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冷蔵庫のプリン【第5話】

【疑問六・前田徹はなぜ殺害されたのか?そして、だれに殺害されたのか?】

「副島崎さん、これこの後の展開どうなるんですか?」
「いやまぁ」
 副島崎は原の詰問をのらりくらりとかわす。児童書からミステリー作家として転身したものの、この三作は鳴かず飛ばず。ヒット作品連発の編集者・原とのコンビは今回で四作目となる。
 副島崎は作家の夢をなんとかして叶えたいその一心で大学生活は作家デビューにすべてを捧げてきた。文芸サークルにも入ったものの、ここでは作家としてデビューするには遠回りと判断し、一回生の夏に退部していた。

 それから五年、公募サイトで見つけた児童書のコンテスト。試しに書いてみた作品を投稿すると、優秀賞となり作家デビューのめどが立った。

 児童書作家としての認知度は高くはなかったが、ある一定の層には評価が高く、副島崎は作家一本で食べられるくらいには稼いでいた。結婚もし、家も建て、いよいよこれからというときに、ミステリー作家に転身したのだった。

 出版社へのコネもあり処女作はすんなりと出版させてもらえた。話題作りでもあったのだ。テレビ・ラジオ・雑誌などからも取材のオファーはたくさんきた。端正な副島崎のルックスはSNSでも話題となり、女子高生たちのファンがつくほどであった。

 原は鳴かず飛ばずになっている副島崎の担当となったことを後悔はしていない。いつかミステリー作家としてもっともっと大成できる!と信じていた。副島崎の選択は間違っていなかったことを、自分も一緒に証明したかったのだ。

「これ、前田徹って、悪役にするんですか?そもそものプロットってどうなってます?」
「質問はひとつずつにしてほしいな」
 副島崎はぼそっと原をいなす。その程度では原はいなされない。この作品がコケたら、副島崎はミステリー作家としてはもう本を出版できない、少なくともウチの出版社からは、と原は考えていた。

「オチませんよ、これじゃぁ。だってこれ、冷蔵庫に見知らぬプリンがあっただけの話でしょ」
「いやぁ、きっかけとしては面白いじゃないか」
副島崎も引き下がらない。もうここからの書き直しは容易ではないし、とはいえ、このままではオチには近づけない。書いている副島崎ですら、当初の設計からどんどん狂いだし、収拾がつかない状況なのだった。

「先生、俺を信じろって言ったじゃないですか」
原の泣き落としのような口上が二人っきりのリビングに響く。原だってこのままでは帰れないのだった。編集長から厳しく叱られるのは間違いない。

 まぐれとはいえ最初の応募で優秀賞を獲り、児童作家デビューできた副島崎。それからは児童作家としてコツコツと実績を積み、夏休みの作文課題図書、児童文学関連の賞、国語の教科書への採用、中学入試問題への採用、など副島崎丈一郎は輝かしいキャリアを歩んでいた。
 

 ある日、丈一郎は「俺はミステリー作家になる」なんて途方もない、淡水魚が海水魚になるようにお門違いな、にっちもさっちも、すっとこどっこいな転身を掲げた。

 クジラを見て俺も明日から哺乳類だ、なんて言っているシャチみたいに。実際に同期デビューの作家たちが小説というジャンルで成功していく様を見て、忸怩たる思いがあったのだ。

 児童文学が下で、大人向け小説が上というわけではないが、丈一郎は懇意にしている出版社に頼み込んで、ミステリー作家として再デビューした。ペンネームは「西の海へさらり」。災厄を西の海へ流してしまうという意味だ。もっと普通の名前にしましょうと、原は編集長と一緒に説得したが、丈一郎の決心は堅かった。せめて副島崎のニュアンス、どこかを残したかった原の提案はかき消された。

それだけに今回ばかりは引き下がることはできない。原の意思は揺らぎがない。

「で、先生この冴島奈央子が男性ってことですが誰なんですか?」
「これはね、島直哉という男性なんだよ。坂木優斗と幼馴染の設定で、見た目はもう女性なんだ」

「その、ジェンダーまわりの作品ってことですか?」
「いやいや、そのあたりはサラリと流すよ」
「ペンネームを雑に使わないでくださいよ。先生、ミステリーはフィクションとはいえ、リアリティは大切なんですよ、そこどうお考えですか!」

 興奮したせいか、原の汗が止まらない。このソファー、組んだ足がやたらとしびれると、原はソファーから立ち上がった。

 グラグラっと原はソファーから立ち上がることなく崩れた。
「こ、これは」
 原は体の力が抜けていくのを感じた。テーブルには、飲みかけのアイスコーヒー。氷が溶けて、薄まっている。その隣には食べきったプリンの容器があった。
「これなんだよ、これ」
「副島崎せん、せ、い」
 原は朦朧とする意識のなかで、副島崎を見上げた。
 副島崎はプロットを書き直した。

 冴島奈央子改め島直哉は、坂木優斗の部屋に前田徹を連れてきた。それは、殴打事件の前日。冷蔵庫にあったクリームが乗ったプリンは前田が食べたものだった。そのまま、島と坂木は前田を山林へと連れ出し、殺害し遺棄。

 翌日、島は別の女性と坂木のいるコンビニですれ違う。まるで別の女性が冴島奈央子であるように店長にも防犯カメラにも印象づける。
 
 坂木の家に着く前に、その女性と別れ島は坂木となり、坂木は前田となり狂言殴打事件を起こす。二人の調書には冴島奈央子の存在を匂わせ、かつ坂木が仕組んだプログラムを発動させ警察無線をジャック。

 事前に作り込んだ音声で、冴島奈央子が護送中に逃亡したと思い込ませる。
 副島崎はプロットを整えた。原はもがき苦しんでいる。
「原さん、リアリティを試してみました。プリンに仕込んだのは…」
 原は泡を吹き、息絶えた。

「種明かしで、死なれちゃぁ困るんだよなぁ」
 副島崎は絶命した原を引きずり、地下倉庫へと降りた。そこには児童文学時代の編集員たちの亡骸が。

 副島崎は、近くのコンビニへと出かけ、クリーム乗せプリンを買った。冷蔵庫に新しいプリンを補充した。隣にはいつ買ったか見覚えのないプリンがひとつあった。

「…と、いう二重構造のミステリーってどうですかね?原さん」
「副島崎先生、それ、複雑すぎますよ」
 副島崎は立ち上がり冷蔵庫からプリンを持ってきた。
「原さん、普通のプリンと生クリーム乗せプリン、どっちがいい?」
「そりゃぁ、普通のプリンに決まってるでしょ!」
(おわり)

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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