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モチベーション ー 難易度 =?

つくづく思うのですが、
何かをはじめようとした時のあの気持ち、
保存しておけないものかなぁ…

余ったご飯みたいに冷凍しといて、
要るときにチンして少しずつ消費、出来ないものだろうか?

最初のモチベーションの高ぶり具合、すごかったよな。
あの高揚はなんだったんだ?
ワックワクして眠れないくらい、やる気が満ち満ちしていたのに。


そんなことがよくもまぁ有る。

モチベーションさえ保てれば、何でも続けられる。
でもそれは無理なのもなんとなく、分かる。

なんだろう、モチベーションって?
”自分発”の「状態」なのに、コントロールできない。

モチベーションっていうのは持続しないもの。
みんなそうらしい(きっとそうだ)

「もっと運動しなきゃ。毎日5km走ろう!」
ちょっといいピカピカのランニングシューズ。
着こなせていないトレーニングウェア。
朝の5時。走り出す。

この時点ではまだ無敵状態。できる。疑うこともなく。
毎日続けられるとしか考えていない。

30分後。
「初日だし、やっぱり5kmは現実的じゃないよね。今日はここらで」

二日目。
「あ〜、今日雨か。残念(ラッキー)。雨じゃしょうがないよなー。
 仕方ないからもう少し寝るかー」

三日目。
「筋肉痛きてるのよねー。無理せんでおこう…ちょっとその辺歩くか」

四日目。
「今日は寝過ごしたなー、走るのまた明日」

(この話は実体験をもとに構成しています。)

書きおこしてみて感じたのは、
やってみて認識できた「自分の能力」がモチベーションを削ってる気がするということ。

まぁ、客観的に考えたらいきなり5km走れるわけないし、毎日走れる環境が作られるわけでもない(雨とかね)。年齢や体力も考えるべきだ。

モチベーションの高ぶりは、これらを冷静に見られなくする側面もある。
(もちろん、私が根性なしなことも理由)

こんな失敗を繰り返して、今思うこと。

何かにチャレンジする時は、モチベーションから行動の難易度を差し引いて考えないといけない。

算数の式で書くとこう?

モチベーション ー 実行の難しさ >0
 →その行動は続けられる。

モチベーション ー 実行の難しさ <0
 →その行動は続けられない。

要はその時持っているモチベーションから行動の難しさを引いたとき、
まだモチベーションが残っていたら頑張れるんだ、きっと。

私が毎日5km走ることができなかったのはモチベーションが足りなかっただけではない。
むしろそれ以上に大事な要因として、
「能力にマッチした負荷の運動を設定できていなかった」ことだ。

むちゃくちゃ遠回りして、すごく当たり前な結論にたどり着いた。
でも全くムダな遠回りでもなかった。

人の行動はモチベーションと実行の引き算。
これを知ったら、続く理由と続かない理由が分かった。
自分の行動を振り返り、未来を修正できるようになった気がする。
また、自分の行動に後悔することが減った。


勉強に運動。なかなか習慣として定着しないのは取り組み方の問題でもある。
やり方によって行動が習慣化されると考えられるのは、小さいけども確実な前進だ。

モチベーションは様々な要因で増えたり減ったり。
だいたい、だんだん減っていくもの。
目標への思いが強いほど、モチベーションの減りは緩やかだろう。
反対に時間と共にモチベーションが増えるくらいなら、その目標はいつか必ず達成できると思う。

一方、行動を繰り返すことで私たちは能力を上げることで、行動の難易度を下げることができる。
たとえモチベーションが減っていても「差し引いて0以上」なら続けて頑張れる。

そうか!、なのでモチベーションがすごく高い初期の頃にむちゃくちゃ頑張って、能力を上げておくのは、ある意味理にかなっている。続ければ。

あー!!
スマホのゲームは大体この手法で「やめにくく」作られているんだ!!
上手いよなぁ…


モチベーションはコントロール不能。
でもモチベーションと自分の能力のバランスを知ることで、行動できるように調整することは可能。

今の行動の積み重ねで、人生は変わっていくんだろーなぁ…
「モチベーションとうまく付き合う」ことはチャレンジングな人生にとって必要なことなのかも。

以上です。

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