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自滅 〜叙事詩『月の鯨』第一の手紙(12)〜

さて 船長様御一行が
人類世界の光源たる創造物に喰らいつき
酒池肉林を繰り広げていたときだ
甲板では戦いが始まっていた
右舷に横づけにされた巨大な獲物に
案の定
むすうの小鬼が群がり始めていたのである


(あれから二ヶ月も経っちまったな
 だがオレは売文業者じゃないから締切なんて知らん
 ちゃんと書いてほしいんなら払ってもらわんとな
 さあ
 これまでの物語 しっかり思い出してくれたまえ)

捕獲したクジラは
日が昇ってからサバくのが通常だ
一晩は船側に横づけにしておく
その血のにおいに怪しげな欲望を抱くのは
御一行様だけではなかったというわけさ
何千また何千というサメの大群
そいつらも酒宴を張り始めたんだ
夜の海から湧き出した小鬼ども
クジラと較べれば小鬼というしかない小物だが
そいつらがどんなにワイルドか
オマエだって知ってるだろう?
難攻不落とも見えるあの表面に喰らいつき
肉を球状にもぎ取っては舌鼓を打つ
尾っぽがバタバタ船体を叩くもんだから
居眠りしていた舟子たちが起きてくる
暗澹たる黒い水面が真っ赤に染まっていた
派手に繰り広げられている
それはそれはワイルドなサメどもの酒宴
だがな
オレたちは感嘆の念に打たれたもんだ
均整美の取れたパクつき方をして
見事に肉を巻き上げていく小鬼たち
クジラの肉体に残される凹みは
巨大なモノリスに刻まれた精妙な彫刻
ヨダレを流して生肉にかぶりつく
マイ(船長の名前だ)の姿に比べれば
どんなに美しく上品に見えたことか!

だがそうもいってられなかった
せっかくの戦利品
夜が明けたときにはもぬけの殻になっちまう
クエクエたちはそこらから棍棒を持って来て
小鬼たちとの戦闘が始まる
パーティーを追ん出されたオレも加わった
まあ力技のケンカみたいなもんだ
棒を振りまわしてボカスカやるだけさ
油断してるとこっちの腕が喰われちまう
延々とサメとの戦いをつづけていたオレたち
その最中に姿を現したのは「月影」
「月影」は船長代理の肩書を持っていて
この船では唯一まともな高級船員だ
奴はクジラ狩りに使う鋤を手に取ると
群がるサメの胴体をグサグサやりはじめた
サメの皮膚からダラダラ血が流れたが
そんな程度のことで引き下がる連中じゃない
ところがだ
おお 何という
オレは醜く悲惨な光景を目撃した
サメどもは要するに血に飢えていたわけだ
何でもありってわけだ
兄弟姉妹の血の臭いを嗅いだ小鬼たちは
今度は仲間の胴体にかぶりつき始めたんだ
互いが互いを喰らい始めたってわけだ
さすが船長代理は智慧者よ
仲間割れを起こさせて敵を自滅に追い込むとは
ああ それにしても地獄のような光景だった
互いが互いを喰らい合って互いの口にのまれていく
オレたちは呆けたようにその地獄絵を眺めていた
きっと人類最後の日もこんな感じなんだろう
おお 神よ
だが これでもってオレたちの獲物は救われた
やがて陽が登って来る頃には
小鬼どもは消え失せ
奇妙な静けさが辺りを支配していたのだった

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