小説 介護士・柴田涼の日常 136 回診を受けるヨシダさん、元デパートの販売員だった宍倉さん

 翌日は早番。間宮さんに会うのがストレスになっていて、大きなニキビが右顎下と左顎下に一つずつできていた。困ったものだと思いつつ朝の洗顔と髭剃りを終わらせる。

 明日からもう師走。今日の夜から寒くなるらしい。今日は暖かく二十度近くあるみたいだ。

 今日は早遅対応の日だ。夜勤者は安西さんで、みんな起こしておいてくれたのでとても楽な早番だ。朝食時、ヨシダさんの前傾がひどく、お膳に顔が何度もつきそうになるも、なんとか全部食べることができた。その後、回診に来てくれたドクターに、太ももの内側に複数できた一センチ大の赤黒い斑点を診てもらった。医師が触診して「痛くないですか?」と訊ねると「痛くないです」とヨシダさんははっきりと返答した。「お医者さんの前ではみんなしっかりするんですよね」と平岡さんは言っていた。診断の結果、どうやら帯状疱疹らしい。薬が処方される、と夕方にナースから報告があった。回診のドクターに、毎食全量食べられているにもかかわらず、体重が戻って来ないという話をしたら(一年前に比べると十キロ減っている)、四十七キロ台でキープできているのなら今はそれがヨシダさんにとっての標準体重なのではないか、体重が増える分には問題ないが、急激に減るとなると問題なので、そのときはまた言ってほしい、とのことであった。エンシュアという経腸栄養剤が一箱半残っているので、それを飲ませてもいいか訊ねたところ、朝起きられなくて朝食が未摂取だったりしたときには飲ませてもいいが、ふだんの食事がしっかり食べられているのなら必要ないと言われてしまった。三食食べれば、だいたい千五、六百カロリー摂取できていることになる。あまりカロリーを摂り過ぎてもいけないということだろうか。普段の生活は車椅子上で座っているか、ベッドで横になっているだけなので、必要なエネルギーはそんなに多くないだろう。

 センリさんは帽子をかぶっていると落ち着く人だが、今日は帽子のことを「ちょんまげ」と呼び、「ちょんまげをどうしていいかわからないから教えてください」と言っていた。頭を洗う仕草を繰り返していたので頭が痒いのだろう。この日は排尿の間隔が長く、パッドに尿失禁することも少なかった。

 休憩時間は、Dユニットの宍倉さんと一緒になった。宍倉さんは還暦近い独身の女性だが、若いときはデパートで販売員をしていたようだ。なんでもできるというタイプではないので、デパートを辞めたあとは飲食店で接客の仕事をしていたが、どこか物足りなさを感じ、介護の世界に飛び込んでみた。「もう辞めたいと思ってるけど、いろいろあってなかなか辞められないんです。でももし真田さんが辞めることになったら辞めちゃうかもしれません。もう介護の仕事はいいかなって思ってて。ジジババは好きじゃないし、自分もあと二十年もすればこうなるだろうなって姿を見てるとなんだかいたたまれなくなってしまって。夜勤も月四回入ってたのを二回にしてもらってるんだけど、夜勤がキツくってね。夜勤に入らないと正職員じゃなくなっちゃうでしょう。そうなるとお給料も減る一方だしね。柴田さんは将来どうしたいとかありますか?」

「地方の空き家に住んで農業をしたいですね。食べ物さえあればまず生きていけますから」

「うちの甥っ子も、生命保険の会社に勤めてたのを辞めて、今は農業の会社に勤めてますよ。毎日楽しいって」

「鶏とか飼えば、毎日産みたての卵が食べられますからね」

「いいなあ」

「理想と現実は違うんでしょうけどね」

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