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新しい相棒 ~叙事詩『月の鯨』第一の手紙 (1)~

ハハハハハ
おい、相棒よ
オレからこんな手紙が届くだなんて夢にも思っていなかっただろうよ
もうとっくに海のモクズとなって消えたと思ってただろうよ
オアイニクさま、まだ生きてるぜ

変なウワサを立てないでもらいたいな
オレにだって文字のヨミカキくらいできるんだ
新しい相棒ができたからな
もうオマエの助けなんていらないんだ
クエクエっていってな
顔はマックロ
ヨミカキが得意で教養がある奴なんだが
クエクエって名前がなんかブキミなんだ
オレの未来に暗い影を落とすかもな
まあ そんなことはどうでもいい

それよりこの船 なかなかいいぜ
てっきり大部屋で雑魚寝かと思ったら
ベッド付きの個室があるんだぜ
相部屋だがな
部屋の同居人がクエクエだというわけだ
オレは最初
コイツがイヤでイヤでたまらなかったんだ
変な宗教に染まっててな
淫祠邪教っていうのか
毎晩マックロな小便小僧にお祈りするのさ
オッカナイ唱えごとを一時間くらいやるんだ
眠れやしない
まあこの船はそもそも淫祠邪教の巣窟で
みんないろんな宗教を信じてる
信教の自由をこの船はとても大事にしている
オレも他人の信仰に寛容になったぜ
そういえばオレもオマエもクリスチャンだったっけな
宗教に貴賎はないんだぜ
よく覚えておけよな

でもまあ
やっぱり品行方正な奴はこんな船に乗らないってことだな
陸で暮らせなくなったはぐれ者が海を選ぶんだ
オレもそうだけどな
陸は憂鬱で仕方がない
だけど海に出ると生き返った気持ちになる
やがて化け物に喰われてしまう運命が待っていたとしても構わない
喰われちまうほどの自由がすばらしい
オレは以前
海はもうコリゴリとかいってたかな
あれは取り消すぜ

船は南に進んでいるみたいだった
毎日すこしずつ暖かくなった
緯度が変化していくんだ
そんなことくらいはオレにもわかる
オレは甲板で日向ぼっこして過ごすようになった
なあ相棒よ
最初のうち船はとても平和だったんだ
なんだかブキミなくらいに平和だったんだ

(と、ここまで解読して、あいつがやたら元気そうなのに驚くとともに少しばかり安心した。あいつが前の航海から帰ってきたときには気の毒なくらいズタボロだったが、新しい目的を見つけて元気になったらしい。僕は余計なことは考えず、当分はあいつの手紙の翻訳に集中したいと思っている。)

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