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僕は小説家 鉛筆片手に

昨日、どなたかのnoteで「私は作家だ」という記事を読んだ気がする。「作家かどうかなんかはどうでもいい」みたいな話だったかもしれない。要は、大切なのは肩書じゃなくて、自分の作品や記事を読んでもらうことが大事なんだみたいな話、だったかもしれない……。

私は「文学」「文学」とばかり言って、自分の書いたすべてのコンテンツに「文学」とハッシュタグを付けて、煩い、気持ち悪いと思う人がいるかもしれない(見ている人がそんなにいないかもしれない……)。
おもしろければエッセイでも、大衆小説でも、何でもいい、ジャンルに囚われるのは良くないと怪訝な顔をする人もいるだろう。そんなに「文学」であることが重要か?

長い間、自分は書かなくてもいいと思っていた。突き詰めて行くと、芸術は何もしなくてよくなる。大切なのは自分の中にあればよくて、わざわざかたちにする重要性を感じなくなっていた。
ある芸術家が「たしかにその通りだ」と言った。
そして「そこで踏みとどまって表現を目指すのが芸術家だ」と言うので、なるほどそうかと思った。

枠組みにハマるのは好きじゃない。仏陀が壁を飛び越えるように、自分をの枠を飛び越えて行け。「文学」かどうかなんて、どうでもいいじゃあないか。取るに足らない話じゃあないか。だから、ここで、気持ちを新たに、改めて言ってみたい。

「ぶ、ぶんがく…」

多分、むかしむかし、この言葉に魔法を感じてしまったのだ。もうずっとずっとそのことを考えている。
だから今日もぽわわんと生きている。

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