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【恐い話】川の畔で

俺、床屋とか美容院とかまじで嫌いなのよね。
なんでかって言うと、唯一体験したことがある変な話に関わってくるんだけど、聞いてくれ。
たぶん小学生の高学年くらいだったと思う。

年末にばあちゃん家に遊びに行ってて、置いてある漫画も読み尽くして、1日1時間ルールのゲームもやっちゃって、あーやることないなーとうだうだしてた。

ばあちゃん家は田舎で、水が綺麗で有名な川の流れる城下町だったから、至る所に水路とか井戸とかあって、よし、そこに葉っぱでも流して追いかけるか、って思い立った。

妹は低学年でお絵かきに夢中だったから、母ちゃんに声掛けて一人でふらっと外に出かけた。

適当にそのへんの葉っぱを何枚かむしって、水路に放って一人でレース開催するわけよ。どの葉っぱが一番早いか、頭の中で決めてね。

大体はグレーチングの中にある水が溜まるとこ(なんて言ったらいいかわからん)に行き着いて、レース終了。また適当な水流見つけて、葉っぱを放る。
昔は、このグレーチングの中に鯉を飼ってて、水が綺麗な事をアピールする、みたいな風流な事もしてたんだけど、バカな観光客どもがその中にタバコポイ捨てしてから、もうやらなくなった。

そんで何回かレース開催して終了すると、やがて川の近くまで来てることに気が付いた。

夏の川は爽やかで、冷たくて気持ちいいから大好きなんだけど、冬の川は少し陰鬱な感じがして、苦手だった。子どもながらに足滑らせたら凍死するっていう認識があったのかは分からないけど、自然を畏怖してたんだと思う。

それでも暇だったから、ただなんとなく、川にかかる橋の欄干から顔を覗かせて流れを見てた。前日の雨で濁流になっていたから綺麗って気持ちはなかった。ただ、スリルを楽しんでたような気はする。

八岐之大蛇を素戔嗚尊が討伐したって云う伝説は、川の氾濫を巨大な複頭の蛇に見立ててあって、討伐者は治水者を意味しているって説があるじゃん。もちろんこれは大人になってから知った話なんだけどさ、大自然ってのはやっぱりいつの時代も怖かったんだなって感じがするよね。

閑話休題。

欄干から覗かせてた顔をふと左にやると、物陰がごそっと動いた気がした。

何度も言うようで忍びないけど、本当にド田舎だったから、野生の猿とか平気で畑の野菜を食べに来るし、道路を渡ってたりするのね。じいちゃんが生きていた頃は猟銃持って裏山に行って、フレッシュなジビエを獲ってきて食べたりしてたらしい。

そんな田舎だから、野生動物かなって思ったんだけど、視界の端に捉えた感じでは、なんとなーく猿とかのサイズじゃねえなって気がした。

どうも気になった。
その物陰は橋の下に行った感じがするから、河原まで降りて見てみようと思った。

時間は正確に覚えてないけど、少し辺りは暗くなってた。

降りてみると、橋の下は目を凝らさないと何があるか分かんないくらい薄暗くて、これはさすがに見つけるの難しいかな、って半ば諦めながらうろうろしてた。

ふと、対岸に人の形がある事に気付いた。
人の頭から肩にかけてのシルエットって結構目立つから、薄暗がりの中にいても浮かび上がるように確認できた。

その形がさ、伝え方がむずいんだけど

角大師って分かる人いるかな。

調べたら出てくると思うんだけど、その御札に書いてある黒い人影そっくりのやつが、対岸に悠然と佇んでいた。

それこそ角大師の御札のように、肩とか太ももの付け根が太くて、末端になるほど細くなり、ぐにゃんぐにゃんな四肢だった。

まあ普通に、ビビるよね。
逃げようって思うんだけどもう身体動かなかった。

やばいやばいと思いながらも、川挟んで少しの間向かい合ってたら、ゆるっとその黒い影が動き出した。

その動きが、どうも舞みたいに見えた。
舞というか、盆踊りというか、どじょうすくいというか、まあとにかく陽炎が揺らめいているようで、実は一定の動きをパターン化してて。

それ見てたらだんだんと、なんでかわからんけど楽しく見えてきてね。なんだあのダンス、めっちゃ楽しそうじゃん、と思って食い入るように見てた。

たぶん黒い影に顔があったら、すごいひょうきんな笑顔で踊ってるんだと思うくらいには楽しそうに見えて、もう俺もうずうずしてきてさ。

身体がもう動く事を確認したら、なんとかその振り付けを真似したいと思って必死に後を追って踊り始めた。それくらい蠱惑的で魅力的な、黒い影のダンスだった。

そんなに難しい振り付けではなかったから、4周か5周した頃には目コピも出来て、完全に俺も踊れてた。

踊れるようになったら、もう脳内麻薬というか、エンドルフィンだかドーパミンだかわからんけどドッバドバだったと思うよ。頭の中がすごくクリアになって、身体の末端までの仔細な動きが制御出来て、全能感に溢れてた。マリオのスターだね。無敵でキラキラで脳波もα波とβ波が出てリラックスしてるのに興奮してる。そう、多幸感に包まれて、恍惚とする、トランス状態。




振り付けの中に、一度後ろを振り向くところがあった。
俺が振り向く度に、対岸の黒い影は近付いてきていた。

その事に気が付くと同時に、全身が汗でびしょびしょになっている事にも気が付いた。冬の凍てつく風が濡れた服に突き刺さる度に、体温を奪っていく。

体温が下がると、さっきまで高まっていた脳内の何かも急激に冷えていった。忽ち喉の渇きに意識が向かった。渇きすぎて、呼吸が痛い。気道がへばりつく。喉を鳴らしても一滴の唾液も嚥下できない事が、相当な時間踊っていたという事実を知らしめる。

くるん。
後ろを振り向く。
黒い影は近付く。

川に入水したようだが、水音は聞こえなかった。

くるん。
後ろを振り向く。
黒い影は近付く。

くるん。
後ろを振り向く。
黒い影はもう、すぐそこに立っていた。

最早呼吸さえままならない状態で、手を伸ばせば触れる距離で、俺は黒い影と踊っていた。

踊りはやめられなかった。
やめたくても、酸素が足りなくて視界がチカチカしても、身体が凍えきって自分の手足の感覚がなくなっても、止められなかった。

きっと、オドラされていたんだと思う。

くるん。
後ろを振り向く。
黒い影は踊りをやめていた。
俺はやめられなかった。

目鼻の先まで黒い影は近付いていた。





そこでやっと、その影が人毛で構成されている事に気が付いた。

黒黒としたものと白髪が入り混じり、長短、ストレート、ちぢれ毛に関わらず、大量の人毛で人の形を成していた。

その事を理解した途端、操り人形の紐が切れたかのように、黒い影は形を成す張力のようなものを失い、俺に倒れ込むように崩れ落ちた。大量の人毛は、汗をかいた皮膚にへばりつき、渇ききった口腔と鼻腔にちくちくしたものが入り込んだ。言わずもがな不快でたまらなかったよ。

かろうじてできていた呼吸がまともにできなくなり、そこで意識を失ったと思う。


ふと目を覚ますと辺りは真っ暗で、体は完全に冷え切っていた。

大量の毛は、風に飛ばされたのかどこにも落ちていなかった。

服や身体のどこにも毛がついていないことを手探りで確認して、慌ててばあちゃん家に走って帰った。



道中で口の中に違和感を覚えて指を突っ込むと、長細い白髪が一本だけ入っていた。





床屋とか、美容院って、切った毛を床にまとめるじゃん。
あの、毛の塊がもう嫌で嫌で。


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