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【左脳めし】何度も読み返すプロットのお手本

橋本忍 著「複眼の映像 私と黒澤明」

橋本忍(1918年4月18日 - 2018年7月19日)は、日本を代表する脚本家の一人。黒澤明が監督した映画『羅生門』(1950年)で脚本家デビュー。以後、黒澤組シナリオ集団の一人として、小国英雄とともに『生きる』(1952年)、『七人の侍』(1954年)などの脚本を共同で執筆します。

代表作多数。幾つかあげると『私は貝になりたい』(1958年/2008年)、『白い巨塔』(1966年)、『日本沈没』(1973年)、『砂の器』(1974年)、『八甲田山』(1977年)、『八つ墓村』(1977年)などがあります。

「複眼の映像 私と黒澤明」は、2005年に出版した橋本氏の自伝です。『羅生門』、『生きる』、『七人の侍』制作当時の黒澤監督との交流を述べています。

この著書で、ぼくが何度も読み返しているのが、映画「生きる」のプロットです。

プロットとは

プロットは「ストーリーの設計図」です。出来事をただ時系列に並べているわけではなく、ストーリーを展開させる上で不可欠な因果関係を抜き出しています。

例えば、ストーリー上の時系列が「Aをする。Bをする。Cが起こる」だった場合、
プロットは「Aをする。だからCが起こる」といった内容になります。

後、七十五日しか生きられない男

橋本氏は、黒澤監督から次回作のテーマを告げられます。

そのテーマとは「後、七十五日しか生きられない男」。

黒澤監督からは、主人公の職業は問わないが、このテーマからは絶対に外れないよう指示されます。また、ストーリーは話の大枠でいいとも。

言葉が多くなると表現じゃなく説明になる。テーマは理屈ではないから、ハッキリ形の見えるものを、少ない言葉で言えるようにしたい。

それが、ストーリーに対する黒澤監督の考えでした。

橋本氏は、このテーマを掘り下げた時の考察を、こう説明しています。

【引用:複眼の映像 私と黒澤明】
 この男にとって死は最大のドラマ、だから日々の生も、過ぎ越して来た歳月や、これからの年月も、それらはなるべくドラマチックでないもの、感情の起伏や行動の振幅が僅かで、極端に言えば全てが無味乾燥、全くの無機質、こうした生への味気なさが明確であればあるほど、死の効果が大きくなるはずだ。こうなると職業の幅は極めて限定され小さくなる。
 それにテーマを支えるストーリーを重ね合わせると……生涯何もせず、死ぬ間際になり、仕事を一つだけして死んだ男の話──例えば、役所の役人──実に単純で明確に職種が浮き上がる。

こうして出来あったが、次のプロットです。

映画「生きる」のプロット

【引用:複眼の映像 私と黒澤明】
 役所の役人が胃癌で長く生きられないことが分かる。肉親の愛に頼ろうとしたり、ヤケになり酒や女の道楽に踏み込もうともする。だが、それらからは何も得られない。絶望の果ての無断欠勤が続いたある日、役所で机の上の書類を見る。住民から水漏れの暗渠(あんきょ)工事の陳情書、半年ほど前に自分が土木課に回した案件、それがタライ回しで十数カ所を転々とし、また自分の机の上にある。彼は習慣的に土木課へ──だがそれを止め、実地調査を行う。そして水漏れの湿地帯を排除する仕事にのめり込み、その跡にささやかな小公園を造り──死んでゆく。
 彼は三十年間役所に勤めた。だが大半は生きているのか、死んでいるのか分からないミイラのような存在で──真実の意味で生きたのは、水漏れの湿地帯の暗渠工事を始め、小公園ができるまでの六ヶ月だけだった。

実際の脚本と比べれば、ここで描かれている内容は限られています。
例えば、主人公以外の登場人物については記述がありません。

しかし、物語の根底にあるものは、このプロットと変わりありません。
それは、映画「生きる」を観ていただければわかります。

プロットの難しさ

プロットは、一見、ストーリー(物語の流れ)を要約したもののように見えます。でも、よく考えてみて下さい。

プロット作成時には、まだストーリーは出来上がっていません。

つまり、ストーリーがない状態で、ストーリーを要約したかのようなものを作ることになります。ここがプロットの難しいところです。

ストーリーがないから、プロットでは因果関係を押さえておくことが重要になります。因果関係がきちんと成立していれば、その後、脚本作成で細部が形作られていっても、ストーリーは破綻することがないからです。

プロットとシナリオに差異が少ないこと。それが優れたプロットの証です。

ぼくが仕事でプロットを作成する時は、この「生きる」のプロットを読み返します。そして、このように優れたプロットを完成させるためには、どんな因果関係を押さえ、どんな着地点を目指すのか考えています。

それを何度も繰り返しましたが、「生きる」のプロットにはまだまだ及びません。
優れたプロットが作れるよう、これからも繰り返し読み返していくでしょう。

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