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【感想】はつ恋

私が手に取る小説は比較的新しい本が多く、自分が生まれるよりもうんと昔の作品と触れ合う機会はあまりない。
昨年は苦戦しながらゲーテの「若きウェルテルの悩み」を読んだり、レイ・ブラッドベリの「華氏451度」、ジョーン・リンジーの「ピクニック・アット・ハンギングロック」などは読んだけど、まだまだ足りない。
詩集なら、寺山修司の「寺山修司少女詩集」。
江戸川乱歩の「人間椅子」、「パノラマ島綺譚」あたり。

先日読み終えた「ハツカネズミと人間」も古い作品に当たるけど、翻訳者の方の訳し方もあってとても読みやすかった。

今回読んだツルゲーネフの「はつ恋」も、古い作品でありながらも登場人物の心理描写や情景描写が分かりやすく美しく描かれていて、読んでいてとても心地よかった。

私がこの小説を読んで感じたのは、西洋画のような美しさだ。それも、淡い色を幾重にも重ねた油絵のような。
登場人物の一人であるジナイーダは魔性とも呼べる魅力で次々男性たちを魅了して、まるで玩具のように扱ってしまう。けれど、恋する愚か者たちは喜んで彼女に全てを差し出そうとする。
彼らはどこかで自分の愚かさに気づきながらも、自然と彼女のわがままに従ってしまう。
少し例え方が極端だけど、日本でいうならかぐや姫に近いかもしれない。
しかしながら、彼女とかぐや姫は決して似ても似つかない。では、何が共通しているかというと、人を惹きつけて虜にしてしまう、ただその一点と、彼女たちを取り巻く男性陣の必死な姿だ。
恋をして愚かになったのか、愚か者が恋をしたのか、それはわからない。
だけど、どんな賢くても「恋」を前にすると人は簡単に落ちていく。或いは恋におちた瞬間から、人は更に速度をつけて落下していくのかもしれない。
どちらが適した表現か判断するには難しいし、意見が割れるテーマでもあると思う。
それでも多くの人は、人生のどこかで恋をする。
たとえそれが、一過性の熱であったとしても。
この作品には、細やかな情景描写や心理描写の他にも興味深いポイントがいくつか含まれる。

たとえば、メインとなるヴォルデマールと父親の関係。普通の父子と言うよりは、どこか兄弟のようでもある。けれどヴォルデマールの父は、子の前では父としての威厳を崩すことがなく、ヴォルデマールにその大きな背中を見せ、多くを語らない様は「現代の父親像」とは離れていて、貴族ならではと言うべきかもしれない。
強く、気高く、美しくあれとその姿で語るように。
そしてヴォルデマールも自然とその姿に尊敬の年を抱いていたあたり、彼の父親としての教育方法は成功していたとも言える。
本来、人として見損なう点を見つけても、ヴォルデマールは父を軽蔑しなかった。
それは二人の性格もあって成立している部分もあるが、精神的な結び付きが強かったようにも思える。
具体的な言葉で表さなくとも、読者が自然とそう感じることができるような書き方・訳し方は素晴らしい。
お陰で複雑に絡み合った「はつ恋」の話であるものの、余韻に必要以上のくどさがなかった。
まるで引き際の波のような優しさがあった。

そして、最後の一文には、ヴォルデマールがはつ恋を経験して精神的にも大人になった描写が描かれる。
ここには優しさも愛も悲しみも慈しみも含まれていて、まさしく終焉に相応しい素敵な表現だった。

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