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(良著紹介)「PEAK」④:限界的練習の実践

「いかに自分が取り組んでいる分野において、限界的練習(deliberate practice)」となる学習法を見つけられるか、またそれを実施できる環境を整えられるか?」本書を読んだあとの私の関心はそこにある。

最終章Homo Exercens (邦題:人生の可能性を切り拓く)において、物理学の授業において「限界的練習」を取り込んだ授業(実験では、先生として授業を受け持ったことのない大学院生が、限界的練習を取り込んだ授業を行った)を受けた生徒の成績が変わる例が示される。従来の授業法との違いは下記の通り。

・技能と知識、すなわち「何ができるか」と「何を知っているか」のどちらに重きを置くかにある。限界的練習が重きを置くのは技能(skill)。技能(skill)を発達させるのに必要な知識は身につけるが、知識の習得そのものが目的になることはない。全ての情報が特定の行為の心的イメージ(mental presentation)として統合されている場合、個別のかけらは互いに結びついたパターンの一部となり、それぞれの情報に文脈や意味が与えられるため、作業がしやすくなる。

・何かをしようと努力し、失敗し、やり方を見直し、再び挑戦するという作業を繰り返す中で、(心的)イメージはできていく。最終的には伸ばそうとしている技能に見合った有効な心的イメージができるだけでなく、その技能と関連性のある膨大な情報も身に付く。

・授業に来る前に、あらかじめ授業中に扱う概念を一通り知って貰うことを目的として、毎回の授業前に教科書の課題部分(通常3−4ページ)を読み、それについて「はい・いいえ」で回答する小テストをネットで受けさせた。

・限界的練習型の授業の目的は、学生に知識を与える事ではなく、物理学者のようにモノを考える練習をさせることだった。テスト問題は、普通の学部一年生には難しい概念について考えさせるようなものばかりだった。学生たちが小グループ単位で問題を議論し、回答を送ると、デロリエ(注:実験に参加した研究者の一人)が結果を表示して学生からの質問に答えるなどして説明を行なった。仲間との議論を通じて、学生は概念について深く考えたり、何かと関連づけたりして、与えられた問題をさらに発展させていくことが多かった。

・1回の授業あたり複数の問題が出され、時にはデロリエが説明の後に更なるヒントを与え、もう一度同じ問題についてグループデスカッションさせることもあった。学生達が特定の概念について理解に苦しんでいる時には、ミニ講義をする事もあった。毎回の授業中にはactive learning taskとして各グループの学生が一つの問いを考え、一人ずつ個別に回答を記入して提出し、それを受けたデロリエが、回答を示して誤解があれば説明するという作業もあった。授業中はシェルー(注:実験に参加した研究者の一人)がグループを回って質問に答えたり、議論に耳を傾けたり、問題がありそうな分野を確かめたりした。

・伝統的教授法のクラスと比べ、このクラスの学生達ははるかに積極的に授業に参加した。デロリエのクラスの学生は様々な概念の理解度について、仲間の学生や教員から即座にフィードバックをもらっており、誤って理解していた場合もすぐに正された。小テストは問題を正しく理解し、どの概念が当てはまるか考え、そこから答えを論理的に導き出すものだった。

・ワイマンらは授業終了後に、学生が何をできるようになっているべきかをリストにまとめ、それをいくつもの具体的な学習目標に落とし込んだ。これは典型的な限界的練習の手法だ。各ステップで学ぶべき心的イメージを明確にし、学生に次のステップに進む前に、確実に適切なイメージを身に付けさせることに力点を置いた。

公立校の指導において、上記の限界的練習を用いた指導法を取り込むのは難しいだろうか。子供は国にとっての希望であり、宝であるはず。限界的練習の知識を反映させれば、様々な分野における教育の効果を劇的に高められる。現在でもグループ学習がほとんどで、個々の生徒が何に注力すべきかは考慮されていない。私も含め、大抵の人は"傑出したプレーヤのように自らのパフォーマンスを計画、実行、評価するのに心的イメージを使う事がどれほど有効かを、理解できるほど何かを極めたことがない。だからそのようなレベルに到達するのに何が必要か、どれほどの時間と質の高い練習が必要かを、本当のところを理解できてない。"

金脈はここに眠っている。「身体や脳の適応性を活かし、自分の才能を意のままに伸ばしていけるツール」「自分は何度でもやり直せるという自信、それを成し遂げるためのツール」「若者が絶対に手に届かないと思っていた能力を手に入れる経験を通じて自分の能力は自らの意のままに伸ばす事ができること、生まれつきの才能などという古臭い考えに囚われる必要はないということを身をもって学ばせる必要がある」「急速な技術進歩によって仕事、余暇、生活環境が変化し続ける世界に対する唯一の解は、自らの成長は自らが決めるものであることを理解し、それを実現する方法も心得た人々の社会を創ることかもしれない」次は、本書Anders Ericsson氏にもインタビューし、Gritの名を広めたAngela Duckworth氏の本を日英で読んでみよう。


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