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【善悪の垣根を超えて救急車は走る】映画『ミッドナイト・ファミリー』感想

救急車不足の問題を抱えるメキシコ市で、私営救急隊(通称闇救急車)を稼業とするオチョア一家が、奮闘しながら生きていく姿をとらえたドキュメンタリー映画。サンダンス映画祭で米国ドキュメンタリー特別審査員賞を受賞したほか、米アカデミー長編ドキュメンタリー賞ショートリスト部門にも選出されている。

公開当時、気になっていたものの見逃していた本作。今回、本作の配給元であるMadeGood Films様https://madegood.com/midnight-family/)から、本作の配信に先駆けたオンライン試写のお誘いを受けたので、ありがたく鑑賞させていただきました。

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本作のあらすじを知った時に気になったのが「私営救急車」という聞き馴れない言葉。そもそも家族で救急車を営むってどういう状況なのか?その背景にはメキシコが抱える医療体制の問題点がある。

メキシコは、IMSSという社会保障によって医療保険の自己負担が無料となっている。(日本は年齢で差異はあるが、70歳未満は自己負担費3%)ただし、この保険が適用できるのはIMSS指定の公立病院のみ。そのためIMSS指定の公立病院は常に混雑しており、朝7時に並んでも診療を受けれるのは16時という具合だ。

さらに、メキシコでは医療従事者・医療設備が不足している。約900万人という人口に対し、公営の救急車の台数は45台。日本では約1400万人の人口に対し、救急車の台数は267台という数字からもメキシコで救急車が足りてないのは明白だ。そのため、メキシコでは公営ではなく民間の救急車70~80台でカヴァーしている。そして、その中の1台を運転しているのが、このオチョア一家なのだ。

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さて、そんな本作はドキュメンタリーだが、下手なドラマよりドラマチック。まず、一家で救急車を営んでいるという時点から魅力的。リーダー格の長男に、少し頼りなさげな父親、さらに小学生の次男のパーティーは、全員キャラが立っているので、物語に入り込みやすい。

救急車が全く足りてないメキシコ市だけに、患者も取り合いになるのも日常茶飯事。他の私営救急車に先を越されまいと、オチョア一家の救急車が猛スピードを上げる場面の臨場感と迫力は凄まじい。

本作のルーク・ローレンツェン監督は、約3年間オチョア一家に密着し、数百時間の映像を撮っている。だからこそだろう、時折ハッとするような素晴らしい映像が表れる。本作はドキュメンタリー好きにはもちろんだが、普段ドキュメンタリー作品を観ない・苦手な人にもお薦めだ。

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また、善悪という二元論で割り切れない複雑さを含んでいるのも本作の特徴だ。オチョア一家が私営救急を行っているのは、高潔なボランティア精神からではない。病院に送り届けた患者には高額な料金を請求している。そもそも私営救急(闇救急車)は違法行為。患者の容態を面白おかしく話す長男の様子からは、仕事に対する軽さのようなものすら感じられる。

だが、彼等が送り届けたことで助かる命が存在するのも事実だし、彼等がいなければ助からない命が増えるのも事実。オチョア一家もせっかく届けた患者に代金を払って貰えなかったりすることは珍しくないし(違法行為の為、警察に駆けこまれたら自分たちが追い詰められる)、警察に賄賂を強要されたりしている。

何が悪で何が正しいのか?映画を観ていく内にそんな疑問が頭をよぎっていった。しかし、それ以上にたくましく生きるオチョア一家のエネルギッシュさにただただ圧倒される。「メキシコの逼迫した医療の現状を世に知らしめる」、そうした社会意義も感じられるが、それ以上にそんな世の中で生きる人々の力強さを感じた。

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