見出し画像

嘘は加速する

22時、日暮里駅近くのセブンイレブン。わたしはコピー機の前に立っていた。

嘘は加速する

まーくんと付き合い始めて2年と少し。同棲開始から半年が経つ。まーくんは旅行代理店に勤めるイケメン。概ね順調な交際だけど、ぎくしゃくしていた時期もある。原因は彼の妹だった。

まーくんと妹は年が少し離れており、当時妹は就活中だった。不採用通知が次々届いて自信が削られていく中、彼氏が親友と浮気したとかで彼女は精神の安定を欠いた。さほど仲の良い兄妹ではなかったはずだけど、地元が遠方のこともあってか、彼女は頻繁にまーくんに連絡を寄越すようになった。時には泣きながら電話をかけてくることもあり、責任感の強いまーくんはそんな妹を放っておけない。呼び出されれば慰めに行き、就活のアドバイスをしたり、時には小遣いをあげたりしていた。

最初は理解のある彼女を演じて「行ってあげたら」なんて言っていたわたしも、ディズニーランドで置き去りをくらった時は流石に頭にきた。ケンカは次の日、わたしの部屋に持ち越しになった。始めは平謝りだった彼も、いつまでも機嫌を直さないわたしにうんざりしたようで、「でもあいつ今弱ってるんだよ。律は悩みなんかないでしょ」と言い放った。

悩みのない女ならディズニーランドに置き去りにしていいってこともないだろう。そう反論すれば良かったのに、『悩みがない』と言われたことがなぜか無性に悔しくて、咄嗟に「……ないわけないじゃん……」なんて深刻そうな感じで言ってしまった。言いながら悩みを考えてみたけど、仕事も人間関係もうまく回っていたし、恋愛も、まーくんの妹の件以外には特に大きな不満はなかった。あれ?わたしってけっこう幸せ?我慢してあげるべき?と思いかけたその時、まーくんがはっとした顔で頭を下げた。「ごめん。俺の前ではいつでも明るいから、悩んでるなんて気づかなかった」。そのまま優しく抱きしめられて、わたしはなんと、泣いたのである。生理前だったからかもしれない。

堰を切ってしまうともう止まらず、わたしは理由なき涙で彼の胸を濡らし、しゃくり上げるほどにわんわん泣いた。泣きながら「なんだか大きな悩みを抱えてる風になってしまったな」と焦った。悩み……なんだろ……将来の年金、とか、かな……。

※ブログにも同じ内容のものをアップしています(無料)。よろしければこちらからどうぞ※

ここから先は

2,325字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?