【往復書簡】4通目(岩谷さん)

岩谷さま

窓の外はいつの間にか春ですね。

こちらは四月に入っておとなしく家の中で過ごす時間が続いています。毎日外に出たくてうずうずする気持ちをなんとか抑えているのですが、そういうときに窓から差し込む陽の暖かさだとか窓を開けたときにふっと入る風の涼しさだとか、そんなものをちょっと肌に感じるだけでなんだか救われたような気持ちになります。どれも別に特別ではなく、ずっとあるものなのに、そういう当たり前に感謝する感覚を今更取り戻しつつあってなんだかおかしく思います。

自分の好きでないことについて判断を下すのってむずかしいですよね。むずかしいというかめんどくさいというか。そもそもそれを得意だと言う人はいるのでしょうか。もしいたら爪の垢を少々分けてもらいたい。なんて思うものの、誰かの爪の垢を煎じて飲んだことなんてないので分けてもらったところで効果があるのか…

とはいえ今は好き嫌いを言っている段階ではないですし、ほっといても情報は目から耳から胸焼けするほどに入ってくるので、それで体調を壊さないよう気をつけながら、流されずに数年先のことを自分の頭で考えるのをサボらないようにせねばなあと度々自戒しています。

お店に立たないとアウトプットの機会が激減(もうびっくりするほど激減!)してしまってよくないので、こうやって問答のお相手していただけるのは大変ありがたいです。空間的なそれと違い、時間的な密についてはなんら制限をされていないので、なるべく間を空けずにお返事を書かせていただきますね!

 コミュニティづくりや場づくりという話に関連づけると、メンバーが他のメンバーやそのコミュニティそのものを「自分」であると捉えていると、良い場が作られるのかもなあとぼんやり考えました。そして書いていて思いましたが、自分にとっての会社(annolab)はまさにこういう場だなあ、と。

こんなご時世だからってわけでもないですが、最近は心身共に健康であることが生活の中でもわりと優先度高めになっていて、免疫力を高めるべく普段より早めに就寝してみたり(夜寝て朝起きるなんて生活久しぶりにしました)普段よりたくさんご飯を食べたりしています。

ゆっくりと歩いたり立ち止まったりすると同じ道でも走っているときには見落としていた風景にふと気づくなんてことがありますが、まさに今そんな感じで。暮らしの中で《自分》にまつわる行為を一つ一つ丁寧にしていくことで、見落としていた自分の感覚と向き合うようになりました。

そんなこんなあって「自分とは」みたいなことをぼちぼち考えているのですが、そこで今回は岩谷さんが書かれていた『他のメンバーやコミュニティそのものを「自分」であると捉える』という部分を拾っていきたいと思います。

何かがあった時にどこまでを《自分》として捉えるか。

特に昨今のような、有事で何よりもまず「自分で自分を守る」ことを優先されるような世の中で、じゃあその《自分》に一体どこまでが含まれるかが大変悩ましいです。家族はどうか。大切な人はどうか。会社はどうか。赤の他人はどうか。

「全部!」って言えたらそれはそれで素敵なのですが、自分の手で守れる範囲には限りがあるので背伸びするわけにもいきませんし、責任を抱えて肝心の自分(自身)が潰れてしまうかもしれません。外側にまでぐいっと手を伸ばそうと思ったら、それなりの気力と体力が要されます。

場やコミュニティの話に限定して続けますが、本来その人たちの外側にあるそれを《自分》として捉えて、極端な話「場の命=自分の命」と思って守ってくれる人の数が多ければ多いほどその場は保たれやすくなるのかもしれません。

一方で、個人側にしてみれば自分の身体以外の外側に命を持つことはリスクになります。大なり小なりそれで何かしらの責任を抱えるわけですし、もしかしたらその先で共倒れする可能性だってあります。なんて考えると無闇矢鱈と自分の範囲を広げるわけにもいかない。

自分以外の何かを自分ごととして守ろうと思えばいつかしんどい局面がやってきます。大半の人にとってもしかしたら今がそうなのかもしれません。

じゃあどうすればいいのか。

明確な解は出ていませんが、前回のやりとりであったような《無責任さ》を端とする粋なお節介と、それを受け入れる寛容さを個々が持つことにこの局面を乗り切るヒントがあるような気がもやもやとしてます。早く霧が晴れれば良いのですが。

全然話は変わりますが、最近はオンライン上でのやりとりが中心になり、この間はじめてzoom飲み会なるものもしてみたのですが、あれはあれで楽しいですね。家にいながらお話もできて楽チンだし、つい飲み過ぎてしまう気持ちもわかります。

ただどこまでいっても普段お店で誰がくるかわからない状況の中、アドリブで議論を交わす刺激には遠く及ばず……その刺激をどうやって代替しようかと頭を抱えています。(代替されたらお店の必要性がなくなるかもですが。笑)

不特定複数の人と話す機会ががくんと減ってしまったのですが、この状況を打破する面白い策がもしあれば教えていただきたく、もしくは最近食べた中で美味しかったご飯について教えてください。

どんな状況下であれ心だけはのびのびと、

引き続きお相手よろしくお願いします。

2020.4.20

シモダヨウヘイ

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