小説 介護士・柴田涼の日常 154 キサラギさんが帰ってきた、早速洗礼を受ける緑川さん

 今日は遅番だった。出勤すると高血糖で入院していたキサラギさんが退院していた。ご家族は胃瘻を造ることには同意しなかったようだ。病院ではほとんど食事を取れず点滴だけだったみたいだが、ベッド上で食事介助してみると、ひと口は小さいながらも飲み込みは早い。食事形態はペースト食だ。むせ込むことなくどんどん召し上がる。外部から帰ってきたばかりなので三日間は居室隔離をしなければならないが、少し席を外してまた戻ってくると、お味噌汁を自分で飲んでいた。オーバーテーブルの足がベッドの足に当たってしまうため、ベッドの真ん中にオーバーテーブルを持って行くことができないが、自分で食べてしまいそうな勢いだった。「キサラギさんがいなくて寂しかったですよ」「キサラギさんがいないと歌を歌う人が誰もいなかったんですよ」「戻って来てくれてほんとうによかった」などと声かけしながら食事介助をした。あっという間に完食されてしまった。お茶には小さじ一杯のトロミ剤を入れたが、それでも飲むとむせ込んでしまったので、もう少しトロミ剤の量を増やすか、トロミをつけた水分ゼリーでもいいかもしれない。

 キサラギさんは食事前に毎回インスリンの注射を打つそうだ。それ以外の薬は当面のところないみたいだ。

 夕食は、平岡さんが車椅子に移乗させて、起きて食べさせてみた。ご自分でも食べられ、半分ほどでもういいと言われたので終了した。ナースの新倉さんは、「じゃあ、明日食べられなくなっちゃうといけないから、点滴はいいね」と言って、点滴を見送った。

 二十時にバイタル測定すると、三十七度ちょうどだった。若干の微熱と体熱感があったが、呼吸苦等は見られず、本人も「大丈夫」と言っているので、様子観察とする。隣のFユニットの青山さんに相談すると、「そのくらいは平熱だから大丈夫じゃないかな。まあ三十五度とか普段から低い人だったら別だけどね。三十七度でオンコールされても困るだろうし。様子観察かな」と言った。二十一時前には三十七度二分になっていた。三十八度以上ならオンコールということで、様子を見てもらうように夜勤者の郡司さんに申し送る。

 昼食後、僕はお風呂当番だった。ヤスダさんとヨシダさんとサトウさんを入れる。今日は冬至ということでゆず湯だった。ヤスダさんのお家には、ゆずの木があって、自家製のゆずをお風呂に入れていたそうだ。ヨシダさんは胸部の貼り薬による色素沈着が痛々しく、腸骨のあたりを触ると痩せ具合が如実にわかる。それでも立位は安定し、お風呂にも入ることができた。サトウさんは自分から立ち上がってお尻を洗うなど、終始ご機嫌だった。

 休憩時、緑川さんと一緒になった。緑川さんは、本来Dユニットの職員だが、Cユニットの遅番もやるようになったとのことで、早速お昼の食後薬をCユニットのボスであるマスダさんに飲んでもらおうとしたら、いつもなら「ごちそうさまでした」と言ってから薬を出すのに、それを言う前に薬を持って行ってしまったので、「そんなに早く薬を飲めっての。まだ食べたばっかりじゃない。食べてすぐに薬を飲んだほうがいいっていうならその医学的な根拠を述べてくださらない。さあ、教えてくださいな」と洗礼を受けたらしい。「そうですね。まだ早いですよね。じゃあ、薬の袋を切ってしまいましたけど、テープで止めておきますから」「えー、そんなことなさらなくても、お兄さんが飲めっていうんなら飲みますよ。さ、くださいな」と飲んではくれたようだ。なんともめんどくさい人だ。

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