医療の現場にも「AI+ロボティクス」の波は確実に訪れる。「神の手」なんてモノはもともと存在しなかったのだ。

『「とにかく手術が上手くなりたかった。その研究室に、当時珍しかった新鮮凍結遺体という献体があったんです。通常、ご遺体はホルマリン固定後、保管される。人体解剖って実は分かっていない部分がたくさんある。ホルマリンで固定されると、手術時に展開する剥離層や末梢自律神経の詳細な走行は分からない。それを明らかにするために、特殊なご献体がある解剖学研究室に通いました。また、そういうご献体が日本以上に豊富にある韓国の解剖学教室に行ったこともあります」大学院時代、武中は病理学教室に所属していた。その経験もあって、人体を形態学的に解明したいという思いが強かったのだ。2003年4月、武中は川崎医科大学の泌尿器科学講座の講師となっている。約10年ぶりの大学病院への復帰だった。川崎医科大学の教授となった先輩から強く誘われたのだ。武中は何度か断ったが、人は誘われるうちが花だと思い直した。大学では臨床以外に研究の時間や論文を書く時間が与えられる。武中はこれまで行なってきた外科解剖学研究を文章にしたためることにした。論文は『ザ・ジャーナル・オブ・ウロロジー』の2004年9月号に掲載された。すると武中が戸惑うほど、世界中から反応があった。その背景には医学界の新しい動き――手術支援ロボットの存在があった。「喩えるならば、解剖は車のナビゲーションなんです。運転技術が適当な間は、緩いナビでも大丈夫。ところがロボット手術は運転技術が完璧。ロボット手術をやろうとしたら、実はナビが20年前の旧製品だって話になったんです。これまで使っていた地図というのは古典的でロボット手術の役に立たなかった」武中は人体解剖学研究を続けるうちに、これまで知られていなかった人体の暗闇である、微細構造に光を当てていたのだ。2006年1月、武中は泌尿器科の“ビッグスリー”の一つ、アメリカのコーネル大学から客員教授として招聘された。外科解剖を指導し、ロボット手術のナビゲーション役を務めてほしいという依頼だった。そこで日本にはまだ導入されていなかったロボット手術を経験する。「それまで自分なりに日本でトップレベルの手術を行なってきた自負があった。しかし、ロボット手術を見たとき、黒船襲来、これには敵わない、この手術が必ず世界を席巻する、と確信した」そして武中はこう頼んだ。外科解剖を教える代わりに、私にロボット手術を教えてくれ、と。2007年5月、神戸大学大学院医学研究科の准教授として日本に戻った。そして2010年7月に、鳥取大学医学部泌尿器学教授となっている。同年8月、鳥取大学医学部附属病院は山陰地方で初めて手術支援ロボット「ダビンチ」を導入。最初の手術は武中に任された。「極論すればダビンチは誰でも使えるんですよ。車の運転もナビが発達して、自動運転に向かっている。手術も同じです。これからは技術は器械がアシストしてくれる。大切なのは常にアップデートされたナビ、つまり外科解剖学を勉強することなんです」医療の世界には“神の手”と呼ばれる外科医がいる。ロボット手術が普及すれば、神の手はいらなくなりますね、と訊ねると、武中は頷いた。「私は神の手には興味がありません。神の手の手術は、その人しかできない。ロボットを使えば、誰でも高品質で再現性の高い手術ができる。いいナビと自動運転の車を作れば、誰でもハイクオリティの運転ができる。私はそちらを求めたい」多くの患者に、妥協ない高度医療を提供する――自分が小学3年生のときに感じた、哀しみを他の人には味あわせたくないと考えているのだ。』

ヒトを育てて人格と共に”職人技”まで教え込むには相当の時間と労力が必要だ。医療の現場にも「AI+ロボティクス」の波は確実に訪れる。「神の手」なんてモノはもともと存在しなかったのだ。

医師が「神の手よりロボット手術」と断言する訳
1ミリも妥協したくないからこそ
https://president.jp/articles/-/32286

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