小説 介護士・柴田涼の日常 158 クリスマス会のあとの夜勤、高齢者にも性欲はある、相手を困惑させないためにもお礼は言ったほうがいい

 昨日は夜勤だった。出勤前の夕方に一時間半ほど寝られたので、身体は楽なほうだった。それにクリスマス会があって、ご利用者たちはみんな疲れてよく寝ていた。起き出しもほとんどなく、平和な夜勤だった。しいて言えば、休憩時間中にほかのユニットから当直リーダーの呼び出しがあったため、三十分しか休憩が取れなかったことくらいだろうか。

 熱発していたヨシダさんは昨日一日ほとんど何も食べておらず、解熱剤で三十七度台に踏みとどまっているという状態だった。発熱の原因は不明だ。夜間帯も三十七度台だったが、少しずつ下がってはいた。栄養状態が悪化し、体動もほとんどないので、褥瘡予防の観点から、体位交換を二、三時間おきに行う。

 百歳のイノウエさんは、昨日のクリスマス会でケーキを食べ過ぎたとのことで夕方に軟便が続いていた。清拭でおしりを拭いたときに肛門の痛みの訴えがあったそうだが、夜間帯はとくに痛みの訴えはなかった。しかし、四時にトイレ誘導したときに軟便が出ていたため、早番者に朝食後薬の下剤の中止を検討してもらうことにする。

 九十八歳のアサヒさんは、普段の食事形態はペーストと極キザミを半分ずつ混ぜ合わせているみたいだが、久しぶりに固形物のケーキを召し上がったとのことで、嘔吐や発熱に注意との申し送りを受けたが、何の問題もなく経過した。遅番の海野さんはギャッチアップをしたと言っていたが、アサヒさんのベッドは平らなままだったので、しっかりギャッチアップし、その旨を記録に残す。

 そのほかのFユニットのご利用者もよく寝ていた。

 この施設が設立したときに入所したキミヅカさんは、パッドいじりや横漏れが多く、夜はほとんど寝ずにふとももをパンパン叩いていたり、訪室すると卑猥に腰を動かしていたりする男性のご利用者だが(以前、女性のご利用者の居室に入り襲い掛かったことがあったり、朝方廊下を歩いていたコイケさんの胸を触っていたという事故報告があがっている。この人は性欲が強い人なのだろう。高齢者にも性欲はあるのだ)、〇時にトイレ誘導したあとはパッドへの失禁もなかった。ベッド上で起きているときは失禁が多いが、眠っていたからだろう、尿失禁は三時も五時もなかった。以前は毎回、尿汚染により更衣したとか、シーツまで交換したとかいう報告があがっていたが、最近はキミヅカさんも大人しくなったのか、そうした報告も少なくなった。

 夜勤の休憩回しは、当直リーダーが各ユニットに回り交代で行うが、僕は三時から四時の休憩を申請していた。三時半頃、突然けたたましい音で当直リーダー用のPHSが鳴り、「すみません、青山さん、Gユニットのご利用者がまた嘔吐して、血みたいなものも見られますので来てください」と連絡が入った。すぐに青山さんのもとに向かい、このことを伝える。青山さんはGユニットに向かい、僕はEFユニットに残った。僕は寝ているところを起こされたのでまだ眠たい。少し椅子に座って目を閉じていたが眠れない。そうこうしているうちに四時を過ぎ、排泄介助を進めていかないといけない時間になったので、そろそろと動き出す。あとで青山さんに「三十分の残業申請をしておいてね」と言われた。

 早番は間宮さんだった。間宮さんは朝は機嫌が良くない。状態が落ちているヨシダさんのこともあり、少しピリピリした感じだ。僕はこの間宮さんに疲れてしまう。

 朝食の準備ができると、僕はヨシダさんの食事介助に向かった。さいわい、ヨシダさんは昨日一日ほとんど何も口にしていなかった反動からか、よく飲むしよく食べた。間宮さんに「ごはんよりも水分を優先して」と言われたので、水分ゼリーとお茶を最初に飲ませ、次にごはんを食べさせてみるとバクバク食べる。これなら間宮さんが用意した経腸栄養剤は要らないと思い、飲ませずにおくと、間宮さんが「ごはんよりまずは栄養剤でしょ。そっちのほうがカロリー取れるんだから」と言った。経腸栄養剤は「水分」に含まれていたのか、と思った。どうしても間宮さんには振り回されてしまう。ヨシダさんの咀嚼が止まりそうになると「食べて元気になってください」などと声かけをして完食された。これで御役御免だ。もう退勤時間を三十分も過ぎている。夜勤日誌を印刷して帰る。間宮さんからは「ありがとう」の一言もなかった。間宮さんからすれば、退勤時間を過ぎて手伝うのは「普通のこと」なのかもしれないが、それが「普通のこと」だとしても、それに対して毎回きちんとお礼を言うのは大事なことだと思う。お礼を言われると、自分がした行為は相手にとって有益なものだったんだなという事実を確認できるし、「ああ、やってよかったな」と思えるが、何も言われないと、自分がした行為がどのようなものだったのか定まらなくなってしまい、果たしてそれをしたことが正しかったのだろうかと途方に暮れる感覚に陥ってしまう。相手を困惑させないためにもお礼は言ったほうがいいと思う。

 退勤後、ガソリンスタンドに向かい、洗車と給油をする。三日後に代車を返却し、新車を受け取ることになっているからだ。夜勤明けだが、身体は動いたので、三十分ほどで終了する。一度家に帰るともう動きたくなくなってしまうので、面倒なことは勢いのあるうちにやっておいたほうがよい。それが功を奏した。

 家に帰り、ごはんを食べ、お風呂に入り、ひと寝する。十一時半頃寝て、十五時過ぎには目が覚めた。身体はさほど重くはない。やっぱり今回の夜勤は楽だったんだなと思う。しかし、肩が凝っていた。これは間宮さんに対する緊張から来るものだろう。もっと気楽にやりたいものだ。

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