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初夏の空に浮かぶ

穏やかな一日だった。昨日や今朝がたは急な雪にうんざりとしたが、日中は晴れ、なんなら日差しが強くサンバイザーを駆使しても眩しいくらいだ。そして「よしっ!」と天を向いて僕は吠える。夏だよね?ここは夏だよね!と。

鹿田です、よろしくね。

浮く心の放出しどころを見つけては改造を施しニシシと笑みを見せてはまた次へ又次へと心の開放を続けた。あ、具体的にいうと社用PCの壁紙を変えたり、デザインを夏っぽい色に変更したり、またグーグルアカウントの写真をスイカに変えてはふふんと謎の満足を果たし、大きなあくびを一つした。

温かさとは余裕を施す。

凍えて縮まっては常に緊張とブルーな心の支配する冬、それに対をなす夏はそのすべてを開放してくれるのである。ひゃっほい!

道を走れば朝方振った雪が解けながら煌めきそのさまを見て(諸行無常だ冬君!諸行無常!はは、勝った!ざまーみろ)とべろべろばーをし、それはそれは大笑いし、風が吹けば含むぬるさに溜息を吐いてはふわふわと空想より及び空を舞い、くしゃみをしては落下して、そのまま地中地中へと沈んでゆく。生ぬるく心地の良い泥だ。どろどろと沈んでいけば眠たく欠伸をするがふと、ここはもう夏なのだと気づいて「春眠などせんぞ!」と高々と空を見上げて叫ぶ。すると頭上の土が円柱の形にスポンッ!と飛びぬけ散り散りとなり、でん、と威風堂々立ち上がった鹿田は体をダイノジに構えて、首を空と平行にぐいとあげ、見上げた。ちょうどくりぬいた円の真ん中に真夏の太陽が見える。ああ、再び僕はここに生きるのだ。間宮中尉がそこで魂を離脱させてしまったのならば、僕には毎年夏になるたび魂を倍加させ、夏が来るたびより暑苦しくなっていく素敵なシステムが作動している。ゆけ!ゆけ!

と、意識を戻して僕は再び本当はちゃんと梯子のついている井戸底より安全に這い上がり、余裕綽々と服についた汚れを払っては、右手に都合よく現れたビールを掲げてにやりと再び不敵に笑い、プルタブを、開けた。

カプス、乾杯。もう夏だね、みんな。
汗をかいてはその水分を取り戻すように必死になって僕はビールにかぶりつく。ガブガブと飲み、そのうちガリガリとアルミの缶まで食べ尽くしてしまうのだ。周りの人々は青ざめてやはり鹿田はいっちまってると慌てふためき腰砕き尻を地面につけたまま、鹿田を見据えたまま後ずさる。「ふはははは、みなどもどうした、ぐおー」と調子に乗った鹿田は獣のように無闇に威嚇し吠えるふりをするとばったばった、ドミノのように付近の人から泡を吹いて倒れていく。絶景なり。その向こうに広大な草原と、そして濃く青い空、そしてこの世のものの中で一番美しいと公言できる、入道雲、が僕の視野いっぱいにあったんだな。少し泣いちまったよ、グビッ。あー…なんて素敵な空なんだ、目をつむると松岡直也夏の旅のアルバムのイントロがなりだした。もう、手を伸ばせば届く、すぐ先にあるんだな夏。そう何度も心のなかで確信するたび自動的に僕の両目からは塩気を帯びた水が溢れてくるから、そのうち塩湖となり海になるかもしれない。

夏の旅。昔は休みと慣れば車のエンジンを吹かしてあっちこっちに行ったけれど、最近は仕事の合間のしばしの休息に体を丸めては貪るように眠る怠惰な、惰性的な休日を過ごしている。これではいけない、新しい何かを見つけなくちゃと心は焦るが、いざ休みとなると体は平たい布団にこれほど深みがあったのかと感心するほど沈みに沈み、昼を過ぎれば偏頭痛を感じ、より深く眠る悪循環が定着してしまっている。もう少し、もう少し暖かくなったら海を見にでかけようとは思っているから、あとは此処で有言したことをnote仲間のみんなに承認になってもらい、自分自身に言うこと聞かせてやらなくちゃならない。もう少し、もう少し暖かくなったらきっと心が勝手に疼き、なにかしたくなるさ、そう願ってる。その時は、なくしてしまった『夏の旅』のCDは二度と見つからないけれど、Amazonミュージックで、スマホをBluetoothで車につないで、少し大きめに流して、すべての窓を全開にして、あの眩しくて泣けるほどの緑に囲まれて。移ろう光と影、緑の濃淡、朝の木漏れ日。海までいこう。

行けるさ。

5月の海が好きだ。平日の。近くのコンビニでサイダーを買って、海岸近くの駐車場に車をとめて、靴下を脱いで、サンダルに履き替えて、防波堤の真ん中の階段を登ってゆく。その時はまだ、青い青い空しか見えない。けれどまぶたを閉じれば潮の香りが濃く纏わる、ぬるく、少し強い風が、体を包んで抜けてゆく。その時僕は、僕の後ろへまるで飴細工のように永遠に風に刻まれた輪郭が延長し、トンネルみたいになることを考えて笑って目を開けてしまう。再び歩き出す、防波堤の天辺にたどり着く。

かもめが鳴いている。見上げると眩しい。どこまでも水平線が続き、強い日差しに世界は真っ白に輝いている。深く深く深呼吸すれば、今度は体の中が空洞になって、僕の型になった空気が、空へと、ゆっくり、ゆっくり、浮かんでゆく。




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