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Pしんぶん その4


東西南北

ご近所駅前東西南北守護神巡り

 いにしえより国家中枢の四方は堅固に守らねばならない。鬼門だけ押さえりゃいいってものじゃない。ので東京もきっちり東西南北を冠する駅が守護神ばりに守ってる…かどうか知らないけど、そういうことにPしんぶんが決めた。ので、お手軽にサクッと巡るのであります。 

 東と言えば東京駅。世界中から老若男女が集結する玄関口、やや集まり過ぎなこの駅を睥睨するのは、我らが鉄道の父、井上勝。駅舎復原工事の時には、消滅か?と思ったけど、全日本鉄道的に神様ですからね、一見天安門広場の如き丸の内駅前をがっちり守るのです。

 では山手線内回りにちょしての西日暮里…ではなく日暮里駅前の凛々しい太田道灌公って変だとお思いでしょうが、その設置場所が荒川区西日暮里なんだから仕方ない!という姑息な手段を使って、西の神様ってことでよろしく。道灌公の目線の先は、やっぱ江戸城ですかね?それとも地元民の憩いの場、メニュー豊富なニュートーキョー談話室(喫煙歓迎)かなぁ?弓引いてるのが気になるけど。

 駅名に敬意を表し、西日暮里まで歩いての山手線で日暮里再び(面倒臭い)、みんな大好き常磐線に乗って南千住へ。改札出たらすぐ俳聖、松尾芭蕉宗匠が一句したためておりますよ。矢立初めの地は千住ですからね、大 橋の向こうじゃねなんて硬いこと言わずに、こっちがしの素盞雄神社にも色々あるし、せっかくだから南は宗匠にお守り頂いてと。

 東西南北の最後は、常磐線のお隣り北千住駅前のラッパ吹きワンサ君。きたろーど1010のマスコットキャラ。しかもペデストリアンデッキからやっと見える、アーケードの屋根の脇に立つやつです。井上勝、太田道灌、松尾芭蕉と繋いでのワンサ君。いいかい、東京の鬼門は君が守るのよ。のんきにラッパ吹いてるけど、大丈夫かなぁ。


隠れ東西南北

ご近所駅前東西南北守護神巡り 銀の輔版

 とは言うものの、何事も裏も表もあるが常。東西南北の表舞台で脚光を浴びる神様もいれば、隅っこでちんまり守る神様もいます。どっちかというと銀の輔は後者が好みだそうで。僕もですけどね。

 東京駅の丸の内で胸を張る井上勝翁の風格あるブロンズ像と、八重洲仲通りの居酒屋の片隅で、看板に隠れて佇む二宮金次郎の石像とのロケーションの格差はどうかと思いますけどね、何と言っても徳を積んだ偉人、手本は二宮金次郎だから、きっとご利益ありますって。誰です、歩きスマホのパイオニアと言のは?

 西日暮里に何故道灌公像があるかと言えば、例の「七重八重……」って和歌、落語・道灌の伝説の地だからです。やたら高所にある道灌公の脇にね、あの農家の娘さんがいるんです。山吹の花を差し出す姿です。若干小賢しい気がしないでもないけど、まぁその時の道灌公が、ちと偉そうだったのかな?同じ落語の西行みたいなもんすか?でも偉い人だけじゃ世の中回らないってことですよね。だったらこの娘さん派ですね、僕は。

 南千住と言えばバッハでしょうね。少なくとも僕はそう思います。毎年元旦にはバッハで初釜ならぬ初珈琲を喫するのが恒例行事なので。尾花だろって言う人もいるだろうし、小塚原の回向院だ栗友亭だ玉姫神社等々意見はあるでしょうが、泪橋、山谷とマクラを振っての矢吹丈と言ったら、向かう所敵なしでしょ。アーケードが消えて明るくなり、かつての面影は希薄だけど、土手通り沿いのジョーは、当に守護神そのものです。

 実は北千住の市場の横にも芭蕉宗匠がいて、南千住よりずっと前から立っているんだけど、なにせ駅から遠すぎちゃって…。なので軽い乗りのワンサ君に頑張って貰う魂胆です。そして裏守護神は更にノリノリのタコ滑り台。千住の良い子に大人気です。手が八本ありゃ、四方八方幸せ囲い込み放題。救いの手も多い方がいい。千手観音よりも北千住らしいよ。

GINZA ALLEY

今日も銀座に行かなくちゃ……

見納め路地

 ちょっと小耳に挟んだのですが、銀座の激狭路地は、お互いの裏口から出入りするために、建物同士が少しずつ引っ込んで作った人為的な通路だそうです。確かにほぼ私道みたいな狭路は、路地というより抜け道、もっと言えば獣道みたいな趣がありますよね。もし町内の仲間意識みたいなのが作らせた道だったら、やっぱ銀座も下町なんだなって思うし、虚実の詮索はしたくないとも思います。

 銀座の再開発は加速度を上げたようで、三愛が解体に入ったと思ったら、今度は銀座コアですって。外が見えるエレベーターは銀座では画期的でした。界隈ではおしゃれデザインビルの走りじゃないでしょうか?本屋さんが好きでしたね。何が偉いって、銀座で写真集『ペンギン日和』を延々置いてくれてたこと!ず~っと売れなかったと言えばそれまでなんだけど、大好きな町で自分の写真集を売っているという事実が、どんなに嬉しかったことか…。

 銀座コアとワールドタウンズビル、お互い変則敷地のビルの隙間に銀座アレイが出来た経緯は知らない。あの鉤の手のような路地が隙間なのか、どっちかの敷地なのかも分からないんですよね。ただ若松の住所がコアビル一階なので、すくなくとも若松側は銀座コアのようです。

 僕が気付いた時にはここだったけど、若松自体はビルができる前からここにいたと、母親や叔母が話してました。一軒家の甘味処だったって。子供の頃によく連れてって貰いました。不二家でパフェじゃなくて、ここであんみつを…。モダンなビルの不思議な路地の中、若松だけが昔のままって風情でした。

 コアの店舗が次々閉店し移転して、銀座アレイの店もシャッターを降ろし、若松も消えます。ワールドタウンズビルはどうなるか知らないので、共有部分ぽいこの路地のゆく末も分かりません。でも片側は解体されるコアビル、路地も消えるのかなぁ…、若松はどうなるのかなぁ…。

 小さな建物はまとまって大きなビルになり、建て替えが進むにつれて譲り合い路地は減っていきます。でもひょっとしたら、何処かに路地が生まれてるかも知れない。そんな淡い期待を胸に、今日も銀座に行くのです。

   

「大変ですよ鐘ヶ淵さん、遂に大塚にも出現しましたよ!」、「そんなに慌ててどうしましたペンギンさん。ゴジラでも出ましたか?」、「いやゴジラは出ないけど、ハクビシンを見ました」、「ほほう、どこいらで見たんです?」、「竹屋さんの少し手前、宮仲公園通りを横切る姿です」、「猫か犬じゃない?」「絶対違います!時々ニュースで見るアレでした」、「大塚もそういう時代に入ったっことですか」。余所事だと思い込でたことに近所で遭遇すると、それなりに衝撃は大きい。「そのうちクマも出て来すかねぇ」、「フフフ、流石にクマは出ないでしょうな。飲み屋の街だから、トラは沢山でますけどね」。

「ハクビシンとは関係ないけど、はま寿司は出現しましたね」、「『は』しか共通しませんが」、「魚や一丁、北海道、北の家族…随分入れ替ってきたけど、どうなることやら」、「大塚で回転寿司といえば天下寿司ですよね」、「あそこは根強い人気店。最近は外人さんも並んでます」、「前は元禄寿司って名前で長くやってたなぁ」、「はま寿司のビルはその昔、山海楼って大きな中華料理屋さんでね」、「懐かしい!家族の食事会とかクラス会なんかで使いましたよ」、「山海楼の真ん前が都電の停留所で」、「おっと鐘ヶ淵さん、時代を一気に遡りましたねぇ」。昭和三十年代生まれの大塚者にとって、都電と言えば現荒川線ではなく、大塚~錦糸町間を走る十六系統に決まってる。その頃から鐘ヶ淵さんが大塚にいたかどうかは誰も知らない。「あの頃、ハクビシンはいなかったけど、野良犬はいましたよ」。僕らの無駄話は終わらない。

 大感謝配布協力

池之端・古書ほうろう、雑司が谷・旅猫雑貨店、法善寺横丁・洋酒の店 路、目黒・ふげん社、浅草・珈琲アロマ、平井・平井の本棚、神宮前・シーモアグラス、大塚・山下書店。

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