建築と土木─『新建築』2018年3月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)



評者:連勇太朗×岩瀬諒子
目次
●「広場」の解釈
●「つくること」と「変えないこと」
●建築と土木のあいだ


「広場」の解釈

  今月のプロジェクトを見ながら,一昨年亡くなった小嶋一浩さんが,「専門家側が勝手に引いた都市計画,土木,建築などの境界は,生活している人にとって意識されない無意味なものだ」,という趣旨の発言が思い出されました.
ただ,現代社会にはそうした素朴な感覚と,制度の間に埋めがたい溝があるというのも事実で,ここに次の時代の建築家の主戦場があるのかもしれません.
今回はそうしたことを議論したく,岩瀬諒子さんに対談相手をお願いしました.


岩瀬  3月号は前半に震災復興関係の文化施設,後半に公共空間という構成でしたが,俯瞰すると,震災復興で求められたであろう「集う」「支え合う」という状況と親和性が高い「広場」の取り扱いが全体に通じていて,前半に散見された土間を拡張したような建築側からの広場の解釈と,後半の丸の内広場に代表されるいわゆる土木デザイン的な解釈とが同じ号に並ぶ興味深い内容でした.

東京駅丸の内駅前広場整備|
東京駅丸の内広場整備設計共同企業体(ジェイアール東日本コンサルタンツ・ジェイアール東日本建築設計事務所)

東京都と東日本旅客鉄道の協働により行われた東京駅丸の内駅前広場の整備事業.交通機能の拡充を図ると共に,復原された丸の内駅舎(『新建築』2012年11月号)や,行幸通りなど,周辺地区と一体となった広場整備が行われた.中央に歩行者空間としての「丸の内中央広場」が設けられ,その南北に「交通広場」が集約された.

また,連さんが冒頭に言及された境界という意味においては,建築家や専門家が強い意志により突破する境界のあり方と,水辺の事業のように一市民の素朴な視点に基づくゲリラ的な活動を出発点とし,合法化で制度を乗り越えていくような境界のあり方の両者が掲載されていましたね.


連  そういう意味で,ヨコミゾさんの釜石市民ホー ルTETTOは,広場の創出が開発的でもあり,建築的でもある不思議な質を備えていますね.

釜石市民ホールTETTO|
aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所

東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県釜石市街に再建された市民ホール.
近接する製鉄所の荷揚げヤード跡地に建設された大規模商業施設から,大屋根で覆われた半屋外の広場を伝い人を商店街へ引き込む都市計画と,広場にシームレスに接続する平土間状のホールを設ける建築計画からなる.被災地の建設コスト高騰などを鑑み,ECI方式が導入された.

大型商業施設,広場,商店街といったヴォイドを繋いでいって,さらにホールも空間として一体化することで,敷地境界を超えて,境内としての空間を出現させるというダイヤグラムは美しく,設計として完璧に解けていて惚れ惚れとしましたが,誌面を見た時,建物の見た目の「凡庸さ」に驚愕しました.
この建築をどのように評価すればよいのか,実はとても戸惑っています.


岩瀬  東京の風景を見慣れていると「凡庸」に映ることもあるかもしれませんが,この場所における「雨雪の降らない広場」の可能性は理解できます.
今後の使いこなしにより,どのようなふるまいや慣習が地域に根付いていくのか,評価には時間を要しそうです.


  地政学的に分析した時,写真にもはっきり写っているイオンモールの人の吸引力は凄まじく破壊的ですから,空間の質そのものや平面計画がエリアの賑わいにどれだけ影響を与えるのか,今後,どのように場が運営されていくのかも含めて注目したいと思います.



「つくること」と「変えないこと」

 乾さんの釜石市立唐丹小学校・釜石市立唐丹中学校・釜石市唐丹児童館,そしてCAtの釜石市鵜住居小学校・釜石市立釜石東中学校・釜石市鵜住居児童館・釜石市鵜住居幼稚園は,土木的なものとの関わりから生まれる建築として驚異的な質を達成していて,最大限の賞賛の気持ちが湧いたと同時に,作業・交渉・検討のために要した膨大な時間と労力の数々を想像すると目眩がしました.

釜石市立唐丹小学校・釜石市立唐丹中学校・釜石市唐丹児童館|
乾久美子建築設計事務所・東京建設コンサルタント 釜石市唐丹地区学校等建設工事設計業務特定設計共同体

東日本大震災で被災した小中学校の建て替え.斜面に沿って2階建て木造校舎が分棟で配置されている.旧中学校のグラウンドに建てられた仮設校舎背後の急斜面を敷地とし,プロポーザルによって設計者が選定された.
プロポーザルの段階から都市・土木コンサルタントとJVを組んで計画を進めることにより,細やかな造成計画や,適切な工事ヤードの確保などを見込んだ工事計画を可能とした.

釜石市立鵜住居小学校・釜石市立釜石東中学校・釜石市鵜住居児童館・釜石市立鵜住居幼稚園|
小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt

2011年の東日本大震災で被災した釜石市鵜住居地区(人口約4,000人)の小学校,中学校,児童館および幼稚園の復興計画.
敷地となる山の掘削量を最小限に留め,稜線を残しながら敷地を造成することで,コストと工期を抑えると共に,鵜住居地区の景観を保持している.鵜住居駅からの軸線上に通された175段の大階段が高低差約25mを繋ぐ.登下校する子どもたちの姿が街の復興のシンボルとなることが意図された.

岩瀬  ふたつの実践は,その対照的な敷地状況も印象的でした.
CAtの鵜住居の計画は,震災で大半が流れてしまったまちの復興を牽引する力強い建築で高度な土木リテラシーによって建築の型が発見されています.

境界とはその際に立つ人びとのアイデアと覚悟と腕力によって乗り越えるべきなのだと,この建築は強く訴えかけてくるようです.一方の乾さんによる唐丹の計画はまちの一部が失われた漁村集落の修景計画のような手つきで設計されています.
震災で自分の居場所を失ってしまった人びとにとっては,変わらない風景があること自体が心の拠り所となるのではないかと改めて気付かされました.今まで,つくるという行為にはまちを変えることを伴うのが当たり前だと思って疑いませんでしたが,乾さんの計画では「つくること」と「変えないこと」という相反する状況を緻密な設計により両立させています.
これって実は非常に難しいことですよね.


  その対比は,建築と土木の関係に対するスタンスの違いにも表れているように思います.
土砂掘削量を大幅に減らすためにブリッジ的に建物をつくるという解法を用いたCAt,各棟の断面的な関係性を,擁壁の高さレベルまで含んで完全な整合性を実現した乾さん.

前者は,建築と土木の境界を取り払った結果,建築が土木構築物化し,土木が建築的になったのに対して,後者は,土木と建築の境界を巧みに利用し,土木のロジックを建築的にチューニングしたように見えます.
それが与えられた「条件」によるものだったのか,「作家性」の違いによるものなのか,このふたつのプロジェクトを「復興プロジェクト」として消費するのではなく,ひとつの 「作品」として向き合うために考えなくてはいけないことだと思いました.
それはプロジェクトを単なる苦労話に終わらせず(もちろんそうしたエピソードも宝ですが),建築の未来に繋がる作品として尊重するために必要なことだと思います.そこに重要な主題が隠れているような気がします.



建築と土木のあいだ

 他に境界の問題を越境していくプロジェクトとして川辺と既存不動産を繋げたふたつのプロジェクトを紹介する記事:パブリックな水辺のつくり方が印象的でしたね.


岩瀬  LYURO東京清澄の低地特有のカミソリ堤防に張り出したテラスは,大阪の北浜テラスで構築された雛形が使用されています.
テラス下のヴォイド的空間は,実は堤防管理者の通行用の空間であり,解体可能で,堤防と縁を切る構造とする等,この小さな雛形には建築的アイデアが詰まっています.
北浜テラスの原型となったのは,川沿いにある建物のオーナーが,本当は天神祭を眺めて楽しみたいという個人的な目的の下に室外機修理の作業場という名目でつくったテラスだそうです.
全国的な広がりを見せている「先行事例」も,実は個人的な娯楽から始まっているのは,重要なことのような気がしています


  建物とも土木とも,縁が切れていますね.
こういう空間的にも制度的にも, 建築と土木の間にぽっかりと空いてしまった領域を再生する,修復するような職能やスキルがもっと育っていく,あるいは共有されていくようなことができればいいですね. 


岩瀬  THE HARBOUR SHIBAURAが立地する臨海部は土地のレベルが高く鉛直型の堤防がありません.既存建物の前面道路と運河沿いの通路との間に回遊動線をつくるこの提案は.建物のオーナーの意識次第で実践できる汎用性が魅力的です.

どの都市の水辺においても,各時代における人びとや地域社会と水との関係性やその痕跡が如実に表れます.クサツココリバの建つ草津川跡地公園の計画では長い時間をかけて形成された天井川が河川としての役割を終え,まちの新たな動脈として蘇るという興味深い事業なのですが,誌面ではその全体性の記述よりも建築の構法に着目した内容になっており,私には少し残念に思えました.

クサツココリバ〈草津川跡地公園商業施設〉|
森下修/森下建築総研(デザイン設計監理) 地域計画建築研究所(全体調整)

琵琶湖にそそいでいた草津川が2002年に廃川となり,その跡地である草津川跡地公園内に,都市公園法に基づいてつくられた商業施設.
かつて中山道と東海道が交わる宿場町として栄えた草津市を再生する事業の一環として,「草津まちづくり」が設立され利活用が行われている.琵琶湖周辺地域の伝統的な葦葺屋根をイメージし,人びとにとって懐かしい原風景のような光景をつくり出した.


  さまざまなレベルで存在する境界を乗り越えるためには,今までの建築家のイメージから自由になる部分が必要なのかもしれませんね.そして何よりもひとりの生活者として,目の前にある風景の価値や違和感を素朴に感じ取る能力や感性を大切にしたいです.
凝り固まっていく想像力を解放するような文学的表現と,制度の網目を再編する政治的交渉力の両方が揃った時に,境界そのものが,創造性をもたらす源泉に変わるのかもしれません.
(2018年3月17日,青山ハウスにて 文責:本誌編集部)




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