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東京に住む4人に1人が高齢者になる2025年。地域の底力と東京の強みを生かして、未来に備えよう。

ゲスト/西沢 佳さん(東京都福祉保健局高齢社会対策支援課在宅支援係)

放送日/2016年4月5日(火)

「2025年問題」とは?

―― 今日この時間は、東京都福祉保健局高齢社会対策部在宅支援課在宅支援係の西沢佳さんにお越しいただいています。西沢さん、東京都福祉保健局がどういう部署なのか、簡単にご紹介いただけますか。

西沢:福祉保健局は都庁の中でも非常に大きい組織で、福祉や保健医療などの都民の生活全般に深くかかわるようなお仕事をさせていただいています。

―― 高齢社会対策部とはどんなところでしょうか。

西沢:高齢社会対策部というのはその名の通り、高齢者に関するさまざまな政策を行っています。一言で言うと、高齢者が健康で自分らしく暮らせる社会を目指した各種施策を展開しています。私が担当している在宅支援課というのは、その中でも、介護保険制度における各種サービスの提供に関することよりは、在宅支援をどうするか、高齢者の在宅生活を支えるための介護予防や生活支援、高齢者の住宅、認知症支援や高齢者の社会参加といった多様な施策を行っています。

―― 介護保険のサービスというのは、高齢者の特別養護老人ホームなどいわゆる施設へのサポートというのもあるわけですが、西沢さんはそうではなくて、在宅での生活をサポートする部分が、中心であるということですね。

今、西沢さんの紹介から始めてしまったのですが、「渋谷のラジオ」この時間帯は「渋谷2025年部」という番組名をつけています。2020年といえばオリンピックがありますし、それに向けて渋谷もますます外国人環境客も増え、駅周辺の開発等もどんどん進んでいくということで、世の中的には2020年が一つのターゲットで動いているところを、なぜ2025年かということなんですが。このオリンピックから5年経った2025年というのは、とくに西沢さんのお仕事と関連する部分ではひとつの重要な年と位置付けられていると思いますが、一体どういう年なのでしょうか。

西沢: はい。「2025年問題」というのは行政、医療や介護の専門職の領域ではよく使われる言葉ではあるのですが、ごく簡単に言ってしまうと、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となるのが2025年。4人に1人が高齢者となる本格的な超高齢社会が到来するのが、2025年ということですね。

―― 戦後80年経って、団塊の世代が75歳以上、つまり後期高齢者になる年。65歳以上が高齢者とか言われますが、後期高齢者というのは75歳以上ですね。75歳以上になると何が問題だということなのでしょうか。

西沢:人口構造の変化があるということ、これに対応する持続可能な社会システムを整備する必要があるということです。75歳以上になると、介護保険制度のサービスを受けている方、要介護の認定を受ける方もぐっと増えてくる。また、4人に1人が高齢者になる中で、85歳以上の高齢者の方もぐっと増えてきますので、2025年以降、多くの方が亡くなっていく社会が到来するということでもあります。「多死時代」と言いますが、その多死のピークが2040年になるとされています。

―― 2025年になって急に高齢化するわけではなく、今着々と高齢化が進んでいるわけですが、2025年になるとそれがはっきりとしてくる。団塊の世代、つまり人口のボリュームゾーンの方々が75歳以上になることで介護ニーズも多くなる。実際、4人に1人が高齢者という状況になったとき、果たしてどんな問題が起こるのでしょうか。高齢者の方も「問題」だと言われるとあまり気分がよくないわけですが…。

西沢:何が問題かと言いますと、高齢者の数が圧倒的に増えてくるという人口構造の変化の中で、既存の社会システムをどう維持していくのか?というところが問題なんです。高齢者の数が増えること自体が問題だということではありません。医療や介護が必要な方だけが圧倒的なボリュームで増えているかというと、そういうことでもなくて一概に高齢者といっても非常に元気な方、生活が自立している方がもちろん大多数というのが正しい現状認識です。

東京における介護の現実と在宅支援

―― そうは言いながらもやはり、高齢者の方が増えると介護医療のニーズも一定の割合で増えていく。今、西沢さんは東京都福祉保健局にいらっしゃるので、毎月毎月、毎年のように介護や医療に関わるいろんなサービスが必要となっている状況も、数字として目の当たりにされているのではないかと思います。このあたりの危機感というのは、なかなか一般市民はそんなに感じることはないかもしれないのですが。

西沢:ごく一般的な状況を説明させていただくと、先ほど高齢者人口が増えると要介護認定率が増えますよという話をしましたが、団塊の世代がこれから要介護を受けていく状況にシフトしていくことを考えたときにどうなるか。要介護の認定を受けて介護保険のサービスの適応を受ける方が増えるということは、それを賄う社会保障給付の増加が見込まれてきます。

都民の皆さんにご負担いただいている保険料も、2000年の介護保険制度創設時には約3,000円くらいのご負担で始まっていたのが、現在は5,500円くらい。では2025年、どれぐらいになるのかというと全国平均で毎月約8,200円の保険料をご負担いいただくことになります。これは基準額ですから、所得に応じてさらに高額の保険料をご負担いただく方もいらっしゃるということですね。

これは家計を考えてもインパクトのある数字であるということが一つです。また、高齢者の数が増え、同時に生産年齢人口、働いていらっしゃる若い方の数も減っていく。75歳以上の高齢者の方々は日常のちょっとした困りごとに支援が必要だったり、地域で見守る人が必要だったり、そういった地域ニーズが増えていくのに比して、担い手としてケアする人の数が減っていくということなんです。いま、医療や介護の現場を支えている専門職の方や老老介護、家族介護をされている方だけで、この増え続ける地域ニーズに応えていけるのでしょうか?これはたいへん心もとないもので、足りないと言われて久しい介護職場で働く人材については、現状のままでいくと2025年には、東京都で約3万6千人の介護人材が不足すると見込まれています。

―― 今、介護現場自体が本当に人手不足というのは常に言われていることで、そういった中で、さらにその介護ニーズが増えるということはそれだけサービスが必要となり、そのサービスを提供できる人が必要になってくるということですよね。東京の場合は、施設が必要だといっても場所も少ないし、介護施設などはこれからまだ増えていくのでしょうか?

西沢:私が所属している部署が在宅支援課というところで施設整備を担当している部署ではないので数字的なところで詳しいご説明はできないのですが、ごく一般的に言って、東京の土地の価格は高いですから、高齢者の数が増えていくに従って今後もどんどん施設を建てていけるかというとなかなか難しい問題があります。

―― 日本創成会議など、東京では高齢者は住まいやケアする場所がないからどんどん地方に移住していったらいいんじゃないか、といった議論もあることはあるんです。でもそれは基本的に選択肢の問題で、もちろん田舎暮らしに憧れてる人にとってはいいのかもしれないですが、東京の身近な場所で暮らしていきたいという人にとってみれば、地方に行けば施設が空いてるよ、と言われても、はい、と行くようなことはなかなかないんじゃないかなと。東京で施設に入るというのも一つの選択肢ですけれども、西沢さんの今のお仕事というのは、在宅でも暮らしていけるという部分ですよね。

西沢:はい。住み慣れたご自宅で人生の最後まで、たとえ認知症になったとしても暮らしていけるような支援とはどういうものなのか、これを考えているのが在宅支援課というところです。

オールジャパンで取り組む「地域包括ケアシステム」

―― そこで「支援」という言葉が出てくるわけですが、これまで、東京都や厚生労働省、行政全般において、着実に高齢化が進んでいくというこの状況に対して、どんな取り組みをされてきているんでしょうか。非常に大きな質問になってしまいますが。

西沢:その質問にお答えするのに、まず、これは国の掲げる政策でもありますが、「地域包括ケアシステム」の構築についてのお話をさせていただくのが前提かなと思います。

4人に1人が高齢者になるという2025年を一つの目途にして、重度の要介護状態になっても、住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるような、高齢者の住まいですね。その住まいを中心として、医療、介護、生活支援や介護予防といったものが包括的に確保される体制をつくっていきましょう、というのが地域包括ケアシステムという概念です。

住まいを中心として、病気になったら適切な医療が受けられて、介護が必要になれば必要な介護サービスが受けられる。また、いつまでもご自身が健康で元気に暮らしていくために必要な介護予防や日常生活のちょっとした困りごと、部屋のそうじやゴミ出し、洗濯物を干したり、食事を作ること、こういった些細な生活に不便を感じるのが高齢者ですから、ちょっとした生活上の支援を地域に充足する。これが地域包括ケアシステム。これを作っていきましょうというのが人口構造の変化に対応する、主に高齢者領域からのオールジャパンでの取り組みです。

人生100年時代の健康観=個人・地域のQOLを保つこと

―― 介護保険制度が2000年にできましたが、それ以前、もともと介護というのは、家族がやるものだ、みたいな考え方があって、ほとんど家庭でサポートするというのが一般的だった。でもそれでは家族への負担が非常に大きいので、介護を社会化していかないといけない。それで特別養護老人ホームに代表されるいろんな施設を建てて高齢者の方に住んでいただき、そこである意味で専門的なケアが受けられる、という方向に一旦向かったのかなと思っています。

今でももちろんそれは残っていると思いますが、今、厚生労働省が打ち出しているこの地域包括ケアというのは、そうした施設等でサポートしている役割を、また地域に戻していこうということなんですか。もっと意地悪な質問をしますと、在宅での介護を支援していくというのは、もう一度「家族頑張れ」と言ってるということなのでしょうか。

西沢:そういったご指摘、ご意見をよくいただくのは事実で、大変な努力で介護を社会化したところから、また家族介護の時代に戻すのかと。遠回りではありますが、前提となることからちょっと整理をさせていただければと思います。

2月に開催された、2015年度東京ホームタウンプロジェクトの総括イベントでも登壇いただいた、国際医療福祉大学の堀田先生からお聞きしたことでもあり、WHO〈世界保健機関〉も言っていることですが、高齢化が進んで人生100年時代となると、複数の病気を抱えながらもその地域で暮らしている方々が増える。そうなると、「健康」そのものの概念に変化が生じます。

今までは、例えばお医者さんがあなたは癌です、それを治してあげましょう、と言って、それで病気が治れば「私は健康です」と捉えることができていた。それが2025年に向かって人生100年時代の「健康感」がどういうものかというと、心身の状態に応じて自分の生活の質(QOL=クオリティ・オブ・ライフ)をどう保っていくかということで自分の健康感を知るようになる。

そうなると、単に今までは「病気を治してあげましょう」というのが支援者のケアの目標であったのが、その人の生活の質を支えないと「健康」を保てないということになっていく。ケアの目標がシフトしていくんですね。医師を頂点とした医療や介護の専門職が一方的に与える治療を、患者である人や高齢者が受けるといった従来型の構図は成り立たなくなる。なぜかと言うと、その生活の質についての手がかりや、その人の暮らしの質を高めるための資源というのは、まさしく、皆さんがお住まいのご自宅の半径何百メートルの範囲の、地域の文化みたいなものに支えられるわけですよね。一人ひとりの暮らしの場全体に渡るものがQOLを作っているものなので。

地域に暮らす当事者の一人ひとりが、どうすれば主体性を持ち、自らの生活の質を保って、自分の人生を生き切ることができるのか?地域社会の支援者はそのために何ができるのか?

この答えをそれぞれの地域で見つけ出すためのスローガンとして、高齢者福祉の領域からの大きな目標が「地域包括ケア」というものだと捉えることができると思います。

―― 病気はすべて完治するわけでもないし、これからは、人によっては同時に2つ、3つの病気を持って暮らしていることもある。確か堀田先生が言っておられたのは、「そこそこ元気というような状態」が、これからはすごく長く続くんだ、と。100%元気という状態ではなくても、自分のQOL、つまり生活が充実していて気持ちも落ちついている状態。健康や医療に対する考え方も変わってきていますね。

西沢:生活の質を高めていくところに本人の健康感が移ってくると、その人が人生の最後まで、どこで、そこそこ元気に、どのように生き切るか、ということが人生の目標になってくる。それを支えていくことを考えたときに、これは介護の社会化という話よりは、やはりその人の暮らしている場に、ケアの本丸を持っていくという発想になるということだと思います。

―― 本当に重篤なときは当然病院にいなければいけないと思いますが、ある程度回復したときには、在宅で暮らしていた方が、本人の生活の質を保てるんじゃないかと。こういった表現が適切かわからないですけど、病院にいるとどうしても病人らしくなってしまったり、人と会う回数も減ってコミュニケーションもだんだん狭まってくるんじゃないかと思うんですね。でも自分の家に帰って家族や地域の人たちと接点があればまたちょっと自分自身も元気になっていく、つまりそれは精神的に元気になっていく。

西沢:ごく自分事として考えてみても、自分が住み慣れた家があって、家族が近くに住んでいて友達がいて、という環境に暮らすことがやはり自分の生活の質を担保することにつながるように思います。

これは高齢者はとくにそうなんですが、「リロケーションダメージ」と言って、住み慣れた場所から病院や施設、自分の暮らしていたところから離れてしまうことで認知症の症状が進んでしまうなどのリスクを招くこともある。また、外に出て行く用事というのが、65歳以上の高齢者にとっては非常に重要で、週に1回以上、家族以外の誰かと会っている人は、認知症やうつ、転倒のリスクも低くなるというデータも出ています。

介護予防のカギを握るのは、自主的な活動

―― なるほど。今、前半は、実際に医療や介護サービスが必要なときの話をしてきました。でも一番いいのは介護が必要ない状態といいますか、介護予防をしていくこともすごく大事。行政もこの分野ではいろいろメニューとして提供している部分もあると思いますが、介護予防というのは地域の自主的な取り組みや、町のサークルなどに期待されている部分が大きいのかなと。なかなか今まで行政施策としては取りづらかったのかなと思うのですがどうでしょうか。

西沢:2006年度に、介護保険制度の中で介護予防事業というのが大きく取り入れられて、要支援や要介護1などの軽度層を主な対象にして予防重視型のシステムを作っていきましょうというものです。リスクの高い人を把握して、行政主体で予防のプログラムを作って、それこそどこどこの公民館や保健センターなんかに対象者を呼ぶんだけれども、肝心な、一番リスクの高い、元気になっていただきたい高齢者の方が来てくれない。「虚弱な高齢者」という言い方がありますが、要介護状態になるリスクの高い高齢者、足腰の筋肉が弱っているなど、生活機能の低下がみられる方、外に出て来る習慣がないような方にぜひ集まっていただきたい、と各自治体が介護予防事業に頑張って取り組んできたのですが、なかなか予防事業への参加率が上がらないのが問題になっていました。

そこで地域の高齢者が自主的にやっているようなラジオ体操の会とか、いろんな体操教室、そうした地域住民の自主的な活動をどのように支援して活動の継続性を担保するのかというところに、介護予防事業の方向性がシフトしてきているところです。

―― もちろん、行政主催で公民館で開催するような体操教室も一定の効果はあると思うんですが。

西沢:来ていただければ効果はあります。

―― そう、そこが多分ポイントなんですね。

西沢:はい。エビデンスのある体操をやっている教室に、週に1回以上通っている人と、週に2回、月に1回の人とでは、やっぱり週に1回来てもらった方が圧倒的に効果が上がるんですよね。

―― 変な質問なのですが、行政が開催する介護予防事業は、どうして来てほしい人に来てもらえないのでしょうか。

西沢:よく一般的に言われることはプログラム自体が魅力的じゃないっていうことですよね(笑)。

あとやっぱり「来てください」と言われて行くのと、高齢者が主体的に、誰かに声かけられたから行こうとか、あの人とおしゃべりできる場所がその体操教室だから、というのとは違うんです。内発的なというか、主体的に「行こう」と思えるかどうかが、集客にすごく影響します。

―― もともと外に行くのが得意でなかったり、きっかけがない人が外に出ていけないのが原因なので、知らない人が集まるところに「足腰が弱っちゃうから来てください」って呼びかけるのは、かなりハードル高いですよね。友達から、「やってるんだけど来ない?」って言われた方が確かに行きやすいです。

西沢:これだけ若い方が考えてもそうなので、高齢者からしてみれば、知らない人の集まりになんて、もっと行きたくない。でも、かかりつけの病院のお医者さんに「あそこに体操教室あるから行ってみな」と言ってもらったら行く気になるだろうし、近所に住んでいるお茶飲み友達に「やってるよ」と誘われたり、いかに参加者にとってのスモールステップを作るか、というところに介護予防事業の視点がなかったのは反省点です。

介護予防事業の定義としては要介護に陥ることをできるだけ防ぐ、あるいは要介護状態になっても今の健康レベルを保ってもらうことなのですが、予防の概念自体が変わってきたわけではないし、予防重視の仕組みの必要性には変わりがない。でも、本当に介護予防につながってほしい人になかなか届かなかったということなんです。

地域帰属意識の低い東京で、どうつなぎ直すか

―― もう一つ思うのは、東京という場所がまた難しいのかなと。地方で、ごく近所の人たちがみんな顔見知りという場所であれば、地域ぐるみで介護予防をやっていくイメージがすごくわくんですが、東京ってみんなやっぱりどこか他人、という街でもある。地域って言われても、なかなか向こう三軒両隣みたいな雰囲気はないですよね。

西沢:そうなんですよ。東京のような大都市で考えたときには、近隣関係の希薄化、地域への帰属意識の低さがある。国の報告書でも、地域社会の互助の強化、地域でのお互い様意識の醸成のようなことを意識して取り組むことが都市部では非常に重要だと言われています。

―― しかし、重要だと言われても東京人にはちょっと響きにくいですよね。地域包括ケアシステムと言いながらも、東京の場合は、地域に、もう一つ何かひねりが必要なんだと思いますが、それでも西沢さんの活動の中で、実際にいろんな地域や高齢者のコミュニティを見たりされてみて、そこに何か可能性を感じていらっしゃるのでしょうか。

西沢:高齢者の孤立化というのはいろんな調査結果でも顕在化していますが、まだ、高齢者層のほうが、昔から地域のお祭りが盛んだったりと、地縁のつながりが深いところでは地域への帰属意識が強いというのが一般的な感覚ではないでしょうか?

でも、特に働き盛りだったりする若い世代が、地域への帰属意識が低いというのは私個人にとってみてもそうです。私は杉並区に妻と子供と3人で暮らしていますが、地域への関わりを考えたときに、私はマンションに住んでいるので、マンションの管理組合は関わりがありますが、町内会に加入していませんし、自治会の加入率がどれぐらいか、ということも知らなかったりする。ここは我が身にしみて思うところですね。

でも地域の人とつながることによる安心感みたいなものを求めていないかと言ったら、それはやっぱり求めている部分もあるのではないでしょうか? そういう意見を聞くこともよくあります。つながりを求めているんだけれども、つながり方がわからない。人と人との“つながり”の健全性を高めていくようなトライアルが、東京のいろんな地域で広がっていけばいいなという思いがあります。

―― これは多分高齢者の方も同じ。高齢者の方だからすでに地域のつながりがあるということではなくて、これからつなぎ直しをする、そういうことが必要なのかもしれません。

ところで、いま、西沢さん自身が70歳くらいだとしたら、誰に誘われたら、体操教室に行こうと思いますか?

西沢:そうですね。自分が高齢者になったときに、会社の友達や大学時代からの友人とかが同じ地域に住んでいて、歩いて帰る範囲にそういった友達が充足されているのが1番ですけど、そうでなければ、やっぱり遠くの友達より近所でお話できる人に誘われた方が、行くんじゃないかなと思いますね。全く個人的には、ですよ。なおかつ、その機会が見えている方がいいんだろうなと。歩いて15分くらいの半径内に、例えば毎朝中高年の人たちが集まって体操している、とかが見える化されていると行く気になると思います。都の介護予防担当者としても、それを目指しています。

新しい取り組み「東京ホームタウンプロジェクト」

―― 今西沢さんから話していただいていたように、2025年に向けて高齢者がさらに増えていき社会構造も変化してきて、政府や東京都はじめ行政サイドでも、とくに介護予防などはいろいろな取り組みをしているがまだまだ、という状況。これだけたくさんの人にとって共通の課題でありながらこんなに解決が難しい課題もなかなかないと思っていますが、その中で、新しいプロジェクトとして「東京ホームタウンプロジェクト」という活動を始めたわけですね。西沢さんも企画に携わり立ち上げたプロジェクトですが、どんなプロジェクトなのか、簡単にご紹介いただけるでしょうか。

西沢:東京都の、介護予防や生活支援を担当している部署が2015年度から立ち上げた事業で、「東京ホームタウンプロジェクト」といいます。いくつになってもいきいきと暮らせるまちをつくる、これを合言葉にしています。事業の目的から説明させていただくと、東京の強みというのは、活発な企業活動やさまざまな人がいることなので、その方々の豊富な経験や知識を活用させていただき、先ほどご説明した地域包括ケアシステムに資するような活動に、いろんな地域の方々に参加し、関わってもらいたい、そうして地域貢献活動の活性化をしたい、という事業です。

具体的には、嵯峨さんが代表を務められているNPO法人サービスグラントに事務局となっていただき、地域福祉の担い手であるさまざまな団体、NPOやボランタリーな組織の運営基盤を強化するために、「プロボノ」という手法を活用して支援をしています。

それと合わせて、NPO法人コミュニティビジネスサポートセンターが中心となって地域福祉の担い手や活動そのものを創出するために各種セミナーなども開催しています。また先ほど少し話に出てきましたが、年度の活動報告を総括するイベントを実施するなど、重層的な取り組みを行っています。

詳しくは東京ホームタウンプロジェクトのウェブサイトがありますので、ぜひご覧いただきたいなと思います。

東京の強み、多様な人材が地域に参加するきっかけに

―― 東京都としても、数多くの事業が考えられたりしている中で、東京ホームタウンプロジェクトのようなものが必要だと思ったきっかけは何だったのでしょうか。西沢さんの中でどういう問題意識があったのでしょうか。

西沢:先ほどからお話してきた、東京に住んでいる人は地域への帰属意識が低いというのが大きいですね。地域に暮らす私たち一人ひとりが、よりよく人生の最後まで生き切ることを考えると、地域の生活の質のようなものを高めていく活動が必要だと。一言で言えば「互助の強化支援」、支え合いの気運を醸成するということだと思います。

国は、多様な主体が参加する地域包括ケアシステムを作っていきましょうと言っているのですが、多くの行政担当者は何から始めたらいいのだろうか?という状態だと思います。まず多様な主体ってうちの地域では、誰なんだろう?と。地域の住民、地域で活動しているいろんなプレイヤーにとっても、少子高齢化ってなにが問題?地域包括ケアってなんだ?というところから始める必要がある。まずそこを、少しでも交通整理してわかりやすく、広く多くの人にこのような取り組みが自分が暮らしている街でも始まっていることを知っていただきたいし、地域づくりに主体的に参加するきっかけを作りたいという思いがありました。

ですから東京ホームタウンプロジェクトでも情報発信ツールとしてのウェブサイトをしっかりと作りこんでいきたいし、プロボノによる支援を活用していく。プロボノ支援に参加されるプロボノワーカーさんたちも、今まで福祉や医療のことを全く考えたことがなかった方が多いと思うんですね。そこで、地域に密着して活動している団体やボランティアの方々に対して、ビジネスパーソンのスキルやフレッシュな力をマッチングしていくことができたらWin-Winですし、新しい風が吹くと思っています。

―― 少し補足になりますが、プロボノというのは企業で働いている方、あるいは個人で働いている方も含めていろんなお仕事をしている方が、仕事を通じて培った経験やスキル、ノウハウを活かして社会貢献活動をすることなんですね。

働き盛りと言われるような皆さんたちでも、社会貢献やボランティアといったものに関心を持ってる方が多い。そうした皆さんが社会と関わるときに、自分のスキルや経験を活かして社会貢献をしていただくと非常に応援される側も助かりますよね。ご自分にとってもすごくやりがいや手応えがある。プロボノはこういう新しいマッチングの仕組みじゃないかなと思います。

地域のつながりが比較的少ないというのは東京の弱みだと思いますが、逆に強みとしては、企業の活動がたくさんあって、プロボノに参加するような知的人材がたくさんいることに、西沢さんは着目をされた。若い人たちもいずれは高齢化しますし、父親・母親世代の介護が必要になっていたり、かなり高齢になっている場合もあるでしょうし、決して他人ごとではないと気づいている人も多いと思います。そのとき、行政のサポート以外に、地域でこういう活動がある、と知ることが親世代をどう支えていくか、あるいは自分が高齢化したときにどう振る舞っていったらいいかと考える上で、東京ホームタウンプロジェクトはうってつけのプロジェクトではないかと思います。

西沢:ありがとうございます。この事業を一緒に運営していただいている関係者の皆さんと最初にミーティングをしたときに私はこう言ったんですが、この東京ホームタウンプロジェクトの立ち上げるにあたり、2つ、皆さんの頭に常に入れておいていただきたいことがあります、一つは、多様な主体の参加を促すような仕掛けをちゃんとつくりましょう、できれば面白くて、誰が見ても参加しやすく、きっかけを作れるようなもの。もう一つは、今まで福祉のことを考えてこなかった人をたくさん巻き込みましょう、と。ですので、今嵯峨さんにそういう評価をいただけてすごく嬉しいです。

地域の底力 × ビジネスパーソンの経験と情熱

―― 福祉にすでに関わっている人はたくさんいらっしゃいますが、多分、変な言い方ですが、ある分野に偏ってますよね。

対人のさまざまなケアやサービスは、おそらく世界的に見ても、日本の福祉の現場にいらっしゃる方々の気持ちやサービスのきめ細かさなども含めて素晴らしいものがあると思うんですよね。一方で、もしかするとマネジメントとか、仕組み化、効率化、展開していくという面では、まだまだ潜在的な力があるんじゃないかなと。この部分は、いろんな人たちが交流することによって新しいものが生まれてくるのではないかと思うので、そこが東京ホームタウンプロジェクトの特徴だと思います。

実際に1年間、プロジェクトをやってきましたので、今後、この「渋谷2025年部」では東京ホームタウンプロジェクトに参加された団体さんにも出演していただきたいと思いますし、その他有識者の方にもこの時間帯にお話を聞きたいと思っています。西沢さんは東京都の職員の方ですが、実は日常的に地域の人と一緒に活動することは意外と少ないのかなと思っているんですが、この1年やってみてどうお感じでしょうか。

西沢:感想を一言で言ってしまうと、私もこの事業を立ち上げて、本当に楽しかったというのが正直なところです。東京都の担当者は、区市町村の方々に対して広域的な支援をするのが主な業務で、いわゆる現場を抱えているのは区市町村や、社会福祉協議会、地域包括支援センターといった、高齢者の方々と日々接するような窓口を多くお持ちの方々。この東京ホームタウンプロジェクトを立ち上げたことによって、現場で活動している方々と直に会うことができて、その地域の活動を日常的に支えている支援者の思いもよくわかるようになりました。地域包括ケアのような大きな課題に対してどうやって取り組んでいくかを、一緒に考えることができたというのが、この1年間、私がこの事業を楽しかったなと思っている部分ですね。

また、地域の活力を引き出していくプロジェクトなので、私自身、各地域の方々が持っている底力のようなものをすごく信じることができるようになったし、東京で忙しく働いていらっしゃるビジネスパーソンの皆さんが、地域の本当に日常的な、その地域に密着した課題に対して「貢献したい」という熱い思いを持っていらっしゃることに触れたことが、私が行政マンとして今まで取り組んできた中では味わうことができなかったものなのかなと。これを知れた、というのは私としては、すごく今後の糧になるものだと思います。

―― プロボノに参加される皆さんは、課題解決っていうのが大好きなんですよね。高齢化の問題は、それこそ課題の塊なのではないかと。先ほどの、たとえば行政が介護予防事業をやっても来てほしい人に来てもらえない、これ一つをとっても課題ですし、地域団体の参加者がなかなか広がらない、もっと多くの人に知ってほしい、資金調達を改善していきたいとかいろんな課題に対して具体的な答えを出していくということが、企業人は得意とするところだと思います。課題を解決するというのが1番の勉強になるというか、なるほど東京の地域はこんな感じなのか、と気づくようです。

活動の担い手に向けて、東京中の工夫を共有していく

―― これまでの東京ホームタウンプロジェクトの中で、西沢さんが思い出深いプロジェクトや、これは面白かったなというものがあれば教えていただけますか。

西沢:つい先日、東京ホームタウンプロジェクトの長期プロジェクトの一つが完了したんですが、支援先団体は、稲城市の矢野口という地区で活動されているラジオ体操の会でした。

この活動は、それこそ行政が実施している、転倒骨折予防教室などの介護予防事業にどうしたら参加者を増やせることができるのか?というところから始まったんです。その地域の自主グループの中に、とあるキーマンがいらっしゃるんですが、どうしたら男性の参加が増やせるか、ということで、行政事業だけだとなかなか人が集まらないからラジオ体操をやってみようか、と毎日ラジオ体操を始めたところ、町内会の集まりにも参加しなかったような人たちがどんどん出てくるようになった。今では矢野口地区でも200名を超えるような多くの皆さんが毎朝体操に参加していて、具体的にその地域の要介護認定率が下がってきた、といった結果まで出てきていると。

その自主グループが、今回の東京ホームタウンプロジェクトで何を求めたかというと、自主グループの活動がどうその地域に社会的なインパクトをもたらしたのか、自主グループの事業評価のようなことでした。

行政側からしても、なぜその地域で自主グループが効果を上げているのか、その価値を評価できるものにつながったし、自主グループの皆さんも、自分たちの活動をみんなに認めてもらえた。プロボノとして支援したビジネスパーソンの皆さんも、その地域の課題にコミットし、しかもその地域で具体的な成果を上げている活動が広がりを見せているところに関与できた、ということで、その地域に貢献しているという気持ちを強く持てた。その成果報告会に私も参加させていただいたんですが、皆さんの、その晴々しいというか、このプロジェクトに取り組んできてよかったね、という打ち上げ感があって、とても印象に残っています。

―― 自主グループなどの草の根の活動は、言い方が悪いですが、住民たちが勝手に集まってやっていると見られてしまったらそれまでで、行政が予算を割いているわけでもないですし、好きな人たちが集まってやっているだけと見られがちですよね。でもやっている皆さんは本当にまじめに、自分たちだけでなく地域全体を健康にしようという気持ちでやっているんですが、評価をされているんだかされてないんだか、ご本人たちもよくわからない。

―― 高齢者の支援みたいな話になると、どうしても、介護が必要な方とか高齢者の方に向けた支援を行政がしているのかなという印象だったんですが、東京ホームタウンプロジェクトでは、その担い手に対する支援をしているのがすごく新鮮でした。

私は今20代で、これから介護が必要な方や高齢者の方を支えていかなければいけない世代だと思いますが、こちらが何かやることに対して、「やってくれることがありがたい」というような流れになっていくと、私たちもやりがいも感じるし、嬉しいですね。

西沢:医療や介護が必要な人は、もちろんいるんです。そこで必要とされる、適切なサービスを確保していくのは今までも、これからも力を入れてやっていくのですが、地域にいる日常的な困りごとを抱えた人、健康状態が少し揺らいでしまっているような人たちに対して日常的な接点を作り、細やかな支え合いみたいなものを提供することは必ずしも十分にできていない。東京ホームタウンプロジェクトでやろうとしているのは、その担い手をどうやって増やすことができるか。喫緊の重大な困りごとがある人に対して直接的な支援をするというよりは、地域での細やかな支え合いだったり、自らの健康を維持する取組そんな活動の担い手になりたい!という気持ちを引き出す事業だと思います。

―― こうやって少しでも地域での取り組みを知っていってもらえるといいと思います。例えば今の矢野口の話でも、ラジオ体操をもともとは屋内でやっていたんですね。屋内でやっていると、男性は外出に課題を抱えている方が多いので、やっぱり女性が多くなる。なかなか男性が参加しづらくなっていたので、屋外でやることで男性も参加しやすくした。こうしたことは本当にちょっとした工夫なんですが、例えば最初に参加する時に電池代として100円だけもらうとか、細かい工夫を積み重ねて、成果を上げたりしているんですね。

介護の領域だけでなくても、この地域づくりはきめ細かいいろんな工夫が実は東京の各地で行われていて、こうした情報は、活動の担い手となろうとしている人たちにもっと共有されていくと、こうすれば自分も担い手になれるんだとわかっていくのかなと。東京ホームタウンプロジェクトも、今、いろんな地域のいいアイデアを発掘していて、それをほかの地域にシェアしていくんだと思っています。

2025年に向けて、これからも超高齢化というのは進んでいくわけですが、西沢さんとして今後どんなことに取り組んでいきたいか、東京ホームタウンプロジェクトについての抱負などお願いします。

西沢:もちろんこれは2025年に向けてやっていく事業なので、単年度で終わるようなものとは考えていません。東京ホームタウンプロジェクトでは、渋谷なら渋谷の地域の文化みたいなものが育っていく、支え合いの気運みたいなものが醸成されていくことを目的としているので、ぜひぜひその思いを持った人達に対して、直接寄り添うような支援をしていきたいなというふうに思っています。もちろん現場が、地域の当事者の活動が活性化する、それを支援する人たちが、その様子を見て元気になる、そんなプロジェクトにしていければなと思っています。

聞き手/嵯峨生馬(NPO法人サービスグラント代表理事)・片柳那奈子

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