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結局、ブランディングとはなんなのか?

「ブランディング」とは、とても曖昧な言葉だと思っています。そもそもブランドという言葉が曖昧です。そして、そのブランドを確立させる活動がブランディングですから、なおさらに曖昧です。

私は昨年に採用ブランディングの仕事に取り組みました。それまで、デザイン思考を活用した課題の抽出方法や、UIやUXデザインの仕事の経験は積んでいましたが、ブランディングとしての仕事は未経験でした。そして「ブランディング」という言葉の曖昧さと格闘することになりました。

このブログ記事では、私なりにブランディングとは何かを掘り下げたことをまとめます。


ブランドとは何か?

「ブランド」とはなんでしょうか?ブランドと聞いて思い浮かぶ企業は、AppleやNikeやTiffanyなどいろいろあります。では、携帯端末や靴や宝石など、その商品がブランドなのでしょうか?それとも、ロゴか、Tiffanyでいえばあの印象的なブルーのカラーでしょうか?どれも、ブランドを表す断片ではあるけれど、それ自体がブランドかと言われれば違う気がします。

ブランドは人々の頭の中にある企業や商品にまつわるイメージであって、実際に手にとって確かめられるようなものではありません。頭の中にあるブランドを思い浮かべるとき、連想的にさまざまなイメージが湧くと思います。これまでに見てきたCMや、聞いてきた口コミや、実際に使ってみた体験、困ったときのコールセンターの対応など、ブランドにまつわる様々な体験と記憶がつみかさなり、ブランドイメージとして浮かびあがってきます。そしてそのイメージの蓄積が、好きか嫌いかという感情と結びつきます。

好きか嫌いかは、そのブランドを通じた体験が快適だったか不快だったかと、さらに掘り下げればその人が何を快と感じ何を不快と感じるか、その人の価値観がベースになっています。ブランディング活動は全社的な取り組みを通じて、届けたい相手の価値観に深くささる体験と情報のコントロールを通じて企業や商品に対する好意的なイメージを作り出していくことです。

ですから、ブランドを構築する人は人間に対する深い洞察と、ブランドを届けたい相手の価値観を相対化して捉える能力が必要なのではないかと思っています。

ブランディングの仕事と聞くと、魅力的なロゴやカラーリング、視覚的に印象的なデザインを創ることを想像しがちです。確かにそれらは重要ですが、本質的なブランディングにおいては付随的な役割にとどまります。

ロゴやカラーは、ブランドを連想させるきっかけ、つまりトリガーにすぎません。デザインが秀逸であっても、実際の製品やサービスが顧客の期待に添えなければ、ブランドイメージは傷つきます。

例えば高級ブランドのホテルでロゴやインテリアがモダンで美しくデザインされていても、スタッフの対応が適切でなかったり、客室が汚かったりするようでは、「行き届いたサービスを期待できる」というブランドイメージは台無しになってしまいます。

つまるところ、デザインはブランドを思い浮かばせるトリガーに過ぎず、真に重要なのは顧客が実際に体験する価値です。優れたデザインと優れた体験価値が両立してこそ、強力でインパクトのあるブランドイメージが形成されるのです。

しかし、それは言うは易く行うは難しいものです。それは泥臭い現場の改善活動に他なりません。世にあるブランディングを請け負う多くの企業は、広告代理店か、デザイン会社か、あるいはパーパスの設定ぐらいまでしかできず、大半が片手落ちだと思います。しかし本当のブランド確立には、それを企業文化に長期的に浸透させ、定期的な評価と地道な業務改善を行うことが不可欠です。つまり、ブランディングとは企業活動そのものと言えるのです。

私はブランディング「部」の部長というポジションでしたが、今考え直せばブランディング活動は「部」としての活動範囲を超えています。ブランディングという言葉が便利すぎるせいで、あらゆる仕事が部署の範疇になってしまっていました。そして、あらゆる範囲の仕事を実際に動かすには部署を超えた全社的な取り組みならざるを得ず、そのためには強力な権限や強力なリソースが必要になります。ですから、もしまたやるならば、ブランディング「プロジェクト」として全社的な特別チームを立ち上げるやり方をすると思います。

ブランド空間のイメージ。ブランディングは企業と消費者の相思相愛の関係を築くべく、各要素をマネジメントしていくこと。

ブランドを構築することの価値

マーケティングとブランディングには、消費者の主体性に関わる決定的な違いがあります。

マーケティングとは、あくまで企業が一方的に自らの優位性を宣伝するものにすぎません。「私こそは素晴らしい!」と言いふらすようなもので、消費者は受け手の立場に止まります。

それに対してブランディングは、消費者の能動的な評価を生み出します。「あの人は素晴らしいよ!」と消費者自ら口コミを生み出すことで、企業はさまざまなメリットを受け取ることができます。消費者自身の手による宣伝効果は、広告費の大幅な削減をも可能にします。

マーケティングは製品販売のたびごとに宣伝コストを要しますが、ブランディングはそうした広告投資を長期的に不要にします。一度ブランドが形成されれば、リピート需要とさらなる口コミの連鎖が見込まれるためです。

優れたブランドは同じような製品やサービスを提供する企業の群れから、自らを差別化し、その違いを利益の源泉とすることができます。コカ・コーラとペプシはどちらも同じ炭酸飲料ではありますが、前者の方が選好されるのは、その差異に由来するブランド力によるものです。

企業がブランドを構築するにあたって何よりも重要なのは、一貫したブランド体験を継続的に提供することです。長期間にわたりサービスを変えることなく提供し続けることで、顧客の信頼と認知が積み重ねられます。

一貫性と変化のダブルバインド

ブランディング活動は、一見矛盾する二つの要素、すなわち一貫性と変化を同時に達成する必要があるという「ダブルバインド」に直面します。

ブランドを構築するためには長い期間にわたる一貫性が求められます。例えば、コカ・コーラは長年にわたり、赤と白のブランドカラー、そして「オープンハピネス」のようなポジティブなメッセージを一貫して発信してきました。この一貫性により、消費者はコカ・コーラの製品を見ただけで、味や炭酸の爽快感を想像し、飲みたくなってしまいます。

一方で、長く存続する企業は、時代の変化に合わせて事業内容を柔軟に変化させてきました。Appleを例にあげれば、元々PCを製造していましたが、時代の変化と共にiPod、iPhone、iPadなどの革新的な製品を市場に投入しました。これらの製品はアップルの核となる価値観である革新性やクリエイティビティとユーザーフレンドリーなデザインを維持しつつ、新しい市場ニーズに応えるものでした。

このように、ブランディング活動では、一貫性を保ちつつも、市場の変化や消費者のニーズに応じて柔軟に進化することが求められます。

実は、ブランディングにおける「変化と一貫性」のダブルバインドは、異なるレイヤーにおける話をしています。

一貫性が求められるのは、企業の「価値観」です。つまり、「私たちが何を大切にし、何を目指すのか」という根本的な部分であり、人をビジネスの対象とする限り時代を超えて普遍的なものです。例えばアップルの革新性やシンプル性へのこだわり、コカ・コーラのポジティブな価値観などがそれにあたります。この核となる価値観こそが貫かれなくてはなりません。

一方で変化が必要なのは、その価値観を具現化する「具体的なアウトプット」つまり製品やサービス、マーケティング施策などです。アップルが携帯音楽プレーヤーからスマホ、タブレットへと次々と新製品を投入したり、コカ・コーラが新しいCMで最新のトレンドを取り入れたりするのは、この部分における変化です。

つまり、価値観という根本的な部分では一貫性を保ちつつ、その価値観を体現する手段は、時代の変化に合わせて柔軟に進化させる。このように異なるレイヤーで一貫性と変化を両立させることこそが、ブランディングにおける課題です。

タッチポイントのコントロールがブランディング活動の要

ブランドイメージの形成は、個々の人の心において繊細に進行するプロセスです。企業の活動や製品に関連する各接点での経験や情報が積み上げられ、このイメージが築かれます。

顧客がブランドと接触する「タッチポイント」は多様です。これには製品そのもの、広告キャンペーン、カスタマーサービス、店舗の環境、オンライン上の存在感、他の顧客やメディアからの評判や口コミなどがあります。例えば、スターバックスでは、居心地の良い店内の雰囲気、フラペチーノのようなオリジナリティあるドリンクの提案、親しみやすいスタッフの対応などが顧客のブランド体験を形成する要素となっています。

ブランドイメージの確立において、企業は顧客との各接点での印象を綿密にコントロールする必要があります。ブランドマネジメントとは、タッチポイントをどのようにして効率的かつ一貫性を持って管理するかという問題です。

私がUXの経験を積んでいたことは、この点において役立ちました。UXの知見が活きたことは「誰」に企業の魅力を伝えるかを決め、その「彼/彼女」がどのような価値観を持っているかをインタビューなどを通じて掘り下げることで、「彼/彼女」の好感を獲得できて、企業が伝えたいメッセージの結節点を探り、それを体験全体をつうじて設計していくことでした。

体験をコントロールする一つのアプローチは、カリスマ的なリーダーシップによるトップダウン式の管理です。この方法では、リーダーが全てのタッチポイントに目を配り、自らのビジョンを反映させることで、ブランドの一貫性を保ちます。例えば、スティーブ・ジョブズがアップルで行ったように、製品デザインからマーケティング戦略に至るまで、細部にわたるこだわりを持つことができます。

しかし、このアプローチには限界があります。カリスマ的なリーダーが不在になった場合、組織はその方向性を失いがちです。また、リーダーの負担が増えてボトルネックとなり、組織の成長にブレーキをかける可能性もあります。例えば、リーダーがカスタマーサポートの全ての対応を個別にチェックすることは現実的ではありません。

より望ましいのは、組織のメンバーが自律的に問題に対応し、意思決定を行う能力を持つことです。

組織のコンテクストマネジメントによる解決

企業の長期的な存続と発展には、変化に対する柔軟性とブランド価値の一貫性を同時に実現することが不可欠です。このようなダブルバインドの課題に対処し、大規模な組織のマネジメントを効率化するためには、組織内の自律的な意思決定が鍵となります。

創業者一人のカリスマ的リーダーシップやトップダウン式のマネジメントに依存する企業モデルは、そのリーダーが不在となった場合に環境変化への適応力を失うリスクを抱えています。これに対し、構成員一人一人が自立的な判断力を有する組織体制であれば、より持続可能な対処が期待できます。

構成員一人一人が自立的な判断力をそなえるための解決策が「コンテクストマネジメント」の導入です。従業員を厳格なルールで制限するのではなく、意思決定を促進するための原則を組織全体に浸透させます。

ビジネスの日常は、予測不可能な課題の連続であり、そのつど最善の選択を求められます。この際、原則にもとづき自ら考えることで、提示された選択肢Aか選択肢Bかで、構成員は合理的に自然と前者を選び取るような環境を醸成するのです。そうして選択肢A'を無限に積み上げていくことによって、Aとしてのブランドは作り出されていきます。

具体的には、「ビジョン」「ミッション」と一貫性を持って設計された「行動指針」の定義と浸透です。組織を構成する一人一人が、その価値観とビジョン、そして行動指針を自らのものとして内面化することが不可欠になります。

このように、構成員の自律性を土台とした意思決定プロセスは、企業が変化に機動的に対応しつつ、ブランド価値の一貫性を維持するための効果的な手段となります。

同族経営のメリット

すこし脇道にそれますが、同族経営も、伝統と革新のバランスを取りながら長期的な存続を実現する一つの形態だといえます。日本には江戸時代から続くような老舗企業が存在しますが、それは同族経営の利点によるものと考えることができます。

同族経営には経営の正統性と革新的変革の両立を可能とします。

変革をリードするには組織に対するリーダーの正当性が担保されている必要があります。まず経営者の正当性については、血縁による承継が担保します。同族出自の経営者は生まれながらにして組織の伝統と核心的な価値観を体現する存在となります。それゆえに構成員からの信任と承認も自然と勝ち得られ、経営の正統性を獲得できます。

他方で、世代交代に伴う新陳代謝は、組織に持続的な変革の原動力を組み込みます。旧来の経営陣からの遺産を継承しつつも、新しい経営者は時代の流れを見据えた新たなビジョンを掲げ、革新的な変化をリードすることができます。かくして伝統の維持と新たな価値創造が、自然な形で両立を果たします。

このように、同族経営には経営理念の長期的継承と、時勢に即応した進化の二つの要請を、立場の正統性と世代の入れ替わりによって達成するメカニズムが組み込まれています。この点において、同族企業は「変革と不変」のダブルバインドを達成する組織形態の一つであると言えます。

組織を変え世界を変えることは言葉を生み出していくこと

企業の構成員に「行動指針」を内面化するには、まず言葉を浸透させること、そして構成員がとったアクションが組織にとって望ましいものかを行動指針に照らしあわせながら反省させていく必要があります。

組織の価値観を変えるには、言語が重要な役割を果たします。なぜなら、私たちは言語なしには思考や認識をできないからです。言語学者ソシュールは、言葉自体には固有の意味はなく、社会的な約束事で意味が決まると説明しました。

つまり、組織の価値観は自明なものではなく、新しい言葉で表現し、社員全員で意味を共有する必要があります。経営者が新しい価値観を掲げても、言葉で説明し共有しないと浸透しません。

さらにソシュールは、言葉の意味は他の言葉との違いによって明確になると指摘しています。つまり、組織の中で新しい価値観を表す言葉は、従来の価値観を表す言葉との違いによってその意味が明確になるのです。

したがって、組織の価値観を転換するためには、旧来の価値観を覆す新しい言葉を生み出し、その言葉の意味を従業員全員で共有することが不可欠となります。新しい言葉は、単なる理解を超えて、従業員一人ひとりの欲求を掻き立て、行動の変容をうながす原動力ともなり得るのです。

このように、言語なくしては思考も意味の共有もできません。組織文化の変革は、新しい価値観を表す言葉の生成と共有から始まると言えるでしょう。

言葉こそが組織変革のスタートポイントなのです。

ブランディング活動は人間活動の総合格闘技

真のブランディングを実現するには、単一の要素だけでは不十分です。それは以下の3つの要素を統合した総合力の発揮が肝心です。

  1. 思想の確立

  2. 言語の創造

  3. 現場の実践

まず企業は、自らの存在意義と方向性を明確に示す「思想」を確立する必要があります。経営理念だけでは不十分で、全従業員の心に火をつける原理原則としての思想が重要です。

次にその思想と行動原則を浸透させるため、新しい「言語」を創り出さなければなりません。言語は人間の認知や考え方の枠組みを形作る根源的な媒体です。新しい言語なくしては、旧来の価値観から脱却できず、真のブランディングは望めません。

しかし、思想と言語があっただけではまだ不十分です。最後に「現場の実践」が欠かせません。新しい思想と言語を具体的な行動で現場に落とし込み、定着させていく地道な実践活動こそが、ブランディングの決め手となるのです。

つまり、ブランディングは思想、言語、実践の三位一体の総合格闘技といえます。思想に基づく新しい言語世界を創出し、それを現場で具現化していく、そのプロセスこそがブランディングなのだと今のところは理解しています。

あとがき

何げないことに新しい言葉を割り当てて、それをグループ内で流行らせる人っていますよね。わざと仲間内だけで通用するような造語にして普及させるんです。

たとえば、近所の美味しい中華で麻婆豆腐を食べてからサウナをキメる定番コースがあったとします。それを「マーポーモクモク」とか適当な言葉を作ってはやらせます。気がついたらみんな「そろそろマーポーモクモク行っとく?」みたいな感じで使ってます。

企業の中で新しい価値観やルールを浸透させるのと似ていますよね。新しい言葉を作り出し、皆でその意味を共有していく。言葉を通じてカルチャーが生まれていくわけです。

正直、私はそういう言葉遊びがあまり得意ではありません。言葉は正確に使うように意識しているし、論理的な文章作りを心がけているので。でも、そういうことができる人たちは、新しい遊びを仕掛ける側に回れて、流行を作り出せる。そこが羨ましく思います。特訓したらできるようになるのかもしれません。今度やってみてもいいかも。

一方で、すでに確立されている言葉をまったく違う意味でマーケティングするような人もいますね。最近ちょっとどうかなと思ったのは、名指しでdisってますが「文化資本経営」って言葉です。

「文化資本」といえば、フランスの社会学者ブルデューのディスタンクシオンと関係あるのかなって思いますよね。貧困家庭に育つと富裕層と文化の習慣が違うから、勉強を頑張ったとしても富裕層コミュニティに溶け込めず稼げないという格差を指摘したアレです。

ところがその文化資本経営というのは、日本の伝統文化を使って稼ごうぜって意味だそうです。全然意味が違ってしまっているので、なんだかなと思ってしまいました。

というわけで、言葉を生み出すことの功罪を考えながらも、ユニークな言葉を流行らせる能力欲しいです…

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