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何故日本は稲作を始めたのか①──世界の農耕開始事情

すぐ次の記事を書くつもりだったんですが、Steamで発売された「大荒先民」というゲームにハマって一週間くらい経ってました。
これ、かなり面白い原始時代ゲームです。箱庭コロニーゲームなんですが、農耕を始めるまでもそう簡単にいかなくて、遠征して未知の植物を集めて毒見し、知識を増やさねばいけません。そうしてようやくアワを栽培できるようになっても最初は収量が悪く、そこから栽培に向く種を見つけて収量を増やし、同時に農耕技術を発展させて「動物に鋤を曳かせたら楽では?」と村人が気づいて作業量が減って…等、かなりリアルな作りになってます。アワっていうのもまたいいですよね。名前から想像つくかもしれませんが中国のゲーム会社が作った作品なので、日本人からしても植物やら動物やら物品たら、なじみ深いものが多くて楽しいです。今後コメも出てくるのかな?そしたら水田、灌漑も…など夢が広がってます。

そんなゲームがひと段落して気づいたらまた弥生時代についての良い本が発売されてまして!いやー、読んで衝撃を受けました。多分この本、今後弥生時代を語る上での前提扱いになっていくと思います。弥生時代早期、私が前記事で書いたあたりの時代についての最新研究結果をわかりやすくまとめています。稲作が始まったあたりの諸説紛々としていた姿をはっきりスッキリ一本に腹落ちさせる本です。まさに、いろいろな説に終止符を打つことになりそうなゲームチェンジャーな一冊。藤尾慎一郎氏の「弥生人はどこから来たのか―最新科学が解明する先史日本-歴史文化ライブラリー(2024/03/01発行))」。藤尾慎一郎氏は前の記事で紹介した「弥生時代の歴史(講談社現代新書 2015/01発行)」を著した国立歴史民俗博物館・総合研究大学院の教授ですね。この本が今回書こうとしていた内容にまさにぴったりだったんですよ。

書こうとしていたテーマはこれです。なんで日本は(わざわざ)稲作を開始したんだろう?ということ。

世界的な農耕開始の理由として、教科書的な説明はこんな感じでしょうか。
「狩猟採集生活では、人々は食料供給が不安定で貧しく、飢えと隣り合わせの生活をしなければならなかった。食料を求めて常に移動する生活になるから子供を増やすこともできず、人口が増えずに原始的な生活のままになる。それに引き換え農耕で得られる作物は栄養豊富で収量も多く、保存可能であるから飢えにおびえる生活から解放された。そして食料に余剰ができたことで非生産民を養う余裕ができたこと、また灌漑設備を造るなど大規模な工事を行う上で強い権力を持った長が生まれ、初期国家が形成されることになった。そこでは幼児を連れて移動しなくて良いので毎年子供を産み育てることも可能で、人口が増えどんどん発展していく。農耕民がそんな夢のような生活を手に入れるのを見た狩猟採集民はもちろんすぐに真似をし、それまでの生活を捨てたのである」

なんとも明快でキレイなわかりやすいストーリーですよね。なるほど確かに、と初めて歴史を学んだ学生などは納得してしまいます。
ですが、大人になってからよく考えるとおかしいんですよね。狩猟採集生活の時だって、食物保存方法はあったのでは?と。干し肉干し魚、塩漬け、どんぐり等の木の実に豆だって保存できるしその他もろもろ。狩猟だって大人数でするからリーダーくらいいたのでは?そして本当にそんな、食料調達事情は不安定だったのか?「この時期はあの川に鮭が昇ってきて、あの森にはキノコがたくさん生えて~」くらい長年住んでいて知らないはずもなく。そして現実に農耕が夢みたいな生活なら、かなり歴史のあとの方まで、なんなら現在にも世界に狩猟採集生活を続けている民族がいるのはなんでなの?とか思いませんか?

そもそも上記の問いを考えたのは、私がもともと世界史好きだからなんですよ。日本史クラスタの中ではわかりませんが、世界史クラスタの中でこの数年「少なくとも開始したての農耕社会はけしてユートピアではない」というのが常識みたいになっています。「銃・病原菌・鉄」とか「サピエンス全史」とか「反穀物の人類史」なんて世界的ベストセラーを大体読んでいて、それこそ農耕開始あたりを語る上で前提扱いなんですよね。読んでないのに何を語っても説得力がなく、それはまるで「コロニーゲームを語るのにRimworldに触れないのかお前!?」のようなものなのです(また一部にしか伝わらない比喩表現)

それで、その前提本からだんだん知れ渡ってきた知識があります。「どうも農耕を始めてからの方が、狩猟採集時代より人々の労働時間も栄養状態も平均寿命も悪化しているらしい」とか。「だから、初期の農耕はかなり頻繁に放棄されて、人々は畑を捨て狩猟採集生活に戻っていたらしい」とか。ていうか冷静に考えて、農耕って狩猟採集より普通に大変じゃないですか。土を耕し、種を植えて、水やって、肥料もやって、延々とキッツイ体勢で雑草を取って、虫取りして、動物や鳥から守って、そして最初期はそれ全部、石器や木の道具を使った人力。いや農耕生活、ユートピアじゃなくないか?とみんな気が付きはじめました。「銃・病原菌・鉄」の一文、"農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ"はかなりインパクトを持って知れ渡った感があります。

元々のキレイなストーリーを打ち砕くような発見が、現在までに色々と出てきてます。
・定住は動植物の家畜化・作物化よりずっと早かった。農耕村落らしきものが登場する少なくとも4000年前には存在していたことが分かっている(反穀物の人類史)
・定住と耕作がそのまま国家形成につながったと考えられていたが、国家が姿を現したのは固定された畑での農耕が登場してからすいぶんあとのことだった(反穀物の人類史)
・ギョベクリ・テペのように、何千もの住人が従事して大規模な文化的建造物(神殿?)をつくる活動は農耕以前の狩猟採集民からやっていた(サピエンス全史)
・農業は人間の健康、栄養、余暇における大きな前進だという思い込みがあったが、初めはそのほぼ正反対が現実だった(反穀物の人類史)
・国家と初期文明はたいてい魅力的な磁石としてみられ、その贅沢、文化、機会によって人々を引き付けたと考えられてきた。実際には、初期の国家はさまざまな形態での束縛によって人口を捕獲し、縛り付けておかなくてはならず、しかも群衆による伝染病に悩まされていた(反穀物の人類史)
・疫学的にみて農耕社会(新石器時代)への移行期である5000年間は、おそらく人類史上で最も致死率の高い時期だった(反穀物の人類史)

じゃあなんで人類は農耕を続けたの?という決定的な回答は出ていません。「集団でこめかみにピストルをつきつけられたのでない限り、とても正気の沙汰とは思えない」とまで筆者は言ってます。かつては大型肉食獣がいなくなったり寒冷化で植物が減ったからという理由も挙げられていましたが、初期の農耕開始された場所ではむしろその時期植物は多かったとのことで決定的な“ピストル”とはみなしていません。
もちろん、なぜメリットもないのに農耕を続けるのかわからないというのは一般庶民の話で、支配層的には農耕を続けてもらわないと困ります。農耕で栽培した穀物は税としてとれるからです。

一般庶民は農耕を続けたくない→支配層は続けさせたい→仕方ないから街壁や法律で住民の逃亡防止、戦争捕虜やよその土地の人間を捕まえてきて農耕をさせる→反乱されるor人口が増えて疫病がはやり滅亡

こんな感じで、初期国家は滅亡して当たり前状態だったみたいです。ひとつの国家は滅亡しても別の国家で農耕は続いていて品種改良されていき、増えた人口の中には新しい農業の技術を発明する者も現れ、何回か疫病にかかるうちに自然免疫ができ、住人の一部が滅亡した国家の跡地で新国家を打ち立て、改良された種籾と農業技術と免疫を手にしたちょっと有利な状態でニューゲーム…
ということが何千年も続いてきたんだと思います。局所局所で農業は放棄されても、すべての場所で放棄されない限り改良が続けられそのうち明確に狩猟採集より食料獲得の面で有利になる。いつその損益分岐点のようなポイントを超えたのかはわかりませんが、人口で見るとその結果は明らかです。紀元前一万年の世界人口は推定約400万人。それから新石器時代に入り農耕が始まって5000年、紀元前5000年時点の人口は推定約500万人。初期の農耕生活で人口はほとんど増えていません。ですがその後の5000年で、世界人口は一億人越え。その頃でもたぶん一般庶民のレベルでは農耕より狩猟採集生活の方が楽だっただろうというのは変わらない気がしますが、支配層が「農耕社会以外は野蛮人!」というイメージ戦略を続けていたおかげで人々はせっせと畑を耕し続けるのです。騎馬民族あたりに「なんであくせく働いて税を取られて病気にもなるのにあんな狭苦しいところに住み続けるんだ?」と思われながら。

あれ?じゃあ一番最初のキレイなストーリーはもしかして?というとそうですね、農耕を素晴らしいと思ってもらわないと困る支配者層が作ったお話なのですね。東西のあらゆる宗教の神話からユリウス・カエサル、リヴァイアサンのトマス・ホッブズ、社会主義のエンゲルス、そして現代の歴史の授業まで延々と「遊牧や狩猟採集の生活は文化的に劣っている」というお話を続けていくわけです。どこの人までが意識的でどこから内面化されてしまったのかはわかりませんが。

弥生時代の話をするつもりだったのですが、今回は前提の世界の農耕開始についての話で終わりました。次回は「じゃあ日本の農耕開始はどうだったの?」ということを書きたいと思います。


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