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えんそくvol.2稽古場レポート①『東京三人姉妹』

ご縁があって、3/20(水)~24(日)に西荻窪「遊空間がざびぃ」にて上演される演劇『時間なら、あるわ』の稽古場を見学し、レポートを書いてみることとなった。いきなりですが。

2作品が交互に上演される。今回は『東京三人姉妹』の稽古。

タイトルから察する方もいるかもしれない。ひとことで言えば1901年初演のチェーホフの戯曲『三人姉妹』の、現代版・東京版アップデートです。

『東京三人姉妹』

「生きてゆかなければ。」あの三人姉妹が、いまの東京にいたら。
東京のどこか、古い家に住む三姉妹。
仕事をしながら家族を支える長女、恋人との結婚を控えた次女、そして、突然仕事を辞めた三女。
古い家は改築が始まった。少しずつ変わる家、少しずつ変わる生活。
やがて、三姉妹はそれぞれの人生に一つの答えを見出した。

作 峰村美穂 演出 小川結子
出演 ノナカモヱリ 小坂優 土本燈子 宮津侑生 太田旭紀 青柳糸

さてレポートと言ってもなにを書いてよいやら、ただしもちろん書くことがないのではなく、「書くことがありすぎて困る」のほうの意。

自分は文学部で近代小説の研究をやり、いまでも自主制作の文芸誌を作って売っているくらいの「文章の人」であって、リアルタイムな身体性を前提とする演劇の世界を覗き見れば、いちいち新鮮な驚きがあるのであった。今回は主にそういうお話。

17:55。ある公民館のホールへ到着。この日は『東京三人姉妹』2回目の稽古で、対面の稽古としては初回になるらしい。

はじめに揃っていたのは、演出の小川結子さん、出演者のノナカモヱリさん・土本燈子さん・宮津侑生さんの4名(ややあって青柳糸さんも合流)。過去にこちらが客として芝居を観たことのある俳優のかたも普通におられたので、やや恐縮しながら、会議のような形式に整えられたテーブルの末席に加わる。

まだ半分は雑談だった。劇中で履くのはスリッパか靴下か。衣装は途中で変えるかどうか。人の家に泊まるハードルは高いか低いか……最後のは、どんな流れでこの話になったのか忘れた。

この日印象的だったのは、演劇の話と雑談とがわりかしシームレスに交差している場面が何度かあったこと。

理由はいくつもあると思う。リアリズムの色が濃い物語だから、自分らの生活感覚が、そのまま演じる材料にもなる。俳優どうしの世代が近いから、雑談もはずむ。稽古が始まったばかりだから、設定や物語全体の解釈を各々の実感で捉える必要がある。

いずれにせよ、演劇というのは本当にコミュニケーションの賜物であって、徹底して「関係性の芸術」なんだなあと、自分はこの日何度も思うのだった。

(というかもっと端的に言うと、小説や批評みたいな文章の世界とは真逆でびびった。)

18:05。脚本の冒頭にまつわる話が始まる。

『東京三人姉妹』は、東京に住む三人姉妹の話である。と書くとそのまんまだけど、まあその通りなのだ。

リアリストの長女アリサは働きながら家族を支える。次女マーサは恋人との結婚を控えて胸躍らせる。三女エリナは唐突に「仕事を辞めた」と姉妹に告げる。

チェーホフ流の静けさの中にも、古い家のリフォーム、父の入院、作家の来訪と、少しずつ新たな歯車は動いている。これはつまりは、彼女ら3人の、人生の話。

マーサ、窓を開ける。

マーサ:私は、昔はお父さんのこと、あんまり好きじゃなかったんだけどね。

『東京三人姉妹』第一場

第一場には、次女マーサが長女アリサとの会話のなかで、不意に窓を開ける場面がある。

また第二場は、三女エリナがなぜか昔の自分の日記を朗読している奇妙な場面から幕を開ける。そして近ごろ家に出入りしている作家が、その朗読を聴いている。

エリナ:八月十二日、晴れ。今日は、家でお母さんとお料理をしました。トマトときゅうりを洗いました。水が冷たくて気持ちが良かったです。…八月十三日、晴れ。今日は家で本を読んでいました。「エルマーの冒険」です。トラの絵が可愛かったです。

作家:ああ、エルマーの冒険。いいよね、あの本は。小さい頃に僕も読んだ。

『東京三人姉妹』第二場

稽古場では、第一場の「窓を開けること」、第二場「日記を読み上げていること」はそれぞれ、一体なにを意味しているのか? なぜそのシチュエーションになっているのか? という意見交換が行われていた。

窓を開けるのは、気分を変えるため? 空気を変えるため? 面と向かっては相手に言いにくいようなことを、外を見ながら言いやすくするため?

なぜ日記を読んでいるのか? 単にヒマなのか? 人が日記を読み返すのはどういうときか? そもそもなぜ・どんなときに日記を書くのか? 記憶からなくなるものを、文字にして残しておくため? しんどいときにそれを吐き出すため?

なるほど、上演のためのテキスト解釈というのは、たとえば小説の読解とはまるで違うんだ、と思った。

小説の読解なら、物語全体のなかで「窓を開ける」ことがどんな象徴性を持っているのか? どんな反復性をもって機能しているのか? というところで読みを終わらせてしまうこともままある。

けれども俳優は実際にそのキャラを演じるのだから、「このときのマーサが何を思っていたのか?」と、キャラクターの心理の次元にまでしっかり入り込んで考えないといけない。

それに、地の文による視点のコントロールがないぶん、余白は自分たちの想像力と読解でぜひとも埋める必要がある。そこが面白さでもあるんだろう。

18:20。いくつかのウォームアップの案が出たあとで、「ペアAI」なるゲームが始まる。

役者が2人1組になり、「2人でひとつの人格を持ったAI」という設定で、声を揃えて、外から来る質問に答える。2人が違うことを言ってはいけない。

つまり発声の立ち上がりの感触や、想定される「一般的な回答」への想像力をもって、お互いが何を言うのかを「なんとなく」察知するゲーム。

あらかじめ制限された自由のなかで、相手と呼吸を合わせる。じつに演劇的なゲームだ!と思った。

「自由」な前衛性を特徴とする作品は別としても、芝居における俳優の個性は基本的に「台本から逸脱しない限りにおいて」発揮される。完全なる自由ではなく、枠組のなかでの自由。だからこそ「演劇と自由」については歴史上たびたび議論がなされてきた(最近の評論では2022年の渡辺健一郎『自由が上演される』など)。

「完全な自由」なるものは幻想である。ならば人は「自由」とどう折り合いをつけて生きるのか?

大げさに聞こえるかもしれないけれど(実際大げさに書いたわけだけど)、それはまさしく『東京三人姉妹』のテーマにも関わってくる問題なわけで、ウォームアップひとつ見ても、この作品をいま「演劇として」世に問う意味合いをなんとなく(勝手にね)感じ取ったのだった。

19:05。ここから椅子稽古が始まる。

椅子稽古では8個ほどのパイプ椅子が円形に並べられ、俳優はセリフや展開に合わせて、座る椅子を変えながら進行する。誰のほうを向いて話すのか? 向くにしても、体ごと真正面なのか? あるいは顔だけを向けるのか?

で、一場面が終わるごと、演出の小川結子さんから「なぜあそこであのように動いたのか」と問いが投げかけられる。それをきっかけにみんなで話し合い、また戯曲への解釈が深まる。この繰り返しである。

ある回の後で、日記を読む三女エリナ役の土本燈子さんが「いまの回は動けなかった、つまらなかった」と言っていたのが印象的だった。それで、その次の回でスタートの初期配置などを変えたりしたところ、芝居はまた違うものになったように見えた。

これまた当たり前かもしれないけれど、「位置関係」という身体的な要素が演劇においていかに重要なのかを垣間見た。

20:15。マーサ役の小坂優さんが合流したので、例の窓を開けるシーンがある第一場ができるようになる。

『東京三人姉妹』の開幕の場面。長女アリサと次女マーサがふたりで会話をしているところに三女エリナが合流し、エリナの「私ね…仕事辞めるわ」で一区切りがつく。

マーサはきたる結婚生活に浮かれ、アリサは家族の思い出を語り、エリナはなにか言いたげなふるまいをする。

家族それぞれのライフステージが少しずつ変わる足音が、第一場のやり取りのうちに濃縮されて提示される。

人生の分岐点がいつなのかは人によりけり……とはいえ、20代後半というのはやはりなにかしら考えてしまう時期で、実際「えんそく」主宰の小川結子さんが今回『東京三人姉妹』を選んだのも、「自分がこのくらいの年齢になった時にやりたかったから」とのことだった。

稽古場でも、役者それぞれのキャリアのことが時折話されていた。転職をしようか、この先どうしようか。いまnoteを書いている、他でもない自分にしてもまさに色々考えている。

19世紀ロシアのチェーホフを換骨奪胎した『東京三人姉妹』が描く問題はこの演劇に関わる現代人たち自身の問題でもあり、だからこそみんなの実存が、作品自体にまた深く共鳴していくはずなのだ。

だから同世代としても、楽しみですね。普通に。

書き終えてみて思った。文章硬くないか?? 外に発信するレポートという体裁だから、緊張してるんでしょうか。いままで何回文章書いてきたんだ。

まあ『東京三人姉妹』は一切硬くない作品なので、ふらっと行けばいいんじゃないでしょうか!

なお稽古場レポートはまだあと2回あるという噂。そちらも、もしよければお楽しみに。

▽公演情報はこちら

◇公演スケジュール
3月20日(水)19:30〜東京三人姉妹
3月21日(木)19:30〜JAM
3月22日(金)14:00〜JAM / 19:30〜東京三人姉妹
3月23日(土)14:00〜東京三人姉妹 / 19:30〜JAM
3月24日(日)13:00〜JAM / 17:00〜東京三人姉妹
※開場は40分前を予定。※上演時間は各 約80分

◇チケット料金
一般 3500 円
U30 3000 円
学生(養成所の研修生可)2000円
2作品セット券 5500円
桟敷席 2000円 (最前列、各回限定10席)
※予約開始は2月1日正午を予定。当日精算のみ。全ステージ当日券あり。

◇メンバー
作 峰村美穂
演出 峰村美穂 小川結子
出演 青柳糸 安齋彩音 太田旭紀 小川結子 小坂優 土本燈子 都倉有加 ノナカモヱリ 宮内萌々花 宮津侑生
舞台監督 後関貴大
制作 佐倉ゆい花
音響 成田章太郎
照明プランナー 上原可琳 
照明操作 新貝友紀乃
楽曲 縫部たまき(シロイソラ)
アートワーク ゆえ

協力 anonet  街の星座 植田望裕 大島一貴(あいけ) 國崎史人

企画、製作 えんそく

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