最初のイノベーションによる不健康問題

狩猟時代から農耕時代への変遷をざっくばらんに述べるとすれば、
たった5000年の間に生じたと言われています。

人類史上初のイノベーションと語られている出来事です。*1

生物の進化には少なくとも一万年が必要だと言われていますから、
人類の変わり身がいかに早かったのか？を、
物語っていると言えるかも知れません。*2

この変化の中に、狩猟民族は農耕民族に溶け込むか、
もしくはそのことに反対した民族は、
農耕に適さない土地にまで追いやられるという、二者選択を迫られました。

ところで狩猟時代は旬のものを少量、たくさんの種類から食すことにより、栄養価の高い食べ物を食べていたと言われています。*3

農耕時代に入るとその名の示す通り、
炭水化物中心の食生活へと取って変わりました。

このカロリーベースの主食と数種類の食物栽培、
家畜化、そして保存食の利用は、定住化して共同で
食べる生き方を後押したようです。*4,5

しかしながらこのような栄養価の低い食事によって、免疫力が低下することになるとは、誰も気がついてはいなかったようです。*6,7

しかも家畜由来の感染症が人間に伝播し、密に居住するほどに、
感染の拡大を作りやすくさせました。*8

これらの問題が未だ解決のできない問題として、
現在に至っていることはご存知の通りです。

つい数十年前までの私たちの祖先にとって、飢餓による栄養失調、
栄養失調による免疫力の低下により、
感染症の餌食になることは仕方のないことだと思われていました。*9

実のところ農耕時代以降から、新たなる問題が出現していたのです。*10

炭水化物中心の栄養価の低い食生活によって、
口腔常在菌の一部に突然変異を生じ、
そのことによって虫歯菌が発生しました。*11

化石学者は、狩猟時代までの化石には虫歯が発見されていないこと。
農耕時代以降、その数が明らかに増大していることを指摘しています。*12

このことにさらなる悪の相乗効果を加えた現象が、不正咬合です。
農耕時代に入り、さらなる食の軟化によりあごが小さくなったことが、
原因のようです。*13,14

この知られざる口腔常在菌の突然変異と不正咬合が、
体の免疫力の低下につながるとは、つい最近の生活習慣病の専門医が指摘するまで、まったく気づかれることはありませんでした。

あごに発生した虫歯や歯周病による炎症やその病原菌が、
循環器系を通して全身に飛び火することによって、
他の臓器に不健康問題を引き起こし、しかも体の免疫力の低下に繋がっているという報告が次々と発表されました。*15

農耕時代から生じたお口の問題は、飢餓による栄養失調とコラボして、
免疫力の低下を増大させる一大要因となっているのです。

*1 M. Ridley. How Innovation Works: And Why It Flourishes In Freedom. Harper.(2020)

*2 J. P. Bocquet-Apple. When the world’s population took off: The springboard of the Neolithic demographic transition. Science. (2011)333:560-61.

*3 R. Lee. The! Kung San: Men, Women and Work in a Foraging Society. Cambridge University Press.(1979); K. Hill,,et al. Seasonal variance in the diet of Ache huneter-gatherers in eastern Paraguay. Human Ecology. (1984). 12:101-135; R. C. Bailey.and N. R. Peacock(1988). Efe Pygmies of northeast Zaire:Subsistence strategies in the Ituri Forest. in Coping with Uncertainty in Food Supply, ed.I.de Garine and G. A. Harrison. Oxford University Press. (2010).88-117; F. Marlowe. The Hadza Hunter-Gatherers of Tanzania. Berkeley:University of California Press. (2010)

*4 V. Gordon Childe, New Light on the Most Ancient East: The Oriental Prelude to European Prehistory. K. Paul, T. Trubner & Company, Limited, (1934)

*5 S. A. Gregg. Foragers and Farmers: Population Interaction and Agricultural Expansion in Prehistoric Europe. The University of Chicago Press. (1988).

*6 K. Milton. Nutritional characteristic of wild primate foods: do the diets of our closest living relatives have lessons for us? Nutrition (1999)15:488-98; S. B. Eaton. S. B. 3rd, and M. J. Konner. Paleolithic nutrition revisited: a twelve-year retrospective on its nature and implications. European Journal of Clinical Nutrition. (1997)51:207-16.

*7 A. Froment. Evolutionary biology and health of hunter-gatherer populations. In: C. Panter-Brick(ed), R. H. Layton(ed), Rowley-Conwy P. (ed) Hunter-Gatherers: an interdisciplinary perspective. Cambridge: Cambridge University Press,(2001). 239-66.

*8 J. M. Diamond. Guns, Germs and Steel. Vintage Digital. (1999)「銃・病原菌・鉄　一万三千年にわたる人類史の謎」（上下）　ジャレド・ダイアモンド著　倉骨彰訳、草思社、（2000）

*9 E. Barners. Diseases and Human Evolution. Albuquerque: University of New Mexico Press.(2005)

*10 T. Vos,,et al..Years lived with disability (YLDs) for 1160 sequelae of 289 diseases and injuries 1990-2010: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2010. Lancet (2012)380(9859),2163-96.

*11 O. E. Cornejo et al., Evolutionary and Population Genomics of the Cavity Causing Bacteria Streptococcus mutans. Molecular Boilogy and Evolution Society. (2013)30(4):881-893.

*12　S. Hillson. The current state of dental decay. In Technique and Application in Dental Anthropology, ed. J. D. Irish and G.C.Nelsons. Cambridge University Press. (2008)

*13 S. W. Hillson. The current state of dental decay, J. D. Irish and G. C. Nelson (ed) Technique and Application in dental Anthropology:111-35. Cambridge: Cambridge University Press. (2008).: D. E. Lieberman, et al.,”Effects of food processing on masticatory stain and craniofacial growth in a retrognathic face”, Journal of Human Evolution,June (2004), 46.655-677.

*14 Noreen von Cramon-Taubadel. Global human mandibular Variation reflects differences in agricultural and hunter-gatherer Subsistence strategies. Anthropoligy. (2011)108(49)19546-19551.

*15 Steven Offenbacher. Periodontal Diseases: Pathogenesis. Annal of Periodontology. Proceeding of the 1996 World Workshop in Periodontic.(1996) https://doi.org/10.1902/annals.1996.1.1.821