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One More Coffeeを君と。

もう5年以上前に別れた年下の彼女から連絡があった。

俺はというと彼女と別れて数ヶ月も経たずに年上の女と縁があり、なし崩しに結婚。一人娘に恵まれて、平凡だけどまぁまぁ幸せな暮らしをしている。

それらの近況は連絡してきた元彼女に伝えているし、あの子の性格からして復縁を迫るようなタイプでもない。

数年ぶりの文面は少し他人行儀な挨拶から始まって、「知らせたいこと」があるから久しぶりに逢って話したいのだけど・・・という内容だった。

彼女が指定してきた場所は、俺たちが別れ話をした都心のスターバックス。お互い引くに引けない性格というか減らず口も手伝って、そこから徒歩10分圏内の携帯ショップで俺が契約した彼女の携帯電話の解約を言い渡されて、当時の俺は訝しそうに眺めるショップ店員の視線を感じつつ、その日で彼女の携帯を解約した。

そりゃあ、付き合っていた頃はそれなりに真剣だったし、お互いの両親も紹介し合って俺の仕事が落ち着く頃に結婚しようと二人で計画も立てていた。

そんな親同士公認の俺たちが別れる数ヶ月前のこと。

付き合っているあいだ毎日、途絶えることのなかった彼女からの連絡が急に二週間ばかり途絶えたことがあった。俺はてっきり他の男が好きになったんじゃないか・・・と疑った。当時の彼女が俺のことを一途に好きだったことは、別れてもどうしても離れ難くてダラダラと逢瀬を繰り返した時の会話から明白だったし、どうやらその空白の二週間、彼女は結婚専門のカウンセラーに二人の将来について相談していたことを彼女の口から聞かされた。

そんな二人の別れが決定的になったのは、俺に新しいオンナ(今の妻)の影を感じた彼女からの「今度こそ会うのは、最後にしよう。」という言葉だったし、俺は彼女に対する申し訳ない気持ちを噛み締めつつ、こうでもしなきゃ前に進めない二人の将来を考えて別々の道を歩くことを決断した。

別れた当時の記憶を辿りながらグランデサイズのホットコーヒーを飲んでいると、当時とさほど変わらない彼女が俺の席近くまで来ていた。

「変わってないね!元気だった?」

「そういう君も変わってないね。俺は見ての通り、年を取ったよ(笑)。」

「えーっと、言うほど年を取っている感じはしないけど(笑)私だって、もう三十路ですよ。月日が流れるのは早いよねぇ、ほんと。」

「本当だな。ところで何飲む?俺と同じので良いなら注文してくるけど。」

「同じのでいいよ。でも私はアイスが飲みたい。」

「わかった。」

席を立って注文したコーヒーを待ってる間、気づかれないように彼女のことを観察する。出会った頃は20代だったから確かに年齢は重ねている。でもそれは俺も同じことだ。外見的には付き合っていた頃より肉付きもよくなった分、性格も同様に、多少は丸くなっている気がしないでもない。むろん、そんな余計なことを彼女に伝える気は、サラサラない。

「お待たせ。」

「ありがとう。いくらだった?」

「いやいや、付き合ってた頃、君に払わせたことあった?(笑)もちろん、これも俺のおごり・・・とは言っても”One More Coffee”だけどね。」

「そうね、付き合っていた頃は、毎月の携帯代金も全部払ってくれていたもんね(笑)。それにしてもOne Moreコーヒーって何?」

「今日のセレクトメニューを頼んだら、もう一杯がお手頃に飲めるシステムのことだよ。俺も最近、会社の事務の子に教えてもらったの。」

「へー・・・それは、いいシステムね。勉強になるわ。」

「・・・勉強になるってほどの事じゃない。今の俺、しみったれてんだよ(笑)。」

「何言うの?しみったれてなんかないよ(笑)。えーっとね、あのね・・話っていうのはさ・・・実は私、来年の春に結婚するの。」

「・・・多分、そんな話なんじゃないかと思った。お世辞じゃなく綺麗になったもんな。」

「(笑)相変わらず、調子いいこと言うよねー。」

「調子がいいのは生まれつき。そしてお前は本当に、相変わらず綺麗だよ。」

自分でも驚くくらい饒舌に俺は彼女を褒めた。正直、数年ぶりの再会だ。突然送られてきた文字だけの連絡。7つ年下とはいえ30代になっている彼女の容姿が多少劣化していても俺は驚かないつもりだった。

でも今目の前にいる女は、目の前にいるかつての俺の恋人は、付き合っていた頃からは想像できないくらい穏やかな笑みを浮かべて、照れ臭そうに伏し目がちにうつむいている。

「相変わらず褒めてくれてありがとう。ちゃんと幸せになるって伝えたかったんだ。」

「その話をするために俺たちが別れ話をした場所を選ぶところが、君らしいじゃない(笑)。」

「あーーーそうだったよね!人前で結構、激しめな口論しちゃったし。だから、しばらくここのスタバ来れなかったのよ(笑)まぁ、自業自得だけどね。」

「俺も君と別れて以来だよ、ここに来たの。・・・なぁ、次回はさ。」

「・・・次回は何?」

今度こそ、永遠に他の男のものになる彼女が婉然と微笑みながら俺の目を見る。その姿に見とれながら、俺は渾身の理性を振り絞ってこう言った。

「今度は、旦那になる男とOne More Coffeeしたらいい。」

「そうね、そうする。」

うふふ。とこぼれんばかりの笑顔で彼女はうなずいた。

(了)

*コロナ陽性に身悶えながらの、半分フィクションでございました。

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