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メルセデス・ベンツの色といえば「シルバー」な理由

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


メルセデス・ベンツといえば「シルバー」なの?

そもそも「メルセデス・ベンツといえば、シルバー」なんて聞いたことないという方も(のほうが?)多いかもしれません。乗っているのに「聞いたことない」って方もいらっしゃることでしょう。それでも、メルセデス・ベンツにとって、シルバーという色は特別な色なんです。

これのどこが「デザイン」の話なのか?

Mercedes-Benz “EQ Silver Arrow”
source: Mercedes-benz.com

短い遠回りを1つします。ひとつは、メルセデス・ベンツといえばシルバーな理由のなにが「デザイン」の話なのか? それは、ブランドカラーというものがどのように決められるのか、という構造に及ぶからです。ブランドは往々にして「ストーリー」を重要な道具として利用します。人間はストーリーが好きだからです。ストーリーがあると惹かれ、納得します。本当は、「ストーリー」より「ナラティブ」が近いです。ナラティブとは、内容を意味する「ストーリー」とその話し方である「ディスコース(discourse)」をあわせたもの。ナラティブによって、ブランドは人格を持ちます。アップルのブランドの話になるとスティーブ・ジョブズ氏の話がよく登場します。ナラティブがあることで、ブランドというものを哲学として身につけたり、購入したり、好いたり嫌ったりできるようになります。

メルセデス・ベンツが持つ「シルバー」の逸話は、ばっちりメルセデス・ベンツのブランドを形作るのに役立っています。ということで、これはデザインの話です。

メルセデス・ベンツの「シルバーアロー」

W25
source: Mercedes-Benz.com

メルセデス・ベンツはシルバーのボティカラーの人気が高いのですが、その理由は、「シルバー・アロー」という逸話です。1934年6月3日、メルセデス・ベンツは、W 25というマシンでニュルブルクリンク(Nürburgring)で開催されたアイフェルレースに初参戦し、優勝しました。ドライバーのマンフレッド・フォン・ブラウヒッチ(Manfred von Brauchitsch)は、新記録を樹立し、メルセデス・ベンツの存在感を強く世界に見せつけました。このW 25というマシンとその後継車は、その比類なきスピードと性能と、そして“磨き上げられたアルミニウムが露出した外見”から「シルバーアロー(銀の矢)」と呼ばれるようになりました。他車に比べて、このシルバー、というよりはむき出しのアルミニウムが見た目は非常に珍しく、目立ちました。なぜ、このような出で立ちになったのでしょうか。これが「逸話」です。

1933年、メルセデス・ベンツは、1934年から適用される750kgのレースフォーミュラに従って独自のレーシングカー(W 25)を設計し、ヨーロッパのレースに出場する計画を立てました。メルセデス・ベンツのエンジニアたちは、優勝するためにこのレーシングカーのコンセプトを徹底的に練り上げました。スリムなボディ、フロントマウントの機械式スーパーチャージャー付き直列8気筒エンジン、個別のホイールサスペンション、リアアクスルに直接取り付けられたトランスミッションなど。その結果は上々で、出力260kW(354ps)のこの車は、最初のシーズンで約300km/hの最高速度に達しました。

W 25は、レースに挑み、前日までにドイツの伝統的なレーシングホワイトに塗られていました。しかしレース前日にマシンの重量を計測するとなんと751kgと規定を1キログラム、オーバーしていました。これでは、出場できず、エンジニアたちの努力が水泡に帰すことになります。絶望に見舞われたチームのなかで、ドライバーのフォン・ブラウヒッチュがこう漏らしました。

「これではみんなが顔に泥を塗られてしまいますよ」

それを聞いたチームの監督、アルフレート・ノイバウアは「塗る」という言葉にひらめき、メカニックたちに塗装を剥がすことを指示します。作業は一晩中徹して行われました。翌朝、塗装を落としたW 25を再び計測するとなんと750kgぴったりになっていました。間一髪で出場権を得たW 25は、コースレコードを出して優勝。このレース以降もメルセデス・ベンツは快進撃を続けます。そして、この塗装を落としてアルミニウムむき出しの姿なったマシンを「シルバーアロー」と呼ぶようになりました。

モータースポーツにおいけるドイツのナショナルカラーもシルバーになる

このW 25の活躍まで、白色だったモータースポーツにおけるドイツのナショナルカラーもシルバーになります。同じドイツのアウトウニオン(Auto Union)(アウディの前身)のマシンもシルバーで、こちらは「シルバーフィッシュ」と呼ばれました。

2018年に発表されたVision EQ Silver Arrow

Vision EQ Silver Arrow
source: Mercedes-Benz
Vision EQ Silver Arrow
source: Mercedes-Benz

カリフォルニア州ペブルビーチで、メルセデス・ベンツは2018年8月18日から26日まで開催されている「モントレー・カー・ウィーク」において、ショーカー「Vision EQ Silver Arrow」を公開しました。このイベントには、世界中からクルマ好きやコレクターが集まります。このワン・シーターカーは、もちろん件のW 25やその後継車へのオマージュです。

史上最高額の182億円で落札された300 SLR クーペ

2022年5月、2台のみ作られたメルセデス・ベンツの300 SLR クーペが史上最高額の182億円で落札されました。その姿がこちらです。

1955 Mercedes-Benz 300 SLR Uhlenhaut Coupe
source: CNBC

300 SLRもまたシルバーです。ちなみに同じガルウィングの300 SLが映画『死刑台のエレベーター』に出てきて、この姿がめちゃくちゃかっこいいんです。

映画『死刑台のエレベーター』より

この映画の音楽は、マイルス・デイヴィス。


まとめ

ブランドを形成するにあたり、ロゴや色、シンボルマークなどに意味やコンセプトを込めることはとても重要です。しかしそこの重みが形成されるのは、そのブランドの「長生き」が必要になってきます。なぜなら、歴史の中で発生する逸話がブランドを形成していくためです。だから何よりも企業やブランドが発展することが必要条件だったりします。おしゃれでそれっぽいブランディングはまだスカスカです。これが今回の話の要諦です。長生きして繁栄していくとき、生まれる逸話をブランドに組み込んでいくことはとても重要ですが、この順番も重要です。ブランディングが必要ではない企業もあったりしますけれど。


参照



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