別れの季節

ちいさなビルの3Fにある部屋の前には店でよく売ってるような3段の木の棚がドアのむかいの壁に置いてあり、その一段目に入っている、一見薄手の工具箱のような、くすんだ色合いのラップトップを開いてみると紙に書いたメッセージが挟んであった。太いマジックで書いたであろう、見覚えのある、達者な筆致でB5いっぱいに大きく
「ボルシチ有難う!美味しかった!!」
もう一枚には
「冷蔵庫に置いてるワイン、持って帰ったら?」

ワインのことは頭にあったので、部屋に入らずに、先日言われたようにPCの間に挟んで帰るつもりで封筒にいれていた合鍵を慌ててだして部屋にはいり、すこしは片付いたように思える部屋をとおって台所にいき、冷蔵庫からワインを回収して玄関にあるカゴに山とはいっているにんにくを2つ失敬して今度こそ、と鍵を封筒にいれてパソコンに挟み、あわただしく自転車に乗って家に帰った。

帰宅後、本日鍵を指定の場所に返したこと、お言葉に甘えてワインと、それからにんにくももらって帰ったことをメールしておいたら、明け方に返信がきていた。

「マリちゃん、
それは良かった!
ワインはわかる人が飲まなきゃ……笑
元気でね!

色々ありがとう😊
本当にありがとう😊」

たしかに、ワインはわたしの趣味で、彼は主に焼酎だったのを、わたしにつきあってくれてたしね。つーか、もともとワインは二人で飲もうとわしがわざわざオーガニックワインの店でええやつ買っていったんだから当然じゃ!

というわけで、1年半ほどつきあったひとと別れました。

すごく素敵なひとだったし、一緒にいてとても楽しく、話をしてもでかけても、食べて飲んでもナニしてもたのしかったし、お互いの経験や趣味をシェアしてあちこちにでかけて、観たりきいたり経験できたのはほんとによかった。

けれど彼がここのところ、仕事、ライフワークといえることがら、それから今年にはいって始めた長年の夢を実現させたお店など、あれこれが忙しくていつもバタバタしていて、それでもわたしとの時間はがんばって確保してくれていたけれど、
彼ばかりがやりがいのあることに精を出して置いていかれてる感、
わたしばかりが待っている感じ、
けれど寂しいからほかの男とつきあったり遊んだりされるのは嫌だ
というのに閉塞感を感じるようになってきていました。

わたしは快楽によわい人間なので、つきあっているひとがいると、そのひとにばかり意識がむいて、ほんらい自分のしたい活動がおろそかになってしまう。それなのに、彼はきちんと、しっかりと、お金にはさほどならないものの、一部では評価されている活動を地道に進めており、それを眺めながら嫉妬のような気持ちもあったように思います。

また、我が家の経済状況からすると、そんなに気楽にお金を使ってもいられないのに、食材を買って彼の家でごはんを作るにしろ、外にでかけて飲んだり食べたりするにしろ、週に2,3回もしていると気がつけば毎月、けっこうな散財になります。彼は割り勘よりすこし多めに払ってくれるけれど、わたしの1.5倍から2倍は食べるひとなので、全然多めに払ってもらった感がなく、むしろ割り勘負けの気持ち。そんなちょっとしたような、実は大きな経済的負担もじわりじわりと関係を蝕んでいました。

上記のようなことを彼にちょこちょこと訴えていたのですが、あまり本気にはとっていなかったようです。あるいは、その場しのぎの返事はしたものの、あまりにも忙しすぎて、深くは考えていなかったかもしれません。

わたしは生理の10日ほど前に、ふだんだったらどってことないことにもキィ~と頭に血が上り、思い詰める日があり、それに彼の超忙しい日々が重なり、週末の予定調整、金曜日の夜会えそうなことを連絡してきたまま、何度その予定についても返してくれないので得意の
「わたしが逢いたいときに逢えない男に、用はないんじゃ!」
が炸裂して、金曜日の昼にSNSの「友達」を切りました。

直後に夫のお父さんの訃報がはいったり、
翌日には前からの予定で奈良にでかけたり、
翌々日は夫の来日していた友達の会食につきあい、
月曜日からは仕事でいろいろと深刻な問題があったりで忙しかったこともあり、
また、一番は彼への気持ちが凍り付いてしまっていたので、
金曜日の夜からわたしに友達切りされたことにも気づかないでのんきにSNSのメッセージを送ってきていた彼からのメッセージを一切開かずにいたところ、日曜日にようやく気付いたようで「BYE!」というステッカーを送ってきていました。

ほぼ一週間たった金曜日の夜でしたでしょうか、ようやく気持ちが落ち着いてきて、
カッとなったものの、彼と積極的に別れたくない、けれど連絡をとらなかったこの一週間は平和だった。
わたしの精神衛生上、経済的にも、そのほうがいいのかもとも思うけれども、ちょっと考える時間が欲しい気もするけれど、とりあえず借りたもの一式と鍵はお返しします、
というメッセージを送ったところ、
「では、借りたものは部屋に入れて、鍵は玄関の下の隙間から中に入れてくれておいたらいいですよ」
との返信があったので、以前からわたしのボルシチを食べたいと言っていたので
借りていた大小3つのタッパーのうち中にボルシチを、
小にペリメニを入れて
ボルシチには薬味のディルとサワークリームを添えて
それぞれ冷蔵庫、冷凍庫に入れて置き、
これまでのいろいろから、なんだかんだ言っても彼にはわたしに未練があるだろうと高をくくっていたので、言われるような玄関の下の隙間もなかったし、鍵は持って帰り
「それぞれ借りていたタッパーにいれて、ボルシチは冷蔵庫に、ペリメニは冷凍庫に置きました。もうちょっと考える時間がほしいので、鍵はあと一カ月ほど持っていていいでしょうか。
いやそれは困る、というのであれば、来週末、出張にでかけられているであろうときに返しておきます。
ところで、玄関の下の隙間を探しましたが、わかりませんでした」
とメールしたところ、
「正直、もう疲れました。
扉下の隙間はごめんなさい、あると思い込んでいた。
鍵は玄関の前の棚のPCの間に挟んでくれればいいです」
的なお返事が。
「連絡をとらない一週間平和だった」「精神衛生上、また経済面でもそのほうがいいと思った」のが、「積極的に別れたいとは思っていない」「考える時間がほしい」をはるかに上回ってショックで、もう耐えられないと思ったんですってさ。

ふ~んだ、つきあいはじめのころ、あらかじめ
「わたしは生理10日まえにこういう状態になります。気をつけているんだけれど、非常にキツくなるので、そういう時期になると『ああ、そういうもんだ』とやりすごしてもらえると有難いです」
と親切にも申し渡してさ、そしたら
「ぼくは強いから大丈夫」
とか言ってたくせに、結局予想を上回ったらしく、しょっちゅう落ち込むし、しまいには「ガラスのハート」とか言い出すし、ああもうすこし、掌で走り回らせてくれている夫とか、女あしらいのうまかったやくざの彼のように、上手にいなしてくれればいいのに、真っ向から波かぶって泣いてるんだから。

上に乗っている必死な彼の、砂かけ婆みたいな妖怪チックな顔や、手塚治虫の「海のトリトン」にでてきたドロガメのような体形に愛情を感じてはいたけれど
正直、週2,3回もしていたら、セックスも飽きてくる部分があるし、むこうの欲望にこっちがつきあってあげている、というのが正直かなりはやい時期からあり、外でするセックスは非日常だからタタカウくらいな気持ちでいるのに、外での自慰くらいになっていたのも、不満といえば不満であったけれども、まあこれまでの関係でもありがちな、
「その他の部分でたのしい、価値のある経験をさせてくれるからその対価」
くらいに考えていたところもあるけれど、
いい加減、汗ぶりぶりかいてやる、たのしいセックスもしたいさねー。

しかし、他の男とは許さんというし、まあ彼に黙ってするのもアリだけど、そこは真面目なので後ろめたい気持ちはしたくなかったり。
それが枷がはずれたー!と、なじんだひととの別れの悲しさもあるけれど、解放された気持ちでいることはたしか。

また、こちらは家庭の外での非日常、遊び、という気持ちなのに、
相手はわたしに家庭があるのを理解しつつも、真剣なおつきあい、人生の一部、くらいなスタンスだったので、この温度差にひそかに居心地の悪い思いをしていたのもたしかです。

昼は平気だけど夜しんみりしてくると寂しくなる、を繰り返しているこの数日ですが、いまいちばんの福音はやはり、出かけないので交際費、飲食費が一切かからないのと、彼と逢わないこの2週間で、昨年2kg増えてしまった体重がじわじわ減りはじめたことです。
そらそうだ、週2,3回も、遅い時間に思いっきり食って飲んでしてたんだし、彼と逢うことにかまけて、とくに今年にはいってボルダリングほぼ行ってなかったし。

大いに飲食する(飲むのは毎日家でしてしまっていますが、家飲みはそんなにお金かからない)機会も減り、
ボルダリングも週1は行く心掛けてまだ3週間目ですが、
体重はこころもち軽く、そしてボルダリング行くようになったのでめっちゃ身心の調子がいいですね。これからも週一は行くようにしよう。ついでにジムに置いてある漫画も読めるし。

せっかくの機会なので、この寂しいときを有効活用したろうと思っています。

え、ワイン?もう今日あけたよ。

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しのぎん

こんにちは!京都に生息する篠木マリです。大学生のときに元やくざの在日韓国人と結婚して親から勘当、別れて復学、負わされた借金返済、授業料、生活費を稼ぐためにSM嬢。それからもいろいろと経験していまがあります。それらをもとにした、あるいは妄想の虚々実々を発信していきたいと思います。

悪いひとが好きです

いろいろ人生経験するなかで、やくざとのつきあいもありました。受け入れるひとは限られると思われることごとをこのマガジンに収録して、あえて課金制にします。 …と書いたものの、最初のころ100円払ったひとは損するのでは?ある程度書き溜めて公表しなければ。と思ったりして調べてみた...
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