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ジャージーFAの冒険と、ジャージー・ブルズの挑戦

英国王室属領(王室の私有地)のチャネル諸島のうちのひとつ、ジャージー島に関する話です。

ジャージー代表はFIFAやUEFAに加盟を断られ、アウトサイダー達が集う大会に参画するも脱退。新しくジャージー・ブルズ(以下「ブルズ」)というクラブを組成し英国のリーグ構造に参画、FAカップをホストするまでの話を書いていきたいと思います。

最近のサッカー界を賑わすたくさんお金が動く話は全然出てこないので、ご容赦ください。

チャネル諸島とは

チャネル諸島はイギリスとフランスの間に浮かぶ島々の総称で、合計約17万人が住む英国王領に属している観光とタックス・ヘイヴンで有名な島です。GDPの大半を銀行業で稼いでいます。

どちらかと言えばフランスに近いのですが、11世紀からイギリス王の私領としての歴史があり、マン島と同じく自治権を持った英国王室属領として扱われています。

つまり、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国には属さないのですが、英国王の私有地で特別領域として扱われます。日本人からするとこの辺の感覚がややこしいですが、本トピックを扱う際にそこそこ重要な概念です。

そんなチャネル諸島ですが、FAはFAカップ150年間の歴史で初めてチャネル諸島ジャージー島のサッカークラブ、ブルズのホームスタジアムで予選をホストすることに決定しました。同クラブは2019年よりイングランドのノンリーグ構造に参画しています。

今回はジャージー島FAとブルズを中心に、国連・UEFA・FIFAなど既存の大きな構造に当てはまらないフットボールコミュニティがどのように自分たちのアイデンティティを確立していくか書いていこうと思います。

ジャージー島、UEFAに加盟断られる

ジャージー島にはFAが存在しリーグ戦が組織されています。1975年から10-15チームがリーグでプレーし、勝者は隣島のGuernsey島のリーグ勝者とUpton Park Trophyというチャネル諸島最強の決定する試合に臨みます。

元々、ここ10年ほど断続的にジャージー島はUEFAに加入する為の申請を出していましたが、UEFAはこれを国連加盟国ではないとの理由で門前払いしていました。 

ジャージーFAはCourt of Arbitration for Sport (CAS)に「最低限話は聞いてくれ」と控訴しましたがCASは「UEFAのメンバーシップ基準に沿わないことと、(本国の)FAのバックアップを得られていない」との理由で却下されました。

現在UEFAは55カ国の協会で構成されており、その内48カ国は国連加盟国です。国連非加盟国の中にはデンマーク領のフェロー諸島や英国領のジブラルタルなどが存在します。

却下されたジャージーFA側はこれを不当であるとして、BBCのラジオにて会長のPhil Austin氏が「正当な理由の説明がなく、2-3行で却下する旨の説明だけがあった。却下されたのは驚くことではないが、とてもがっかりした。」と語っています。

ジャージー代表はUEFAに加盟しているサンマリノを下していますし、サッカー人口という意味ではリヒテンシュタインやアンドラより大きく、同じく国連に加盟していないジブラルタルやフェロー諸島もUEFAに加盟しています。UEFAはこの不公平に対して、ジャージーFA側に特に詳細な説明をしていないようです。

アウトサイダー達が集うCONIFAの魅力

UEFAやFIFAに加盟できない地域・自治体同士で試合を行うConfederation of Independent Football Associations(通称CONIFA)という団体が存在します。CONIFAは各チーム様々な背景で参加しておりとても勉強になります。CONIFA参加チーム一覧

CONIFAはクリミアやパンジャブ、マレーシアのムスリムコミュニティであるロヒンギャなど政治的・民族的なアイデンティティに起因する動機から参画する例があります。身近な例でいくと在日韓国人で構成されたUnited Koreans in Japanや琉球が独自のサッカー代表チームでCONIFAに参画しています。

写真はジンバブエのンデベレ人によって構成されるMatabeleland代表

余談ですが、2018年のCONIFAワールドカップはウクライナに住むハンガリー系マイノリティのカラパタイヤ代表が決勝で北キプロス代表を下して優勝しました。

この民族的な盛り上がりにウクライナ政府は国家として懸念を示し、当時キエフとブタペスト間の緊張が高まっています。ウクライナはハンガリーと元々政治的に緊張関係にあり、ハンガリー側の「民族差別をしている」という主張に対しウクライナ側は「差別を誇張しウクライナを弱体化させようとするロシアの作戦に加担している」と非難しています。

結果として、優勝したにも関わらずカラパタイヤ代表はウクライナ政府により入国を拒否される事態に。CONIFA特有の政治・民族・ナショナリズム・宗教などが複雑に絡み合った事象でした。

ジャージー代表のCONIFA加盟・反乱・脱退

ジャージーFAはParishes of Jersey football teamという実質ジャージー島代表チームを立ち上げ、自分たちのフットボールアイデンティティ確立の為にCONIFAに参画したものの、運営に不満を持ちわずか2年でこれを脱退しています。

脱退の理由にはCONIFAの運営が不透明で会計監査されておらず、CONIFAの会長しか銀行口座へのアクセス権がないこと(6桁ユーロの収入があるはずと推測)やパンデミックで収入が無い時にメンバーシップフィーを要求されたことが挙げられています。

また、ジャージー島は独自にWorld Unity Football Alliance(WUFA)というCONIFAに似たコンセプトの団体を立ち上げています。これによりCONIFA側からの風当たりが強くなったことも挙げています。

ただでさえ既存の枠組みに収まらないCONIFAの枠組みに収まらず、ジャージー島は次章で説明する通り別の方法でフットボールにおけるロマンを追い求めていきます。

ジャージー・ブルズ設立とFAへの加盟

2018年8月にブルズが設立され、同年11月にクラブはFAのEnglish Football League Systemへ登録申請。FAはこの申請を許可し、晴れてジャージー島初、イングランドのノンプロリーグ参加クラブとなりました。

ジャージー島にもアマチュアクラブが20以上あり、ブルズのCEO Ian Horswell氏によると「とてもプロフェッショナルに、よくオーガナイズされている」とのことです。

ブルズは2019年に30名の選手とアマチュア契約しました。各島内所属クラブとブルズで二重契約できるようにし、同クラブは実質ジャージー代表としてFAの主催する大会に出場することになりました。日本ラグビーで言うサンウルヴスに似ていますね。

ゴール後、ブルズマークで喜ぶ選手

ジャージー代表と化したブルズはノンリーグではかなり強く、2019-20シーズンは27連勝しダントツで優勝、ステップ5(9部相当)に昇格するはずが、パンデミックの影響でリーグ自体が無効になってしまいます。

その次の2020-21シーズンもほとんど試合を行うことができませんでしたが、2021年にFAがノンリーグのシステム見直しを行い、ブルズを含む合計107チームがステップ3-6に加わることになりました。

同クラブはGuernsey FCに続いてチャネル諸島から英国ノンリーグCombined Counties Division One(ステップ5、9部相当)に参加することになり、これによりブルズにはFAカップの予選を戦う権利が与えられました。(緑が新しく加わったクラブです)

ジャージーFA・ブルズの今後の展望

ここからはPrice of FootballにおけるブルズのCEO、Ian Horswell氏のインタビューから抜粋していきます。 

2021年8月7日に迎えたジャージー島初のFAカップはパンデミックによる入場制限がある中975人の観客を迎え、離島に遠征してきたHorsham YMCA FCに対して10-1で大勝します。

これを同氏は「ブルズのみならず、ジャージー島ないしは島のフットボールコミュニティにおいて大きな影響があった」と語っています。

FAは離島のクラブが試合する際にホスト側がクラブ遠征費を負担する規定を設けていました。つまりブルズはホームで試合をする際に相手クラブや審判の遠征費を支払う必要がありました。

この為ホームでの試合で利益がかなり限定的だったのですが、FAが離島クラブと試合する際相手クラブに対する遠征費の75%をFAが負担し、相手チームとチケット販売の利益を分け合うというルールに変更されました。

このルール変更により、チャネル諸島のもう一つの強豪Guernsey FCもホームゲームを主催を再開できることになりました。

ブルズのCEO、Horswell氏は今後のクラブ及びジャージー島の展望をこう語ります。

「UEFAには資金が潤沢にあり、もし我々がその資金を草の根活動に使えれば良い施設に投資したり、島民の生活水準の向上に繋がります」

「将来的にはウェールズのように、代表チームはUEFAに加盟し、トップクラブであるブルズはSwanseaやCardiffのようにイングランドのリーグピラミッドで上を目指したい。ローカルクラブはウェールズのトップリーグのようにジャージー・プレミアリーグを組成し、ブルズとは別にヨーロッパの大会を目指すことができるようにしたいです。」

「ジャージー島にラグビーのプロクラブがあるように、私たちもサッカーのプロクラブを作ることが目標です。ステップ1(5-6部相当)まで行ければそれが見えてくると思います。」

クラブのウェブサイトにとても良いサマリーが書いてあります

クラブの運営に年間£250,000程度かかることが示されており、スタッフや選手は全員ボランティアで運営されています。

まとめ

国民国家というのは国家に所属する国民の同質性を前提に語られますが、現実には国家は少数民族や様々な宗教グループを抱えており、国連に加盟している共同体の単位は当然ながら世界中の氏族的アイデンティティの数と一致しません。

なのでジャージーは英国王室属領のチャネル諸島、その中のジャージー島という位置付けなのですが、島民は明らかに英国人としてのアイデンティティを持っていません。FIFAにもUEFAにも認められず、国連にも加盟していないのですが、ジャージー島にはジャージー代表があり、ブルズを応援する人がいます。

一つのコミュニティがハードとして国連やUEFAに加盟していなくても、コミュニティとしてのアイデンティティが存在する場合、取れる選択肢は2つあります。それは既存の枠組みの中で自分たちの居場所を見つけるか、自分たちを1つのまとまりとして団体に認識してもらうかです。

例えばウェールズ代表が存在し、自国のリーグを運営しつつSweanseaやCardiffが自国のリーグから離れてFAのリーグシステムに入るなど、どちらも取れる場合もあります。

個人的にはCONIFAやWUFAなどハードとして認識されていないコミュニティがサッカーで自分のアイデンティティを確立できる機会が増えれば良いなあと思っています。運営が健全化されて欲しい。

国家側はカラパタイヤの例のようにナショナリズムを懸念しそうですが、国家から見ても良いガス抜きになるのではないかと思っています。本当に自国内でナショナリズムが台頭して国家が分裂したら困るけど、まあCONIFAワールドカップくらいは応援するから出なよ、という。終わったらちゃんと国に帰ってきて、税金払ってね。

それでは今回はこの辺で。

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