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私が体験した奇妙な事。其三

数年前の私が語る。『みえない猫』

 人類が蛇を怖がるのは、蛇の日常がわからないからだという説をどこかで読んだ記憶がある。蛇の日常が分かれば怖くなくなるという話だったと記憶している。
 では行きかう人が怖くないのは、人間が何を食べて、どんな日常を過ごすのか、恋をしたり、子供が出来るとどうするのか想像がつくからだろう。でも、本当に行きかう人が「ひと」でなければどうなのだろう。本当に歩いているのは人間だけなのだろうか。そう見えるから安心しているだけではないのか。

 ある研究では、幽霊の寿命は400年だという。そういう存在が服装を変えて普通に歩いていたら、私には見分けがつかないのかも。
 本当に、人だけなのか。見えているから安心なのだろうか。
 見えなければ、怖いのかといえば、見えなければそもそも気がつかないだろうとも思う。でも見えない存在がいるとして、それは怖いものだろうか。
 私は怖くない見えない存在に、心を慰められたことがある。

 我が家には、野良猫がよくやってきていた。茶とらや白、黒猫。みんな外からやってきて、そのまま住み着いた。
 父の顔を見ただけで、数分後には庭までやってきてなついた野良猫もいる。
 父と母はかわいがり、えさを与え、水を用意し、慣れてきたら動物病院で注射をうけさせ、避妊手術をした猫もいた。けれど元が野良猫だから、大抵は用心深くふるまっていたものだ。
 それでも私の膝の間は大抵の猫のお気に入りになった。
 私が食事で座っているとき、テレビを見ているときにすっとやってきては胡坐の上で丸くなる。伸ばした足の間で横になる。私はそのまま寝かせることもあれば、頭やのどを撫でることもある。猫たちはのどを鳴らしていつも気持ちよさそうだった。猫はいつも暖かく、やわらかだった。

 そんな猫も大抵は歳をとって亡くなったのだが、クロは違って交通事故で亡くなった。
 はねられたのは家の前だろう。
 内臓をやられたのだろう。家の中まで逃げてきたけれど、もうどうすることもできないのはすぐに分かった。
 ほとんど歩けない状態で、死に場所を探していた。暗い片隅に行ったと思うと、しばらくするとまた違う居場所を探した。安心できる場所を探していたのだろう。
 そして夜の間に彼は亡くなった。
 私はいつも彼が喜んでくれた小さな額をかいてやり、のどをなでててお別れをした。悲しく、苦しかった。
 彼はうちの小さな庭の中に埋葬された。

 次の日、私がぼんやりと庭を眺めていると、なにかが足の間を通って行った。
 背中を私の足に押し付けて、足の間をくるくると回る。クロがよくやったしぐさ。普通にクロがそこいるのだと思い、下を見たがそこにはクロの姿はなかった。ああ、いなくなったんだと思い出し悲しくなる。
 
 足を延ばしてテレビを見ていると、左足の太ももに猫の小さな足がかかる。そんな感触がある。
 そこには何もない。
 クロがお別れに来ているのだなと、思う。
 見えない猫は、そんな風にしてしばらくは私の周りにいた。それを感じることが出来た。
 怖くはなく、ただ悲しかった。
 そして、私の心はいなくなったクロとゆっくりとお別れできたのだ。
 そして、いつの間にか気配は消えていった。

中学生の僕が語る。『白い人影』

 それは春だったと思う。
 なんだか、白い日だった記憶がある。 
 遠くの山々も、街の様子も白っぽかった気がするのだ。そんな日だった。
 中学生だった僕は、ひとり帰り道を歩いていた。いつものように。
 長い坂を下りると、家が見える。以前は野中の一軒家だったのだが、後ろにも家が建ち、前にも家が建って住宅地になっていた。
 家の向こうに用水路があり、鉄道の踏切がある。
 我が家の斜め前の家は、父の友人の家。僕は遊びには行かなかったが、父はよく遊びに行き、その家の人も良く家に出入りしていた。
 
 ふと気が付くと、その父の友人の家の玄関前に女の人が立っている。おやっと思ったのは、白い着物のようなものを着ていたからだ。髪の長い女の人だということは遠目でも気が付いた。
 なぜそんなところに人がいるのだろうと思いながら、僕はてくてくと歩いていた。カバンが重かった。
 女の人は突然ふっと動く。
 用水路のところまで滑るように動くと、線路沿いの草むらの中を進んでいく。そこには細い道があり、また別の住宅街に続いている。
 えっ、なんだ?
 それは人が歩く速度ではない。走っているのでもなく、滑るように動いていくのだ。
 なんだか変だなぁと思いながら、家に着く。
 「ただいまぁ」
 いつもなら遠くで返事をする母が、玄関前に慌ててやってくる。
 僕の顔を見て、自分を落ち着かせるように話す。
 「〇〇さんのおばぁちゃん、さっき亡くなったのよ」
 だからいろいろ慌ただしくなると言いに来たのだろう。母はそれだけ言うと、また家の奥に慌てて戻っていった。
 父は、友人宅に行っているようだった。
 僕は靴を脱ぎ、玄関から斜め前の家の玄関を眺めた。
 白い記憶。
 あの女の人はおばぁちゃんだったのかな。
 そういえば、線路横の道を通って、昔の家に行けたんじゃなかったっけ?
 怖さというものは不思議に感じなかった。

 母だったか、父だったか忘れたが、人は死んで49間は思い出の地を巡るのだと言ったのを覚えている。それが本当かどうかは分からない。でも、あの白い人影は、きっと昔住んだ家を見に行ったのだなぁと思ったことを覚えている。

 

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