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改編の良しあしを問う

『護られなかった者たちへ』、Amazon Primeで鑑賞。阿部寛の骨太感の中にある繊細さがよく現れていた。佐藤健の何を考えているのかわからないぶりが物語の中でピリリと効いて、リアリティを強める。

生活保護について考えさせられる

映画全編通して、震災→生活保護の流れ。経済的に困窮する人たちとそれを無視する行政。生活保護の申請を許可しないようにというノルマなのだろうかと思うほどだ。申請がなかなか通らない、申請が却下された、生活保護が止められたといった話はよく耳にする。

自分が今生活保護とは遠いところにいるとしても、このセーフティネットがある・使えるという安心感のために納税をしているようなものでもある。だから、必要とする人には使ってほしい。

一方、不正受給なんて問題がある。程度問題で、生活保護を受けて働いたらカットされるみたいなこともあるけれど、期間限定や目的に応じた労働なら許可するみたいな柔らかさはあってもいいのではと思う。支給額を増やすのではないのだから。映画のなかにも出てきた、子どもの教育には次第にお金がかかるものだからだ。もしくは教育を完全に無償化(塾も)して、学業に意欲のある子どもたちを支えていかなければと思う。

少子化についても考えさせられる

また、少し政治的というか。映画の話とは逸れますが。
少子化で子供が少ない、というけれども生まれてきたらそれでいいというわけでもなく。生まれてきた子供たちが、経済的な理由で受けるべき・または・受けたいと思う教育機会を逃す、なんてことはあってはならないと思う。

そんなことを考えてしまう映画だった。生活保護申請は申し訳ないというくだりがあるが、自分がそうなったら、申し訳ないという気持ちも起こるかもしれない。でもそれは、権利なんだよ、というコンセが足りていない世の中だからとも思う。

そこまで考えさせる映画。倍賞美津子がいい演技だ。枯れてる。でも生きてる。やさしさがか細い身体から滲み出る。どこか悲しみを背負っている。

改編?なんで性別を変えた?

それだけに惜しい。設定を変更した、小説→映画への改編。『リング』を彷彿させる男性と女性の入れ替え。そこに、新しい視点や必然性を感じられればいいのだけど、それは興行的にという理由なら微妙やなーと。

清原果耶はいい俳優だと思うが、これはよくない改編だなぁと。原作をざっくりと読んだだけに。

リングでも同じことを思った。鈴木光司の原作では主人公は男性。映画では松嶋菜々子。悪くないけど、眼鏡設定もないし。むぅ。原作通りに焼き直ししてほしいというわけではなく、土台の部分は変えたらダメよねということです。

とはいっても、深く考えさせられる映画だったおすすめの一作『護られなかった者たちへ』、ぜひご鑑賞くださいませ。


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