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真っ暗闇の中で|角川武蔵野ミュージアム「タグコレ 現代アートはわからんね」

時々、「まっくら」に出会う。

夜のキャンプ場で、お手洗いからテントに戻る途中、ふと足を止めて懐中電灯を消すと。

耳が痛いほどの静寂と、木々の向こうには今にもこぼれんばかりに震える星。ニット帽とネックウォーマーの隙間から少しだけ覗く肌が、冷気できゅっと縮む、そんな冬の夜。

足元は光で照らせても、数メートル先は黒々として、歩きだせば、ざくざくと雪を踏みしめる足音だけが響く。白い息が闇に溶けて、一人ぼっちの不安と幸福を同時に噛みしめる。私だけがこの世界にいるような。むしろ、私なんていう存在すら曖昧で。

耳の奥で、暗闇がキーンと鳴る。

・・・

キャンプでは慣れっこの「まっくら」だが、まさか、アートの展示でも遭遇するとは思わなかった。角川武蔵野ミュージアムの「タグコレ 現代アートはわからんね」は、作品の展示方法にとにかく驚かされた展覧会だ。

最初の展示室までの通路がまず暗い。同行者を見失うぐらい暗いのだ。壁にぶつかることなく、真っ直ぐに歩いていけるのは、光る文字で壁面にメッセージが書かれているから。読みながら文字に沿って進むと、展示室にたどり着く。この演出がとても粋で、展覧会の世界観にずぶずぶと飲み込まれた。

展示室で待ち受けているのは、暗がりの中に浮かび、まるで発光しているかのような、キース・ヘリングやアンディ・ウォーホルらの作品群。どこからどうやって照らされているのか気になって、ついキョロキョロとライトを探してしまう。

作品解説や、作品に近づきすぎないように床に引かれた線など、すべてがぺかぺかと光る不思議な空間で、現代アートを心ゆくまで堪能した。「タグコレ」は、タグチアートコレクションの略で、田口弘さん、田口美和さんが集めてきた、ため息の出るような作品の数々が展示されている。コレクションに加えるにあたっての裏話も満載の作品解説が面白い。

展示会場デザインは、ALTEMYさん。サイトを要チェック。

ちょうど今「絵画の歴史」を読んでいるからデイヴィッド・ホックニーの作品を見られてうれしいなとか、ライアン・マクギネスの色彩にとんでもなく心惹かれるなとか、一見ただただ美しいのによく見ると喉の奥の方がきゅってなるラキブ・ショウの作品はたまらないなとか、理由なくオスカー・ムリーリョが好きだなとか。いい出会いがたくさんあったけれど、やっぱり一番印象深いのは展示方法なのだった。

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少し話は変わるが、展示方法といえば、国際芸術祭「あいち2022」の一宮会場が忘れられない。旧一宮市立中央看護専門学校、旧一宮市スケート場、豊島記念資料館……。場所に積もった歴史の匂いとともに、展示されていた作品を今も鮮明に思い出せる。

「サイトスペシフィックアート」という言葉もあるそうだけど、場所と作品が共鳴しあうアートは本当に面白いと思う。旅先で、その土地が舞台の小説を読むのに似て、自分の持つすべての感覚器官が眼前の世界観と接着する感じ。その情報量に、普段は使わない心の筋肉が、ずんと刺激される。内臓がひっくり返りそうなぐらい、揺さぶられる。

うまく説明する言葉が見つからなくて途方に暮れているが、なんというか、場とがっちり噛み合った作品は、人為を超えた圧倒的な存在に思えるのだ。

時の経過とともに埋没し、目を向けられなくなってしまった場所が、アートによって息を吹き返すこともある。そんな企みが、もっともっと増えていくといいな、と思う。


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