(良著紹介)「PEAK」②:心的イメージと限界的練習の関係

本、特に良著を紹介する時には、全体の構成/ストーリー/文脈に配慮されての一冊の完成形があるので、抜粋は著者に取っては極めて危険もしくは不快な行為かもしれない。それを承知で、本書は今の自分にとって重要なテーマで1文1文が読み返す度に新たな示唆がある本であるため、抜粋をメモとして残す。

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・十分な負荷を、十分な時間に渡って与えれば、身体はそれを楽にこなせるようになる。

・優れたパフォーマンスとは何か、どこを変えればパフォーマンスが向上するかなどについて共通の認識が無ければ、効果的な練習方法を開発することは極めて難しい。

・傑出したバイオリニストは、他のグループの誰よりも練習時間が多かった。Sランクの人は各種の目的ある練習に最も多くの時間を費やしていた。

・目的ある練習と限界的練習(deliberate practice)の違い。1️⃣対象となる分野が既に比較的高度に発達している事(あきらかに初心者と異なるレベル)2️⃣学習者に対して技能向上に役立つ練習活動を指示する指導者が必要。

・多くの分野でベストとそれ以外を分けているのは、心的イメージ(mental presentation)の質。

・トップガンはパイロットに様々な訓練を課し、命を落とす事なく失敗を経験し、feedbackを受けて改善する方法を学び、学んだことを翌日実践する機会を与えた。しかもこの作業を来る日も来る日も繰り返させた。(中略)トップガン流練習法に共通する暗黙のテーマの一つに行動重視の姿勢がある。(中略)最終的にモノを言うのは何を知っているかではなく、何が出来るかだ。

・技能を蔑ろにして知識に主眼を置く傾向が見られる。大勢の人にまとめて知識を教える方が、練習を通じて技能を習得できるような状況を提供するよりはるかに簡単なのだ。(中略)限界的練習が最も重視するのは技能だ。技能を発達させるのに必要な知識は身につけるが、知識の習得そのものが目的になることは決してない。とはいえ限界的練習をすると、その過程で学生はかなり多くの知識を身につける。

・学生に事実、概念、法則を教えるとバラバラのかけらとして長期記憶に保存され、それを引き出して何かしようとすると(問題を説く、問いに答えるための論拠とする、主題や仮説を導き出すために整理・分析する)注意力や短期記憶の制約がかかってくる。解を見出すための作業の間、こうしたバラバラで関連性のない情報のかけらを全て頭のなかに留めておかねばならないからだ。だが全ての情報が、特定の行為の心的イメージとして統合されている場合、個別のかけらは互いに結びついたパターンの一部となり、それぞれの情報に文脈や意味が与えられるため作業がしやすくなる。講義計画を作るときは「学生が何をできるようになっているべきか」を考える方が、「学生が何を知っておくべきか」を考えるよりはるかに効率的だ。というのも後者は前者についてくるものだからだ。

・若い学習者にとって、心的イメージを身につけるメリットとは、その能力を自らの力で極めていく自由が手に入ることだ。(中略)学生に1つの分野で心的イメージを身につけさせるとその分野だけでなく、どのような分野でも成功するには何が必要か、理解するきっかけとなる。(中略)さまざまな分野でトップに立つ人は生まれつきの才能によってその座を獲得したのではなく、長年にわたる練習を通じて人間の身体や脳の適応性を活かして能力を発達させてきた。(中略)限界的練習を通じて、能力を身に付けていくと、その能力に対して肯定的なフィードバックが返ってくるため、さらに向上したいという意欲につながりやすい。誰にでも好きな能力を伸ばしていく力が備わっていること、能力を伸ばすのは楽ではないがそれに見合うだけの見返りがあることを若者に示せば、彼らが生涯にわたって限界的練習によって様々な能力を発達させていく可能性を高めることができるだろう。

・傑出したプレイヤーが自らの能力を駆使することに深い満足や喜びを感じ、新たな能力を見つけるため特にその分野の限界に挑戦するために努力することも大きな達成感を得ている。いつも新たな挑戦やチャンスがあり、退屈ための刺激的な旅を続けているような感覚だ。(中略)全てが噛み合うと、ミハイチクセントミハイによって有名になったフローと言う心理状態に近い、洗えることが難なくできてしまう状況に到達する。

・たとえ自らの分野の最先端に到達できなくても、自分の人生を主体的に選び、能力を高めていくと言う挑戦を楽しむ事は誰にでもできる。限界的練習が当たり前のものとなった世界では、われわれは強い意欲と満足感を抱いているはずだ。自らを向上させようと努力している時、われわれは最も人間らしさを発揮していると言えるのではないか。他の生き物たちが、人間は意識的に自らを変え、思い通りに自らを向上させていくことができる。これこそ現存する、あるいはかつて存在したあらゆる他の種と我々との違いである。

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なぜ心的イメージ(mental presentation)が重要なのだろうか。心的イメージを持つようになると、理想のあるべき自分と現在の自分のギャップを認識し、自分への問いかけが始まる。何故自分はうまく行ってないのか、何をどう直せばいいのか(例:バイオリン、パイロット訓練生)。ただ努力するだけでは伸びない。世界的な超一流を目指すのであれば「目的のある練習」から「限界的練習」に移る必要があるだろうが、私を含め多くの人は、「目的のある練習」のマスターで十分ではないか。1万時間を費やして特定の狭い分野での超一流を目指すより、「目的のある練習」を少なくともマスターし、自分で3つのF(focus,feedback,fix)ができれば十分だ。限界的練習をマスターするよりも、3000時間で競争の少ない(可能であれば"掛け算の効果が高い"複数の)分野にて傑出して、まずは経済的な基盤を作り上げたいというのが、今の自分の正直な感想だ。「効果的なfeedback → 継続できる→習慣になる→自己効力感高まる→積極的に行動するようになる→ドーパミンが分泌され、A10神経を巡る→幸せを感じる」という良いサイクル/環境に自分をおき、今の社会において求められている需要を見極めながら、供給の一端を担う。それを課題としたいと思う。

一流になるには多くの時間を費やす必要があることは理解したが、知りたいのは、自分の能力を効率的に向上させる「正しい方法」は具体的に何かを、より正確に知る方法だ。現在の自分の能力の課題はどこにあるのか(focus)のfeedbackを"すぐに"受けられ、その改善点を翌日には直し(fix)、再度feedbackをもらう。この環境を自分で構築できるか。知識を効率的に自分の技能(何を実際にできるか)に変換する術を持っているか。

子供への教育においても本書に紹介されている「限界的練習」を考慮した教育を受けて貰いたいと思っている。ノーベル物理学賞を受賞したCarl Wiemanの実験(Improved learning in a large-enrollment physics class"Science 332(2011):862-864)により、それまで授業を担当したことのない大学院生とポスドク生でも、限界的練習の知識を活用した教授法で大きな学習効果を生徒に与えられることが(伝統的な教授法との比較で)証明されている。

(PEAK: 日本語版)

(PEAK: 原著)

https://www.amazon.co.jp/Peak-Secrets-New-Science-Expertise/dp/0544456238


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