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春の一日 【幻想詩】

晩春の路面電車は
半分透きとおっていて
もうほとんど レールを踏み外して
とろり とろりと
畦道の側に寄っていく

草にうもれた
屋根のない駅舎で
菜の花の煙草を吸う
ボヘミアンたちの
ポチッと蜜柑色の火種

午後一時頃には
給水塔がひしゃげて
電線にぶら下がっている
路面電車は 蛙になって潰れている
僕らがみな
厚いレンズをのぞいていると
そこをとおりかかるのが
スナフキン
三角の籠をさげていて
菜の花を摘みに来たという

(そうだね
 ここは蜃気楼の都だ
 どこまでが嘘で
 どこからがほんとで)

含蓄のあるお言葉ですね
蜜蜂が飛んでいます
僕らはその目玉になって
あの山脈のカナタへと

(ぶうーん ぶうーん)

ゆきますよ
雪解けが始まったばかりの
春の連峰
あそこは旧い温泉の跡
熔岩に押し流され
湯治客の化石が散らばる斜面

(ぶうーん ぶうーん)

(メビウスの輪を描いて飛ぶ)

あそこには
つくりかけのダム
苔むした翼竜の墓場
煉獄のけむりが吹き出す
紅い沼 青い沼 黄土色の小川
こちらには 氷河のあと
数億年かけて流れていった痕跡
ずっと辿っていった先が
800メートルを落下する瀧
磁石の絡み合う谿間
その先端のモグラが
畦道から顔を出している

(ぶうーん ぶうーん)

野原で眠っていた
兎の背中が
紅く膨らんでいる
一番星が見えた
路面電車はすっかり錆びて
泥に鼻をうずめて
紅く膨らんでヒリヒリと
苦しそうに起き上がると
兎は畦水を飲み始める
その隙に僕らは
モグラの背中に飛び乗り
畦道を進んで行くのだった

仲間たちは涎を垂らして居眠り
急カーブになると我に返る
地面をゴロゴロけずりながら
次の駅がぼやけて見える
月がなま暖かくて水っぽく
スナフキンの自転車は蜂蜜まみれ

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