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てめってめっ

三つ単語を貰って書いた短い物語です。

「鏡」「穴子」「ノート」

山本家では今日も長男の一郎が威張っていた。
「おい。二郎。早くバスタオルを持ってこい。じゃないと俺が風邪を引いてしまうじゃないか」
一郎は風呂から上がってびしょ濡れのまま、裸一貫廊下に大の字で横たわり、二郎に大声で命令していた。
「なんで僕がそんな事をしなければいけないんだ。兄さんがたかが十歩も歩けば取れるところにバスタオルがあるじゃないか」
「五月蝿えんだよ。俺は疲れたんだよね。一歩も動けねえんだよね。こうしている間にもどんどん体調が悪くなってきやがるんだよね。二郎。早くバスタオルを持ってきやがれ」
一郎に疲れなど溜まっているわけがなかった。
一郎は高校を卒業してから、一度も就職せず、アルバイト等の労働も一切せず、就職活動資金として親から与えられた金を真っ当に無駄遣いし、ただ遊び呆けているだけだった。
「兄さんと違って僕は忙しいんだ。僕がこの店を継がなければ、江戸から続いた伝統が途絶えてしまうんだ。別に兄さんが何をしていてもいいけれど、僕の修行の邪魔だけはしないでくれ」
山本家は伝統ある寿司屋であった。本来なら長男である一郎が後を継ぐ形が一番山本家的にグッとくるのだが、一郎は屑。伝統など全くどうでもよく、後を継ぐ気は微塵も無かった。なら僕が代わりに店を継ぐ。と二郎がある日宣言し、毎日毎日真面目に修行に励んだ。しかし、一郎はそんな二郎が気に食わなかった。お前のせいで俺は皆から白い目で見られてしまっているじゃないか。生け簀で元気に泳ぐ魚たちまで俺を死んだ魚のような目で見てくるじゃないか。俺はそれが嫌だ。完全なる一郎の逆怨みであった。
「おい。二郎。てめっ!穴子なんてさばいてんじゃねえよ!てめえがバスタオルを持ってこないせいで、俺はもう風邪をほぼ引いちまったじゃねえか!」
「兄さんさあ、修行の邪魔だけはしないでくれっていっているじゃないか。素っ裸でさっきから何を怒鳴っているんだよ。兄さんが風邪など引くわけがないじゃないか。馬鹿は風邪を引かないってよくいうだろう?」
「てめっ!」
一郎は立ち上がって二郎を突き飛ばした。そして、先程まで二郎が握っていた出刃庖丁を手にして二郎に目掛けてぶん投げた。出刃庖丁は二郎の頬をかすめて柱に突き刺さった。
「てめっ!ぶっ殺す!」
一郎はまな板の上でうねっていた穴子を掴み、それで二郎の首を絞めにかかった。二郎と穴子、双方口をぱくつかせて苦しんだ。しかし、穴子の身体から分泌される粘液が滑りを効かせ、一郎はすんでのところで二郎を絞め落とす事に失敗した。それならばと、一郎は穴子で二郎を絞殺する事を諦め、穴子を鞭代わりにして、二郎を叩きまくった。てめえが全部悪いんだ。てめえのせいで俺は不幸になった。一郎の逆怨み力は凄まじかった。穴子の粘液による滑りなど関係がない程に一郎の握力は高まり、一秒も休む事なく穴子で二郎を打ち続けた。
「うわっ!気持ち悪い!」
二郎にぶつかり続けた穴子は衝撃に耐えきれずに爆発的に破裂した。穴子の身は四方に飛び散った。穴子の身は一郎の身体にも付着した。穴子の頭が一郎の陰毛に絡みついてぶら下がっていた。
「二郎。てめっ、二度と生意気な事いうんじゃねえぞ。てめえが全部悪い」
一郎は横たわる二郎の頭を蹴り飛ばして、風呂場に行ってもう一度身体を洗った。

朝起きて一郎は鏡の前から離れる事が出来なかった。一郎は裸のまま鏡の前に立っていた。鏡に映る一郎の股間からは穴子が生えていた。睾丸は二つあった。陰茎は無かった。代わりに穴子があった。これは昨夜の穴子の呪いか。鏡に映る穴子の両目は一郎をじっと睨んでいた。
一郎は部屋から出ることができなくなった。誰にも股間の穴子の事を話したくなかった。だけど、不安で仕方がないから誰かに相談したかった。しかし、出来なかった。自分の心の内にだけこの事実を秘めておいたら気が狂いそうだったので、ノートに穴子の事を書いた。日々大きく成長していく穴子と自分の苦悩をノートに書き殴った。そんな生活が一月も続いた。一月も経つと股間の穴子はパンツに収まりきらないほど成長した。穴子の動きは活発になり、一郎の腿の肉などを噛み付くようになった。その度に一郎は絶叫した。その絶叫は家中に響き渡り、一階の寿司屋の客連中の耳にも届いた。
「ご主人。この五月蝿えのはあんたのとこの倅の声じゃあないのかい?こんなに五月蝿くちゃあ美味いもんも喉を通らねえよ」
「すいやせん」
父の大一郎は一郎の部屋に向かった。店を継がないと一郎が断言した日から、大一郎は一郎を完全に放任していた。一郎が外で何の悪さをしようが黙認し続けてきたが、到頭店にまで迷惑をかけてきたことが大一郎の逆鱗に触れた。怒りで包丁を板場に置いてくるのを忘れていた。大一郎は震えた手で包丁を握り締めていた。
「一郎!五月蝿えぞ!静かにしねえか!ドア開けろ!こら」
問いかけに返事はなく、絶叫だけがドアの向こうから聞こえた。大一郎は大きく深く息を吐いて、ドアを蹴り壊した。五月蝿えぞ!と部屋に怒鳴り込んだ勢いそのままに一郎を蹴り飛ばしてやりたかったが、大一郎は立ち止まった。一郎がベッドの上で大穴子に噛みつかれて絶叫していた。何なんだこれは。混乱する大一郎の前にびっしりと文字が書き込まれたノートが広がっていた。あの阿呆の一郎がこんなに大量の文字を書くことが今までにあっただろうか。大一郎はノートの内容が猛烈に気になり、ベッドで暴れ狂う一郎を余所にして、ノートにかぶりついた。なんだこれは。ノートには一郎の股間から穴子が生えてきた日からの穴子成長独白日記が書き綴られていた。恥である。一家の恥だ。普通に生きていても迷惑をかけるのに、いつの間にか普通ではなくなっていて、股間に穴子なんか生やしていやがる。何故股間に穴子が生えてしまうのだ。百歩譲って鰻を生やせよ。と大一郎は思った。うちの店の一番のウリは穴子寿司だぞ、てめってめっ。もし倅の股間が穴子になったなんて世間様に知られでもしたらうちは破滅だ。誰がうちの穴子を食べたいと思うのだ。大一郎は一郎を足で踏みつけて動きを止めた。
「二郎ーーーー!一郎の部屋までまな板持ってこいやーーーー!!!」
一郎の絶叫が霞む程の大声が響き渡り、慌てて二郎がまな板を運んできた。
「一郎ーーー!この現状はお前を放ったらかしてきた厄が回ってきたと俺は解釈する。お前のその穴子の化け物、俺が寿司職人としてしっかり捌いて成仏させてやらあ!」
大一郎は一郎の穴子を握り締めまな板に押し付けた。南無三。大一郎が穴子の頭を串刺しにしようとした瞬間、穴子は粘液を放出しまくり、大一郎の手をするりと抜けて、大一郎の股間に噛み付いた。
「ぎゃああああああああ!!!」
大一郎は陰茎を噛みちぎられてもんどり打って転げ回った。大一郎は血が噴き出す股間を両手で抑えて痛がった。
「なんじゃこりゃあああああ!!!」
大一郎の指の間から穴子がにゅるりと顔を出した。噛みちぎられた大一郎の股間から穴子が生えてきたのであった。大一郎の穴子と一郎の穴子は見つめあった。そして、次第に絡み合った。絡み合ってぬらりぬらりと光り輝いた。大一郎と一郎、二人は目を見合わせた。なんだか股間が気持ちがいい。二人はそう思った。なんだこれは。嗚呼。もう穴子よ動かないでくれ。二人の穴子は勃起した。どんどん膨張していった。そして、二人の身体を優に超えるほど穴子は勃起し、二人は穴子を支える事ができなくなり、大一郎の穴子は一郎に、一郎の穴子は大一郎に覆い被さり、うんきゃああああああああああ。二人は恍惚の表情を浮かべながら圧死した。あがり。


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