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【事実は小説より奇なり】映画『ある男』感想

11月18日より公開している映画『ある男』。
1人の男の死をキッカケに明らかになる社会の暗部とある男の過酷な過去と苦しみが描かれる。芥川賞作家、平野啓一郎の原作を『蜜蜂と遠雷』、『愚行録』の石川慶監督が映画化。主演は妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝。

観た人たちの評判が良いので気になっていた作品。ちょうどタイミングが合ったので鑑賞してきました。

鑑賞したのはミッドランドスクエアシネマの12月22日の13時20分の回。お客さんは20~30人程、客層は年代は20代以上様々で女性客が多かったと記憶している(公開から1か月以上経って、この人の多さは評判の良さを裏付けしているといえるかも)。

2022年製作/121分/G/日本

そんな本作だが、まさに事実は小説よりも奇なりという内容。他の方の感想で安部工房の作品っぽいと書かれていたが観て納得。導入部は安部工房っぽさもあるしSF作家の星新一の作品にも通じる奇妙さも感じられた。

ただ、本作で描かれてることは間違いなく現実だ。中盤までの不気味な雰囲気から悲劇へと物語は様変わりしていき社会に潜む悪意が浮かび上がってくる。

一見、奇妙な話だが、その背景には深刻な社会問題が織り交ぜてある。そういう意味で内容は違うが韓国映画の『パラサイト』に通じるものも感じたし、日本の暗部が題材となっている点では片山監督の『さがす』にも共通するものを感じた。

※以下は映画の詳細な内容に触れています。未鑑賞の方はネタバレにご注意ください。

まさにミイラ取りがミイラになってしまうようなオチだと思った。

観終わってから物語を振り返ると、城戸と小見浦の面会シーンが印象的。
社会的地位も確立している城戸と犯罪者で収監中の小見浦。2人の世界はアクリル板で完全に隔たれていたかのように見える。しかしラストの城戸の行動を観ると、2人の境界線は実はとても曖昧だったことが分かる。

江本明さんの怪演はさすが。この場面、白石監督の『凶悪』っぽさもある。

城戸も大祐も自身の出生に悩み苦しむ人間だ。本作で描かれるのは社会に居場所をなくした者たちの苦しみとその背景にある人間の悪意であったり偏見だ。

映画は旅館店主の谷口や城戸の義父など身近に潜む悪意からニュース映像に象徴されるヘイト行為など社会の悪意にも厳しく言及する。

大祐ことXを演じる窪田正孝の演技が素晴らしい。映画序盤の得体が知れない雰囲気から中盤以降の血筋に悩み苦しむ姿に見入られる。彼がなりすましに頼らざるを得なかったのも仕方ないと思わせてくれる説得力があった。

ただ、物語はなりすました者たちの苦しみを描いてるだけでなく、残された者たち、騙された者たちの悲しみも描いている、そこが良い。
Xの人生には同情せざるを得ない。ただ、彼らの悲しみが描かれるからこそXがやったことの罪深さが伝わる。

なりすましをした者たちにとって救いだったのは、でんでん演じるジムの会長や清野菜名演じる本物の大祐の幼馴染など、彼らのことを大切に思ってくれる人がいたことだと思う。

里枝たちと過ごした少ない時間はXの人生の救いになったのだろうし、本物の大祐も自分を思ってくれる人がいたことに気付いたことで今後の人生は少しは変わるのではないだろうか。そう思わずにはいられない。

窪田さん、三池監督の『初恋』でもボクサーを演じていたけど、今作でもボクサーだなと思っていたら来年の新作映画でもボクサー役なんだね。やっぱあの肉体美が素晴らしいからなのかな…

物語にも魅了されたが、キャスト陣の演技の素晴らしさが映画の魅力をより強固にしてる。

窪田正孝の演技は言わずもがな。安藤サクラ演じる里枝の幸薄な未亡人役も素晴らしかった。本作は物語が本格的に動くまでの日常が丁寧に描かれているのだが、安藤サクラの演技に魅せられていたから長く感じることもなかった。

眞島秀和さん演じる旅館の亭主の嫌味な存在感も◎

妻夫木聡演じる城戸や清野菜名も存在感を放っていたし江本明の怪演も良かった。今年公開された邦画の中でも確かに記憶に残る作品だ。

※「なりすまし」という言葉を知ったのは、洒落怖の一編の話から。今回久し振りに読み返したが何度読んでも怖い!

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