小説 介護士・柴田涼の日常 149 阪本リーダーの介護方針、傷だらけのヨシダさん

 翌日からは二連休。休みの日はあっという間に過ぎ去ってしまう。ゲーム関連の備品についてあれこれ調べていたら終わってしまった感じだ。肝心のゲームをする時間がなかなか取れない。ゲームをする時間を確保するために、その他のやるべきことはなるべく早く片付けてしまう。寒くなってきて散歩に出かけるのも億劫になってきたが、外に出る動機づけが出来たのは良かった点かもしれない。悪い点は、どうしても宵っ張りになりがちなところだ。区切りのいいところまで進めようとするとなかなかやめられなくなってしまう。一長一短だ。

 二連休のあと早番で出勤すると、安西さんが夜勤で入っていた。開口一番、「オレ、もうここの職員じゃないんで、起こすのは半々でいいですか?」と言ってきた。Eユニットの夜勤者は、ヨシダさん以外のご利用者を起こすことになっているが、それを半分の人しか起こさずに、今度はその浮いた労力を使ってFユニットのご利用者を起こしに行くということみたいだ。イヤな言い方だなと思った。もういらないとさえ思った。よっぽどここで働くのがイヤなのだろう。少しでもここのユニットとの関わりを減らそうとの魂胆か。どうやら来月もまだ夜勤でここに入るらしい。申し訳ないが、イヤイヤ働いている人の姿を見るとそれだけで不快になるので、さっさと下で夜勤に入ってもらいたい。とは言うものの、人手不足は否めないので、新しい人が入るまでは我慢するしかないのだろうか。

 それでも、前傾が強いため離床できなかったヨシダさんの食事介助をベッド上でしてくれたことには感謝した。お礼を言うべきところではきっちりお礼を言っておかないといけない。

「Bユニットはどうですか?」

「ラクですよ。カラダが全然ラク。これならもっと早く異動しとけばよかったです。リーダーの阪本さんも細かいこと言わないし」

 介護の仕事は金輪際やらないんじゃなかったんですか、と訊きたかったが、もうどうでもいいと思い訊かずに終わる。

 Bユニットのリーダー阪本さんは、角田さんによれば、「職員が一番ラクが出来る介護」をめざしているようだ。職員に余裕がないといい介護はできないとの観点から、職員本位の介護が実践されているらしい。「身体を壊して辞めちゃうとか、余裕がなくてご利用者にキツく当たるとかいうよりはずっといいと思うから、そういう考え方もありだと思う」と角田さんは言っていた。ここには職員の介助がなければ生活できない方が入居されているが、介助する職員が快適に働けていなければ、質の高い介護サービスの提供はむずかしいだろう。阪本さんの考え方もありだなと僕も思う。自分本位の安西さんにはまさにぴったりではないか。

 この日は、十三時から遅番の平岡さんが打ち合わせ、十四時から日勤の間宮さんが委員会に行き、打ち合わせから帰ってきた平岡さんがお風呂介助をしたので、ケースを打ちつつ一人でおやつ介助とその後の排泄介助をしないといけなかった。午前はお風呂に三人入れていたので、なかなかハードだった。

 午前中にお風呂に入ったセンリさんは、お昼のお茶を頭にかけようとしていた。「昨日も今日もお風呂に入ってないから洗うの」と言っていた。ヒヤリハットに上げることにする。九十歳のセンリさんは自分のことを七十歳だと思っているらしい。お風呂に入っているときに本人から聞いた。おやつ後にトイレ誘導すると「うんが出そう」と言ってしばらく座っていたが、結局出なかった。今日は脱衣更衣もなく、比較的落ち着いておられた。

 ナースの根本さんは、ヨシダさんの貼り薬をどこに貼ればいいか悩んでいた。その貼り薬は胸に貼っていたが、色素沈着がひどく、ヨシダさんも痒がって保護用のフィルムをべりっと剥がしてしまう。薬の説明書には胸のほか、お腹、脇腹、上腕に貼れると書いてあるが、あとは上腕くらいしか貼れそうな場所がない。「上腕だと、お部屋に連れて行って上着を脱いでもらわないといけないし。とりあえず今日は鎖骨に近いところに貼ったけど。どうすればいいんだろう」。僕にもそれはわからない。ヨシダさんは、脛のあたりも掻き傷だかどこかにぶつけた傷だかはわからないが、常に傷だらけの状態だ。背中も掻き傷が絶えない。根本さんは写真に撮ってこの状態を記録に残す。ヨシダさんは夜中に開眼していることがまま見られるが、痒くて眠れないのかもしれない。

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