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ここから真っ直ぐに切り取ってください(小説)

 母はそれを「パズル」と称していた。
 父と、母と、私と、祖母と。四人で暮らす私たちは、単純に、不仲だった。とりわけ母は祖母を憎んでいて、事あるごとに、
「早くおばあちゃんがいなくなって、三人で暮らせたらいいね」
 と私に微笑んだ。

 パズルは家族写真で作られる。旅先や庭先、運動会やお遊戯会などで撮られた、何気ない写真。父がいて、私がいて、祖母がいる。撮影者の母は写っていない。葉書きより一回りほど小さなサイズに印刷されたそれを、母は鋏で器用に切り付けていく。曲線、波線、弧を描くように、そして直線。
 けれど、祖母の首の上だけは、いつだって必ず直線で切り取られていた。
 私や父の上は身体のラインに沿って器用に避けられていて、つまりそれはパズルと名をつけたただの殺意だったように思う。
「はい、佑美ちゃん。パズル。できたから、きょうも遊ぼうね」
 母は私にパズルの破片を渡す。十ピース足らずに分けられたそれを、私はあっさりと組み上げていく。父や私を具合よく配置すると、母はひどく喜ぶ。
 祖母の首から下を配置すると、母は途端に真顔になる。
 そして祖母の首から上を持ち上げようとすると、
「よし、佑美ちゃん、そろそろおやつのお時間にしようか!」
 残り、最後の一つのパーツを奪い取ってしまうのだ。祖母の顔は母の掌の中でぐしゃぐしゃに握り潰されていて、残りのパーツもさっさとキッチンの大きな生ごみ入れに放り込まれてしまう。

「佑美ちゃんは、お母さんのこと、好き?」
 事あるごとに母は私にそう訊ねた。
 私は言う。好きだよ。
 母は言う。
「おばあちゃんのことは好き?」
 私は言う。よくわかんない。
 母の眉が顰められる。
「佑美にもあの人のことが、いつかわかるようになるといいよね」

 私に祖母のことを理解する能力が身に着く前に、祖母は呆け、乗用車に轢かれてあっさりと死んでしまった。
 撥ねられた祖母の身体と首は離れ、まるでパズルみたいだった。



(「ここから真っ直ぐに切り取ってください」24.3.16)

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