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◉[3 大阪長屋]~大阪の都市型住宅の「原型」について

◉「大阪長屋」は、大阪の都市型住宅の「原型」です
1940年には、大阪の住まい全体の94.86%が「大阪長屋」で、大阪の都市型住宅の、ほぼすべてが「大阪長屋」の時代がありました。大阪の都市型住宅のお手本は、「大阪長屋」です

[大阪長屋の街並み] 所蔵:大阪くらしの今昔館(下2列)

「大阪長屋」は、明治時代・大正時代・昭和時代の〈終戦〉まで大阪に建て続けられた、[上の写真]のような大阪の連棟型の都市型住宅です
長屋形式の住宅は、大阪に限らず近代以前から建てられていましたが、「大阪では都市型住宅の主役として、大阪長屋が〈終戦時まで〉終始一貫して建て続けられた歴史」の中で〈大阪長屋独自の型〉が生まれて、「大阪長屋」は、他の地域にはない発展を遂げました
「大阪長屋」以前=〈江戸時代よりも前の時代〉に大阪の都市型住宅はなく、昭和時代の〈終戦以降〉は、大阪の都市型住宅は発展していません
つまり、「大阪の歴史自体は長くても、大阪の都市型住宅の歴史=〈大阪長屋の歴史〉以外にはない」のです
昭和時代の〈終戦以降〉・平成時代と、大阪の都市型住宅が全く発展することなく〘令和時代〙に至りましたが、〘令和時代〙は、大阪の都市型住宅の唯一のお手本、「大阪長屋」を正統的に現代化して、〘令和時代〙の「大阪の都市型住宅」を完成させていく時代だと考えています

令和時代以降、大阪市内の各エリアに現存する「大阪長屋」を撮影してきた Instagram 写真集です
※ご覧になれない場合は、WEBブラウザをご利用ください


〈自然豊かな「庭」のある「大阪長屋」を現代化して、令和時代の「大阪の都市型住宅」をつくる〉

〘令和時代〙のコロナ後、住宅の中に〈自然〉を取り込んだ住宅が求められていますが、「大阪長屋」は、〘江戸時代から〙住まいの中に〈自然〉を取り込んできました
「大阪長屋」を「庭」で分類すると、①裏庭型・②裏庭+表庭型・③通り庭型の全3タイプになります

大阪長屋だけの②裏庭+表庭型は、大正時代<後半>~昭和時代〘戦前〙まで建てられていました

明治時代・大正時代・昭和時代に建てられてきた全3タイプの「大阪長屋」に、すべて「庭」がありました
「大阪長屋」が建てられなくなった昭和時代の戦後、合理性を追求して、長屋が団地に置き換えられ、〈団地→高層マンション→超高層マンション〉という『合理的な発展』はしましたが、それは見方を変えれば、かつての「大阪長屋」の中に「庭」があり、1年中暮らしの中に〈自然〉を感じられた豊かな住まいの形が失われ、大阪の都市型住宅の中から「庭」がなくなっていった、〈大阪の都市型住宅の『退化』の歴史〉とも言えます
〘令和時代〙は、『戦争』によって失われた「大阪長屋」の進化を取り戻すべく、「大阪長屋」を研究して、「大阪長屋」を「庭」を軸にして分類・現代化し、「大阪長屋」を正統的に現代化した「大阪の都市型住宅」をつくるべきだと考えています
〘令和時代にするべきこと〙は、大阪の街に現存している「大阪長屋」を丁寧に保存していくと同時に、新たな大阪の都市型住宅を生み出して、「大阪長屋」の歴史の流れを「昭和」から〘令和〙へと丁寧に繋いで、〘令和時代〙に「大阪長屋」を都市型住宅として、進化させていくことだと考えています
「大阪長屋」を継承し、今の時代に合わない部分は、〘令和時代〙の感覚で改良しながら現代化していくことで、〈風通しと日あたりが良く、広いリビング(居間)と広いバルコニーと、庭があって、緑を感じられる住宅〉という、今の時代に住宅に求められている、本質的な条件を満たした「大阪の都市型住宅」をつくることができます
新しい「大阪の都市型住宅」は、大阪の住まいの歴史の中で育まれて、明治時代・大正時代・昭和時代に、大阪人と大阪の風土に最も相性の良かった「大阪長屋」を現代化することが最も本質的です
◉[下のボタン]をクリックすると、大阪長屋を現代化した、〘令和時代〙の「大阪の都市型住宅」=<新・大阪長屋>の全48タイプの note が開きます

「大阪長屋」の5つのポイント

❶1940年には、大阪の住まい全体の94.86%が「大阪長屋」で、大阪の都市型住宅の、ほぼすべてが「大阪長屋」の時代がありました
❷大阪の「都市型住宅の原型」は、〈大阪長屋だけ〉です
❸大阪長屋を「庭」で分類すると、①裏庭型・②裏庭+表庭型・③通り庭型の全3タイプになります ※下記に詳しくご説明しています
❹大阪長屋の②裏庭+表庭型 は、〈大阪長屋だけの独自の型〉です
~大阪には、大正後期から昭和初期にかけて、人口が「日本第1位」の時代があり、大阪の人口密度が最も高い時代に、どのようにして大阪に豊かに住むかを考え抜かれて、「表庭」のある〈大阪長屋だけの独自の型〉が生まれました
❺大阪長屋の特徴的な「屋敷のような高い塀で囲まれた表庭と裏庭」と「通り庭」(土間) ※下記に詳しくご説明しています

<❸・❺について、下記に詳しくご説明しています>

❸大阪長屋を「庭」で分類すると、①裏庭型・②裏庭+表庭型・③通り庭型の全3タイプになります
※大阪長屋の3タイプすべてに「庭」があり、〈大阪長屋の独自の型〉=②裏庭+表庭型 が生まれた時に、「表庭」という新たな「庭」が、大阪の都市型住宅に追加されたことから、大阪長屋を「庭」で分類しています

〈下記に①裏庭型・②裏庭+表庭型・③通り庭型 について、詳しくご説明しています〉

大阪長屋①裏庭型
:大正時代<前半>~

大阪長屋の1軒(1住戸)の中に「裏庭」のある型です

大阪長屋②裏庭+表庭型
:大正時代<後半>~昭和時代〘戦前〙

大阪長屋の1軒(1住戸)の中に、「裏庭」と「表庭」のある型です
◉大阪長屋②裏庭+表庭型 は、「大阪長屋」だけにある、〈大阪長屋の独自の型〉です◉

大阪長屋③通り庭型
:明治時代~

大阪長屋の1軒(1住戸)の中に「通り庭」(土間)のある型です
※明治時代の大阪長屋であるため、大阪市内に現存している数が少なくなってきています

※大阪長屋には、上記の①・②・③型の他に、④表庭型[表庭のある型]・⑤庭のない型・⑥中庭型[中庭のある型] 等がありますが、いずれも少数派の型(⑥が最も少ない型)であるため省略して、典型的な①・②・③型に分類しています


❺大阪長屋の特徴的な「屋敷のような高い塀で囲まれた表庭と裏庭」と「通り庭」(土間)
※大阪長屋独自の②裏庭+表庭型 には、〈コンパクトな屋敷〉のような造りのものが数多くあり、「裏庭」と「表庭」は、現代の住宅では考えられないほど高い塀で固まれた、特殊でプライバシー性の高い「庭」になっています

〈下記に、大阪長屋の「表庭」・「裏庭」・「通り庭」(土間)について、詳しくご説明しています〉

[ⅰ]大阪長屋の特徴的な「表庭」=〈屋敷のような高い塀で囲まれた表庭〉について

◉「表庭」は、大阪長屋特有の②裏庭+表庭型 のみに設えられた「庭」です◉

[ⅰ-ⅰ]大阪長屋の「表庭」の分類について

大阪長屋の「表庭」は、10タイプに分類できます

[ⅰ-ⅱ]大阪長屋の「門塀」の分類について

大阪長屋特有の「表庭」の「門塀」の門と塀は、それぞれ5タイプに分類することができます

[ⅱ]大阪長屋の「裏庭」=〈屋敷のような高い塀で囲まれた裏庭〉について

「裏庭」は、大阪長屋①裏庭型・②裏庭+表庭型・③通り庭型 の全3タイプ共通で設えられた「庭」です

[ⅱ-ⅰ]大阪長屋の「裏庭」の分類について

大阪長屋の「裏庭」は、この5タイプに分類できます

[ⅲ]大阪長屋の「通り庭」(土間)について

「通り庭」は、大阪長屋③通り庭型 のみにある「庭」(空間)です。 所蔵:大阪くらしの今昔館(下2列)


◉大阪長屋のある街並みと、大阪長屋を令和時代に現代化していく必要性について

1.小さな〈お屋敷〉のようなつくりの、大阪長屋②裏庭+表庭型 の長屋が建ち並ぶ、大阪の街並みが面白い!

一般的に、「大阪=お笑いの街」という、大阪が「ユニークな大都市」であるという認識が定着していますが、大阪長屋独自の②裏庭+表庭型 の高い塀の連続する外観は、一般的には、その何倍もの広さの敷地に建っているような1軒の〈お屋敷〉の外観を、「信じられないほど圧縮」して、1住戸あたり間口2間(幅3.64m)等に納め、それが連続して何軒も建てられたもので、大阪人なら見慣れた風景ですが、「改めて、よく考えてみると」、大阪の庶民の住居が一般的には狭小間口といわれる間口2間(幅3.64m)でも、必ず巨大な〈お屋敷〉の形式を踏襲しているのですから、かなりユニークなものです
かつては、何軒も連続して建ち並んでいたため、全体のボリュームとしてお屋敷的にも見えていましたが、現在では、新しい2軒の現代の住宅の間に、1軒だけ間口2間(幅3.64m)の〈お屋敷型〉の大阪長屋が残って建っていたりしますので、さらに大阪らしさが強調されていて、とても面白く感じられることがあります

2.大阪長屋独自の②裏庭+表庭型 の住まいの中から、高い塀で囲まれた静かな「裏庭」と「表庭」を眺めたいと考えていた、かつての大阪人の豊かな暮らし

一般的に、「大阪人=社交的・気さくなイメージ」が定着していますが、かつての大阪人定番の住まい、大阪長屋独自の②裏庭+表庭型 は、〈お屋敷〉のような格式のあるつくりで、上記のイメージの大阪人の住まいのイメージと、少なからずかけ離れています
さらに、大阪人は外では社交的でも、住まいの中では、「高い塀で囲まれた静かな裏庭と表庭を眺められる、プライバシー性の高い住まい」で過ごしたいと考えていたところにギャップを感じ、そこに大阪人の「本質」があるのではないかと考えています

3.令和時代に、大阪長屋独自の②裏庭+表庭型 を受け継いで現代化し、大阪の新しい都市型住宅をつくっていく必要があると考えています

令和時代の大阪には、『大阪らしさのない住宅』が新たに数多く建てられていますが、この状況を見過ごしていたら、未来の大阪の街並みが、かつてのようなユニークさを取り戻す(大阪の街が、これまで以上に面白くなる)ことはないと考えています
既に述べてきましたように、大阪長屋独自の②裏庭+表庭型 にこそ、「大阪の都市型住宅の本質」があり、この型を令和時代の「大阪の都市型住宅」に受け継いでいくべきだと考えています
令和時代は、今までの大阪の住まいの歴史全体を把握した上で、〈本当に、今の大阪に必要な都市型住宅とは何か〉を考え抜いて、本質的に面白味のある新しい「大阪の都市型住宅」を建てて、再び大阪の住まいの質を上げていく時代だと考えています

PC・ノートPC・タブレット等、大きめの画面でご覧頂いた方が見やすいです
Ⓒ2022 C

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