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協働と連携と「結と講」

総務省が言い出したやに記憶しているが・・。協働。
日本は戦後のとある時期まで農村社会が主流だった。
農村社会を形づくってきた習慣の最たるものが「結」と「講」であったろう。単純化すれば、結は労力の貸し借り。講は金銭、モノの貸し借り。
と云うか貯蓄だったかも知れない。
冠婚葬祭や、道普請などで村落を形作り、護ってきた。
陸奥に、竈つぶしなる言葉がある。
煮炊きを目的に設置されたのを竈と呼んだ。

竈(かまど)

知らない国民が過半を超えたと思うが、昭和40年代初頭までは、何処の家庭でも、薪を使い、煮炊き、風呂を沸かした。
その後、農協(当時は農協と呼んだ。後に電電公社がNTTになった時代に農協もJAとなった)がプロパンガスを販売するようになり、急速に普及した。

で、協働。結と講を消滅させた、あるいは消滅させているのは、戦後の高度経済成長期に、農村から都市へ、農業から製造業⇒サービス業へと職業異動が背景にあった。
冠婚葬祭も含め、あらゆるものが村社会で完結していた背景は「結」と「講」であり、農耕民族として定住してきた日本文化であり、地域のルールであったやに感じる。
総務省が協働を説き始めた背景は、低成長時代に入り、なにからなにまで役所任せは続きませんよ! これ以上地方交付税は増やせません!
ゆえに、地域のことは地域でされてくださいね!
それに呼応したのが財政負担に喘ぎつつあった地方自治体だったんであろうか? わが町にも市民協働課?なる組織がある。
と思って役所HPを観たら無くなってましたね。
代わりに? DX推進課とかが設置されている。????

農を舞台にした協働の在り方を追求すると・・・。
「結と講」にたどり着くのは必然なんであろうね。
令和2年6月に循環の重要性を広報する目的と循環農業が地域農業の生き残り先になるであろう・・・とイベントを主催した。
これは、告知と周知が目的であり、とりわけ、堆肥とかボカシ肥とかの重要性を認識する機会と捉えての会合。
ネットを使って呼びかけをしたら十数人が参加を表明してくれ、お供も含め、数十人規模に膨れ上がった。振り返ると10年も昔のように感じる。
当日の様子!(you tuube)

このことをきっかけに、皆さんの協力を得て、
下妻市役所
有機資源循環施設運営事業者
養豚農家
の三社で構築連携協定を結ぶことになった。

農商工連携、産学連携
いずれ、アカデミックな世界とのつながりの必要性は感じていた。
隣接に国立の筑波大学があり、学部は多岐にわたる。
幸いなことに、生命環境学群なる存在がある。
先生方の紹介文と一部論文を拝見し、決めた方が居られる(勝手にね)
メールを送付し、面談をさせていただき連携を快諾いただいた。
いずれ、登場の機会が多々。
先生と生徒さんたちに登場いただくことになろうと推測している。
地域にとっては、福音ですね!
先日、大いなる野望を背後に隠した協定書に署名いただいた。
題して
『結と講』を現代に社会に復活させるのが大目的の協定書
大学教授なる四文字は、社会的地位はとてつもなく高い!
が、田村氏は、一瞥しただけでヒョイと署名していただいた。
好人物であるだけに、お役に立てる場を構築しないといけない!

NGO お茶の間代表、田村教授、畑作公社代表、横島精密・代表取締役









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