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抜毛を隠し通したい気持ち

しーちゃんのご主人さまこと、調 和緒(しらべ かずお)です。

小三の時から抜毛症で現在40代の女性です。
足掛け35年ずっと悩みの種で、解決方法には辿り着けず現在に至っています。

そんな私ですが、今年に入ってから本格的なケアや学び直しを始めており、このブログもその一環で始めました。

今日は自分の体験を記してみます。

このような症状について初見の方は、正直びっくりしてしまう内容かもしれません。

この記事は、同じく抜毛症の方、あるいは何かしらの精神症の悩みを抱える方と、正直な思いや悩みを共有して、少しでも心が軽くなったり共感できたら…という思いで書いています。

※ 今回は辛かった経験や気持ちを多く書いていて、重苦しい記事になっちゃいました。そういうのが大丈夫な方だけ読み進めていただければと思います。


抜毛を隠し通したい気持ち


私は小三の頃から30年以上抜毛があるのですが、現在も地毛のまとめ髪でなんとか隠しおおせています。とはいえ年齢的なこともあり、毛量はかなり少なく、油断すると地肌が透けて見えるようになってきました。

ネットで巷の抜毛症の症例をみてみると、全部なくなるまで抜いて、体毛まで全て抜くということも少なくないようです。

私はそこまで行かなかったのですが、抜毛に至るストレスの量が少なかったからそうならなかった…と言うよりは

「抜毛がバレると、もっと恐ろしいことになる…」

という、非常に重苦しいプレッシャーでなんとか隠せる髪の量を死守してきたのだと思います。

・抜いているのがバレると激しい叱責に遭う

残念ながら、私の両親は抜毛症について全く理解をしてくれませんでした。

実は今に至ってもそうなので、このことは私にとって未だ生傷の心の痛みなのですが…

今から30年以上前、昭和後期ですからもちろんネットはなく、図書館にもこのような医療書があることは稀だったでしょう。ましてや、抜毛症というものについてはあまり知られていなかった頃ですし、価値観的にも「甘えは許さん、根性で清く生きろ」というご時世です。

私の両親もそのような価値観を強く持ち合わせた人たちで、「やめたくてもやめられない」という非常に辛い状態の私をただただ叱責し、怒るだけでした。手が出ることも常でした。

もっといえば、最初に私の抜毛に気づいた母は、父にそのことを隠していました。

そんなことを父に知られたら、母が激しく責められてしまうのが目に見えていたからでしょう。そんな夫婦関係はさぞかし辛かったことだろうし、母は母でしんどい状況だったのは十分理解しますが…問題の解決よりも、そういうことを優先されてしまったことが今も悲しいです。
ちなみに、未だに父は私の抜毛症のことをよく知りません。

そんなわけで、抜毛を知る人は小さい私と母だけだったのですが、抜いていることを見咎められるたびに

「どうしてやめないの?」
「そんな悪い子はもう知りません!」
「そのうち人の毛にも手を出すようになるよ!!」

母にガンガン言われて、結構叩かれもして、それでもやめられず…

でも学校では良い子で、家でもしっかり者のお姉ちゃんだったんですよね。
そういう自分のギャップが本当に苦しくて、辛い毎日でした。

・理解のない人の反応がとにかく怖くて痛い

実の親でさえこんな有様です。
他の人に知られたら…?
死ぬほど恥ずかしい上に、何を言われるか想像だに恐ろしかったので、学校でも担任の先生やクラスメイトに打ち明けたことはありませんでした。

大体、こんなよくわからない問題を話されても友達は戸惑うだろうし、大人に話したら親に伝わって更に責められるだろうと思いました。
狭い子供の世界でしたから、このことについて知識がありそうな大人がいるかどうかもわからなかった。

とにかく隠し通さなければ!!

だから、お風呂がある修学旅行とかプールとかが本当に憂鬱でした。

大人になってから、交際相手とか友人、あとは元夫など近しい人に打ち明けたことがあります。

信頼できる人、知っておいてもらった方が良いと思った人に話したのですが、反応はそれぞれでした。

一番傷ついたのは二十代前半、親しくしていた年長者に「どうしたらいいかわからないんだ」と打ち明けた時。その場では普通に励まされましたが、後日、共通の友人たちに「あの子ちょっとキチガイだよ」と言いふらされていたことでした。2000年ごろの話で、ポジティブ神話が世を席巻しようとする中「自己管理のできないダメなやつ」的な話の種にされていて、打ち明けたことを心底後悔しました。

一番ありがたかったのは、30代になって再会した大学の友人に打ち明けた時。
彼女は「そんな苦労を抱えながら、すごく前向きに生きてきてたんだね!この話を聞いてあなたのことがますます好きになったよ」と言ってくれ、ずいぶん気持ちが軽くなったことです。
身内からはボロカスにしか言われない私としては、彼女は友人として、私のいいところとかも公平にみてくれていたんだなと本当にありがたかった。

このほかにも本当に人それぞれの対応で、こればかりはどうする事もできません。聞いたことのない話だったり、単純に苦労話には怪訝な態度を取ってもおかしくないですから。

ですが、最初がもう少し理解しようと努めてくれる親だったら、その後誰かに話す時のあれこれも多少は違っただろうな…などとやるせない思いが今も去来します。



…と、ここまで書いてみたのですが、なんだか辛くなってきました。
気づいたら抜毛もしてました…!
なので、この辺でやめにしておきます。

このブログを始めてみて、自分を見つめ直したり、思いを書き出してみることがすごく良い感じだったので、しんどい部分も書いてみようとトライしたのですが…

ちょっと頑張りすぎましたかね。
前向きな締め括りもうまくできそうにありません。
なるべく穏やかにがモットーのブログですのに!

この辺りのことは、もう少し診療やカウンセリングが進んでから記事化した方がいいのかもしれませんね。おそらく私のうつ的な傾向にも大きく関係していることだと思いますし。

焦らず、少しずつ自分の内側と向かい合って行こうと思います。

ではでは、また!

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