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光の速さは一定なんじゃなくて……

ちょっと疲れてて、診察室でぼーっとしてました。
そんな時こそなんか今まで浮かばなかったブレークスルーが舞い降りることもあるかもしれません。

そうあのアインシュタインが光の速さが一定ということから相対性理論を思いついたように、ニュートンが落ちるりんごから万有引力を発見したように。

当たり前に起きていることを疑うことからブレークスルーは生まれる、そう思っています。

そこで今回はこんな妄想をしていました。

「光の速さは一定なわけじゃないんじゃ?」

物理専攻でなかった自分には光の速さがなんで一定なのかよくわからんので、たまにこんなこと考えるんです。
あほな妄想とはわかっているのですが、ひょっとしたらこれがいつかとんでもない発見につながるんじゃないかと思って記録しておきます。

まず今日の妄想はこんなことから始まりました。

そもそもなんで時間ってみんな一緒なん?

一緒にいた研修医が面白いことを言っていました。

実は自分とあなたは流れている時間は違うかもしれない。それは確認できていないだけで。つまり、楽しい時間は早く、嫌な時間は遅い、というのは感覚の問題ではなくて、本当に起こってるかもしれないですよね、確認できないだけで。

なるほど。いわゆる、「私が見ている青とあなたが見ている青は違うかもしれない」というあれの時間バージョンです。人は他人に乗り移ることができないから、私が赤と感じているものを他人は生まれた時から青と認識しているかもしれない。でもそれはどうやっても確認できない、というものです。

それの時間バージョンか、面白いなと思いつつも、

でもその場合は臓器の老化、つけている時計、その他明らかな尺度になるものも変わるはずだよね。それが変わるという報告はないから、違うんじゃないかな。

と返事しました。

とある一帯だけ、時間の流れが遅くなるという現象があるのなら、そしてそれがしょっちゅう起こるなら、流石に何らかの自然現象の違いとして我々は経験すると思うんです。

(とある島では草花が長生きする、などなど)

だから残念ながらその仮説は正しくないと私は思ったんです。つまり

私もあなたも流れている時間は同じ

と。
診察室でそのことをぼんやり思い出していたら、ちょっと待てよ、と新たな仮説が思い浮かびました。それは、

いや、流れている時間の速さが同じなんじゃなくて、同じ速さの時間しか認識できていないだけじゃないのか?

そもそも、時間という流れというものがあるのなら、その速さがどこでも同じほうが違和感がありませんか。風だって水だって様々な影響を受けながら早くなったり遅くなったり止まったり。であれば時間だって人それぞれ、いる場所によって変わってもいいんじゃないかと。(実際動いているものの時間が遅くなるとアインシュタインは言いましたが)

つまり私の立っているところは1時間60分なのに、ちょっと離れたあなたのところは40分だけ。みたいな。

いやいや、そんなことないでしょう

と思うかもしれませんが、それは生まれてから今まで、そして全員がそう経験してきたからそれが当たり前と思っているだけかもしれません。
もちろん相対性理論では「動いているものは遅くなる」ということは証明すみですので、実際に宇宙空間の人工衛星は時間のながれが遅くなるため、GPSですら若干の誤差がでることはわかっています。でもそういうレベルではなくて、もっと劇的な変化が起きていてもいいんじゃないかと。私の目の前のあなたは時間が止まっているとか、戻っているとか。

でも実際はそんなことないでしょ、あんたもさっき言ってたじゃん

そうなんです。でもひょっとしたら、「時間の流れの速さは同じ」なんじゃなく、て「同じ速さのものしか感じていない」だけなんじゃないかと。

例えばですよ、1次元、2次元、3次元の話を例にします。
1次元というのは線の世界。ここに住んでいる人がいたとしたら、その人は生まれてから死ぬまで線しか知らないわけです。まさか2次元の世界のように平面があって、縦横に動く世界があるなんて想像もしないわけです。

同様に平面の世界で生きている人がいたとしたら、アニメの主人公なんかがそうでしょうかね、3次元の世界なんて想像もできないわけです。2次元の世界で超えられない線が一直線に引かれたら、それは超えられないと認識しますが、3次元ではハードルをこえるように飛び越えれば越えられるわけです。

1次元では2次元の一部しか見えません。だから円が通り過ぎても1次元の世界では、線が短くなった長くなったりするように見えるだけです。
一方、2次元の世界に球体を通過させてみましょう。
円が小さくなったり大きくなったりするだけです。想像力を働かせなければ、「変な円だなぁ」と思うだけでしょう。

話を時間に戻しましょう。
我々の住んでいる世界は時間は同じ速度で同じ方向に進むことしか経験していません。しかしそれは

時間は同じ速度で同じ方向に進む

のではなく、

同じ方向にすすむ時間しかみえていない

だけで、本当はたくさんの時間の流れのパターンがあって、ときには戻ったり止まったりしているけれど、それを認識できていない(1次元の人は1次元からはみ出た部分は認識できないように)だけじゃないかと。

この考えにいきついたのも、先ほどの面白い研修医の発言からでした。

その時私は彼に言ったのです。

私はね、光の速さが遅すぎると思う。あの空間の規模に対して何であんなに遅いんだと。あれは絶対に何らかの影響が働いて光の速さをあの速さに落としている因子があるはずだ。私はそれを「ブレーキング・ファクター」と命名した。

命名・木沢のブレーキング・ファクターより

と。
こんな話を聞いてくれる優しい研修医ですよね(仕事せんでいいのか?)

すると彼は言いました。

そうですよね、でもそれは3次元での話であって、もっと高次な世界ではもっと速いものは存在していて、我々はあの光の速さの光しか見えていないだけじゃないですか。

と。
それを聞いて正直度肝を抜かれました。
その発想があったかと。私の想像力はなんて狭かったのかと。

であれば、時間も同じで実は色々速かったり遅かったりしているのに、見えていないだけじゃないか、という仮説もあってもいいのではと思いました。

タイムマシンを考える時にも、パラレルワールドの概念を入れないとどうしても説明ができない部分が出てくると思います。なので、きっとあるんでしょう、我々が立ち入れないだけで。

とりとめもない殴り書きですが、忘れないうちに記録しておきます。
これがいつか凄まじいブレークスルーにつながることを妄想しながら、残りの仕事を仕上げましょう……

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