたスパイスが、程よく心地良い。いやあ、良いデータをいただきました」
 長堀「ペテン師が……殺してやろうか」
 ツルハシ「(構わず)判りますよ気持ちは。痛いほど。同じ属性の記憶を持つ同志ですから。自分の内面の一部を他人(ひと)に共有されるなど、とてもプライドが許さない。心配なんですよ、私は。先程入手した『プラチナム・ピース』からも、僅かな懸念が流れ込んで来ます。時代の変化のなか、貴方の神経質過ぎる資質が弱みになるのではないかと」
 長堀「大きなお世話だ。口を慎め!!」
 ツルハシ「(より強く首元を締められながら)いやあ、『潜在意識』とは恐ろしい。確かに、色々なものが紐付いてる。警察公安部の動きも気になりますね。エライことになりそうだ」
長堀は、フッ、という乾いた笑いと共に、不意に冷静さを取り戻し、ツルハシを掴む力を緩める。
 長堀「(呆れたように)ツルハシさんあんた、金を稼ぎたいのかになりたいのか、どっちだ。 ……まあ別にいい。だが、あんたは『人でなし』だ! (ここでもう一度ツルハシに近づき、眼をじっくりと凝視してハッと気づく)……いや違う。そんな立派なものじゃない。あんた――『誰でもなし』か」
長堀の吐き捨てるような、諦めのような台詞の後、ツルハシだけを残して照明が消える。

 ツルハシ(胸を押さえて咳き込みながら。乾いた笑い)「ハハハ、……聞いたか。望み通りの呼び名じゃないか」
舞台端にスポットが当たり、そこには先程の青年の姿が。
 青年「植物みたいなイメージだね」
 ツルハシ「綺麗に咲いている花じゃない。目立たなく萎(しお)れた黒い葉だ」
 青年「寂しくなくていいよ。この世界には、『誰でもなし』が思ったよりたくさんいる」
 ツルハシ「気分はどうだ」
 青年「悪くはないね」

【4】アプリ : 『脳の芽 (buds of brain)』

ツルハシたちの照明は消え、舞台上手奥にスイッチ。セットは、BAR『XENON』。森宮ユキと、今里薫が、横並びに座っている。怒り心頭のユキの背中を、派手なネイル・アートを施した指で撫でたり軽く叩いたりしながら、宥める薫。片手で自分のスマートフォン(iphone)を操りつつ、優しく慰める。

 薫(スマホを操作する傍ら)「まーまー。 まーまーまー」
 ユキ「あーー、もーーっ。ムカつくう!」
 薫「まーまーまーまー。 どーどーどーどーどー」
 ユキ「どうどう。じゃないよ、薫ちゃん。アイツ、ホントに酷かったんだからね。こんなにサイテーなの、初めてだよ!」
 薫「まーまーまーまー。 まー。どーどーどーどーどー」
 ユキ「(急に立ち上がり)お前の心に穴が空いてて、暗い洞窟に繋がっている(ビシっと指さす動作)! だった、かな? あと、そうだ。愛してくれない男ばかり選ぶだの、自分を許してやれだの。何よカッコつけて。大きなお世話だっつーの!!」
 薫「へえ!? (ここでスマホが鳴り、薫は確認操作)ごめん。やっぱり良いこと言うね、九条さん。さすがだなあ」
 ユキ「はあーー? そりゃ、薫ちゃんはアイツのファンかも知れないけど、あんなこと人前で言わないよ、フツー。傷つくって」
 薫「優しさじゃない。ユキのために、敢えて刺激の強い言葉を選んだんじゃないかな」
 ユキ(じーーっ、と薫を見て)「薫ちゃんさ、ダンス関係のは置いといて、アイツのプラチナム・ピース、けっこう買ってるじゃん。何がそんなに良いわけ?」
 薫「ああ。ボクってほら、オカマでしょ。もし、普通の男性と同じように生まれてたら、女の子の気持ちを、こんな風に掴んで行くのかなあ、って。体験してみたら、すごく新鮮だったから」
 ユキ「あは。薫ちゃんが女の子をナンパ! びっくりの画(え)だね」
 二人(同時にぷっと吹き出しながら)「ナイナイナイナイ!」
 薫「あとね、時々念みたいなものが浮き上がって来るんだあ。九条さんの記憶の向こうに、何かとても綺麗な景色があるの。実は相手を傷つけるのが辛くてね。なるべく傷を浅くしてあげたい、って思ってる。でも、ある日、自殺未遂した女の子がいたんだ……ボク、凄く苦しくて。見上げたら、都会のビルの間に、ぼんやりと冬の星座が浮かんでた。あの頃と違って、薄汚れて煙ってる。だけど生きるためだ。仕方ないって思い込んだ。ボクはね、必死で、もどかしい思いを押し殺したんだよおぉぉ(徐々に感情が溢れ出す。半泣き)」
 ユキ「ヤバい! 違うって、薫ちゃん。混ざってる! それ間違いなく、殆ど九条の記憶だから!」
 薫「あ。?? そっかあ。ボク、なんだかよく判らなくなってた。あははは」
 ユキ「しっかりしてー。まるで洗脳じゃん。 ……でも、確かに。悔しいけどさあ、アイツの言う通りなんだよね。どっかで自覚してた。わたし、いつも好きになった人には、大事にされないから」
 薫「もう。(ユキの背中をばんと叩く)運が悪かっただけよー」
 ユキ「違うよ。(首を振って)最初はね、みんな優しい眼で、可愛いって、キスしてくれる。それが、ある日突然よそよそしくなったり、冷たくなるんだ。笑顔が全然無くなっちゃう――わたしが悪いのは判ってるよ。だけど何が駄目だったんだろうって。誰も教えてくれないし、どこにも答えがない……いつも、そこからさよならまで、あまり時間はかからないんだ(泣き笑い)」
 薫「(真面目な表情になって)ユキは悪くない……きっと、誰も悪くない」
 ユキ「ううん。薫ちゃんにだから言うけど、小さい頃わたし、お母さんにいつも『あなたが悪い』って言われて育ったの。何がいけないのか訊いてみたら、とても怖い顔で睨まれた――きっと当たり前のことが判らない人間なんだね。馬鹿みたいだけど、あの眼が今でも忘れられなくてさ」
 薫「叩かれたり、したの?」
 ユキ「……覚えてない。だけど、男の子とは距離を取りなさい、って言われた。あなたは相手を狂わせる。男の子はもっとあなたを狂わせるって」
 薫「どういうことだろ?」
 ユキ「あは。あの日の眼の色だけがくっきりしていて、他のことは上手く思い出せないんだ。もう、誰かを好きになったり出来ないかもなあ……わたし、薫ちゃんみたいに強くないから」
 薫「判った。(薫の声が突然低いトーンに変わる)ユキ、もうやめよ。ごめんね。心の深いところには優しく触れなくちゃね。胸(ハート)の扉(ドア)はいつか誰かが開いてくれる。それに、ボクは全然強くなんかない――(少しおどけて)『レンコン』みたいなものだから」
 ユキ「レンコン?」
 薫「うん。(クスッと笑って)実際ボクは穴だらけ。真ん中に芯みたいな穴が通っていて、それを囲むように大きな穴がたくさん空いている。心の中はいつもそんな感じだ」
ユキは、突然薫の声の質が変化し、男性的な雰囲気を纏い始めたことに困惑している。
 薫「大丈夫。ユキが持っているものは、ボクに無いものばかりじゃないか。勇気を出して(もはや完全に男性らしい声)。もし、それでも辛いことがあったなら……ボクが、必ずユキを守る。約束するよ」
 ユキ「あ……ありがと」
そこに、松屋町吾郎が現れる。

 松屋町「ユキちゃーーん、ごめん遅くなって。(薫に気づいて)ああ、こちらが例のお友達かな?」
松屋町は、ユキの前で明るく振る舞っているが、どこか元気のない様子。薫が松屋町を振り返って挨拶。既に元の薫に戻っている。
 薫「初めまして、今里薫です! よろしくですう」
 松屋町「おおう、テンション上がるなあ。こんなべっぴんさんだと知ってたら、もっとお洒落してくるんだったかなあ」
 薫「あら、いやだーー恥ずかしい。吾郎ちゃんこそ、ダンディで素敵よ~~」
 ユキ(松屋町に)「有難う吾郎ちゃん。薫ちゃん、これから自分でお店を始めたいんだって。開業について色々教えてあげて欲しいの」
 松屋町「私で良ければお安い御用だ。どんなお店にする予定なのかな」
 薫(身を乗り出して)「ランジェリー・ショップです。女性がオシャレで可愛い、って思う商品を仕入れたいの」
 松屋町「仕入れ先は?」
 薫「ヨーロッパ向けに生産している中国の会社に知り合いがいて、そこから仕入れようかなって。世の中のカップルには、みんな幸せになって欲しいし。ボクが素敵な一夜の思い出づくりの、お手伝いをしたいと思ってるんですう」
 松屋町「おおう。素晴らしいな! そういう商売は、やはりロケーションが重要だ。人が集まる場所で、なおかつ女性やアベックが入り易いテナントを選ばないとね」
 薫「そうなんです。その辺りについて知恵を貸していただけたらなあ、なんて」
 松屋町「うむ。若い起業家はこの国の未来そのもの。よし!  力になろう。ランドリー……じゃなくて、ランジェリーだね? わははは」
 薫「そうです! 可愛い、し・た・ぎ!」
 松屋町「きわどいのも、ある?」
 薫「もちろん! すごいのが」
 松屋町「おほう! 例えばどんなの?」
薫は、スマホの画面を操作しながら、松屋町に近づいて見せる。薫「可愛さ重視なんだけどお。これとか。それに、これとか……」
 松屋町「どれどれ。うっほほう! 男の夢だ! ドキドキが止まらんなあ。だめだ(ユキの方を見て)こんなのを、ユキちゃんが着けているところを想像したら、もう! 血圧が!!」
 ユキ「あは。吾郎ちゃんエッチだ。元気だね! 良かったー」
 薫「うふふ。さらにこれと、これとを組み合わせると、こーーんな感じになるのよ」
 松屋町「おお、なるほどう。(急に真面目な表情になって)これはまた芸術的だ。組み合わせでこんなにも印象が変わるとはなあ。薫さんは流石だね。花屋さんの素晴らしいアレンジメントを見るようだよ」
 薫「本当!? 判ってくれて、うれしーーーい! 吾郎ちゃん大好き!」
薫は松屋町に抱きつき、自分の感性を理解してくれた喜びを表現。松屋町も嬉しそうに抱擁で返す。
そこに、音もなく、柴島悠子が現れる。初めて口を開く柴島。凍ったような表情。

 柴島(吃音口調)「あ、あああの……ま、松屋町顧問」
突然現れた柴島の独特な話し方と雰囲気に、一同の動きが止まる。松屋町と薫は抱きついたポーズのまま固まっている。
松屋町がようやく気付いて、
 松屋町「君は――、たしか長堀くんの」
 柴島「くく、柴島です。そそ、それに……な『長堀くん』ではありません。なな長堀社長です」
 松屋町「(笑顔で)ああ、そうだったな。既に引退したこの私に、何の用かね?」
 柴島「み……明後日に取締役会があるので、一応、こ、顧問にも声を掛けるようにと、しゃ社長から……」
 松屋町「そうか。もはや、役員でもない私が同席する意味はないだろう。欠席するよ。長堀社長には、気遣いをどうも、と伝えてくれ」
 柴島「わ、判りました。(抱きついている薫を見て)――噂通り。お盛んなのですね。し、し失礼します」
そう言って、静かに去って行く柴島。

 ユキ「何? あのひと。なんか、怖かったーー」
 薫(松屋町に抱きついたままであることに気付いて)「やだ、ごめんなさい。(慌てて松屋町から離れる)ミョーな迫力に圧(お)されて動けなかったわ。あの人、ボクが吾郎ちゃんの彼女だって誤解したかも」
 松屋町(しみじみと呟くように)「うん、なんだか寂しそうだったなあ……。最近あんな風に悲しい眼(め)をした若い人が増えたよ」
 薫「友達、少なそうよね」
 松屋町「……便利な時代だ。離れた人と、いつでもやり取りができる。沢山の人と繋がっているはずなのに、若者があんな眼をするのはなぜだろうなあ」
 ユキ「不景気だから……じゃない」
 松屋町「はは。そんな理由ならいいがね」
 薫「便利になり過ぎちゃったとか」
 松屋町「うん。私は昔、社員を採用するとき、言葉だけではなく、相手の表情や仕草、漂う空気からサインを受け取ったものだ。有能か、心根は優しいのか。文字や画像だけでは伝わらないものがある。便利なものが増える度に、人の心にはじわりと寂しさが蓄積するのかもなあ」
 薫「でもさあ。それを乗り越えて生まれるものが文化でしょう?」
 松屋町(笑顔で)「良いこと言うねえ! その通り。ただね、若い感性はいつも鋭い。私には、彼らがこの先の未来に、あまり幸せなことがないと直感し、絶望しているように見える。現在(いま)の私みたいにね」
表情(かお)を曇らせ、項垂れる松屋町を見て、ユキが慌てて話題を変える。
 ユキ「そうだ! 吾郎ちゃん。頼まれてた新しいチップ、持ってきたよ! どこだったかなあ」
SDカードケースを取り出そうと、ポーチをまさぐる。
 松屋町(それを手で制して)「いいよ。有難う。この間の、ウメダさんのチップ、とても良かった――私には息子がいないからね。まさか男の子が小さい頃、こんなにもヤンチャなものだとは驚いた。もう少しで、池にはまるところだったなあ! (思い出を噛みしめるように)ふふふ。小さな子供を見守る家族……癒やしになったよ」
 ユキ(手を止めて)「吾郎ちゃん……、余計に辛くなったりしてない? わたし、娘さんのことを聞いてから心配なの。こんな風にどこかの誰かの家族の記憶を、渡しちゃっていいのかなって……」
 薫「え……え? 娘さん? 何の話?」
 松屋町「いやあ、娘がね、亡くなったんだ……(薫を見ながら寂しそうに笑う)問題は、そのことを私が一年も知らなかったことだ。仕事を言い訳にして、娘の近況を気にすることすら無かった」 
 薫「ええ?」
 松屋町「娘は先天性の『テラトーマ』を患っていてね」
 薫「『テラトーマ』? 何? (胸の前で手を組んで)難病なの?」
 松屋町「(寂しげな笑顔を浮かべて)生まれながらに身体に奇形の腫瘍を持つ病気なんだけど手術が難しい場所でね(自分の頭部側面を差す)。良性だし、様子を見て定期検査だけをさせていたんだ」
 ユキ「いいよ、もう。吾郎ちゃん……」
 松屋町「(ユキの声が聞こえていないように)奇形腫は心に影響を及ぼすものなんだそうだ。元々は身体の他の部分の臓器や、一部の組織なんだけどね。細胞の発達異常で生まれたそれを、身体は懸命に排除しようとするらしい。やがて『テラトーマ』は、副作用として精神不安や、嘔吐やめまい、発作、性格の変化までを引き起こしてゆく。心が、行き場のない悲鳴を、上げ続ける。
 私は……知らなかったわけじゃない。しっかりと医師の説明を受けていた。別れた妻に預けた娘だから、という思いが、どこかにあったんだよ。金銭的援助をしているのだから良いのだと。
 娘は、誰もいないところで、建物から落ちて亡くなったそうだ。事故ということになっているが、本当のことは、判らん。ただ、これだけははっきりしている。彼女の命を奪ったのは、『テラトーマ』では無い。決して! 『テラトーマ』では無いんだ(俯き震えながら、拳を強く握る)」
 薫「……あ! そうだ」
薫は涙ぐみながら、無理やりに話題を変えようとスマホを持ち出す。
 薫「ねえねえ、これ、知ってます? このアプリ!」
 ユキも空気を察して、薫のスマホ画面を覗き込む。
 ユキ「何これ、『脳の芽』 ……buds of brain。 変な名前。『眼』じゃなくて、植物の『芽』かあ。便利なの? 何のアプリ?」
 薫「ユキが知らないでどうすんの。これはBE(ブレイン・エッグ)と連動して、チップや、プラチナム・ピースの一部を映像化出来るアプリよ」
 ユキ「そんなのあるの? 誰が作ったのかな?」
 薫「みんな情報早いからね。もう動画が『your TUBE』にいっぱいアップされてるし。Android版もあるみたいよ」
 ユキ「偽物のチップやオークション詐欺が減るかなー」
 薫「ほら、こうやって」
薫はスマホを操作し『脳の芽』アプリを立ち上げる。
怪訝そうに様子を伺う松屋町。
舞台後方スクリーンには、少しぼやけた幾つかの画像が映し出される。
その淡い画像だけを残して照明が消える。


場面は変わって、江坂の部屋に。

 江坂「(同じような『脳の芽』の画像を見ながらタブレットを操作)違う、これじゃない。これでもないな……やっぱりだめか。せっかく凄いアプリが出てきたと思ったのになあ」
ブツブツ文句を言う江坂のヘッド・セットから声が聞こえて来る。変声器を通したような、カルノフの声。
 
 カルノフ「もしや、そんな映画など、存在しないのではないですか。貴方が作り出した幻想なのでは」
 江坂「違うよカルノフ! 子供の頃、間違いなく観たんだ」
 カルノフ「それはどこで?」
 江坂「………」
 カルノフ「思い出せませんか。貴方は映画だと思いたがっているようですが、恐らくその場面の一部は現実だ。貴方の心が封印する過去の記憶……」
 江坂「うるさい! いい加減にしろよ」
 九条「恭さん、入るよ」

カルノフの声が消えるタイミングで九条龍輝が現れる。
 九条(タブレットの画像を見て)「『脳の芽(バッズ・オブ・ブレイン)』、か……」
 江坂「遅かったね、マモさん(九条からDVDを受け取る。タイトルを見て)。お。『メメント』 『インター・ステラー』『TENET』クリストファー・ノーラン監督、良いよね。『キングスマン』『snuch』『ショーシャンクの空に』。色んなの観るようになったねえ」
 九条「例の映画、まだ探してるのか?」
 江坂「ああ。カルノフは元々そんな映画無かったんじゃないか、なんて言うけど、そんな訳ないんだ。ストーリーだってちゃんと覚えてるさ」
江坂は腕を組み、思い出すように舞台を歩き回りながら、『映画』のストーリーを語る(一部大袈裟に、オペラチックに)。
 江坂「映像は白っぽくて荒かったから、昔のヨーロッパ映画だ。
主人公はまだ小さな少年! 寝起きで眼を擦りながら階段を降りると、居間で誰かが争っている声がする。つづいてドン! という物音。近寄ってみると、女性が大男に襲われているのが判った。誰!? そう訊くと女性がこちらを見る。助けて! 襲われているのは、普段、彼に勉強なんかを教えに来てくれる優しくて大好きな女性(ひと)!
 手近にあった鈍器のようなものを手に、背を向けたままの大男に向けて、無我夢中に振り下ろす少年!!
 やがて倒れる大男。血を流した顔がごろん、とこちらを向き――それが自分の父親らしき人物なのを知ってショックを受ける」
 九条「判った、もう。長いよ……」
 江坂(構わず続ける)「ついには家を飛び出す少年! 走り出す度に、道中の霧がどんどん濃くなって来る。闇が薄暗く彼を包む。そんな中、遠くにぽつんと、建物の小さな灯りが! 灯りのついたところに駆け込んで行くと、そこは、飲食店だったような、BARだったような(頭を掻く仕草をして、思い出そうとするが上手くいかない)……まあ、よく覚えてないんだけど。と、とにかくそこは、近くの村の住民が集まる場所だ。店には、様々な客が犇(ひし)めいている。
 嘘しか言わない女。いきなりわめき出す大男。酒を飲んでいないと、人と会話が出来ない小心者。ずっとトイレに入ったまま声だけを発し、結局最後まで姿を現さない男……。
 少年はやがて気づくんだ。その店は彼の心の内を表した幻で、個性的な客たちはそれぞれ、自分の感情を形作る心理(こころ)の欠片(かけら)みたいな存在だってね! ね、ほら、完璧だ。小さい頃の僕に、こんな創造ができるはずがないよ」
 九条「まあ、そうなんだろうけど」
一気に喋り終えて疲れ、江坂は肩で息をする。
 九条(肩をすくめつつ『脳の芽』の画像を見ながら)「……恭さん、どう思う。これだけの記憶データが普通に拡まっている状況。何か危ないと思わないか」
 江坂「確かに、ね。異常かも知れない。いずれ潮時が来るだろうね」
 九条「俺、最近、自分が突然苦しくなったり、急に狂い出しそうになる理由が判って来たんだ。金と引き換えにデータ化した記憶の幾つかは、確実に俺の中から無くなってる」
 江坂「本当に!?」
 九条「証拠があるわけじゃない。でもそうとしか思えないんだ」
 江坂「色んな映画の記憶が無くなったら、僕も困るなあ」
 九条「借金を完済して、少しだけ稼いだら、俺はもう、BE(ブレインエッグ)を使うのを、一切やめようかと思ってる」
『脳の芽』の画像を背後に残し、江坂の驚いた顔で暗転。

転換し、松屋町たちの場面に。
 
元の『脳の芽』の画像を見ながら、呟く松屋町。
 松屋町「すごいことだ……、まさかここまでとは。恐ろしい。大変な時代になってしまった……」
 ユキ「映像を見てから、買いたいデータを選べるのは便利だよね」
 松屋町「違う、そうじゃない。本当に怖いと感じたんだよ」
 薫「どういうこと?」
 松屋町「最近……不思議と、幼い頃の娘と過ごしたある場面が浮かんで来るんだ。デパートの中のゲームコーナーにあっただろう。ほら、並んでハンドルを回し、競ってポップコーンを作る機械だ。嬉しそうにハンドルを回す姿や、握った小さな手ばかりを、繰り返し思い出す。娘とのあの大切な思い出が、もしこんな風に陳列されてしまったら……。他人(ひと)の記憶を買っておきながら身勝手な話だが、そんなことを考えて、とてつもない恐怖を覚えたんだ」
 ユキ「吾郎ちゃん……」
 松屋町「私も見ての通りだ。今更ながら、年齢を重ねることについて考えるようになった。思うに、歳を取る、ということは、自分と出会い記憶し、理解をしてくれた人を少しづつ失って行くことかも知れない。命尽きるまで、学ぶべきことがある。人間には、二度の死があると誰かが言っていた。誰にも死の瞬間が訪れるが、それは、かりそめの死だと。本当の死は、すべての人々の記憶から、いなくなったときじゃないかってね」
 ユキ「――ねえ、吾郎ちゃん。吾郎ちゃんは、『記憶を大切にする派』なのに、どうしてわたしにプラチナム・ピースを譲ってくれたの?」
松屋町は少しうつむいて、爽やかな笑みを浮かべる。
 松屋町「ははは。ユキちゃん、覚えておくといい。男ってのはね、何歳(いくつ)になっても単純なんだよ。惚れた女性(おんな)からの頼まれごとは、断れないものなのさ」
 薫「吾郎ちゃん……(男性的な声色になる。同性への憧憬を込めた眼差しで松屋町を見る薫)貴方は、素敵な男(ひと)だな……」
 ユキは、松屋町の言葉と薫の呟きにハッと我に返り、申し訳なさそうな表情(かお)をする。
 松屋町「私みたいな後悔をしないように、君たちには家族や友人、大切な人との繋がりを大事にして欲しい。ほら、あの、スティーブ・ジョーズも、最期にそんな言葉を遺したとか、遺さなかったとか」
 ユキ「ジョーズ? 鮫? 誰?」
 薫「あ、(元の声色に戻り、思いついてスマホを掲げる薫)きっとこれだ。これ作った会社の人だね。スティーブ・ジョブスだけど」
そう言いながら、うっかりスマホ画面をタッチしてしまう薫。ピッ、という音。
 薫「やだ。何か間違って押しちゃった。あら……でも何かしら、この動画。再生回数ランク、一位だって!」
 後方スクリーンが映す内容が切り替わって、右から左にタイトルの文字が数回流れて行く。

【your TUBEチャンネル: とりあえず、分解してみたwww】
 
しばらく、客席に音声のみが響き『your TUBE』の内容が進行。
 your TUBER(音声)「いやあーー、皆さーーん。こんにちはーー。巷で話題沸騰のBE(ブレイン・エッグ)ですが、これ、中身がどうなってるのか、マジで気になりませんか? 知りたいですよね」
撮影担当の、もう一人の男の笑い声が、クスクスと聞こえてくる。
 your TUBER(音声)「さあて、これから私が、皆さんのために、自分のBE(ブレイン・エッグ)を解体してみたいと思いま~~す。ドキドキしますねーー」
 薫「やだー、気になる」
 your TUBER(音声)「さて、まずはこの本体の白いボディ。普通のドライバーで、うん、簡単に外せそうですね。ネジを外せば上下に分かれるタイプだ……よしっと。さあ、中の基盤が見えるかな。いよいよ構造解明の瞬間が近づいて参りました! あ、あれ?」
 撮影担当の相方(音声)「……どうした?」
 your TUBER(音声)「だめだ……ここからは、専用の特殊工具が無いと開けないようになってる。……うわっ、何だよ、おい。やめろって。すみませんね。なんだか脚の部分が邪魔するみたいにうねうね動いて――うっわ、もうグロいなこいつ」
 撮影担当の相方(音声)「面倒くせーから、脚、引っこ抜いちゃえよ」
 your TUBER(音声)「そうするか。……と、いうわけで相方よりリクエストがありましたので、先に邪魔な脚を、引っこ抜くことにしまーーす。えい。わ、なかなかしぶといな! お、行けるか? 抜けるか?」
 BE(ブレインエッグ)(音声)「ギキ。ギキキキ……」
脚が本体からゆっくりと外れる音。ぶちぶち、ぶちぶち。最後のぶちぶち、という音声が途切れた直後! 何かが爆ぜるような音が聞こえる。すぐさま、どしん、と人間が倒れる鈍い音。
そこから、続けさまに様々な音が重なる。
ぽこ。ぽこぽこぽこ、という少し滑稽な音。続けて、ぐちゃっ。ぐちゃぐちゃぐちゃっという、断続的に肉が潰れる音。
照明が舞台を、真っ赤に塗り潰す。スクリーン上に、赤黒い滴が落ちて弾ける様が連続して映し出され、幾重にも染み重なり斑模様になる。

一瞬の間。
ノイズに混ざり込む驚愕と絶望。
うわあああああっ、うわああああああっ。うわああああーーっ。撮影担当の相方のものと思われる、若い男の狂ったような絶叫が繰り返される。
スクリーンには、『この動画を、いいな☆ と思った方は、チャンネル登録と、グッドボタンをお忘れなく』 場違いな文字が表示される。
演者は、舞台全体を使って恐怖を表現。


 松屋町(呆然と)「一体何だ……、これは」
 薫「死んだの……ホントに死んだ? 何よ、これ」
 ユキ「どういうこと……? いやだ。いやだよ……」

蒼白な表情で絶句する三人を残して、舞台は暗転する。

【5】三十数年前の、 『事件』

舞台端からツルハシが歩いて来る。片手にスマートフォン。
何やら話し、電話を切った直後、中央に照明が当たり、そこに門真優流(すぐる)が立ちはだかる。
 門真「よう! 『誰でもなし』」
ツルハシは無表情のまま立ち止まる。
 ツルハシ「今月の収支は、既に報告したはずですが」
 門真「その話じゃねえ。最近ネットで騒ぎになってんだろ」
 ツルハシ「はあ……」
 門真「とぼけんな。あんたが扱ってるBE(オモチャ)絡みで、沢山死人が出てる」
 ツルハシ「ああ、your TUBER死亡事故の件ですか。あれは、ソフトを使って編集したヤラセ動画、との噂ですが」
 門真「(言葉に被せて)へへっ。ふざけんな。あれが全部ヤラセだってのか」
 ツルハシ「(ボソボソと)どうなんでしょう?」
 門真「BE(オモチャ)をバラそうとして脳みそが吹っ飛んだ動画は、一件や二件じゃないぜ。(突然、ツルハシの襟首を掴む)登録済みのBE(オモチャ)をバラせば死んじまう、あれはどういうカラクリだ! オォラァァッ」
 ツルハシ「……しょうがないなあ。正直に申し上げますが、私は何も知りません。たった今も……同業のブローカーから、情報を集めていたんです」
 門真「どんな話をした」
 ツルハシ「我々がBE(ブレイン・エッグ)を使うと同時に、脳に何か小さなものを埋め込まれているんじゃないか、と」
 門真「耳に針が刺さった途端、毎回脳みそに爆弾が送り込まれるってことか」
 ツルハシ「同業者は、『ワーム』と呼んでいます。対処法があるのかどうか。他人(ひと)事ではありませんから」
 門真「ハッ、BE(オモチャ)の分解が起爆スイッチってことか。社長の中にも一匹いるな、へへっ。へへへっ。面白い話だ」
 ツルハシ「『ワーム』単体の威力は、判っていません。(頭を指して)ここに沢山棲みつくとああいうことになるのかも知れないです」
 門真「殆ど報道されないのは、どうしてだ」
 ツルハシ「大人の事情……ですか」
 門真「新しい投稿は、アップした直後に削除されてるな。話題作りのための狂言、ってことで片付けたいんだろうよ。へへっ……まあいい。こっちにも、面白い情報(はなし)があるぜ」
 ツルハシ「なんでしょう」
 門真「隠し事はナシにすると約束しろ。それなら話してやる」
 ツルハシ「はい」
 門真「――情報屋の眉唾(まゆつば)なネタだ。公安がよ、登記されたMC(メモリーズ・カンパニー)の拠点を内偵したらしい。案の定、そこはもぬけの殻だった。だが、何かの梱包材の裏に、消えかかった数字があるのを見つけたんだと。調べたところ、何十年も使われていない廃病院の住所の一部と一致した。有りがちなやつだ。カビの生えた病院のあちこちには、色んな痕跡があった。動物の死骸や標本。血塗れた埃と腐った内臓の欠片(かけら)。ホルマリンの臭いが立ちこめてる。その先にな、どエライものがあったそうだ」
 ツルハシ「何です」
 門真「水槽の濁った液体に浸かった特大サイズの『脳みそ』だ。実験台の上に乗っかってたんだとよ。職業柄、捜査員(やつら)は詳しいからな。そいつは間違いなく、人間の『脳』だったらしいぜ。脳なんてデカくなることあるのか?」
 ツルハシ「脳科学の実験では、細部の確認のために、意図的に細胞組織を膨張・肥大させることがあるそうです。建前上、検体はマウス、となっていますが実際にはどうだか」
 門真「やけに詳しいな」
 ツルハシ「私じゃありません。(自分の頭を指して)この中の『誰か』が持っていた知識です」
 門真「へへっ。詐欺師にしちゃ、正直だ。なんだかよ、その『脳』には、ぶっとい針がたくさん刺さってて、それが古いパソコンとケーブルで繋がってたんだそうだ」
 ツルハシ「定位脳手術後の経過確認……。MRI(画像診断)があるのに、古いやり方だな」
 門真「そう。古いんだ! 周りから大昔のよ、カセットテープとか、フロッピー・ディスクとかが、山ほど出てきたらしいぜ」
 ツルハシ「……記録媒体(ばいたい)として一般的だったのは、ゆうに30年以上前ですね……」
 門真「これって大昔から、実験されてたってことだろ」
 ツルハシ「(呆れたように両手を広げて)さしずめBE(ブレイン・エッグ)は、その巨大な『脳』が産んだ『卵』といったところですか。作り話ですね。そんな情報、公安が漏らすわけないでしょう」
 門真「圧力が掛かった、って話だぜ」
 ツルハシ「圧力?」
 門真「捜査をストップさせられたみたいだ」
 ツルハシ「だから機密にしておく必要が無くなったと」
 門真「さあな。あくまで噂だ。困ったことに、うちの社長が余計に興味を持っちまった」
 ツルハシ「ビジネスチャンス、と捉えましたか」
 門真「ああ。どうにもヤバイ匂いがする。死人も出てるし、関わってもらいたくないんだよ」
 ツルハシ「失礼。貴方が気にすることは無いと思いますが」
 門真「(苦悩するように)もう、汚い仕事はやりたくねえ……。神経質で気に食わねえ野郎だが、俺が長堀社長についたのは、これ以上汚ねえ仕事をしなくて済むと思ったからだ」
 ツルハシ「汚い?」
 門真「判んだろ。誰かを消したり、傷つける仕事だよ。ウンザリなんだ。時々夢を見てうなされることがある。(そこで、突然恐ろしい形相でツルハシを睨みつけて服を掴む)いいか。行動に気を付けろ! 俺に嫌な仕事が回って来ないようにな!」
 ツルハシ「はは……珍しい注文ですね」
 門真「(掴む手を離して静かに)なあ……『誰でもない』、ってのは、気楽か? どんな気分だ」
 ツルハシ「どうでしょう。(頭を指して)色んな人の記憶や経験が、次の行動を示してくれるので、楽と言えばそうなんでしょうか」
 門真「へっ。クルマの自動運転みてえだな。――ま、せいぜい長生きしろや」
そう言って、門真は後ろ手に手を振り去って行く。
少しの間。
ツルハシは一瞬、発作を起こしたように胸を押さえて蹲る(うずくま)が、間を置かずに立ち上がり、門真が去ったほうを見つめて一言。
 ツルハシ「なるほど……人の心の闇には、色々な種類があるものですね」

場面変わって、江坂の部屋。
タブレットを操作しつつ、ヘッドセットでカルノフと話している。スクリーンにはカルノフの画像が不気味に浮かび上がる。

画像4

 江坂「おい……どういうことだよ。何か知ってるんだろ。僕はまだ死にたくないぞ」
江坂はいつになく切迫した、蒼白な表情。タブレットを見る。
 江坂「ネットじゅう、どこを見ても恐ろしい書き込みばかりじゃないか。それに、なんだよ、この前送ってきたチップ! あんなの映画と全然関係ないだろ」
 カルノフ「『プラチナム・ピース』、と言って欲しいですね。人を殺す瞬間の記憶は、どれもオークションで高値が付いていますよ」
 江坂「(震えながら)年端もいかない、小さな子どもだぞ! いくら生活が苦しいからって、我が子の喉を掴んで……!! カルノフ。これ、もしかしてお前の記憶なのか?」
 カルノフ「さあ? 問題は江坂さん、貴方があのデータを体験してどう感じたかだ。命を奪う瞬間、とてつもない罪悪感の奥に、この上ない快楽がありませんでしたか?」
 江坂「……(言葉に詰まる)そ、そんなわけないだろう!  あんなこと自分がしたみたいに感じて、楽しいわけない」
 カルノフ「『エディプス・コンプレックス』。聞いたことがあるでしょう。かつてジークムント・フロイトが提示した概念です。幼少期に抱く、異性である母親を得たいがために父親を排除したい欲望。男性(ひと)が成長するため、それを乗り越えるのは心理学的に、重要な転換点だと言います。誰しも、無意識下で克服しますが、貴方は違う。複雑な思いがあるはずだ」
 江坂「エディプス……」
 カルノフ「父親のことを思い浮かべたとき、自分でも判らない大きな罪悪感に苛まれる。貴方にいただいた映画のチップの数々から検出されました」  
 江坂「い、意味判んない! こうして不自由なく暮らせているのは父さんのお陰だし、勿論ママンは大好きだ。感謝しかないよ!」
 カルノフ「封印している事実があるはずです。出来れば、我々は、貴方の無意識下に隠れた生(なま)の情報(データ)を入手しておきたい」
 江坂「我々、って。おい、カルノフ……」
 カルノフ「ふふふ。そろそろ潮時でしょう。世間も随分騒がしくなりました。他者の記憶データを取り込んだ検体、記憶の欠損が認められる検体サンプルは充分に確保しましたので、今回の実験も成功と言えそうです」
 江坂「実験? お前……、メモリーズ・カンパニーの、人間なのか」
 カルノフ「社名に意味などありません。私など今回、大規模な実験を行うための、一つの駒に過ぎない」
 江坂「うそだろ、カルノフ。映画のこと……すごく詳しいじゃないか。あり得ないよ。僕よりも造詣が深い人と、せっかく知り合えたと思ったのに」  
 カルノフ「貴方のチップ情報とデータベースを照合すれば、話を合わせることなど造作もありません。それより、貴方はこれより命を狙われることを、強く意識して下さい。撤収前に、我々は貴方の命と、目的の潜在意識をいただきに参ります」
 江坂「なんだって! ――おい、カルノフ」

そこでカルノフとの通話が、プツン、と途絶える。
江坂は震えながらタブレットを操作する。

 江坂「ど、どうしよう……」

江坂の操作によってスクリーンが切り替わり、サムネイルのように複数の画像パターンを表示。『脳の芽(バッズ・オブ・ブレイン)』の画像は、端末の操作で、その組み合わせが切り替わる。舞台上では都度、演出に合わせて、客席側から視認し易いように『奥スクリーン:サムネイル』『手前モニター:一部の拡大画像』など、幅を持たせた表現を行う。

サムネイル画像のそれぞれには、江坂の趣味の映画の一場面と、『フェルディナンド・ホドラー』の数々の絵画が。(因みにホドラーは風景画、肖像画が特徴的。しかし、1889年の代表作『夜』のように、ときおり『死』の要素を色濃く表現した作品も見られる)

画像5

よく見ると、サムネイル画像の中には、実際の景色や、『輝く星空』の画像が紛れている。中央の一番目立つ位置には、『脳』のイメージ画像。 

画像6

江坂はそれを眺めながら、タブレットを操作。画像が切り替わる。MRIによる脳の断面写真。複数個所にマーキングがなされている。

画像7

 江坂「(MRI写真のマーキング部分を見ながら)やばいよ……(自分の頭を抱える)こんなにたくさんいるのか? もうダメだ……僕はバケモノに殺される。いやだー!!」

絶叫する江坂。そこに慌てて入って来る九条。
 九条「おい! 恭さん、大変だぞ!!」

江坂の叫びと、パニック気味の九条の声とが重なり、交錯。
九条は、脇に週刊誌を抱えている。
 江坂「あ……、(涙を拭う仕草)マモさん」
 九条「(自問する)どうするか。いや、何から話すか……」
九条はその場をうろうろしたり、週刊誌を開いてみたりと落ち着かない様子。
 九条「(画像を見て)ちょうどいい……恭さん、まずこれを見てくれ」
 江坂は、SDカードを受け取り、促されるままにタブレットに挿入。
 江坂「なんだよ」
 九条「いいから! これは今話題になってる、最高値が付いた『プラチナム・ピース』のサンプル動画だ」
スクリーンには、薄暗く、画質の悪い動画が映し出される。かすかに聞こえてくる、ノイズにまみれた音。
 江坂「え、音声つき?」

スクリーンには、異様に目の虚ろな男が、何か大きな黒い塊を持って、ゆっくりとこちらに歩いてくる様子が映っている(前作のクライマックス部のデジタルデータは入手済み。これを編集するか、もしくは新録を検討)。
 動画の音声(ノイズに混じって微かに聞き取れる声)「キオクヲ……センザイ……イシキヲ、売リ、マセンカ…………コレヲ、カブッテ」
緊張感。主観者の、慌てふためく雰囲気。画面が微かにふるえている。足元で何かがガサガサと崩れるような音。
目の虚ろな男が、さらに迫って来て、目の前で止まる。
 動画の音声「カブレ、エッ……カブッテ……センザイ、イシキノ……日数ヲイウノダ! ……ソノ、日数ブンノ……センザイ、イシキヲ……イ・タ・ダ・キ・マ・ス!」
誰かがどしん、と床に倒れる音。程なくして、肉を食いちぎるような音と、血液が飛び散る瞬間を想像させる音。画面が暗すぎて認識しづらい。やがてノイズが酷くなったところで映像が途切れる。

 江坂「何だよ、これ……」
九条がタブレットを操作。スクリーン映像は、『脳の芽(バッズ・オブ・ブレイン)』のサムネイル風画像に戻る。中心にはホドラーの絵画・『夜』。絵画の印象のみを残し、画像はゆっくりと消えてゆく。

 九条「こいつは、ある未解決事件の、被害者の記憶って言われてる。人が人に喰われる瞬間のデータだって噂だ。こんなものに金を出す、セレブの気が知れないけどな。『脂成荘(やになりそう)事件』って、聞いたことあるか」
 江坂「ああ、なんとなく、――内容は覚えてない」
 九条「30年以上前、『脂成荘(やになりそう)』っていう木造アパートの二階の部屋から、身元不明の遺体3人分と、大量の現金が見つかった事件だよ。生まれてない頃の話だからよく知らないけど、たぶん、これは本物だと思う」
 江坂「なんで?」
 九条「藤本正男……問題の部屋の借り主の名前が、メモリーズ・カンパニーの代表者と同じなんだ」
 江坂「ええ!?」
 九条「おそらく名前を利用しているだけだろう。『藤本正男』は、事件の二年後に遺体で見つかってるから」
 江坂「偶然の一致じゃないの」
 九条「そうは思えない。考えてもみろ。30年以上前に、BE(ブレイン・エッグ)は無いんだぜ。誰がどうやって、この記憶をデータ化したんだ?」
 江坂「……たしかに。聞き取りづらかったけど、潜在意識がどうとかって言ってたな。あの大きな黒い塊はなんだろう……」
 九条「『脂成荘(やになりそう)事件』そのものが、何かの実験だったとしたらどうだ。MC(メモリーズ・カンパニー)は、現在(いま)とは別の方法で記憶をデータ化した。だとしたら、俺達もここに映ってたやつみたいになる可能性があるよな?」
 江坂「ああもう。どうしたらいいんだよ!! 僕の頭の中、『ワーム』だらけだし。こっちこそ、やになりそうだ」
 九条「それに、これ! (と言って、抱えていた週刊誌を広げて記事を見せる)ネットにも出てる。やっと官邸から声明が出たって。今頃おかしいだろ!」
 江坂「今どき紙媒体? (読み上げる)『政府が正式に注意喚起。現代のロボトミー手術。実態解明か!?』ロボトミー? ……マーティン・スコセッシ監督『シャッター・アイランド』があったな。主演は確かディカプリオ……てか、おい。それどころじゃ、ないだろって!! (自分自身に一人ツッコミ)」
 九条「『危険な機器の譲渡及び使用禁止』って。『your TUBE』で騒ぎになってから、どれだけ経ってると思ってんだ」

そこに、舞台奥のほうからツルハシの声が。
 ツルハシ「どうしても、発表せざるを得なくなったのです。世論に政治責任を責められる事態を懸念したのですよ」
苦しそうに胸を押さえて座り込んでいるツルハシに、スポットが当たる。
 江坂「(驚いて、ツルハシのもとに向かう)い、いつからいたんだ! よくも顔を出せたもんだな!」
 ツルハシ「サンプル動画の少し前からです。九条さんの推測は、概ね正しい。MC(メモリーズ・カンパニー)は、三十年以上前から記憶操作の実験を行っていました。動画にある『脳』の形をした物体は、BE(ブレイン・エッグ)の前身となる機器です。もっともこの頃は、記憶を吸い出すアナログ機能しか無かったみたいですが」
 九条「ふざけるな! おかげで借金は返せたけど、最初から判ってたら絶対に関わらなかったぞ」
 ツルハシ「……お二人には、お詫びするしかありません。正体不明なものを仲介した責任は大きい。せめてお二人の『ワーム』を起爆させないよう、アドバイスを伝えに参りました」
 江坂「え。助かるの? どうしたらいいんだよ」
 ツルハシ「その前に、ここに来て政府が発表せざるを得なくなった理由を話しておきます。ご存知でしょうか。先日、松屋町吾郎という男性が亡くなりました。現在は社長業を退いていますが、経営者として、マスメディアにそれなりの影響力を持つ人物です」
 九条「(江坂に)知ってるか?」
 江坂「聞いたこと、ある気がする」
 ツルハシ「彼は、BE(ブレイン・エッグ)を破壊して自ら死を選んだ。ただ、予め最期の瞬間を録画し、その映像ファイルが自動的にマスコミ各社に流れるよう、細工をしていたんです」
そこで、暗転し舞台転換。回想場面に。

【6】 better place

微かな雨の音。松屋町は自室にいる。彼はそこで、壁に取り付けたとみられるカメラの位置を確認したり、様子を伺う動作。
 松屋町「ようし。準備オーケーだ。PCのタイマー、送信。問題ないな」
そこに突然、勢いよく扉を叩く、ドンドン、ドン、という音。
森宮ユキの叫び声が聞こえる。
 ユキ「吾郎ちゃん、吾郎ちゃん!! いるんでしょう! ねえ、なんとか言って!」
松屋町の部屋の外に座り込み、扉越しに握りこぶしで、ドンドンと叩くユキの姿にスポットが当たる。
 ユキ「ねえ、お願いだからやめて。吾郎ちゃんがいなくなるなんて、そんなの絶対やだ!」
扉越しに向かい合う、ユキと松屋町。
松屋町は穏やかな笑み。
 松屋町「おおう。ユキちゃん。もう一度、ユキちゃんの声が聴けるなんて。私は幸せ者だなあ」
 ユキ「誤魔化さないで。何をしようとしてるのか、わたし、判るよ。お願い。ここを開けて」
 松屋町「わはは、ユキちゃんの頼みでも、今回ばかりは聞けないな。逆に私からのお願いだ。今すぐにその場を、立ち去りなさい!!」
 ユキ「どうして! 吾郎ちゃん、BE(ブレイン・エッグ)を使ってから、余計に辛そうな表情(かお)になった。全部わたしのせいなんだよ?」
 松屋町「違う。全て私自身の選択だ。私が元々抱えていたものだから、ユキちゃんには関係ないんだよ」
 ユキ「……わたし、やっぱりダメだ。(泣きながら)駄目な人間だよ。優しい吾郎ちゃんを巻き込んで利用して、こんなにも、苦しめて」
 松屋町「(恫喝する)馬鹿なことを言うんじゃない!! 自分を責めて楽になろうとするのは間違いのもと、敗者のやることだ!」
 ユキ「……何で、こんなことをするの」
 松屋町「誰かを少しでも、救いたいからさ。私の後継者も含めてね。今なら、まだチャンスがある。私はいなくなるのではない。ここから、皆のために生きるのだよ」
 ユキ「それでも……」
松屋町の台詞の途中から、静かに、Michael Jacksonの【Heal the world】が流れ始める。
 松屋町「聞いてくれ……私が最初に起業したのは、小さな小さな清掃業社だった。色々な人に、居心地の良い場所を提供したくてね。やがて、会社は大きくなり、建設業、不動産業と発展していった。より良い幸せな場所の提供。その思いは変わっていないはずだった。しかし、時間が経つうちに、いつしか、利益ばかりを優先するようになっていたんだ。私も、私についてきてくれた仲間たちもね。愚かなものだよ。大切な生命(いのち)を失ってから、そのことに気づいたんだから。――ユキちゃん。もっと自信を持って生きて欲しい。君の笑顔には、人の気持ちを幸せにする力がある。君は私の人生の最後の潤いで、最高のヒロインなんだ」
ユキが泣きながら無言で扉を、ドン、ドンと叩く音が響く。
 松屋町「ここは君の居場所じゃない。もっとふさわしい、素敵なところへ行きなさい。(怒鳴る)判ったら早く立ち去れ!! 優しい心があるのなら、頼むから私に償いを。私に、思いを遂げさせてくれ!!」
ユキは放心状態で、力なくその場を去りスポットが消える。
松屋町はBE(ブレイン・エッグ)に手をかける。
 松屋町「(優しい笑顔)有難う、ユキちゃん。……さあて、ブレイン・ドッグ。覚悟はいいかな」
 BE(ブレイン・エッグ)「ギギ、グキキキ。無駄ダ。オレニ、テヲカケレバ、内部ノ基盤モ破壊サレル。エイエンニ構造ハ、カイメイサレナイ」
 松屋町「ほほう、お喋りもできるのか。お前の言う通り、そんなことだとは思ってたよ」
 BE(ブレイン・エッグ)「ギキキキ。無駄ナ、コトダ」
松屋町「さて。それは、どうかな!!」
【Heal the world】は静かに鳴り続けている。

~♫~ Michael Jackson【Heal the world】
https://www.youtube.com/watch?list=RDsROlH_bOsUU&v=sROlH_bOsUU
~~(Heal the world:歌詞抜粋・和訳)~~
【~君の心の中に「ある場所」がある……。僕はそれが「愛」だということを知っているよ。そこは明日よりも、ずっと明るく輝くことができるんだ。 もし、君が生命(いのち)を大切に想うのなら、そこに辿り着く方法がある。ほんの小さなスペースでいい。そこを、より良い場所にするんだ。世界を癒そう。もっと良い場所にしようよ。君のために、僕のために。この地球の全ての人たちのために。死んでゆく人々もいるんだ。もし君が生命(いのち)を大切に想うのなら。もっと良い場所にしよう。君と僕たちのために~】

松屋町がBE(ブレイン・エッグ)の脚に力を込める寸前、スクリーンに、ある映像が映る。それは、小さな女の子の手がゲームセンターの遊具のハンドルを健気に回す様子。心の中の『プラチナム・ピース』を投影するかのよう。映像は次第に淡くなりフェードアウト。
松屋町がBE(ブレイン・エッグ)の脚を引きちぎる。BGMとのミスマッチ。ぶちぶち、ぶちぶち。
その瞬間、ぽこ。ぽこぽこぽこ。さらに、ぐちゃっ。ぐちゃぐちゃぐちゃっ!! 断続的に肉が破裂する音が、your TUBERの時よりも激しく鳴り響く。血液が吹き出る音。真っ赤な照明。スクリーンには、上から下に、大量の血が滴り落ちる映像。
頭部が破裂しているはずの松屋町の表情は、判別出来ない。座ったまま血だらけの松屋町に当たるスポットが、BGMとともにゆっくりと消えてゆく……。

舞台は、元の江坂と九条、ツルハシの場面へ。
 ツルハシ「松屋町の死の映像が明るみになり、流石に政府もBE(ブレイン・エッグ)に言及せざるを得なくなった、ということとです……ゴホゴホッ……(苦しむ)」
 九条「おい……、大丈夫かよ」
 ツルハシ「いえ、もう限界でしょう。『自分』を消そうとした罪を償うときです。脳内の事故渋滞と言いましょうか。他者の記憶データを取り込み過ぎ、それぞれのぶつかり合いが……激しくなっています。脳が発する信号が狂えば、身体中の臓器に支障が現れる。当たり前のことです」
 江坂「危ないのは、僕らも一緒だからな。助かる方法があるなら、早く言ってくれよ」
 ツルハシ「BE(ブレイン・エッグ)を、なるべく地中深くに埋めることです。例えば誰かに持ち去られる危険(リスク)の少ない山の中など」
 九条「埋める?」
 ツルハシ「はい。ご承知の通り、BE(ブレイン・エッグ)を、壊したり中を開けば、登録者の『ワーム』が破裂します。他人がBE(ブレイン・エッグ)を開いても、登録者の頭と同時に本体自体が破壊され、内部構造は明るみになりません。未登録の本体ですら内部破壊は起こる。完全なるブラック・ボックスです」
 江坂「埋めたら、機能が停まるとか?」
 ツルハシ「それはありません。これは賭けです。BE(ブレイン・エッグ)は、有機体と無機体とが融合して出来ていますが、動力源は、内蔵バッテリーだと考えられます。高性能とはいえ、寿命は恐らく持って数年……」
 九条「電池が切れるまで、穴に埋めてしまうってことか」
 ツルハシ「そうです。『ワーム』には様々な役割がありますが、あくまで、指示を出すのは本体です。可動する脚を拘束し、悪用されることがないよう、秘密の場所に隠してしまう。触れられなければ、『ワーム』が起爆されることはない」
 江坂「偶然掘り起こされたりしたら、まずいじゃん」
 ツルハシ「ですから、賭けだと言ったのです。ショベルカーなどが接触すればお終いですから」
 九条「賭けてみる。それしかないんだろ?」
 ツルハシ「(頷いて)はい。お二人には、折り入って頼みがあります。」
 江坂「なんだよ?」
 ツルハシ「厚かましいお願いですが、私の相棒――森宮ユキを、助けてもらえませんでしょうか」
 江坂「え、え、ユキさん? ぼ、僕の方こそ、訊きたかったんだ。ユキさん、最近様子がおかしいんだよ。いつも暗くて、塞ぎ込んでる感じだし……」
 九条「あれっ。恭さん、あの女と連絡取ってたんだ」
 江坂「(頬を赤らめて、もじもじしながら)だって、ユキさんだし。気になるって言うかなんて言うか。彼女のこと考えると映画も何も頭に入って来ない、っていうか……」
 九条「(肘で江坂を小突いて、軽く笑う)判った。応援する」
そこでツルハシは一枚のIDカードを九条に渡す。
 ツルハシ「貸金庫のロック解除ができる、カードキーです。私が得た全ての利益が入っています。目印を付けたものをユキに。その他は、ご自由にお願いします」
 江坂「え、頑張って稼いだお金じゃないの?」
 ツルハシ「(苦笑い)ご覧の通り、私は長くはありません。いまも自分ではない他の誰かが、雲の上で喋っている気分なのです。だが、ユキは違う。巻き込まれただけだ。彼女の中にも、『ワーム』が複数いる。すべてを招いたのは私です。どうか、彼女を守って。死なせないようにしてやって欲しい。お願いします」
ツルハシのいつになく熱い口調に、何も返せない九条と江坂。
 九条「……仕方ない。恭さんが惚れた女だからな」
 ツルハシ「申し訳ありません」
 江坂「これからどうすんのさ」
 ツルハシ「『影』にでもなりますよ」
 九条「洒落になってないぞ」
 ツルハシ「(立ち上がり、少し笑みを浮かべて)江坂さん、いつか言っていましたね。記憶データを入手した者が書き込む、ネット用語について」
 江坂「そうだっけ」
 ツルハシ「『いただきます!』 元々この言葉は、四足の動物を食べることを意識して生まれたものらしいです。生きるため、血肉となる動物に思いを込めて。極端に生きづらくなった現代、BE(ブレイン・エッグ)にすがった皆さんの本能が、同様に何かを感じて、発した言葉なのかも知れません」
 九条「いつの時代も、生きるのは楽じゃない、か」
 ツルハシ「今更ながら、ふと思いました。この時代、本当に大切なのは、有益な情報を得ることや、与えることでは無く、ましてやデータ化して保存することでもない――もしかしたら……。いや、やめておきましょう」
 江坂「なんだよ、思わせぶりに」
 ツルハシ「(弱々しく歩き始める)人の『脳』の容量は、想像以上です……。生きてさえいればまた、更なる『体験』が血肉として積み重なり、未来へと繋がります。どうか、ご無事で」
ひらひらと手を振り、時折バランスを崩しそうになりながらも、ツルハシは去って行く。スポットが消える。
 九条・江坂「おい、………」

若干の間。

 江坂「そういや、途中だった(思いついたようにタブレットを手に取る。スクリーンには元のサムネイル画像が浮かび上がる)」
 九条「――これって、全部恭さんが買ったやつかい?」
 江坂「うん。この先どうなるか判らないし、ちゃんと整理しておかなきゃと思ってね。『脳の芽(バッズ・オブ・ブレイン)』で変換したんだ。転売したり、思い出せなくなったものもあるけど」
 九条「(中央のホドラーの『夜』を見て)不思議な絵だな……」  
 江坂「お! マモさん判る? ホドラーの絵画、僕好きなんだー。実際に美術館で観たことがないからさ、いくつかチップを買ってみたんだよ」
 九条「……なんか迫ってくるものがあるな」
 江坂「これね、1889年に発表された代表作『夜』。真ん中にいる人が作者のホドラーだって話でさ、そこに、黒いオバケが襲いかかってる。このオバケは死の象徴、なんて言われてるけど、僕は自分の心の闇を描いたものなんじゃないか、って思うんだよねー」
九条は江坂の話を聞きつつ、タブレットにある他の画像にも興味を持ち始める。そこで突然、九条の動きが止まる。よく見なければ気づかないような、端に小さくある『輝く星空(タイトル:The Place)』の画像を指差し、固まる。スクリーンには画像がアップで映る。

画像8

 九条「恭さん……これ……」
 江坂「ああ、それ? なんとなく星が見たくなったとき買ったんだ。安いチップだったしさ。綺麗だろ」
 九条「綺麗って……(考え込む)まさか――」
 江坂「これがどうしたの?」
 九条「(江坂に答えず、自問する)似てるだけ、だよな……」
九条はさらに画像を凝視。一点を見つめて震え始める。
 九条「……いや。これ。やっぱり間違いない! あのときの記憶だ」
 江坂「ど、どゆこと?」
 九条「見え方が違ってるから判りにくいけど、こんな建物、あの夜のあそこにしかないはずだ! (江坂の肩を掴んで、揺さぶる)なんでだよ。なんでこのデータを恭さんが持ってるんだ」
 江坂「なんでって、なんとなく買っただけって言っただろ」
 九条「これは、俺が生まれ育った町の、丘の上から見た冬の空なんだ! ほら、ここに映り込んでる小さな小屋、見えるだろ。この後すぐ、取り壊されちまったけど」
 江坂「へえ? いやよく判らないって」
 九条「あの時の記憶データが……、売りに出されたってことか。なんでだよ。(江坂を掴む腕に力を込めて)おい、まだこの記憶、恭さんの中にあるのか」
 江坂「(九条の勢いに押される)あ、あるよ……。思い出すと、ちょっと切ない気持ちになるし。最近、忘れかけてたけど」
 九条「俺も同じだ。だけど、いまはっきりと思い出した。これは俺にとって、とても大切な思い出なんだよ」
 江坂「そうなの?」
 九条「本当の友達ができたって……子供の頃、初めてそう思えた日の記憶なんだ。恭さん。頭の中のデータを意識して、よく思い出してみてくれ。『北加賀屋』って苗字に聞き覚えがないか?」
 江坂「え? 北加賀屋……北加賀屋……。(何かに気づいて)、ああっ!! 聞いたことある。わかんないけど、なぜか懐かしくて、ちょっと寂しい」
 九条「潜在意識か……チップに紐づいてるんだ。いいか、『北加賀屋』は俺。『北加賀屋護(まもる)』が俺のフルネームだ。恭さんが買ったのは、あの日、冬休みの宿題を片付けるために、一緒に星を見に行った『野田ひろし』ってやつの記憶なんだよ」
 江坂「まさか。そんな偶然ってある?」
 九条「俺も信じられない。こんなときに、あの日の星が蘇ってくるなんて」
 江坂「でもさ、こんな複雑な思いが混ざった記憶、何で売りに出したんだろ」
 九条「判らない。敢えて意識してデータ化したわけだからな。ひろしとは……、大人になれば会えると漠然と思ってたよ。冬の星座を見るたび、時々思い出してはいたけど、生活に追われるうちに淡く、薄くなり、いつの間にか考えることもなくなってた」
 江坂「記憶ってそんなものじゃないの?」
 九条「(ぽつりと)俺……ひろしに会いに行ってみようかな」
 江坂「いま、それどころじゃないだろ」
 九条「BE(ブレイン・エッグ)を使ってから、俺の精神と肉体は確実に何かが変わった。視えないものに、敏感になった。直観だけど、思い出した大切なものを、手放しちゃいけない気がするんだ。いつまで生きられるか判らない、こんな状況だしな」
 江坂「そんなこと言わないでよ、僕も同じなんだ。縁起でもないって!」
 九条「(俯いて自問する様子)うん、やっぱりこのタイミングしかない――恭さん、ごめん。後悔はしたくないから、俺、これから昔住んでた町に行ってみる。まずひろしが転校した先を調べて、現在(いま)何処にいるのかを確かめるよ」
 江坂「えっ、手掛かりは、あるの?」
 九条「ああ。『オカヂ』。あの日の翌日、俺が理科の課題を提出した担任の先生だ」
 九条は急いでその場を去ろうとする。
 江坂「待ってよ! ――気をつけて。また連絡する」
 九条「ああ」
 九条が去り、照らしていた照明が落ちる。
 
一人取り残された江坂。
 江坂「(頭を抱えてしゃがみ込み、つぶやく)なんだか色々ありすぎてもう! あれ、言い忘れたことが何か、あったような……あ! そうだカルノフ!! 僕、カルノフに生命(いのち)を狙われてるんだよ。どうしよう、一番重大なことじゃないか。(立ち上がり、駆け出す)ちょっと待って。助けて! マモさーーん」
江坂が慌てて九条のことを追いかけようとするところで、場面転換。

【7】それぞれの運命(おもい)

脚を引きずって歩くツルハシ。
その先にスポットが当たる。長堀眞が冷笑を浮かべ、壁際にもたれて立っている。無言のまま通り過ぎようとするツルハシに、長堀が声を掛ける。
 長堀「……ちょ(っと)、待てよ」 
 ツルハシ「(立ち止まるが、長堀の方は振り返らない)貴方にも、お詫びすべきですね」
 長堀「そうだな。史上稀に見る大事件だ。正直、迷惑してるよ。私は甘かった。ここまで大きな相手だとは。完全に見くびっていた」
 ツルハシ「同感です」
 長堀「ネットを通じて巻き起こった社会現象を、何者かが仕掛けたビジネスだと捉えたのが間違いだった。実際は、これもただの『実験』に過ぎなかったわけだ」
 ツルハシ「私などは、実験体の代表ですね……」
 長堀「恐らく、古くから続く国家レベルの計画だろう。裏で繋がっている国は一つや二つじゃないな。決して関わるべきじゃなかった」
 ツルハシ「結局MC(メモリーズ・カンパニー)の一人勝ちです。松屋町吾郎は、世論を騒がせ、被害拡大を抑えましたが、既に必要なサンプルを入手した彼らは、このまま姿を消すでしょう」
 長堀「フッ。余計なことを。おかげで、うちの会社の関与を疑われて、今も捜査が入ってるよ」
 ツルハシ「彼の行動が無ければ、もっと大事(おおごと)になったのでは」
 
(※参考BGM):『CASTARIA(YMO)』が静かに流れる。
 https://www.youtube.com/watch?v=rkIGxZe04SU

 長堀「フフッ……確かに。今日は、あんたにお別れを言いに来た。私はこれからしばらく海外に滞在する。以前から決まっていたプロジェクトの打ち合わせが主な理由だ」
 ツルハシ「お忙しそうで……」
 長堀「磁力線を使って、頭の中の忌々しい『虫』の成分分析も試みたい。海外(むこう)の技術は進んでいるよ。『スペクトロスコピー』というものがあるそうだ。可能なら除去も依頼する」
 ツルハシ「貴方の場合、一匹だけですし危険は少ないはずです」
 長堀「――もとより重視すべきは、我が社の風評被害を無くすことだ。私が不在の間に、疑わしい痕跡は全て消す。MC(メモリーズ・カンパニー)と接触があったのは、あくまで松屋町個人。会社とは全く関わりがないと認知させる――まあ、珍しい経験をさせてもらったよ。まさか、『誰でもない』男と会話をすることになるとはね。それでは、サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」
 そう言い残して、長堀はゆっくりと歩き去り、照明が消える。ツルハシにスポット。
 ツルハシ「(長堀の言葉について考えを巡らせる)長堀社長がわざわざ私に、あんなことを言うために? 『不在の間に、疑わしい痕跡は、全て』……? (何かに気づいて)まずい! ユキ!!」
 ツルハシは上手(かみて)側(向かって舞台右)に走り出そうとするが、膝が言うことをきかず、その場に倒れてしまう。倒れ込みながら、スマートフォンを取り出し、手を震わせて操作をする。わずかに聞こえる呼び出し音。
 ツルハシ「薫さん……、今里薫さん……、頼む、お願いだ……お願いだから。出てくれ!!」
しばらく続いた電話の呼び出し音が止まったところで、場面転換。

降りしきる、雨の音がする。
スイッチ舞台の上手(かみて)側には、森宮ユキが、生気の無い、呆然とした表情で立っている。そこに、傘を差して駆け寄って来る薫。
 薫「ユキ! 探したよ。何してんの、そんなところで。風邪ひいちゃうよ……」
客席側に向かって、ゆっくりと振り返るユキ。泣いている。
 ユキ「薫ちゃん……わたし、もうダメだよ。死なせちゃった。吾郎ちゃん。わたしが巻き込んだせいで……」
 薫(傘の中にユキを入れて)「それは違う。吾郎ちゃんはね、ユキや、みんなのことを守ろうとしたんだ」
 ユキ「(頭を何度も激しく振る)あんなに酷いことになったんだよ。出会わなければ、こんなこと起こらなかった。優しくて素敵な人が、いつも、いつもいなくなっちゃう。きっと……わたし。わたしがみんなをそうさせてるんだ……」
 薫「違う! 吾郎ちゃんのニュースを見たとき、ボク、なんて格好いいんだろうって思った。彼にとって幸せな最期だと思う。きっと今頃、天国でロック・グラスを傾けながら笑ってるよ」
 ユキ「わたしさ……もう誰かを苦しめたくない。前に付き合った人、寂しそうな眼をしてた。子供の頃見た、お母さんのあのが怖い――いっそ、BE(ブレイン・エッグ)の脚を引き抜いたら、楽になれるのかな……」
そこで薫は傘の中から出て、傘をユキに渡し、自分は下手(しもて)側に数歩歩く。
 薫「ボク……前に、ボクの心の中は『レンコン』みたいだ、って言ったよね。ぜんぜん強くない、って」
 ユキ「(少し驚いて)うん……」
 薫「ボクさ、子供の頃は、ずっとオカマだってことを隠していたんだ――。現在(いま)は、『LGBT』や、マイノリティーの人への配慮があるけど、小さい頃はどう過ごしていいか判らなかった。
 そんななか、中学に入って、ヨシフミ君、ていう友達ができた。彼は、勉強はあんまりだったけど、スポーツが得意で、明るくて。女子に人気があって、カッコ良かったんだー。皆でサッカーやったり、一緒にゲームとかするうちに、ボクは自然とヨシフミ君のことが好きになっていた」
薫の声は、それまでの女性的なトーンから、徐々に中性的~男性的なものに変化して行く。
 薫「男同士でワイワイやっているとき、ボクは違和感を感じるようになった。そのうち自分に嘘をつくのが苦しくなってきて、ある日我慢出来ずに、ヨシフミ君に言ったんだ。
 ――あ、違うよ。告白なんてしてない。彼は女の子が好きなこと、判ってたから。だから……『ボクは、本当は男性の方が好き。出来れば女の子の格好がしてみたい』って伝えたの。二人だけの秘密だよ、って」
 ユキ「そしたら……?」
 薫「判った。俺とお前と、二人だけの秘密だぞって……。あのときの言葉は、嬉しかったなあ。表現できない涙が沢山こぼれて、溢れて、止まらなくなった。
 ――でもね、翌朝、学校に行ったら、いつも仲良く話していた友達が、みんな、口を聞いてくれなくなったんだ。誰もが、女の子達までが、ボクを遠巻きに見ながら、クスクス笑って逃げて行く」
 ユキ「……?」
このタイミングで、薫の声、話し方がほぼ男性的なものに変化する。
 薫「みんなが小声で、『あいつオカマだってさ』『ヤバイ』『死ねよ』『キモい』……こっちを見て笑いながら囁いてるんだ。ボクは、混乱して、ヨシフミ君のほうを見た。そうしたら、ヨシフミ、今までに見たことのないような冷たい眼でボクを見て、そして口の端だけを曲げて笑ったんだ……」
 ユキ「(薫のいる方へ駆け寄る)酷い……」
 薫「(下を向いて、自分の過去を反芻するかのように自嘲)ふふ。やっぱり、あれからだなあー。ボクが『レンコン』になったのは。ヨシフミの冷たい表情(かお)が、心の中心を貫くような、細い一直線の穴になった。何をやっても、周りの人と、上手く打ち解けられず、いつの間にか酷いことされても、ごまかして笑って、やり過ごす方法を覚えた。
 でもね、無理して笑顔を作るほど、心の芯の穴の周りを囲うように、いくつもの大きな穴が空いていくんだ。ホントに『レンコン』みたいだろ」
 ユキ「薫ちゃん……(薫のほうを優しく見ながら頭を振って)やっぱり薫ちゃんは、強いよ。それでも、いつも明るかったじゃない。わたしは違う――みんなを不幸にしてばっかり」
 薫「(完全に男性的な声で恫喝)いいかげんにしろよ!! 判らないのか! 同性だとか異性だとか関係ない! 親とか子とか、兄弟とか、友達だとか、たとえ道ですれ違っただけの相手に対してでも、幸せに生きて欲しい。そこにいて欲しい。そう思えるボクらの感情が間違ってるって言うのか? それなら、何のために生きているんだ? ボクはいま、ユキにここにいて欲しいと思ってる。幸せでいて欲しいと願ってる。ボクがユキのことを、心から大切に……想っているから」
泣いているユキのことを、薫は力強く抱きしめる。傘が落ちて、ユキは薫の胸のなかに包まれる。激しくなる雨の音。
 ユキ「(囁くように)わたし、このままで大丈夫かなあ?」
 薫「(男らしい声)ああ。ユキのこと、必ずボクが守る。ボクのためにも、そのままでいてくれ」
 ユキ「薫ちゃん! (薫の胸に顔を埋めて泣く)」
 薫「どうしてかな……。もしかしたらボクがたくさん買った男性のチップの、潜在意識のせいかな。いま、無性にユキが愛しくてたまらない……。心の奥が、狂おしいくらいに、切ないよ」


ユキは薫にしがみついたまま。激しい雨の音の中、二人は抱き合いもつれ合うように、舞台中央の闇の中に消えてゆく(照明のテクニックで、幻想的な雰囲気を醸し出す)。
見えるか見えないか、くらいの薄暗い舞台。ユキのつぶやき。

 ユキ「薫ちゃん……知ってる? 『レンコン』って、とっても身体に良いんだよ」
 薫「ああ。そうだね。ボクはあまり好きじゃないけど」

暗転。場面は、ユキか薫どちらかの部屋と思(おぼ)しき場所。
暗闇のなか、ユキと薫、二人の息づかいが聞こえて来る。
 ユキ「あんっ……、ああッ!」
ユキの甘い声に呼応するように、次第に荒くなる薫の息。
しばらくの間。
 薫「ボクの身体の男の子の部分……無くさないで良かった」
 ユキ「バカ……」
 薫「大丈夫。ボクが絶対に、ユキを守るから」

ゆっくりと照明が明るくなり、二人が横たわっていたベッドが現れる。薫はまだ横たわっている。
傍らに立つユキに気づいて、薫が起き上がる。
ユキは笑顔。
 ユキ「ごめん薫ちゃん。起こしちゃった?」
 薫「(枕元にあったスマホを手にとって)ああ、もうこんな時間か」
 ユキ「コンビニ行ってくるよ。朝ごはん作ってあげる」
 薫「料理なんてできるの?」
 ユキ「馬鹿にしないでーー。これでも得意なんだよ。行ってくるねー」
ユキは弾む足取りで、下手(しもて)側に向かい、照明が消える。
薫はベッドに腰を掛けたまま、穏やかな笑み。
そのとき、突然、周囲からガサガサ、ガサガサ、という不穏な音と気配が聞こえて来る。
薫はそれに気づいて立ち上がり、フリルのついた女性ものの部屋着を羽織る。
 薫「――あの人が言ってたの、これのこと? まさか、本当に来るなんて」
薫はスマホを手に取り、ユキに電話をする。
 薫「ユキ!! いい? ちょっと突然用事が入っちゃった……。悪いけど、時間を潰してきてくれないかな。違うよ。何もないって。ただ、あと一時間くらいは、一人にして欲しいんだ。大丈夫だから。ボクを信じて。絶対だよ」
薫は急いで通話を切る。直後、 気配の先に歩いて行き、恐る恐るドアの前に立つ薫。
 薫「(女性的な声に戻って)誰?」
その瞬間、鍵が壊されドアが勢い良く開く音。即座に、ビシュウ、という風を切る音が鳴り響き、薫が足を押さえて倒れる。
そこに現れたのは、柴島悠子だ。以前と同じポーズで手袋を嵌め、奇妙な形をしたハンドガンを構えている。
 柴島「ま、松屋町の女。お……お、お前だな。悪いが……し、死んでもらう」
 薫「(全てを悟り、芝居がかった調子で、わざとらしく)あのときの女ね。お久しぶり。わたしと吾郎ちゃんとのラブラブを邪魔して。彼を死に追いやって、今度は何? ふざけんな! こっちこそ殺してやるーー」
薫の方から柴島に襲いかかるが、またしてもビシュウ、という音が響き、薫は下手側に音を立てて弾き飛ばされる。
 柴島「こ、これは特殊な銃だ。しょ、証拠が残らない。楽になりたければ、は早く言え。お、お前のあれはどこだ」
 薫「なんだよーもう、ふざけんな! 殺してやるーー」
再度掴みかかろうとする薫に、柴島悠子は躊躇せず、表情を変えずに前進しながら、踊るようにリズミカルに連続で薫の右手、左手、右足、左足に、的確に着弾させる。都度、弾き飛ばされる薫。その場で動けなくなってしまう。最後にビシュウという音。心臓に近い場所に着弾。
 薫「アアッ(痛がる)! お前―。呪ってやるぞー」
 柴島「す、好きにしろ。いずれは誰もが死ぬ。は、早くあれの場所を言え」
手足が動かない薫、アゴでその場所を指し示す動作。
柴島は薫のBE(ブレイン・エッグ)を見つけ出し、持ち出す。
 柴島「良い夢を見ろ――」
柴島は無表情のままBE(ブレイン・エッグ)片手に抱え、持ち去って行く。

 薫「(声がギリギリ出るかどうか、といういような状態で)良かった(優しい笑顔)……間に合った。ユキ……。約束、守れたよね、ボク。君を……、大切な君を、守れ、た」
薫はうつ伏せに倒れ込む。


ブチイッッ! 柴島が薫のBE(ブレイン・エッグ)の脚を引き千切る音。一瞬の間の後、ボコォ、と激しい音。ぽこ。ぽこぽこぽこ。ぐちゃっ。ぐちゃぐちゃぐちゃっ。肉が潰れ、脳が破裂する音が続く。照明が薄暗く舞台を、様々な色に塗り潰す(ここはあえて控えめな色で)。スクリーンは、静かに、夕焼けのような、穏やかな悲しみの赤色に染まってゆく。

ガチャッ、という扉が開く音。ユキが入って来る。
 ユキ「薫ちゃん、ちょっと早かったかなー。時間あったから少し先のスーパーまで……」
ユキは、部屋の状況に気づいて、その場で跪き、両手に持っていたスーパーの買い物袋を二つ同時にボトッと床に落とす。
 ユキ「嫌だ……薫ちゃん。嫌だ。嫌だよ。イヤダーー!! うへっ、うへっ。ゴホッツ(嘔吐の音)」
うつ伏せに倒れた状態の薫の遺体は、照明によってぼかされている。ユキは、四つん這いのまま薫に近づき、抱きしめ、声を上げて泣く。
 ユキ「イヤ! 嫌。嫌。嫌嫌嫌嫌嫌――。(声がかすれ、少しづつ言葉にならなくなってゆく。声は徐々に、ヒューーッという意味をなさない呼吸音に変化してゆく)」
 ユキ「ヒューーッ。ヒューーッ。ヒューッ(呼吸の音。言葉が出なくなり、玩具の笛のような音だけが鳴る)。ヒューーッ。ヒューーッ。ヒューッ(泣きながら)。ヒューーッ」
ユキは、頭を振り乱し、狂ったように薫の亡骸を抱き、ときに頭を振り回し、声なき声で絶望を表現。
あまりの衝撃に言葉を、声を失ってしまったユキは、やがて、ゆっくりと立ち上がり、自らの未来を手(た)探る(ぐ)ように、力ない足取りで玄関まで向かう。再び倒れ座り込み、ヒューーッ。ヒューーッ。ヒューッ。声にならない、空気の振動のような、力なきユキの叫びが舞台に木霊し、ゆっくりとフェイドアウト。
場面転換。

舞台は変わって、九条(北加賀屋)が、スマホで『オカヂ先生』と話しているところ。
 九条(北加賀屋)「お久しぶりです、先生。良かったー憶えていてくれて。いやあ、懐かしいです。今も教師をされてるんですね。いやいやそんな、俺なんか。え? 敬語は無しで? 有難う。実はあの頃のクラスの友達と、どうしても連絡が取りたくてさ。途中で転校したほら、『野田ひろし』。憶えてるかな。生徒の転校先とかって……調べれば判ったりする? あ、有難うー。お願いします!! ところで先生、もう『ぢ』は治ったのかい?」

暗転。場面転換。江坂の部屋にスイッチ。
江坂は慌てた様子でスマホの発信ボタンを何度もタッチしている。
 江坂「あー、もうマモさん、何やってるんだ。出てよー。このままじゃ、本当に殺されちゃうよー。頼む……頼む(ここで電話が繋がり通話状態に)。あー、マモさん。良かった繋がってー。ヤバイんだよ――僕のこと殺しに来るって言ってるんだ……え? そうなんだ。助けて欲しいけど、ママンは一階にいるしさ。部屋広いし、いつ来るかと思ったら映画も観てられないし、眠れなくて。マモさん、頼むから早く帰ってきてよ!」
場面転換。

照明が照らす場所は、ツルハシの部屋と思しき場所。
舞台中央には、息も絶え絶えといった状態のツルハシが座り込んでいる。

上手側。ガチャガチャ、とドアがこじ開けられる音。即座に、薫のときと同じポーズで柴島悠子が入って来る。

 ツルハシ「やあ。お待ちしていました……やはり貴女でしたか」
 柴島「ど……どどういう意味だ」
 ツルハシ「私と同じ種類の『闇』を感じますから。社会に順応できない自分は誰にも受け入れられない――そう思っていますよね」
柴島が銃を撃ち、ビシュウという音が鳴り響く。ツルハシの左手に着弾。顔をしかめるツルハシ。
 柴島「私は標的を狙うだけだ。わ、悪く思うな」
 ツルハシ「それは、海外で裏取引されている銃ですね……(以前と同じように自分の頭を指して、他人の記憶データによる知識であることを暗に示す)。『線条痕』が残らず、体内で溶けてしまう、ガラス繊維の入った生分解性樹脂の弾(た)丸(ま)。しかし、殺傷力は高くないはずだ」
ツルハシはBE(ブレイン・エッグ)を取り出す。
 ツルハシ「BE(ブレイン・エッグ)を使って欲しいのなら、話が早いです。私はBE(これ)と共に散るのが相応しい。ただ、ほんの少しだけ時間をくれませんか。最期に考えてみたいんです。『私』とは何だったのかを」
もう一度『銃』を構え、容赦無く撃とうとした直後、背後に門真優流が現れ、柴島の肩を強く掴む。驚き振り返る柴島。
 門真「俺からも頼む。どうか最期だけは、あいつの好きにさせてやってくれないか」
 柴島「(狼狽しながら)し、しかし……」
 門真「大丈夫。あいつは端(はな)から死ぬ気だ。責任は俺が取る」

門真は、柴島を引き寄せ無言で後ろ手にツルハシに手を振り、その場を離れる。薄っすらと笑みを浮かべるツルハシ。門真と柴島に当たっていた照明が消える。
反対の下手側にスポットが当たり、黒ずくめの青年が現れる。
青年はツルハシに歩み寄り、ツルハシはゆっくりと立ち上がる。

 青年「あーあ。人間って色々と大変だね」
 ツルハシ「これで、お前とも最期だ」
 青年「――だね。僕はあのときのことを、思い出していたよ」
 ツルハシ「ああ。雨が降っていたなあ。人通りが多くて、なかなか追いつけなくて、傘の鮮やかな色を目印に追いかけた」

回想場面。下手側に、傘を差し後ろを向いた森宮ユキが現れる。青年とツルハシは並んで、ユキを追いかける動き。

 青年「(ユキに)あのっ、これ。社員証。落としましたよ」
青年は持っていた『ユキの社員証入りのホルダー』を差し出す。
 青年「(ホルダーの社員証と写真を確認しながら)森宮、ユキさん……ですよね?」

そこで傘を差したまま、ゆっくりとユキが振り返る。泣いている。時間が止まる(ストップモーション)。

 青年「(ツルハシの方を振り返って)あれは、『クロノスタシス』だったよね」
 ツルハシ「ああ。彼女の眼から流れる涙が、一瞬止まった。まさに、時計の針が止まって見える錯覚みたいに」

再びユキが動き出す。
 ユキ「(涙を拭って)ご、ごめんなさい。わざわざ追いかけてもらって、すみません」
 青年とツルハシ(ここから同時に)「気づいてたんですか!?」

青年とツルハシは同時に発声しているが、ユキは青年にのみ、反応を返す。
 ユキ「はい……。親切な人がいるなあって」
 青年とツルハシ「自分は……、普段他人(ひと)に気にかけられることがないので、驚きました」
 ユキ「あは。(泣き顔に笑顔を少し混ぜた感じで)だって、『ボス』に似てたから……」
 青年とツルハシ「『ボス』?」
 ユキ「子供の頃、飼ってた犬の名前です。なんか寂しそうな感じがよく似てるなあって。あ、失礼ですよね。ごめんなさい」
 青年とツルハシ「いや……じゃあ、これを(ホルダーを差し出して去ろうとする)」
 ユキ「(首を横に振って)――要らないです。すみません、せっかくなのに。実はそれ、捨てたんです。付き合ってた人に嫌われちゃって。もう、会社に行けないから……。あは。明日から無職かあ(溜息)」
頭を下げて、ユキはそのまま去って行こうとする。
 
少し間をおいて。青年とツルハシは大きな声でユキを呼び止める。
 青年とツルハシ「それなら! それなら――ウチに、来ませんか。ちょうど人手が足りなくて。短期間になるかも知れませんが、稼げる仕事なので」
 ユキ「(立ち止まり振り返る)え?」
 青年とツルハシ「お仕事のお誘いです」
 ユキ「なに……? (たじろぐ)」
 青年とツルハシ「(青年が名刺を渡す)一見、怪しいでしょうけど、今なら確実に大きな利益を得られます」
 ユキ「(受け取った名刺を見て)『記憶の売買』……ですか。よく判らないけど。わたしで、役に立ちますか」
 青年とツルハシ「はい」
 ユキ「あは。……もう、何でもいいか。(涙を拭い笑顔で)じゃあ、雇ってもらおうかな。あなたのこと『ボス』って呼んでもいいです?」
思いもよらない台詞に、青年とツルハシは立ち尽くす。
 ユキ「(クスッと笑う)だって、これからわたしのボス(雇い主)になるんでしょう? あなたを見る度に『ボス』のこと思い出せるのならいいかな、って」
 青年とツルハシ「『ボス』……ですか」
 ユキ「はい。こうなったらもう、ヤケです。わたし、『宇宙一周旅行』めざして働きますよ」
最高の笑顔を残して、幻のように『過去のユキ』は消えてゆく(照明によるフェード・アウト)。

 青年「まさか僕らが『あだ名』をつけられるなんて」
 ツルハシ「(重ねて)思ってもみなかった」
 青年「『誰でもない』はずなのにね。『居場所』ができた気がした」
 ツルハシ「悪くはなかった。たとえ『影』であっても、『何処かにいたい』、と願ってたんだな」
 青年「――そろそろ行こうか。頼む」
 ツルハシ「ああ。(BE(ブレイン・エッグ)を掴んで優しく語りかける)長い間世話になったな……。最期にもう一働き、してもらうよ」
 BE(ブレイン・エッグ)「ギギ……グキキキキ、グキキ」

ツルハシは、少し寂しそうな、それでいて満足したような笑みを浮かべ、そのままBE(ブレイン・エッグ)の脚を引き千切る。

その瞬間、今度は間を置かずに、これまでにない物凄い速さで、ぽこ、ぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。ぐちゃっ。ぐちゃぐちゃぐちゃっ。ぐちゃぐちゃぐちゃっ。激しい『脳』の爆発が起こる。 高速で破裂する音。まるで連続で花火が上がるような勢い。そこに時折混ざるぴゅー、という音は、絞ったホースの先から、四方八方に勢いよく放射される熱い液体を想起させる。照明が、舞台を赤、赤、赤に塗り潰す。
スクリーンにはコントラストとなる強烈な赤。やがて、何かの罪を背負ったかのような、どす黒い色に染まってゆく。そこにやがて希望の光のような、薄青い色が現れ、赤黒い表層のところどころをかき消してゆく。

静寂が生まれる。
 
ゆっくりとスポットが当たるが、青年の姿は消えている。そこにあるのは、ツルハシの亡骸(なきがら)だけだ。
静かな足取りで、上手側前面から門真優流が一人で現れる。
 門真「俺たちは結局……『誰でもなく』なんて、なれないってことか……」
寂しそうな表情(かお)をして、もう動くことのない『かつてツルハシだったもの』を振り返り、門真は去ってゆく。
場面転換。

【8】 カルノフ……。

 江坂の部屋。スクリーンに『ホドラー』の自画像がうっすらと映り、ゆっくりと消える。 

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静寂をかき消すように、突然、『ゲームキャラ・カルノフ』にも似た『中国のお面』のような被り物をした人物(女性らしきシルエット)が飛び出し、舞台を跳ね回る。江坂に向けて踊るように、刃渡りの長い刃物を振り回す。振る度に、ヒュン、ヒュン、という風を切る音。逃げ回る江坂。

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カルノフ(?)の激しい動き。江坂は情けなく怯えながら、間一髪で刃物の攻撃を躱(かわ)してゆく。手に持ったスマホに向けて叫ぶ江坂。
 江坂「マモさん、何やってんだよ! わわわっ、早く戻って来て。このままじゃ、カルノフに殺される! はあ? だから、今だって。いまいま! 眼の前でカタナ振り回してんだよ。部屋に隠れてていきなり襲ってきたんだ。わあ。やばい! え? 僕、今一人なんだって!」
 九条(北加賀屋)の声「判った、急ぐよ! 大事な話があるから耐えてくれ。いま死なれたら困る」
通話が切れる。
 江坂「なにそれ! えーもう、むちゃくちゃだって!」

ヒュン、ヒュンと刃物が風を切るたび、江坂は情けない声を出す。結局、江坂は捕まり、喉元にナイフを突きつけられた格好で、その場に座り込んでしまう(江坂は客席側に、目を開き怯えた表情を向ける)。
 カルノフ(?)「(刃を突きつけて。変声器を通した声)お前のBE(ブレイン・エッグ)を出せ。早く!」

江坂は何度も頷き、言う通りに動く。
 カルノフ(?)「怖いか。さあ、BL(ブレイン・レッグ)を耳に挿(い)れろ。思い出すんだ。死のこと。殺意のこと――お前のなかの『エディプス』を蘇らせろ!」
 江坂「わ、わ、判った。判ったって! 危ないよ! ――ハハハッ。なあーんてね!」
江坂は、カルノフ(?)の指示に従うフリをしつつ、隙きを突いて相手をドン、と押しのける。すかさず距離を取る江坂。
 江坂「こーなりゃ、奥の手だ」

江坂は意味ありげに素早く上着を脱ぐ。その下からは、ブルース・リーの映画『死亡遊戯』でお馴染みの黄色いツナギ。そして腰にはヌンチャク!
『燃えよドラゴン』のBGMがかかり、スクリーンには、ブルースの画像。  

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(※肖像権の問題が考えられるので、映画関連のものはモザイク掛けたり、『なんちゃって画像』で代用することも検討)
ヌンチャクを、それっぽく振る江坂。
 江坂「マニアを舐めんなカルノフ。僕が映画の記憶、買いまくったの知ってるだろ? あるのさ、ここに(自分の頭を差して)。ブルース師匠の、撮影当時のリアルなプラチナム・ピースがね!」
カルノフ(?)は構わず攻撃してくるが、江坂は頼りない動きで躱す。何かを思い出すように目を閉じ、一人でぶつぶつと呟く。

 江坂「師匠、力をお貸し下さい。『考えるな……感じろ』よし、判りました!」
 江坂(くわっっと目を見開き、怪鳥音)「アーッ、タタタタタタター!! アッタァー!!」
江坂はその気になってヌンチャクを回すが、動きもリズムも悪く、なんとも滑稽な格好になってしまっている(だが本人の気分は上々な様子)。まともに回せないヌンチャクは何度も空を切るが、カルノフ(?)が突き出した腕に偶然、江坂のみっともない前蹴りが当たり、持っていた刃物を弾き飛ばす。
 江坂「(自分の蹴りが当たったことに驚き、笑顔。間を置いててから)アッタタタタタターーッ」
 江坂は調子に乗って振り回すが、まともにヌンチャクを扱えず、力を入れて振り回した拍子にすっぽ抜けて、あさっての方向に飛んで行ってしまう。
 江坂「あれ? ……あれあれ?」
 カルノフ(?)「……クックククク(不敵に嗤(わら)う)」
そのまま、素手で襲いかかるカルノフ(?)。
慌てている間もなく江坂の顔面にストレートが、脇腹にフックが入り転倒する。
 江坂「ええええ!? イテテテ。考えなくてもダメじゃん。何も感じないし、余計にダメじゃん!!」
 カルノフ(?)「――クックク。偽物に決まってるだろう」
 江坂「やっぱりそうか、そうだよな……、よし! じゃあ――これならどうだ!」
 
江坂は黄色いツナギを脱ぎ捨てる。中からは、黒いタンクトップ。『スパルタンX(プロレスラー故・三沢光晴氏の入場テーマ曲でもある)』の軽快なBGMが鳴り始める。スクリーンには、江坂の脳内:ジャッキー・チェンとマーシャルアーツ世界チャンプ、ベニー・ユキーデとのベスト・ファイトの画像(もしくは動画)表示。   

画像12

江坂はオープングローブを嵌めてカルノフ(?)とジリジリ間合いを取る。カルノフ(?)のパンチが連続し、何発かが江坂に当たる。江坂のパンチ、キックは悉く(ことごと)避けられ、カルノフ(?)の物凄い蹴りが、頭上をかすめる(映像:ベニー・ユキーデの蹴りの風圧が複数の蝋燭の炎を消す有名なシーン)。江坂はひっくり返る。
 江坂「ああ、やっぱりこの記憶(チップ)も偽物だ! どうしよう」
カルノフ(?)はその隙に、落ちていた刃物を拾い、また振り回しながら追いかけて来る。必死で逃げる江坂。
 江坂「ひいいっ。ガチンコ勝負にカタナはルール違反だって!!」

このタイミングで、下手側から九条(北加賀屋)が入って来る。
 九条(北加賀屋)「恭さん、お待たせ……わわわわっ!」
硬直する九条(北加賀屋)。カルノフ(?)が気づいて振り向き、二人に交互に刃を向ける。
 九条(北加賀屋)「い! いやいやいやいや……」
 カルノフ(?)は、九条(北加賀屋)のほうに矛先を向け、刃物で襲いかかる。ヒュンヒュン、と空気を切る音。
 九条(北加賀屋)「わっ、ちょっと。助けて。どう考えても馬鹿げてるだろ、この状況!」
 江坂「だから言ったじゃないか! マモさん、ホストだったんだし慣れてんだろ、喧嘩?」
 九条(北加賀屋)「喧嘩なんて、駄目なホストしかやらないよ! 恭さんこそ、なんだその格好。 『スパルタンX(それ)』、何年(いつ)の映画か考えたら、判るだろ!!」
 江坂「え!? その気になれたら、ちょっとは強く……」
 九条(北加賀屋)「なるわけないだろ!」
カルノフ(?)は逃げ回る二人を刃物で追い回す。二人はそれを、ひいひい躱(かわ)しながら、会話。
 九条(北加賀屋)「『野田ひろし』の転校先に行って、父親に会ってきた。わわっ!」
 江坂「……ぎゃっ! どうだったの?」
 九条(北加賀屋)「子供の頃の話をした。あいつがどんなやつだったか、俺がどんな子供だったのか。色々思い出したよ」
 九条(北加賀屋)が『子供』、という言葉を口にする度、それに合わせてカルノフ(?)の刃物を振る動きが、一瞬止まる。
 江坂「それで?」
 九条(北加賀屋)「ひろしが子供の頃の想いを、いまの俺に届けようとしたことが判った。俺が受け取れたのは、恭さんと出会ったからだ――不思議なことが起こってる」
 江坂「僕ら、なぜか最初から気が合ったよね」
ここで、完全にカルノフ(?)の動きが止まる。刃を落とし、両手で頭を抱え、『鳴き(泣き)声』のようなものを発する。
立ち止まり、腰を曲げ、その場で嗚咽するカルノフ(?)。
 九条(北加賀屋)「(気づいて指差す)おい、……あいつ」

 カルノフ(?)「やめろ! 責めるな……生き辛い闇の世界(なか)、子を守り育てる重圧と、その苦しみがお前たちに判るか!  これ以上私を責めるなッ!!」
カルノフ(?)は、体勢を立て直し、刃を拾い、これまでにないもの凄い勢いで二人に刃物を振り回し始める。
 江坂・九条(北加賀屋)「うわああっ! 一体何なんだよっ」
 
そこに下手側から突然現れるママン。ショットガンを構えている。
 ママン「伏せなさい! 恭太郎」
とっさにその場で頭を抱えて伏せる二人。ママンはショットガンを放つ。大きな破裂音。見事カルノフ(?)に着弾。弾き飛ばされるカルノフ(?)。倒れたまま、動かなくなる。
 
 ママン(二人に)「刀背打(みねう)ちだ。心配ないよッ」
初めて舞台に姿を見せるママン。素顔が判らないくらい、不自然に顔を白く塗っており、まるで『ダダ星人』か『オバQ』のような容貌になってしまっている。
 江坂(恐る恐る近づいて行って)「刀背打(みねう)ち……って、言わないよね、これ。思いっきり当たってるし」
 ママン「麻酔銃だから大丈夫。ほら、熊眠らすやつ」
江坂は安心してその場にヘナヘナと座り込む。

 江坂「熊用はまずくない? でも……。ああー、死ぬかと思った。怖かったよママァーーーン(抱きつく)」
 九条(北加賀屋)は立ち上がると、眠っているカルノフ(?)のほうへゆっくりと近づき、お面を外す。面の下からは、地味な印象の女性の顔が現れる。
 九条(北加賀屋)「(江坂に)恭さん……こいつ、女だ」
 江坂「ええ?」
 九条(北加賀屋)「――なんか、ブツブツうわ言を言ってる」
 ママン「訳ありだね。アタシと似たような心の病かも知れない」
 
そこで突然、江坂のスマホの着信音が激しく鳴る。慌ててスマホの画面を確認する江坂。
 江坂「(画面を見ながら!)カルノフからだ……」驚く三人。

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 江坂「もしもし……」
 カルノフ「ご報告致します。これにて全ての計画(プロジェクト)を終了し、我々は撤収作業に移ります」
 江坂「どうなってんだよ……、意味わかんない」
 カルノフ「貴方から、最後のデータ収集をする予定でしたが、非効率的と判断し、撤収致します。我々は既に規定以上の情報を確保しましたので」
 江坂「ふざけるな! あの女性(ひと)は、一体何なんだよ」
 カルノフ「『強い思い込み』を与えれば、人間は思いのまま操作できるものです。『同属性の記憶』を持つ者は、高確率で貴方の深層意識を刺激するはずでした。残念な結果です」
 江坂「同属性の記憶? (江坂はハッと気づいて)この女性(ひと)、あのとき僕に送りつけてきたチップの持ち主か! ――酷(ひど)すぎるぞ。お前、絶対に許さない!」
 カルノフ「怒りの感情を私に抱くのは、貴方にとって得策ではない――私は、今回の実験を円滑に進めるためのただのツールです。厳密には、数多くの計算式で構成された、『累積プログラム』に過ぎません」
 九条(北加賀屋)「AI(人工知能)……ってことか」
 カルノフ「(構わず)撤収作業、順次完了。『認証コード:カルノフ』、消去します。……それでは。長らくのご協力、感謝致します」
――プツン―― と通話が切れる。『カルノフ』自体が消滅したその余韻。ツーツー音だけが、僅かに虚しくそこに残る。

 ママン「なんとまあ……大変な時代だねえ」
 江坂(その場に座り込む)「僕はずっと、ただのプログラムと話してたのか……」
ママンは背後から江坂に寄り添う。
 ママン「アイツの話はしたくないけど仕方ないね……あの男は、アタシが(自分の顔を差して)こんな化粧をしなきゃ外に出られなくなった理由の一つだからサ。でも言っておくよ、恭太郎。あんたの父親は、ちゃんと生きてる」
 江坂「え?」
 ママン「定期的な援助がなきゃ、こんな暮らし出来るわけがないじゃないか。アイツは今頃遠くの国で、相変わらず女を取っ替え引っ変え、好き放題やってるはずサ」
 江坂「ホ、ホントに……? あ、ああ。僕は殺人者じゃない。ああ、良かったーー」
 ママン「当たり前サ。あんな小さな子どもが後ろから花瓶で殴ったくらいで、簡単に死ぬもんかい」
 九条(北加賀屋)「(江坂に)これで安心だな、恭さん……。(言葉を噛みしめるようにゆっくりと話を始める)さっきの話の続きだけど――『野田ひろし』は、半年前に亡くなってた」
 江坂「え?」
 九条(北加賀屋)「驚いたよ。ひろしは、『脳幹』に、ステージⅣの悪性脳腫瘍(グリオーマ)を患って、しばらく闘病してたんだ。そして手術後に、少しづつ色々なことを忘れて行った」
 江坂「あ……(ハッ、と何かに気づいたように両手で自分の胸元を掴む)」
 九条(北加賀屋)「忘れる、ってのは正しくないか。ひろしの親父さんによれば、記憶を入れた引き出しが徐々に開かなくなる感じらしい。(俯いて)大切な人の顔や声を思い出せなくなり、親父さんのことも判らなくなることがあったみたいだ」
 江坂「――いまの僕らも、少し似ているね」
 九条(北加賀屋)「うん。そこでひろしは、命があるうちに生きた証を遺す方法を考えた。BE(ブレイン・エッグ)を使って大切な記憶のいくつかをデータ化して拡散する――すべてを思い出せなくなる前に、あいつは、ある願いを込めてそれを選択した。恭さんが買ったチップはそのうちの一つなんだ」
 江坂「まさか、そんな使い方をするなんて……」
 九条(北加賀屋)「思いもよらない発想だよ。親父さんは、俺にこんなことも言った。『あの場所で待ってる』――もしいつか誰かが訪ねて来ることがあったなら、そう伝えるように言われていたって――頼む、恭さん。俺が子供の頃過ごしたあの場所に、一緒に行ってくれないか」
 江坂「何で僕が?」
 九条(北加賀屋)「恭さんの中にあいつのチップがあるからだ」
 江坂「星だったら、もっと近場で観れるじゃん……」
 九条(北加賀屋)「判るだろ、あそこじゃなきゃ駄目なんだよ」
 江坂「判るけどさ……」
 九条(北加賀屋)「恭さん、お願いだよ。野田ひろしがネット上に残した記憶を恭さんが買って、その恭さんと俺が出会った。こんな偶然は無いだろ」
 江坂「い、いや。気持ちは判るよ。でも実際僕、関係ないし。なんだか怖いんだ……、意味判んないけど」
 九条(北加賀屋)「(突然少年の頃のように勢いよく)おい、ひろし! お前、ちゃんといるんだろうな。すっぽかしたらただじゃおかねえぞ!」
 江坂「(とっさに)当ったり前だ! いつまで待たせんだよ!」
 九条(北加賀屋)「あ!?」
 思わず、あっ、と自分の口に手を当てて驚く江坂。 
 九条(北加賀屋)「――な。さっきのAI(人工知能)が言ってた『同属性の記憶』。気にならないか? 俺と恭さんは確かに共有してるんだ」
 江坂「彼が、記憶をデータ化するときに一体化した思念、か。なんでこんな――(自分自身に驚きつつ)行って……、どうなるの? あそこに」
 九条(北加賀屋)「丘の上で星を見ながら、恭さんの中にある潜在意識に話しかけてみたい……何も起こらないかも知れないし、それなら仕方がない。ただ、こいつを(脚の部分を拘束したBE(ブレイン・エッグ)を取り出す)――あの場所に埋めようと思う。あんなにうってつけのところはないだろ?」
 ママン「(迷ってる江坂に)恭太郎、一歩踏み出して、男を見せるときじゃないかい?」
 江坂「ママン……」
 江坂は、決意した表情で九条(北加賀屋)のほうを振り返る。
 江坂「マモさん……あのう。もう一人、連れて行きたいひとがいるんだ」
 九条(北加賀屋)「(ニヤッと笑って)判ってる。ツルハシさんとの約束だ。彼女のBE(ブレイン・エッグ)も一緒に、地中深くに埋めて全てを終わらせよう」
 ママンは穏やかに二人を見ている。
 九条(北加賀屋)「それとな。これは重要! 彼女へのキスは、必ず、二回しろ」
 江坂「き、きききき、きす!? 僕がユキさんに!? (激しく狼狽)。出来ないよー。映画でしか見たことないのに」
 九条(北加賀屋)「(悪戯っぽく笑う)ユキ? ――俺は『彼女』としか言ってないぜ」
江坂は、もじもじと内股になって恥ずかしがる。
 九条(北加賀屋)「ははは。映画(ハリウッド)スターになりきれよ。『二回』の意味は、後で教えてやるから(江坂にウインクする)」
 九条(北加賀屋)は上手側に歩き始め、江坂に手招き。
 ママン「(頷いて)――アンタが引きこもりを卒業したら、アタシもこの化粧をとって、外に出られるよう頑張ってみるサ」
江坂はママンに向けて力強く頷いて返す。九条(北加賀屋)の方を追う途中、倒れている女性を見て、ふと立ち止まる。
 江坂「待って。この女性(ひと)!」
 九条(北加賀屋)「ん?」
 江坂「僕……この女性(ひと)と同じ属性の記憶も持ってるんだ」
 そのまま、江坂は女性の持ち物を調べる。
 江坂「あった!」
 江坂の手には、女性のBE(ブレイン・エッグ)。
 江坂「これも……、一緒に。埋めてあげていいよね」
 九条(北加賀屋)「もちろん!」
ママンは頷いている。
 江坂(倒れている女性に優しく)「ゆっくり休んで。目を開いたあと、貴女の気持ちが少しでも楽になったらいいな……」
 
 照明はフェイドアウト。場面転換。

【9】 邂逅の星空

スクリーンに、微かに星が瞬き始める。
野田ひろし(少年B)の声で、ナレーションが一定の間隔で流れてくる。

【……すっげえ!!】
【あれはほら、理科の授業で習ったよ。こぐま座? へびつかい座? カシオペア? オリオン座、だったかな?】
【だいたい北加賀屋なんて苗字、長過ぎるよ】
少年二人の笑い声が重なり、次第にフェード・アウト。
【ドラゴン座だ。……俺には龍に見える。星を斜めに繋げたらさ】
【――この町の、人や景色が好きでした。これでお別れになるけど、星たちは、胸のなかでいつまでも輝くと思います。僕たちに課題をくれて、ありがとう、先生】
 
少しの間。

九条(北加賀屋)、江坂、森宮ユキの三人が下手側から現れ、順に坂を登りながら歩を進める。九条(北加賀屋)はディバッグを背負っている。
【もしいつか忘れそうになっても、どこかで同じ星座を見たら、必ず思い出すよ】
そこに、ツルハシの声のナレーションが重なる。
 ナレーション(ツルハシの声)【本当に大切なのは、有益な情報を得ることや、与えることでは無く、ましてやデータ化して保存することでもない――もしかしたら……。いや、やめておきましょう】

三人とも息を切らしつつ登る。ユキは未だ言葉を発せず、ヒューーッ。ヒューーッ、ヒューーッ、という呼吸音だけを響かせる。ゆっくりと、スクリーンの星の煌めきが増す。

 江坂「はあ、はあ。はあ。ちょっと、マモさん。こんなにキツい上り坂、聞いてないって!」
 九条(北加賀屋)「キツいのは、長いこと引きこもってたからだろ? ――とは言っても、しんどいな。子供の頃は駆け足で登れたのに……」
 江坂(スマホのマップを覗き込みながら)「本当にこっちいいでのかな。マモさん、合ってる?」
 九条(北加賀屋)「たぶん、な……。すっかり街並みが変わってるから確かじゃないけど」
そのとき、江坂と並んでいたユキが、大きくヒューーッ、ヒューーッ、と二度発した後、その場に倒れ込む。咄嗟に正面からユキを抱き支える江坂。思わず我に返り、無事を確認してから、慌ててユキの身体を離れる。
 江坂「……ユ、ユキさんその、あの。ごめん」
ユキは気にしていない様子。
 江坂「あのっ……! なんて言うか。ユキさん柔らかい、っていうか。坂道はキツいししんどいんだけど、僕はいま、とても嬉しいっていうか。ああどうしよう」
 九条(北加賀屋)「バカ!」
慌てて、九条(北加賀屋)が駆け寄り、江坂にだけ聞こえるように、囁く。
 九条(北加賀屋)「そんなこと、思っても口に出すなよ! ここは黙って肩を貸してやれ」
 江坂「う、うん……。(照れながらも言う通りにする)」
再びゆっくりと坂を登り始める三人。
そこに酔っぱらいのオヤジが上手側から現れ、鼻歌まじりに三人の脇を通り過ぎようとする。
 酔っぱらいのオヤジ「ういぃ~~。YOUはしょーーっく~♪ 愛で~空が、落ちて、くる―~~♪ YOUはしょーーっく~♪ 俺の~胸に、落ちて、くるー~~♪ うふふ」
行き過ぎる前に、九条(北加賀屋)がオヤジを呼び止める。

 酔っぱらいのオヤジ「お前求ーめ、さまよう心いまー、熱くもーえ、てーる♪ ウイっ、くくく」

 九条(北加賀屋)「あのっ、すみません!」
びっくりして立ち止まる酔っぱらいのオヤジ。
 九条(北加賀屋)「この辺りに『薬のナンバ』って言う薬局があるはずなんですが、どちらですか」
 酔っぱらいのオヤジ「ういぃ。ナンパ? これナンパ? ナンバ……ナンバ! ああ! そういや昔あったわ」
 九条(北加賀屋)「もう、無いんですか」
 酔っ払いのオヤジ「ういぃ。ずいぶん前に潰れちゃったよ。だけど確か同じ場所に『コノサキ ファイン』? 『ココカラ シャイン』だったっけ? そんな感じの今風の薬局ができてる」
 九条(北加賀屋)「本当ですか、場所を教えて下さい!」
 酔っぱらいのオヤジ「うい。いいよ。この次の角を左に行って右。もう少し坂を登ったところ」
 九条(北加賀屋)「有難うございます!」
酔っぱらいのオヤジは手を振り、相変わらずの妙な鼻歌の続きを歌いながら、下手側に歩き出す。
 酔っ払いのオヤジ(突然、クリスタル・キングばりのハイトーン・ボイスを張り上げて)「微笑み忘れたかおなど―、見たくはな・いっ、さー~~♪ 愛―いを~~とり・も・ど・せえぇぇー~♪」
オヤジはふらつきながら去って行く。
 江坂「うわ、びっくしたー! なんだよあのオジサン、突然」
 九条(北加賀屋)「(オヤジのおぼつかない足取りを不安そうに見ながら)――まあ、取り敢えず行ってみよう!」
三人は坂道をのぼりつつ、時折左、右に歩く動きをする。
そのとき、不意に江坂が立ち止まって、
 江坂「マモさん……、あれ!」
江坂は前方を指さす。
 江坂「灯りが半分消えてて、よく見えないけど、あの看板『ココカラ 何とか』って書いてない?」
 九条(北加賀屋)「……本当だ。よし。急ごう」
 
さらに歩を進める三人。スクリーンの一部に薬局の建物、移動式スクリーンに『ココカラ シャイン』のロゴの画像が、それぞれ一瞬映り、三人の歩みに合わせてフェード・アウト。

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『ココカラ シャイン』を通り過ぎ、しばらくすると、スクリーンの星たちが更にその光を増してゆく。一際強く輝く北極星。
 九条(北加賀屋)「見つけ方はたしか、カシオペア座の真ん中と北斗七星の頂点との間――あった。あのときも、北極星が目印だったな。あと少し……。もうちょっと……、よし、ここだ」
 九条(北加賀屋)の台詞に合わせて、スクリーンの星の輝きが最高潮になる。
 江坂「(星空を見上げて)すごい……、同じだ。あのときと」
 ユキ「ヒューーッ。ヒューーッ、ヒューーッ」
ユキも同様に星空を見上げ、ひととき、すべてを忘れたかのようにその輝きの虜になっている。
九条(北加賀屋)は、歩き回って地面の状態を確かめる。
 九条(北加賀屋)「確かこの辺りに、柔らかいところがあったはずなんだ」
 九条(北加賀屋)「(屈んで地面に触れる)――うん、ここならいけそうだな」
九条(北加賀屋)は、担いでいたバッグを開き、中のものを取り出す。二人に手招き。
 九条(北加賀屋)「ちょっといいか?」
戸惑いつつ近づく二人に、柄の長いスコップを手渡す。
 九条(北加賀屋)「ここは周りに比べて土が柔らかい。このシャベルを使って、出来るだけ深い穴を掘ってくれないか」
 江坂「……あのさ、これを『シャベル』っていうのは、どう考えても無理があるって」
 九条(北加賀屋)「仕方ないだろ。近くの店には、これしかなかったんだよ」
 ユキ「ヒューーッ。ヒューーッ」
 九条(北加賀屋)「ある程度深く掘れたら――(ディバッグの中から、結束バンドで胴体と脚を拘束された四つのBE(ブレインエッグ)を出して地面に置く)こいつらを埋めてくれ」
 BE(ブレインエッグ)「(苦しそうに呻く)ギギ……グ……グギキキキ」
 移動式スクリーンには、結束具に固定された、BE(ブレインエッグ)のもがく姿がアップになる。
 江坂「(手に取ったスコップをまじまじと見ながら)大丈夫かな。掘り返されたら大変なことになるし、責任重大じゃん」
 ユキが、無言で江坂からスコップを受け取り確認する。
 九条(北加賀屋)「そのときはそのときだ。なるようにしかならない……二人で交代しながら、なるべく深く頼む」
 江坂「マモさんは?」
 九条(北加賀屋)「実は少し前から、不思議な胸騒ぎがしててさ――この奥に何かある。俺はそこに行ってみようと思う」
 江坂「まさかお化け? こんな暗いとこで嫌だよ、僕」
 九条(北加賀屋)「(微笑しながら)そんなんじゃない。何かいるんじゃなくて、あるって感じなんだ」
 江坂「よく、判らないけど」
 九条(北加賀屋)「悪いな。とにかく、この『変なシッポの生えた卵』を頼む。すぐに手伝うから」
 九条(北加賀屋)はいつになく落ち着かない様子で、舞台奥に進んで行く。既に穴を掘り始めているユキ。
そこに、舞台奥から徐々にスモークが立ち込めて周囲を覆い始める。
突然の異変に驚愕する江坂。穴を掘るユキと、九条との間で江坂は立ちすくむ。やがて江坂は憑りつかれたように、一歩、二歩と、ゆっくり九条(北加賀屋)の方に向かう。
二人を照らす照明が消え、舞台には九条(北加賀屋)の姿だけが残る。スクリーンの星の輝きと、薄青く照らされるスモークが、幻想的かつ異様な空間を作り出す。
 
そのとき、少年の声が小さく聞こえてくる。微かに、しかし確かに野田ひろし(少年B)の声。「おーい」「おーい」
「そっちじゃない」「こっちだ」「違うよ、おい、こっちだって」
まるで、向こうから少しづつ近づいてくるように、声の音量が大きくなってくる。
振り返った九条(北加賀屋)の視線の方向から、今度ははっきりとした声で。
 少年B(野田ひろし)「おっせーなー。いつまで待たせんだよ」
スモークによる霧が次第に薄らいでゆく。そこには、少年Bが座って笑みを浮かべる姿がある。あの頃の、あのときのままの少年の姿で体育座りをしながら、九条(北加賀屋)のことを見つめている。
視線が合い、やがて立ち上がる少年B。
 九条(北加賀屋)「ひろし……おまえ」
 少年B「おっせーなあ。お前ほんとにおっせー。俺、ずっと待ってたんだぜ」
 九条(北加賀屋)「(状況に戸惑いながらも)は……ははは。悪りぃ。遅くなった」
 少年B「久しぶりだな、北加賀屋」
 九条(北加賀屋)「ああ……久しぶりだ、ひろし」

~ENDING~

 少年B「オカヂは? 元気そうだった?」
 九条(北加賀屋)「まあな。歳相応には頑張ってたよ。ずっと先生続けてるってさ」
 少年B「『ぢ』は治ったって?」
 九条(北加賀屋)「(完全に少年時代に戻ったかのような口調で)二回も手術したみたいだけどな――それがさ、笑っちゃうんだよ。(笑いを堪えながら)オカヂさ、自分が『ぢ』だって俺たちにバレてるの、いまだに知らなかったんだぜ。『何で知ってる!』とか言って慌ててんの」
 少年B「あはは。いつも椅子に座るたびに、『あだだだだっ』とか言ってんだもん。誰でも判るよな」
 九条(北加賀屋)「鈍いんだよ。あだ名で気づけっての。『金岡治郎』を縮めてオカジなら『し』に点々のはずだろ! おまえは、『ち』に点々のオカだ、ってんだ」
 少年B「わははははっ(腹を抱えて笑う)……そこが良(い)いとこなんだけどな」
 九条(北加賀屋)「先生は歳食ったけど……、お前は子供の頃の姿のまま――変わらないな」
 少年B「北加賀屋も同じだぜ? 時間が止まってたみたいだな。お互い、大人になった姿を知らないから仕方ない。あれからどうしてた?」
 九条(北加賀屋)「いくつか仕事したけど、上手く馴染めなくてな。長いこと、ホストやってた」
 少年B「ホストかあ。いいじゃん、なんかお前らしいよ」
 九条(北加賀屋)「郊外のたいしたことない店だけど、のし上がってやろうと頑張って、一度はてっぺん取った。でも、色々あってやめた――ひろしは、研究者になって、不動産の仲介やって、最近まで自動車の整備工やってたんだってな」
 少年B「……しょうがねえだろ。、全部やってみたかったんだ。生まれつき不器用なんだよ」
 九条(北加賀屋)「いや、お前らしくていい」
 少年B「お前に言われると、不思議とホッとするな」
 九条(北加賀屋)「ひろし――ごめんな」
 少年B「ん?」
 九条(北加賀屋)「ずっと忘れないつもりだったのに、結局ちゃんと会うことができなかった。お前がネットに上げたデータがなかったら、ここに来ることもなかったと思う」
 少年B「――だけど来てくれた。それで十分だよ(振り返って星を指差す)お! あの夜も見たよな」
 九条(北加賀屋)「ドラゴン座……」
 少年B「オリオン座な」
 九条(北加賀屋)「お前がドラゴン座、って言ったんじゃないか。だから俺、源氏名に『龍輝』ってつけたんだぜ」
 少年B「悪りい悪ぃ――なあ、北加賀屋。星の光が、俺たちに届くのにどれくらいかかるか知ってるか?」
 九条(北加賀屋)「ああ。映画でよく何千光年、とか言うからそれぐらいだろ」
 少年B「うん。地球と星との距離によってさまざまだけど、例えば北極星なら430光年って言われているから、今俺たちが見ているのは約430年前のもの。戦国時代の終り頃か安土桃山時代に出た光だ。本能寺の変あたりが、一番可能性高いかもね」
 九条(北加賀屋)「宇宙は、途方もないな」
 少年B「俺、授業はまともに聞いてなかったけど、お前と観測をしてから、興味が湧いてさ。あそこに、オリオン座のなかで一番輝いてる星があるだろ。あのベテルギウスは、実はもう消えて無くなってるかも知れないって言われてる。600光年の距離があるから、俺たちに届くまでに爆発していたとしても、確かめようがない」
 九条(北加賀屋)「でも、現在(いま)俺たちは観ている。少なくとも600年前には確かにそこにあったってことだよな」
 少年B「宇宙(そら)に比べて、人の一生なんてちっぽけだ。だけど、似ているところがあると思わないか? 経験したことや、想いとかって、星の光と同じように、いなくなった後も、いつか誰かに届くかも知れない。そう思えば、悪くないだろ」
 九条(北加賀屋)「俺さ……」
 少年B「ん?」
 九条(北加賀屋)「仕事無くして金に困って、仕方なくあの『蛇のオモチャ』で記憶を売りまくった。そのほとんどを、思い出せなくなって――ああなんか、うまく言えないや。もっとたくさん話すことがあったはずなのにな」
少年Bは、笑顔になる。
 少年B「細かいこと気にすんなよ。その苦い思いだってお前の『経験』だし、いずれは過去になる。これから未来に起こる出来事を、その場でしっかりと感じて味わって、いつかお前が誰かを照らせばいい――ほら」
少年Bは舞台後方の星空を指す。
 少年B「この輝きのひとつひとつが、見えなくてもここにある『想い』だとしたらどうかな。形はなくとも俺たちだけじゃなく、今も誰かに届いている。距離や時間を超えて放たれる光は、生命(いのち)が続く限り、誰でも受け取れるはずだよな……」

やがて九条(北加賀屋)と少年Bを照らす照明が淡くなり、舞台奥から、松屋町吾郎の声が、微かに響いてくる。「ユキちゃん……」

 松屋町の声「ユキちゃん。ユキちゃん、いるんだろう。こっちを向いてごらん――」

九条(北加賀屋)と少年Bの照明が完全に消え、点いたスポットの下にいるのはユキ。ユキは穴を掘る動作を続けている。少しづつ大きくなる松屋町の声に気がついて、スコップを動かす手を止めて振り返るユキ。
視線の先にもスポットが当たり、そこには、松屋町吾郎がロックグラスを片手にスツールに座っている。

 松屋町「(グラスを傾け、80年代ドラマのような言い方で)君のに――乾杯!」
ユキは松屋町を見て、持っていたスコップを地面に落とす。
 ユキ「ヒューーッ。(驚いて両手で自分の顔を覆う)あ……あ、ヒューーッ」
 松屋町「おおう、またそんな顔をしているな。君には笑顔が似合うと言っただろう。こんな私を、いつまでも気にかけてくれるユキちゃんに余計に惚れてしまいそうになるが、私はこの通り。役目をしっかりと果たせて満足だ。穏やかに、酒を楽しんでいるところだよ」
 ユキ「ヒューーッ。がほっ。ごほっ」
 松屋町「安心するといい。いつもユキちゃんを見守っている。自分らしく、幸せな世界に羽ばたいて行きなさい」
ユキは立ち尽くす。ユキの泣き声。松屋町のスポットが消え、すぐ隣に派手な照明が当たる。そこには薫の姿が。

 薫「ヘイ! ヘイ! ヘイ!! ハイ! ハイ! ハイ!! さあ、盛り上がってきたわよ~~」
薫は、初登場時と同じくキレキレのダンスを披露。脚を大きく上げてステップ。
 薫「あらまずいわ――また見えちゃう。色々なものが」
 ユキ「(泣き声のような叫び)ごほっ。ヒューーッ」
 薫「もおーーっ、ユキ。泣いちゃだめよー。吾郎ちゃんにも言われたでしょ。元気出しなって。さあ、笑って。ボクがせっかく、会いにきたんだからーーっ」
崩れ落ちるように、その場に座り込むユキ。
 薫「(ここで薫の声が男性的なものに変化する)……幸せにしてあげられなくてごめん。でも、この気持ちが届いているのなら判ったよね? ユキが深く愛される存在だってこと。生きることは、いつまでも掴めない自分自身に、手のひらで触れようと頑張る旅なんだ。世界は、たくさんの人を苦しめる欺瞞や黒い欲望に塗(まみ)れているけど、だからこそ、ユキはユキでいい。自信を持って。ボクは、そのままのユキの味方だよ……」
薫の姿と声は、フェイドアウトするように消えてゆく。ユキの嗚咽。
 ユキ「ヒューーッ。ごめ……なさい。ヒューーッ、かお、る、ちゃん。ヒューーッ……」

薫が消え、ユキの嗚咽が治まったところに、今度は二人分の人影が浮かび上がる。
照明が明るくなり、ツルハシと青年の姿が露わに。ツルハシと青年は、互いに軽く押し問答。
 ツルハシ「私が話す」
 青年「僕が先だ」
 ツルハシ「いや、私だ」
まず、ツルハシのほうが口を開く。
 ツルハシ「あー、ユキ……こんな私の相棒となってくれてありがとう。危険な目に遭わせてしまって、すまなかった。私はすでに何者でもないが、ひとつだけ消えない記憶がある……」
 青年「初めて会ったときの、雨の向こうに晴れ間がのぞくような、あの笑顔をまた見せて。自分でいることから逃げ出した、愚かでちっぽけな僕らだけど、余計なものを削ぎ落したとき、最後に残ったのは、ユキさんの笑顔だったんだ」
 ツルハシ「せめてユキには――笑っていて欲しい」
 ユキ「(泣きながら、すこしづつ、声を取り戻してゆく)あは。やっ、ぱり、似て、る。『ボス』……だ。寂しそう、だけど……優しい、ボス……ヒューーッ。あ、りがとう、ごめ……なさい――みんなの、想、い……いた、だきます」
ツルハシは穏やかに、青年は少し笑っている。ゆっくりとスポットが消える。
 ユキ「――ありがとう!」
ユキはそう叫んで、泣き崩れる。すべての照明が消える。

間を置かず、照明が切り替わる。そこには九条(北加賀屋)と少年Bの姿。スクリーンに星空が目映く浮かびあがる。

幻想的なBGMに合わせるように、星空の映像に重なり、大型スクリーン上に、沢山の文字(※)がひとつづつ表示される。
※【序】の頁・来場時に任意・匿名で専用用紙に書いてもらった『貴方の忘れられない思い出をひとつ』の内容。来客者自身が開場の際に自分で書いた筆跡のまま(可能であればスキャニングなどで画像化)順番にランダムで映し出される。


観客は、自分が書いた一文が表示されるのを見て驚き、反応する。指示通りにスイッチを入れた人の持つライトが点灯し、徐々に客席の光の数が増え、やがて埋め尽くされてゆく。
(例: の内容はあくまでサンプルです)

例:〔小さいころ、おじいちゃんに連れて行ってもらった縁日で食べた綿あめが美味しかった〕

例:〔ずっと仲良しだったペットと散歩に行った日の思い出〕

例:〔初めてできた彼女と海に行った日のこと〕

例:〔大学受験の合格発表で、自分の番号を見つけた瞬間〕

例:〔自分の結婚式で、友だちに失敗談を思いっきり暴露されたこと。あれは恥ずかしかったー〕

例:〔息子が生まれ、母になった瞬間。手を握って笑ってくれた夫の顔〕

例:〔子供の音楽発表会で感動して、わんわん声を出して泣いちゃったときのこと〕

 少年B「(映し出された文字を見つめる視線を客席のほうに向けて)向こう側も見てみろよ。凄いだろ。星が、あんなにも沢山輝いてる――これも誰かの記憶で、大切な想いなのかも知れない。想いは、想いと照らし合って反響し、さらに広がる。いつか、光が消えても、この光景を覚えている誰かがいる限り、しずかに受け継がれてゆくはずだ……」
 九条(北加賀屋)「そっか。お前が伝えたかったこと……なんとなく判ったよ」
 少年B「ここで待ってた甲斐があったってもんだ」
 九条(北加賀屋)「ああ。来た甲斐があった」
 少年B「――そろそろ時間だ、北加賀屋。俺たちは本来いるべき場所(ところ)に、戻らなきゃならない」
 少年Bは、軽く手を振り舞台奥に歩き出そうとする。
 九条(北加賀屋)「おい、ひろし! 俺、いつかまた来るよ」
少年B「そうか……残念だけど、そのとき俺はもう、ここにはいないぜ」
 九条(北加賀屋)「え……?」
 少年B「いつまでも引きとめるな。俺がいるとするなら――そう、ここだ」
 少年Bは、そう言って九条(北加賀屋)の胸の当たりをどん、と突く。
 九条(北加賀屋)「ははは。判ったよ、俺がお前の分まで存分に生きてやる」
 少年B「ああ。そうこなくっちゃな」
 九条(北加賀屋)「またな……」
 少年B「ああ。また会おう」
後ろ手に手を振り、少年Bは再び背を向ける。ゆっくりと、照明が消えてゆく。立ち込めていた霧が、ゆっくりと消える。
 
 江坂「うあああああっっ……。本当はあのとき一緒に。一緒に課題を提出したかった!」
照明が戻る。江坂は錯乱して、九条(北加賀屋)にすがりつく。
 九条(北加賀屋)「どうした、恭さん。もう終わったよ。大丈夫だ。正気に戻ってくれ」
 九条(北加賀屋)は、江坂の肩を揺すり、顔の前で手をパンパン、と打ち鳴らす。
 江坂「あ、あれ……?」
そのとたん。今度は、激しく泣きながら、ユキが江坂に縋り付いてくる。
江坂に抱きつくユキ。ユキも錯乱状態。
 ユキ「ご、ごめ、……なさい。わたし……わたし」
雷に打たれたかのように、江坂の背筋が伸びる。
 江坂「ゆ、ゆ、ユキさん! しゃべれるようになったの!? 良かった!」
江坂は、ハッと気づく。
 江坂「――え、えー何。何、この状況。嬉しいんだけどもう、何が何だか……」
 九条(北加賀屋)は一瞥すると、二人に構わず、ユキが掘り進めていた穴のほうに歩を進める。
ユキは江坂から少し距離を取り、言葉を絞り出す。
 ユキ「わたし、もう辛いのは、嫌だ。だから優しくなりたい……。わたしが、みんなを、笑顔にしたい……」
 九条(北加賀屋)は落ちているスコップを拾う。
 九条(北加賀屋)「(振り返らずに)前に言ったろ。あんたが自分自身を認めてやれば、それでいいんじゃないか……」
 ユキ「どういう、こと……?」
 九条(北加賀屋)は答えずに穴の辺りに目をやる。
 九条(北加賀屋)「お、結構深く掘ってあるな! 助かるよ。よし、あともう一息だ」
九条(北加賀屋)はスコップを掲げて、作業を引き継ぐ。
江坂とユキはぼんやりと立ち尽くす。
 九条(北加賀屋)「こんなもんで、いいか――おい、そろそろ奴らを埋めるぞ」
江坂は、考え込むように立ちすくむユキを何度か見てから恥ずかしそうに笑みを向け、九条(北加賀屋)のほうへ向かう。
穴を見つめる九条(北加賀屋)に近づく江坂。ユキは少し間を置いて、江坂のあとに続く。
 九条(北加賀屋)「(ディバッグの側のBE(ブレインエッグ)を拾って)この『蛇と卵の出来損ない』と付き合い出して、一年余りか。これでやっとお別れできるな」
 BE(ブレインエッグ)「(呻く)ギ……ググ……グギキキキ」
 九条(北加賀屋)「二人とも、いいか。これで終わりにするぞ……」
江坂がユキのほうを見ながらこくん、と頷く。ユキは江坂に頷き返してから、九条(北加賀屋)に視線を向ける。九条(北加賀屋)はユキに一つ、江坂に二つのBE(ブレインエッグ)を手渡し、それぞれが手元のBE(ブレインエッグ)を見ながら息を整える。
 九条(北加賀屋)「いくぞっ、せーのっ!」
 ユキ「……」
 江坂「アディオス!!」
九条(北加賀屋)に続いて、ユキ、江坂と、順番にBE(ブレインエッグ)を穴の中へ落とす(効果音も交えて、しっかりと落下を表現する)。
 九条(北加賀屋)がスコップを使って穴を塞ぎ、江坂とユキは、協力しながら土を固める。

 九条(北加賀屋)「はーー。終わった」
 江坂「――地味な戦いだったね」
 九条(北加賀屋)「穴掘って埋めただけだからな」
 江坂「……なんか疲れた。これでホントに大丈夫かな」
 九条(北加賀屋)「さあな。でもそう思うしかないよ。考えてみりゃ、俺たちはいつだって、『死』の可能性の中を生きてる。予期しない事故に遭うかもしれないし、天災やウィルスだってある。危険がもう一つ増えたくらいに思って、振り返らずに生きるしかない」
 江坂「そうだね……。それにしても、星が綺麗だ」
江坂の視線を追うように、ユキも同時に空を見上げる。
 ユキ「きれい……」
 九条(北加賀屋)「ああ……」
 江坂「僕の中の意識とは、話せたの?」
 九条(北加賀屋)「(大きく頷いて)恭さんのおかげだ。恭さんの身体を借りて、もう一度ひろしに会うことができた。この先の路(みち)が見えたよ」
 江坂「どんな?」
 九条(北加賀屋)「いまを生きる!」
 江坂「ロビン・ウイリアムズの映画?」
 九条(北加賀屋)「ライブ感を大事にする、みたいな感じだ」
 江坂「そうか。判る気がするよ。以前の僕だったらさっぱりだっただろうけどね。ひきこもりを卒業したからかな」
 九条(北加賀屋)「せっかく拾えた残りの命だ。目立たなくても、自分なりに精一杯光り輝けばいい。そうすればきっと――」
 江坂「きっと?」
 九条(北加賀屋)「きっと、誰かの、思い出になる」
 江坂「なんだか、羨ましいよ。これからどうするの?」
 九条(北加賀屋)「幸い金には余裕があるし、このまま旅にでも出るかな。一回ゼロに戻って、ぶらり旅をしながら、自分らしさを見つける――こんなこと言ったら、カッコつけすぎか?」
 江坂「かなりね――でもいいよな、マモさんは。これから、いよいよ何かが始まりそうじゃん。僕なんか、映画以外に何もない……」
 九条(北加賀屋)「(江坂とユキを意味ありげに見ながら)そうかあ? 恭さんのほうこそ、何かがとっくに始まってるように、俺には見えるけどな」 
江坂は思わずユキのほうを見て、首を傾げてから、九条(北加賀屋)の言葉の意味を察する。
 江坂「え、ええーーっ」
 九条(北加賀屋)「その気なんだろ? ――まあ、結果は恭さん次第だけどな」
 ユキ「……どうしたの?」
慌てふためく江坂。江坂は、ユキのほうを見るが、ユキは意味が判っていない様子。
 九条(北加賀屋)「恭さんは、どうするんだ?」
 江坂「(ユキのほうをちらりと見て)僕はまだ、もう少し、ここで星を見ていたいかなあ――なんて」
 九条(北加賀屋)「(にやりと笑って)よしっ。善は急げだ。そういうことなら、邪魔者は早速旅に出かけるとするよ」
BE(ブレインエッグ)が入っていたディバッグを拾って背負い、歩き出そうとする九条(北加賀屋)。呼び止める江坂。
 江坂「ちょ、ちょっと待ってよ、いくらなんでもいきなり過ぎるって――(意志が固そうなのを見て諦める)マモさんには、言っても無駄か」
一歩踏み出そうとして立ち止まるユキ。
 江坂「――しょうがない。ちゃんと連絡してくれよ」
 九条(北加賀屋)「わかってるって。今度会うときまでに、必ずおススメの作品、ピックアップしておいてくれよな! 映画は感想を言い合うくらいがちょうどいい。じゃあ、また」
 江坂は手を振り返すが、その後、ハッと何かに気づいたように、ユキに声をかける。
 江坂「わ! やばい! ユキさん、ちょっとここで待ってて!」
 ユキ「あ……はい」
 
江坂は慌てて舞台の端まで行き、九条(北加賀屋)を呼び戻す。九条(北加賀屋)は一度舞台の外に消えていたが、江坂に引っ張られて戻ってくる。
 江坂「マモさん、大事なこと聞くの忘れてた。ききき、き!」
 九条(北加賀屋)「何だよ……ききき?」
 江坂「キスだよ! 僕とユキさんとの、その――。2回する意味がどうとか、って。教えてくれるって言ってただろ」
 九条(北加賀屋)「(軽く笑って)ああ、そうだったな。すっかり忘れてたよ」
 江坂「危ない、危ない。聞きそびれるところだった」
 九条(北加賀屋)「いいか。一回目は思い切りが大事なんだ。いい雰囲気になったな、と感じたら、躊躇せずにキスしろ。ビビんなよ。場合によっては、冗談で済ますくらいの余裕を見せろ! サプライズっぽく、少し驚かせるくらいがちょうどいい」
 江坂「サプライズ?」
 九条(北加賀屋)「で、ここからがもっとも重要。一回目の後、あまり間を置かずに二回目をしろ。次は一回目と違って、恭さんの熱い想いを込めるんだ。相手に伝わるように、祈りを込めるように、時間をかけたキスをする」
 江坂「そんなの、できないって。それに、一体どういう意味があるんだよ」
 九条(北加賀屋)「二回目のキスか? それは――」
九条(北加賀屋)は少しもったいぶるように間を置いてから、はっきりとした口調で言う。
 九条(北加賀屋)「相手の心に残るよう、記憶に刻印を押すキスだ――」

(※参考BGM): Here, There & Everywhere(冬の神話) - YouTube

九条(北加賀屋)の最後のセリフでカット・アウト。
余韻の中、後方スクリーンに以下の文字が順に表示される。

【ITADAKIMASU!】
【PART Ⅱ】
【LOST PLATINUM】
【THE END】
【BUT】
【……TO BE CONTINUED】

スクリーンの文字が消えた後、ふいに舞台中央にスポットが当たり、数体のBE(ブレインエッグ)が浮かび上がる。

 BE(ブレインエッグ)「グキキ……キキキキキキ」
不気味な笑い声のフェード・アウトと共に照明が落ちる。

【今は亡き肉親や友人たち。すべての人たちの『プラチナム・ピース』に捧ぐ――】

「ITADAKIMASU・属! ~ロストプラチナム 台本版」
                                 
 〈了〉

※劇中参考BGMは、あくまで参考とお考え下さい。
※構想段階では、基本的に最後方スクリーン以外の大掛かりな舞台セットは、無くても可能なように考えております。

AFTER NOTES

 初めまして(?)柴 秀浩と申します。 まず本作をお手に取っていただいたこと、心より感謝致します。
 この作品は私がまだ十代の高校生だった頃、仲間たちと上演した作品(および小説)を、続編として現代に合わせて再構築したものです。続編、とは言っても実際には、世界観や雰囲気を流用しただけの独自の物語であり、前作を知らなくても全く問題なく楽しめる、完全新作となっています。タイトルに、本作のキーワードのひとつである『属』と付けてあるのは、そうした意味合いなのです。
 さて、この物語はひとの『記憶』や『意識』を軸として展開しますが、前作を書いた80年代と違い、2021年の今や、題材としては凡庸なものとなってしまいました。それなのに、敢えて新たなお話を書いた理由は、30年以上の月日を経てさらに息苦しくなった現代を生きる中で、今一度問いかける意味があるように思えたからです。
 題材としての鮮度は低くとも、現代の世相に合わせてアイデアとギミックを凝らし、味付けに工夫をすることで、美味しく召し上がってもらえる料理ができるのではないか。そんな風に考えて、再び錆びかけた筆を取りました。
 書き始めると、この30数年間で世の中に伝えたいことがあふれ出てきて、自分でも驚きました。
 少し前まで、ツイッターやフェイスブック、noteに、私の本業であるプラスチック業界のことを題材にした『プラスチック・コーディネーター』というショート・コラム(近々再開予定)を書いておりましたが、その内容は『デジタルとアナログ』をテーマのひとつとしており、本作と少し被っています。
 作家性、なんておこがましくてとても言えませんが、『意識とは』という前作のテーマに『生と死』を加えたものが、ぼんやりとでも伝わっていれば幸いです。表現における『死』については、歴史ものや刑事ドラマなど、古くから役者の見せ場としての役割があるため、本作でも舞台の醍醐味とするべく、主要登場人物それぞれの死の場面にこだわりました。まあ、目指したのは難しく考えずに楽しめるエンタメ作品なので、SFホラー風味のごった煮鍋を楽しむ感覚で味わってもらえたら嬉しいです。
 
  読んでいただいた方ならお気づきの通り、本作は映像を駆使した演出が前提となっており、演劇と言うよりも、芝居と映像作品とのハイブリッドと言えるものです。
 ひと昔前なら邪道と非難されかねない内容ですが、現在は表現が多様化しており、取り立てて珍しくはなくなりました。さらに今は、誰もが安価で容易にデジタル動画編集を行う土壌ができており、敷居は高くない。意識と無意識を個別に表現する必要がある本作に於いては、必然性も生まれるだろうと結論しました。
 ただ『演出の一部に映像を使いました』、で終わってしまっては面白くないので、作中さまざまに、違った形で応用してあります。本編を未読の方にはネタバレになりますが、来場時に観客自身が記述した言葉が劇中に映し出される『参加型』の仕掛けは、やってみたらおもしろいんじゃないかなあ、と個人的には思います(失敗するかもしれませんが)。
 とはいえ、実現するには個別に『映像製作班』が必要になりますし、ハードルはなかなかに高いです。芝居のほうもご覧の通りのボリュームですし、骨太なセリフ劇、複数のキャラクターによる群像劇となっていますので、難易度は相当なものだと思います。このコロナ収束が見えない状況下、お蔵入りになるのは仕方がないかも知れません。
 しかし、せっかく生み出した作品ですから、何らかの形で発表してみたい。もしこの物語を気に入って下さる方がいらっしゃいましたら、ぜひご意見ご提案をいただきたいです。
 小説として焼き直そうかと考えてはおりますが、作画のできる方と一緒に漫画化するのも良いかなと思ったりもしております。
 ご批判も含め、いただいた意見はすべて真摯に受け止め、今後に活かして行きたいです。

 お気軽にご連絡下さい。

 駄文乱文、失礼致しました。最後にもう一度、重ねて感謝の言葉を。

 ご一読いただき、有難うございました。

柴 秀浩


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