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【小説】ゴッドハンド 〜第58回北日本文学賞2次選考落選作〜

「天職なんて二十九歳までに見つかればいい」

 二十九歳になったばかりのシンは、捨て忘れた古雑誌の記事の一節を声に出して読んだ。

 会社勤めのシンは鍼灸師という仕事に興味を持ち始めていた。仕事のストレスから体調を崩したとき、会社の先輩に勧められて鍼灸院に通ったところすっかりよくなって驚いた。体に針金を刺し入れ、艾で皮膚を温めて病気を治すメカニズムは分からないものの、鍼灸の効果は実感していた。

 鍼灸師が天職になるか、自分の人生を賭けてみようと思った。シンは勤めを辞め、鍼灸の専門学校に入学した。

 クラスメートは年齢も背景もさまざまだった。高校大学を卒業したての若者、シンのような三十前後の脱サラ組、独立開業に魅力を感じて入ってきた中年男性、第二の人生を鍼灸師として生きたいという向学心旺盛な六十代の女性――このばらばらな感じが、シンには新鮮で面白かった。

 鍼灸の専門学校らしいと思うことがもう一つあった。実家が鍼灸院で、先代を継ぐために入学してきた「サラブレッド組」と呼ばれる学生が数名いたことだった。彼らは実家の鍼灸院で助手として働き、教科書に載っていない家伝の奥義を学んでいることもあって、学科でも実技でも成績は良かった。

 父や祖父はもちろん、親戚の九割近くが鍼灸師や医者という家に生まれたヒデユキという青年は、教師も驚嘆するほど鍼灸の手技が上手だった。さすがサラブレッド、若先生と褒められるたび、ぼくみたいな環境におったら誰でもこうなりますよと事も無げに言った。

 実習で紙の上に灸を据える練習があった。艾を米粒の半分ほどの大きさに捻り、コピー用紙に印刷された十字の交点に置いて灸用の線香で燃やす。艾の捻りが固いとなかなか燃えず、灸の燃焼温度が高くなって紙が焦げ、穴があいてしまう。穴をあけないようにするには艾を柔らかく捻らなければいけない。灸が柔らかければ、紙に穴をあける燃焼温度に達する前に燃え尽きるからである。さらに灸の大きさが均一だと、焦げ痕の大きさも均一になる。ヒデユキの灸は芸術的なほど焦げ痕が同じで、それを見たクラスメートは感動のため息をもらした。一方、怠け癖の抜けない数人のクラスメートは灸用の線香で用紙を軽く炙って焦げ痕を作った。遠くだときちんと課題をこなしているように見えるが、よく見ると焦げ痕の大きさが線香の直径とほぼ同じで、焦げ方も灸の焦げ方と違う。灸の場合、比較的固い中心部が長く燃えるので、中心部が濃く周辺が薄いドーナツのような形の焦げ痕になる。それに対して線香で紙を炙って作った焦げ痕は熱源の温度にむらがないので、一様の濃さの円盤形になる。不正はばれるもので、彼らは教師から厳重注意を受け、反省文を書かされた。シンは不正はしなかったが、三年間の実習で練習用紙に穴をあけずに灸を据えられたことが一度もなかった。最後には、チェック柄や十字形を見ただけで気分が悪くなった。授業が終わってクラスメートとホルモン焼き屋に行ったとき、目の前の七輪に置かれた金網を見て灸の練習を思い出すと呟いたら、トラウマになっているなとクラスメートに笑われた。大丈夫、人間の体には十字はないからと慰められても、もし患者の体に十字が書いてあったら線香で炙ってやり過ごすしかないと暗然たる思いになったほどだった。

 ヒデユキは鍼の使い方も優れていた。一般の施術では、ディスポーザブル鍼という使い捨て用の鍼を使う。少々のことでは折れたり曲がったりしない、直径〇.ニミリのステンレス製の鍼が用いられることが多い。だが専門学校では、鍼を上手に操る手を作るために、はじめの半年間は五十本で三千円する銀製の鍼で練習させた。直径が〇.一八ミリと細い上、曲がりやすい材質で、刺し入れる面に垂直に鍼を入れないとすぐに曲がって使いものにならなくなる。ヒデユキの銀鍼はほとんど曲がらず、持ちがよかった。一方、不器用なシンはしょっちゅう鍼を曲げるので、週に一度学校に来て鍼灸用品を販売する業者から毎週銀鍼を買わなければならなかった。最後には売り子から、一生懸命練習していれば必ず報われます、そういう学生さんを数多く見てきましたからと慰められる始末だった。

 そんなシンは、専門学校の創設者で現役の鍼灸師でもあるエサキ先生を尊敬していた。エサキ先生は還暦を少し過ぎたばかりの紳士で、身だしなみに大変うるさかった。学校ではいつも、プレスを利かせて折り目のついたボトムを履き、糊のきいた白いワイシャツを着、ネクタイをしめて白衣を羽織っていた。医者も鍼灸師も同じようなもの、格好くらい医者と同じでないと患者に侮られるというのが先生の持論だった。それだけ気負うだけあって、エサキ先生は確かに他の先生よりも該博で、鍼灸の技術も優れていた。その一方、前時代的なパターナリズムに同意できかねるところもあった。エサキ先生が開業時の注意点について話をしたときのことだった。患者は座高の低い円椅子に座らせ、鍼灸師は背もたれの大きい高級感のある椅子に座りなさい、そうすれば患者は鍼灸師の言うことを聞くようになると先生は言った。クラスメートがアドバイスをメモする中、シンは聞き流した。鍼灸師ってそんなに偉いものだろうか。患者が自分の母や弟、親しい友人だったら、やはり座高の低い円椅子に座らせるだろうか。立場上、先生先生と呼ばれるだけなのだから、患者には自分と同じような椅子に座ってもらいたいとシンは思った。

 そんなエサキ先生の口癖は「ゴッドハンドになれ」だった。鍼灸師はゴッドハンドにならなければならない、ただ上手に病気を治すだけでは不十分で、鍼灸施術を受けたことのないひとにも名が知られ一目置かれるようになって初めてゴッドハンドになれるのだと言った。

「極端なたとえかもしれないが、正直なところ今の君たちは、野球のグラブをはめて体を触っているようなものだ。卒業して免許を取る頃になってやっと軍手をはめた手のようになる。実際に患者をきちんと治せる手になるには五六年かかる。手先が器用なひとで三年、不器用なひとなら十年以上。もちろん、ただ年数を積めばいいというものではない。自分はゴッドハンドになるんだと高い志を持って仕事をしないといけない。今日一日何とか食っていければいいという意気地のない気持ちでいる限り、いつまで経っても進歩しないぞ」

 シンは冷たい手で心臓を鷲掴みされた気がした。不器用な自分はまともな鍼灸師になるのに十年かかるのか。いや「最低」十年だから、それ以上かかることも考えられる。ゴッドハンドになる前に心が折れないだろうか。鍼灸学校に入る前から、シンは自分が不器用であることを本当に気に病んでいた。専門学校に入学する前、街中でばったり会った中学時代のクラスメートに鍼灸師になることを報告したら、君本当に大丈夫か、不器用なのにと寸鉄を刺された。

「技術の先生も呆れていたじゃないか、木材加工でも金属加工でも、学年で君だけ一つも課題を完成させられなかったって。クラスでじゃない、学年でだからね」

 そんなシンは、エサキ先生の他にマエツ先生も尊敬していた。エサキ先生と同年代でやはり現役の鍼灸師だが、風貌も性格もエサキ先生とは対照的だった。分厚いレンズの眼鏡をかけ、白い顎髭を山羊のように長く生やし、シャツもパンツもファストファッションで、白衣を羽織ると在野の自然科学の研究者のように見えた。物静かで、話すときはいつも慎重に言葉を選んだ。勉強熱心な先生で、シンが図書室に入るとたいていマエツ先生が自習していた。君は熱心だね、教室でしか見ない子もたくさんいるのに、と褒められたこともあった。

 実を言うと、マエツ先生の鍼灸の技術はエサキ先生ほど上手ではなかった。マエツ先生の手技は自分にも真似できそうなくらい普通だった。ただその分、特殊なことを一切しないで普通に鍼を打って治せるなら自分にもできそうだと希望がわいてくるのも事実だった。実際、マエツ先生の口癖は「鍼灸と人間が好きならそれだけで鍼灸師に向いている」だった。

 マエツ先生が専門学校の庭のベンチでペットボトルのお茶を飲みながら休憩していたとき、シンはゴッドハンドについて質問した。

「マエツ先生もゴッドハンドと言われたことありますか?」

「君はどう思う? ぼくのことをゴッドハンドだと思う?」

「ゴッドハンドだと思います」

「すごい間だったな。何だか無理やり言わせたみたいだが、ありがとう。まあ、ぼくはゴッドハンドに興味はないけれど」

「そうなんですか?」

「神様じゃないから。不器用だし」

「エサキ先生は、肩こりと腰痛くらい治せなければ話にならない、ゴッドハンド以前だと言っていました。実際は、もっと難しい病気を持った患者さんも来るんでしょうね」

「そうか。そういうことをエサキ先生は言っていたか。そうねえ」

 マエツ先生はしばらく長い顎髭をしごいた。髭をしごきながら頭の中で答えをじっくり練っているようだった。

「まあ、エサキ先生は別格としても、肩こりと腰痛ほど治すのが難しい疾患もないんだよ、実は。臨床に立ったらよく分かる。本当に難しい。肩こりと腰痛さえ治せたらと言えるようになるまでの方が、ずっと長い。たいていの鍼灸師は、そう言えるまでに諦めてしまう」

 マエツ先生はペットボトルに残っていたお茶を飲み干し、一息ついた。

「ところで、君の考えるゴッドハンドは、どんな感じなの?」

「どんな病気も治せる鍼灸師だと思います」

「なるほど。古代中国ではね、患者の予後を見極められることが名医の条件だった。今診ている患者は助かるのか、助からないのか。治らないとしたらあとどのくらいの命か。要するに、自分の分を知っているかどうか、自分の手に負えそうか負えなさそうか見極められるということだね」

「それは、難しいですね」

「ぼくにもひどく難しい、そんなことできた例しがない。だいたい、未来のことなんて誰にも分からない。むかし、それで失敗したこともある」

「まさか、患者を殺したとか」

「違う、違う。失礼な、殺していたら話さないよ。むかし、別の専門学校で教えていたとき、卒業する女子学生にね、『鍼灸院を開業しても三年続かないところがほとんどだ、どうも君は心配だ、しっかり頑張りなさい』とアドバイスした」

「で、彼女はどうなったんですか?」

「開業してから十数年経った今も盛業中だ。学生へのアドバイスは本当に難しい。自分の成長を信じて鍼灸師を続けるしか道はないということだけは確かなんだけれど、その前に、少ししゃべり過ぎた。いけない、いけない」

 専門学校を卒業後、鍼灸師の国家試験に合格したシンは自宅近くの鍼灸接骨院で働いた。鍼灸部門を任されたシンは、いろいろな患者に施術した。

 七年ほど働き、シンは三十九歳になっていた。職場に不満はなかったが、四十までに独立開業したかったシンは院長に退職を申し出、金融公庫に融資を申し込み、物件を探した。初めてのことばかりで不安だったが、必死に動けば何とかなると信じた。

 開業予定日まで一ヶ月を切った頃、融資が下りて物件の契約や内装工事の手配も済み、少しだけ手が空いた。開業の報告も兼ね、シンは専門学校に挨拶しに行った。エサキ先生は出張でいなかったが、マエツ先生はシンを待ってくれていた。

「いよいよ開業か。おめでとう。そうそう、ゴッドハンドの話、覚えている?」

「覚えています」

「あのとき言い忘れていたことを一つだけ。参考になるかどうかは分からないけれどね。むかしわたしの師匠が名鍼灸師の特徴を言っていた。釣りと競馬の名手が多いらしいよ」

「それは、何か理由があるんでしょうか?」

「釣りも競馬もしないぼくの解釈でよければだが、まず、どちらも勉強、予習が必要だ。釣りだと魚の習性、競馬だと馬の血統や戦績を勉強しないといけない。加えて、勘が必要。臨機応変に対応できることも必要。それと――そう、これは、今の君には言わないでおこうか」

「なぜですか?」

「自分で感得しないと分からないと思うから」

「わたしも感得できそうですか?」

「できると思うな、君なら。まあ、今のうちからあれこれ心配しなさんな」

「不器用なんで、不安なんです」

 マエツ先生は、口を開けて笑った。

「不器用なら、不器用な鍼灸師にしかできない鍼をしてごらん。逆説的かもしれないが、一番良くないのは上手にやろうとすることだ。工夫や研究をするなという意味ではもちろんないよ。そこらへんはどう言えばいいか……ぼくの頭が曖昧だから曖昧なことしか言えなさそうで悔しいが」

「そんなことはありません」

「繰り返す。君はきっといい鍼灸師になる。わたしの言うこと、君自身の可能性を、信じなさい」

 シンは泣きたくなった。

「頑張ります。先生とお会いできて、うれしかったです」

「わたしもね。そうだ、開業にあたって大事なことををもう一つだけ。ちゃんと星のめぐり、運勢を調べておきなさい。そして、大安吉日に開業すること」

「そうします。ありがとうございます」

 これがマエツ先生との最後の出会いになるとは思っていなかった。

 マエツ先生のアドバイス通り、シンは複数の占い師に自分の運勢を見てもらってアドバイスをもらい、開業予定日を大安吉日に移動させた。

 開業してからしばらくの間、電話一本かかってこなかった。最初の数ヶ月の売り上げなど、会計ソフトを買う必要はなかったかと思うほど少なかった。それでも、チラシのポスティングやホームページ集客などの営業を地道に続けているうち、患者は少しずつ増えていった。

 開業して一年ほど経った頃、不妊治療を希望する三十代の女性が来院した。桜の舞い散る季節だった。

「今まで別の不妊治療専門の鍼灸院に通っていたんですが、この間そこが閉院してしまって。ネットで探しているうちにここを見つけたんです。不妊、鍼で治りそうですか?」

「やってみないと分からないというのが正直なところですが、鍼灸接骨院で働いていたときに何例か成功したので実績はあります。しばらく施術を受けてもらって、それで様子を見てみませんか」

「婦人科にもかかっているんですが、その治療も続けた方がいいですか?」

「ぜひ続けてください。西洋医学と東洋医学のそれぞれのいいところを採り入れれればいいかと思います」

 彼女は毎週欠かさず施術を受けた。ここまで信用してくれる患者は初めてということもあり、シンも施術に力を入れた。

 施術を始めて半年が過ぎ、十一月に入った。一度化学妊娠になったものの、着床まで至らなかった。

「やっぱり、駄目なのかな」

 彼女はベッドに横たわったまま涙を流した。シンは動転してしまって、どう声をかけたらいいのか分からなかった。

「諦めずにもう少し続けてみませんか。少なくとも化学妊娠はできたのだし」

「分かっているんです、先生が一生懸命施術されているのは。ただ、子どもができないのは運命なのかなって」

「結論を出すのが早すぎるのでは」

「子ども、できないんですね、わたし」

 彼女は次回予約を取らなかった。

 ――ゴッドハンドだ名鍼灸師だと夢見ていた学生時代、思えば気楽なものだった。実際はどうだ、ゴッドハンドどころか鍼灸師に向いていないんじゃないか。でも、向いていなくても、この道で生きていこうと決めたんだ、こちらこそ、簡単に諦めるわけにはいかないんだ……

 十二月の半ば頃、往診依頼の電話がかかった。五十代の女性からで、がんの放射線治療の副反応でひどい痛みに耐えかねている、鍼灸で何とかならないかという相談だった。

「どちらにお住まいですか?」

 電車やバスを乗り継いで片道二時間以上かかるところだった。

「すみません、ご相談は大変ありがたいんですが、ご自宅の近くに鍼灸院は?」

「いろいろ試したんですが、いい先生にめぐり合えなくて。偶然おたくのホームページを見つけて、この先生ならと電話を差し上げた次第です。交通費も含めてお支払いはきちんとします。どうでしょう、鍼で治りますでしょうか?」

「やってみないと分からないところもありますので、一度、施術させてください。その結果で、その後どうするかご判断いただければ」

 ――「やってみなければ分からない」。正直なのか自信がないのか。絶対治せます、安心しなさいと力強く言い切る方が患者の励みになるのかもしれない。だが、励ましや慰めは大事としても、そのために鍼を打っているわけではない……

 電話の後、シンはしばらく椅子に座ったまま、取り留めもなく考えた。

 往診先を訪れると、女性患者は可動式のベッドに寝ていた。シンの想像以上に彼女の状態は悪く、明らかに鍼では治らないと思った。問診をしているうち、その直観は確信に変わった。じっとしていても動いても痛い。長い寝たきり生活による褥瘡もある。ベッドに少しだけ傾斜をつけ、首を前に出すと胸や腹の圧迫感が取れて若干楽になるものの、その楽に感じられる角度の範囲がひどく限られている上、その体勢も五分と持たない……

 鍼を打つたび、彼女は痛い、痛いと悲鳴を上げた。 「他の先生の鍼は、こんなに痛くなかった。先生の鍼、すごく痛い」 「ごめんなさい、悪く思わないでください。長い寝たきり生活で筋肉がすっかり緊張してしまっています。この緊張をどうにか取らないと」 「鍼で、そんなことができるんですか?」 「ええ、反射という現象を利用して筋肉をリラックスさせ、筋肉に微小な傷をつけて鎮痛物質を出させて痛みを止め、神経や免疫の機能を整えるのが、鍼灸が効くメカニズムであり、存在意義でもあるので」 「そうなんですね、それじゃあ、我慢します」  施術後、痛みの程度は変わらなかったが、関節の動き具合は明らかに改善した。 「一回の施術でここまで動けるようになるなら、続けてみる値打ちはあると思います」 「毎回こんな痛い鍼なんですか? 施術を受けているうちに鍼の痛みに慣れてくることはあるんですかね?」 「鍼を浅く打てば痛みは感じにくくなりますが、効きは悪くなると思います。放射線治療をしたドクターは、神経性の痛みについてどんな風におっしゃっていますか?」 「それが、もう一年近く医療センターには行っていないんです。放射線治療をしていただいた先生が独立開業してしまって……それに、訪問サービスしか受けられなくなってしまったこの状態では、どっちにしても行けないです」

 放射線障害による神経性の痛みを取るのが難しいことは予習して知っていたが、彼女には言わなかった。それくらい、彼女もすでに調べているだろうと思った。 「痛み、止まらないんですね」

 胸が圧し潰れるような重い沈黙が流れた。 「放射線治療なんか受けなければよかった。何のために生きているんだろう、わたし」

  シンに背中を向けて泣く彼女に、慰めの言葉一つかけられない自分がたまらなく惨めだった。

 次の施術の約束はなかった。

 ――本当に鍼灸師になって良かったんだろうか。何のために仕事をしているんだろう。何のために生きているんだろう。エサキ先生やマエツ先生だったらどう施術しただろう?

 マエツ先生はシンが鍼灸院を開業してから半年ほど経った頃、病気で亡くなられた。OB会経由で訃報を受けたときはショックのあまり、しばらく鍼がまともに打てなかった。エサキ先生とは卒業以来一度も会っていないが、たまにエサキ先生に関するよくない噂が聞こえてきて心配ではあった。体調を崩して入退院を繰り返している、専門学校の運営がうまくいかず、私財を投入して何とか維持できている、云々。

 三月初めの休診日、シンは通勤路を散歩した。いつもは自転車で通り過ぎるところをゆっくり歩いてみようと思った。

 小川沿いの道に植わっている、普段はろくに見ない桜の木々を眺めた。早春の日を浴びる桜の蕾はこの世ならざる美しさを湛えていた。シンは歩みを止め、桜の蕾に顔を近づけた。枝から分かれた紅色の軸の先端に、今にも弾けそうな薄桃色の若やいだ花弁たちが、筆先の形に小さく纏まって蕾を形作っていた。

 ――前に桜の蕾を眺めたのはいつだったろう?

  桜をすり抜ける冷たい風がシンの顔に当たった。冬の厳しさを残しながらも、春の気配を感じさせる軽さのある風だった。風に桜の花の香りはしなかった。開花すれば匂うようになるのかもしれなかった。

 それまではいつの間にか咲き乱れている桜を適当に愛でていたが、今年は開花の瞬間に立ち会ってみようと思った。それから毎朝、通勤中に桜の蕾の状態を確かめては、無事に咲きますようにと祈った。

 桜の開花のパトロールを始めてから十日ほど経った頃、いくつかの蕾が花開いた。内側から光っているかのような薄桃色の花弁を眺めているうち、不意にマエツ先生の話を思い出した。

 ――分かった、なぜ名鍼灸師に釣りと競馬の名手が多いのか。魚を釣るんじゃない、魚が釣れるんだ。馬券を当てるんじゃない、馬券が当たるんだ。桜も花を咲かせるんじゃない、花が咲くんだ。咲いていくんだ。こちらが祈ろうが祈るまいが、自然の摂理によってひとりでに咲いていくものなんだ。病気もそうだ、鍼灸師が病気を「治す」んじゃない、自然の摂理に従って病気は「治る」ものなんだ。そして、花が開こうが開くまいが桜であることに変わりがないように、治ろうが治るまいが患者の命は輝いているんだ……

 謎が解けた喜びで、シンは桜の木から一頻り動けなかった。

 その日の昼前、鍼灸院に電話がかかった。不妊治療を受けていた女性患者からだった。

「先生、お久しぶりです。おかげさまで妊娠しました」

 強烈な悦びがシンの体を巡った。

「おめでとうございます。うれしいお知らせをありがとうございます」

「先生のおかげです」

「神様の贈り物ですよ」

「長らくご無沙汰していて本当に厚かましいですが、先生の施術、また受けてもいいですか?」

「もちろん。できる限りのことをさせていただきますよ」

「そう言えば、先生のところにお世話になったのも、今のような時期でしたね」

「そうでした、そうでした。諦めないで、本当によかった」

 しばらく後、市役所での用事を済ませて鍼灸院に戻る途中、シンはエサキ先生とばったり再会した。先生は相変わらずおしゃれだったが、別人のようにやつれていた。そのせいか猫背がずいぶん目立った。

「久しぶりだなあ。お茶でも飲もうか」

「一時間くらいしかご一緒できませんが、構いませんか」

「いいよいいよ、気にせんでいい」

 エサキ先生は紅茶の専門店に入った。先生は酒豪のイメージがあったので、シンには意外だった。

「君は、何を飲む?」

「ラプサンスーチョンにします」

「通だなあ。ぼくは、ダージリンにしよう」

 運命の不思議を感じながら、シンはスモーキーな香りの紅茶を啜った。

 シンがポットから二杯目を注ぎ終わるのを待って、エサキ先生が口を開いた。

「実は一昨年癌になって胃を全摘してね。ついでに胆嚢も。それから酒は飲まなくなった。タバコもやめた。一気に健康的な生活になった。何が幸いするか分からんね」

「手術、大変でしたね。再発はないですか?」

「再発なんかするわけないだろう、憎まれっ子世にはびこると言ってね。ところで君、ゴールデンドロップって何か知っているか?」

「黄金のしずく。何でしょう、分かりません」

「ポットに入った紅茶の最後の一滴のことだ。その一滴が、一番美味い」

「勉強になります。初めて知りました」

「ぼくも最近知った。この店で教えてもらってね」

 以前のエサキ先生はこんなに簡単に種明かししなかった。シンは少し寂しくなった。

「最近、ぼくはこんなことを考えるんだ。人生のゴールデンドロップはどんな味がするんだろうって。死ぬまで働いて、働き抜いて到達する境地とはどんなものだろうって。そういうことを考える時間が増えた。まあ、年を取ったんだな」

「わたしはまだ、そこまでは」

「当たり前だ。君はまだ若い。これからじゃないか。その年で人生のゴールデンドロップだなんて生意気だよ。そうそう、ゴッドハンドにはなれたか?」

「ゴッドハンドになるのは止めました」

「ほう!」

「神の手でなく、人間の手でありたいと思うようになりました。実を言えば、その人間の手にさえ、まだなれていないと感じています。今のわたしにできるのは、いつも明るく、前向きに、誠実に施術する。わたしに体を預けてくれる患者さんを、ほんの少しでも幸せにする、幸せになればいいと願う。それだけです。何だか志が低くて、すみません。わたしの中では、これでも大きな目標なんですが」

「志が低いだなんてとんでもない。君らしい、まったく君らしい。素晴らしい。わたしも、専門学校を開いた甲斐があったよ」

「ありがとうございます。わたし以外の卒業生にも会われましたか?」

「この前、君の同期のヒデユキと会ったよ。あそこは代々鍼灸師の家系だが、後継ぎの育て方が変わっていてね。鍼灸師の免許を取ったら必ず独立開業させるんだ、金融機関で借金もさせて。完済するまで親は一切援助しない。患者の紹介もしない。代々そうらしい」

「彼、元気そうでしたか?」

「親の鍼灸院から患者が何人か流れてくるそうなんだが、若先生は、若先生は、と何かと大先生の父親と比べられてうんざりしていると愚痴をこぼしていた。世襲制も、あれはあれでなかなか難しいもんだね。でもヒデユキのことだから、愚痴を言い言い大成するだろう。ぼくは心配していない。君は君で、ヒデユキとは別の形で大成していくし、鍼灸の未来は明るい」

「ありがとうございます」

「頑張りなさい。君に会えてうれしかった」

 駅の改札口でエサキ先生と別れた。

「それじゃあ、機会があったらまた会おう」

 エサキ先生が、微笑みながら軽く手を上げてシンに挨拶した。

 ――きっと、これが最後の出会いになる。

 とっさの予感に思わず涙が出たシンは、顔を見られないように頭を深々と下げて一礼し、両手で顔をこすりながらプラットホームへの階段を上った。

 鍼灸院に戻って事務作業をしていると電話が鳴った。五十代の男性患者からで、昼過ぎにぎっくり腰になって会社を早退した、明日から出張があるので何とかしてほしいとのことだった。

 腰の激痛で直立できない状態でやって来た男性患者への施術は三分もかからなかった。一通り鍼を打った後、患者に腰の状態を確かめてもらった。

「先生、ゴッドハンド。すごい。寝返りも打てる。しゃがめる。明日出張に行けます。運が良かった。鍼、ものすごく痛かったけれど」

「今回治ったのは神様のおかげですね。明日からの出張、お気をつけて。お大事に」

 患者が帰った後、シンは彼のカルテを書き、鍼灸院を掃除し、翌日来る患者のカルテをデスクワゴンから引き出して復習した。

(終わり)

(注)著作権は作者(本木晋平)にあります。無断での引用・複製・転載はご遠慮ください。

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