妊娠日記⑩ 出産

2021年10月

39w2d
明け方に強めの生理痛のような痛みがあってからずっと、30分に一度くらいの頻度で痛みの波が来ている。これが前駆陣痛ってやつか...! いよいよや!

体力温存のために寝なきゃと思うけど、緊張してなかなか寝れず、日中は編み物をして過ごした。中に鈴が入った赤ちゃん用の小さなボールを編む。

来るぞ来るぞと思いながら、結局そのまま夜になった。早めにご飯を食べて、お風呂に入り、陣痛を進めるために湯船で足湯をする。

22:30ごろ、夫が帰宅したと同時に、痛みが強くなり始める。陣痛は、10分間隔になっていた。10分を切るときもあれば、12分空くときもある。

24時ごろ、病院へ電話する。いよいよかと思うと電話の声が震えた。

39w3d
深夜1時、陣痛の間隔が5分を切り始めたので再度、病院へ連絡してからパジャマに着替え、出発準備。陣痛が来るたび、動きを止めてやり過ごす。なぜか足や手がガクガクと激しく震えて止まらない。夫によると、瞳孔は開きっぱなしだったらしい。

子宮口はすでに4〜5センチに開いていて、そのまま入院となった。痛みもなかなか強くなっており、こりゃもう生まれるわ、と覚悟を決めた。

その後、あれよあれよという間に子宮口は8センチに。しかし、隣の分娩室の妊婦さんが絶叫系妊婦で、陣痛が来るたびに無理とか痛いとか叫びまくるので、その声で完全にビビってしまい、私のやる気が萎えてしまった。不思議なもので、今日はちょっともうやめとこかな... と怖がった途端、陣痛が遠のいた。

遅くとも朝までには生まれるよ!と助産師さんに言われていたのに、陣痛はどんどん弱くなる。導尿しても、足湯してもダメで、陣痛は5分間隔に戻ってしまい、微弱陣痛となった。朝6時を前に、病院の玄関で待機していた夫は一旦帰宅し、仕事へ。

私は分娩台を降り、別室で一人、陣痛に耐えることになった。仰向けになると辛いので、分娩台にいた時と同じく、テニスボールの上にあぐらで座るという体勢のまま、陣痛の合間にウトウトする。数分ごとに陣痛で起こされる中、おかしな夢ばかり見た。

朝9時になった。汗だく。

朝ごはんを運ばれるが、何も食べられない。陣痛が始まってから、気持ち悪くなって固形物は口にできなくなっていた。子宮口は相変わらず8センチで、伸ばせばもっと伸びると言われるが、何せ陣痛が弱いせいで伸びない。「私のシフト中には生まれるよー!」と言ってくれていた夜勤の助産師さんが帰っていった。切ない。

再び分娩台へ移動し、陣痛促進剤を投与することとなった。手の震えが止まらないので、同意書のサインは子供の落書きみたいになった。30mlまで促進剤を増やしたとき、痛みの種類がガラッと変わった。

それまでは、深呼吸だけでなんとかやり過ごしていたのが、あまりの痛さに野獣のような声が勝手に出て、脂汗が出始めた。人間がモンスターに変身していくようだった。

「いいよいいよー!いい陣痛きてるよー!」と助産師さん。こ... これが陣痛か... 助産師さんがいなかったら、ちょっと不安になるほど痛い。助産師さんたちが「いい陣痛!いい呼吸!」と励ましてくれるので、この痛みに耐えてればいいのね、と安心しながら痛がることができた。

更に陣痛を進めるため、歩いてトイレに行かされた。片腕を助産師さんに支えられながら、片手で点滴のポールを掴み、よろよろと歩く。つらい。その上、先客がなかなか出てこず、トイレの前で立ったまま3回ほど陣痛を耐える羽目に。この時の痛みが、全体を通して一番辛かった。こんなに苦労してトイレへ行ったのに、尿は一滴も出なかった。

分娩室に戻って導尿してもらう。トイレまで歩いたおかげか、子宮口は全開になっていた。いきんでいいよ、と言われる。テニスボールではなく、助産師さんが肛門あたりを指で押さえてくれる。助産師さんが夫に電話してくれているが、モンスター化した私は、もう立ち会いとかどうでもいいって気分だった。

いきむのが怖くて、「もっといきんじゃっても大丈夫ですか?」と聞く。変な質問だけど、いきみすぎて内臓が出てくるんじゃないかと思って不安だった。「もっと思い切りいきんで!」と助産師さん。全力で何度かいきむ。会陰が切れる。なかなか卵膜が破れず、人工破水してもらう。

ここで夫が登場。

夫が来てくれた嬉しさよりも、立ち会いは30分というルールだったので、あと少しで終わるんだと思って気持ちが上がった。夫が来てから2〜3回いきんだタイミングで突然現れた先生が会陰切開すると同時に赤ちゃんが生まれた。陣痛が始まってから14時間。病院に来てから12時間。病院に着いてからずっとテニスボールの上に座っていたせいで、お尻の感覚はなくなっていた。

赤ちゃんは臍の緒が3重に巻きついていたし、最後は赤ちゃんの心拍が落ちて酸素ボンベを着けていたけど、生まれた瞬間に大きな大きな泣き声が聞こえたので、安心した。

夫が「ありがとう」と言った。ちょっと目がうるんでいるように見えた。私は泣くよりも、笑いが込み上げてきた。なにこれー!ちっちゃー!かわいー!こんな顔してずっとおなかにいたん?!って感じ。赤ちゃんは泣いていて、私は笑っていて、その瞬間、自分の母親と自分が重なった気がした。子供のころ、私が泣いて母に助けを求めると、母が笑いながら応じてくれた、その懐かしい記憶を、立場が逆転した状態で体験しているように感じた。

痛みも疲れも一瞬でぶっ飛んだ。胸に乗せてもらった赤ちゃんは、とても小さいのにずっしりと重かった。これが命の重みか。初めて会うのに、なんとなく見覚えのある顔。

胎盤を出したり、切れた会陰を縫われている間、別のベッドでお世話されている赤ちゃんのしゃっくりが聞こえた。おなかの中でも、しょっ中しゃっくりしてたなあ。私の処置が終わり、夫が帰ったあと、分娩台で初めての授乳。赤ちゃんはすぐに寝ちゃった。

分娩台でご飯を食べる。食欲はないけど、回復のために頑張って食べる。分娩台を降りて、車椅子で入院する部屋に運んでもらう。ベッドの上に横になり、1時間半ほど赤ちゃんと二人きりで過ごさせてもらった。小さな帽子をかぶせられ、バスタオルに包まれて、スヤスヤ寝ている赤ちゃん。まだしわしわの小さなお手てひとつひとつに、ちゃんと透明の爪が生えている。

みんなに心待ちにされて、喜ばれて生まれてきた。夫が立ち会えてよかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?